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アラサー女性の心をわしづかみにする韓国エッセイ『あたしだけ何も起こらない』 第1回「最近よく聞く言葉、“その年”で」エピソードまるごと紹介 「結婚もせず子供もいない、遅れたからって何よ。これはこれで悪くない」と思いながらも、人より遅いペースで人生を歩んでいく女性の焦燥や不安を、笑って泣けるポジティブな自虐エピソードと共に紡ぐ話題の韓国エッセイ『あたしだけ何も起こらない “その年”になったあなたに捧げる日常共感書』(ハン・ソルヒ=著、オ・ジヘ=イラスト、藤田麗子=訳/キネマ旬報社刊)。共感必至の全24話の中から、特に心に刺さる3つのエピソードを全3回でご紹介します。【第1回「最近よく聞く言葉、“その年”で」 】 第1回「最近よく聞く言葉、“その年”で」 第2回「遅れるということの美学」 第3回「人生、その無謀な挑戦」 第1回「最近よく聞く言葉、“その年”で」 このところ“その年”で、という言葉をよく耳にする。 「その年で、その服はちょっとやりすぎだよ……」 「その年で、好き勝手な恰好をしちゃダメですよ~」 「その年で、そのカバンはないですよね?」 このところ“その年”で、という言葉をよく耳にする。ここでの“その”は、非常に危険かつ難儀なニュアンスで迫ってくる。「あんた、その年でそんな飲み方したら死ぬよ!」という先輩Kの珠玉のような忠告が思い出されるせいかもしれない。 “その年”になってからの私の人生を振り返ってみる。約40余年前、徒競走が得意だったパパの血気盛んな精子と、多少きまじめすぎたママの卵子が出会って、この世界に突然私という存在が加わった。もちろん私の意志とは関係なく……。 10代の頃はそこそこ「かわいい」と言われたりもして私なりの全盛期を送ったが、思春期に入ると同時にどんどん増えた脂肪とパッとしない成績のせいで人生の苦渋を味わった。苦労して入学した大学では、学業よりも“飲酒の特訓”に打ち込んだ。おかげで20~30代を無駄に過ごし、社会のゴミになりかけた。しかし、ひょんなことから運よく作家という肩書きを手に入れて、社会の構成員として何とか生きているうちに、気づけば人々が言うところの“その年”になっていた。でも、その年だからといって、どうしてここまで気を遣い、注意しなければならないことだらけなのか到底理解できない。 コスメショップで、普段使いのリップグロスを何気なく手に取ったとしよう。店員が近づいてきて「お客様の年齢は……」と聞いてきたら、私は指名手配犯にでもなったかのように、精一杯、首をすくめてこう言い返す。 「76年生まれですが……」 すると、店員は間違いなく私の手の中のリップグロスを優しくも断固とした手つきで奪い取り、「(その年齢なら)こちらのほうがよくお似合いになるはずですよ」と言いながら、もっと高いリップグロスを差し出すのだ。ゴールドに光り輝く、高級感あるパッケージのリップグロスを……。服屋に行っても、靴屋に行っても、カバンを買いに行っても同じことだ。 40代=20代×2という公式が成立するかのように、“その年”が支払うべき金額は何かと2倍になりがちだ。しかし、もっと絶望的なことは別にある。支払う金額は2倍になったにもかかわらず、実際は大して成長していない自分の姿だ。あれほど遠く、高いところにあるように思えていたその年になったのに、私は今も同じ場所でかろうじて踏ん張っているだけである。走っている途中に転んでもそれだけで済んだ過去の日々とは違い、“その年”に達した私は何らかの結果を出さなければならないようだ。 しかし、特筆に値すべきこともなく、手ぶらで立っているような気がして、きまり悪いことこの上ない。まるで明け方のコーヒーショップに置かれた季節外れのクリスマスオーナメントのように、わびしく空しい感情が陣痛のように周期的に襲ってくる。心臓と胃の中間あたりでヒグラシが鳴きたてているかのようだ。 カフェの外から20歳の頃の私が、“その年”になってしまった私を残念そうに悲しげな瞳で見つめているような気がして、何度も暗い窓の外を眺めてしまう。 悪い点は2倍に増え、いい点は半分に減ったような“その年”になった今、私はこれほどまでに不完全な姿で生き続けてもいいのだろうか? 解決策の見つからない悩みの淵に立っている。 インターネットのタロット占いにすがるような、弱りきった一日の連続だが、人生が100年だと思えば、まだ半分も生きていない。自分を急かすことなく、もうしばらく見守っていてもいいのではないだろうか? 『あたしだけ何も起こらない “その年”になったあなたに捧げる日常共感書』より、#1「最近よく聞く言葉、“その年”で」を転載 ※無断転載禁止 【第2回に続く】 ■『あたしだけ何も起こらない “その年”になったあなたに捧げる日常共感書』 女性共感度100%の年齢考察イラストエッセイ。あたしだけ人生何もない? いいえ、スタートが遅いだけです! アラサー女子の飽くなき疑問と焦りにそっと寄り添う、笑って泣ける日常共感書。 ハン・ソルヒ=著、オ・ジヘ=イラスト、藤田麗子=訳 仕様:四六判カラー/232頁/価格:1,595円(税込)/発行:キネマ旬報社 ※電子版書籍も発売中 いつからか結婚の話題を出さなくなった両親、いざ結婚へのプレッシャーが消えると沸いてくる焦りと挫折感、ムカつくほど広がっていく毛穴、日に日に低下する記憶力、人生で最も輝いていた瞬間へのノスタルジーetc……。自分だけ置いてきぼりのような人生の中、年齢をまたひとつ重ねていく女性の共感を呼ぶエピソード満載で贈る、笑いと涙の年齢考察イラストエッセイ。 最近よく聞く言葉、“その年”で。“その年”でそれはちょっと……。年を取るって制限がつきもの? 年を取るって失っていくことなの? ミドル世代女子の飽くなき疑問と焦りにそっと寄り添い、 “自分らしく生きる”人生の選択を応援する、日常共感書。 大人気コラムニスト、ジェーン・スー氏がコメントを寄稿! 「あまりにも正直すぎて、気が滅入ったあと声をあげて笑ってしまった。 大丈夫、なんとかなるよ。」―ジェーン・スー氏
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「ゾッキ」=“寄せ集め”のエピソードが醸し出す、おかしみとペーソス
2021年9月24日「ゾッキ」=“寄せ集め”のエピソードが醸し出す、おかしみとペーソス 竹中直人×山田孝之×齊藤工の共同監督による映画『ゾッキ』のDVDが9月25日(土)にリリースされる。吉岡里帆、鈴木福、松田龍平、松井玲奈、石坂浩二、倖田來未、竹原ピストルなどバラエティーに富んだ個性豊かなキャスト陣が集結し、さらに主題歌&音楽監督はCharaが務める。 寄せ集めるという意味が込められたタイトル 物語が始まるのに、確たるきっかけなんていらない。取り立てて特徴のない男が、寝袋ひとつを荷台にくくりつけた自転車にまたがって南をめざした瞬間から、そのシークエンスはもうロードムービーとして成立している。あるいは友達のいなかった高校生が、ふとしたことを機に同級生と意気投合したその時から、奇妙な友情譚はすでに紡がれているのだ。 一見、関連のないように見えるいくつかのエピソードが時系列とともに、巧みにつながれた一篇であることがわかってくるにつれ、「ゾッキ」=寄せ集めるという意味が込められたタイトルに膝を打つ。 吉岡里帆演じる出戻りのやさぐれ女子が、画面に向かって牛乳を噴き出すのを合図に本篇は始まるが、とにかく一筋縄では進まない。が、その不条理によって〝おかしみ〟とペーソスがらせん状に練り込まれ、思いもよらぬ人間模様の深みへと見る者をいざなってくれるのだ。喜劇にしてエレジー。日常が舞台でありながら、どこか非日常的。相反する要素を内包しながら、複数のエピソードはやがて交差し、地続きのストーリーとして昇華されていく。 竹中直人×山田孝之×齊藤工によるエピソードが一本の映画へ 原作は、孤高の漫画家として人気を博している大橋裕之の幻の初期作品集。そこはかとなくおかしく、かつ哀愁漂う人々が過ごす日々を、竹中直人、山田孝之、齊藤工の3人が共同監督というスクラム態勢で映し出す。いわゆるオムニバス作品と違うのは、先述したように個々のエピソードが一本の映画へと帰結していくということ。アプローチは三者三様でありながら、あらかじめ計算されたかのように点と点が結ばれて、編集が織りなされていくさまは見事というほかない。いい意味で「ゾッキ」の名にふさわしい仕上がりだと言って、差し支えないだろう。 際立つ役者陣の芝居 そして何より、役者陣の芝居が実に味わい深い。アテがないことをアテにして旅に出る藤村役の松田龍平の所在のなさ。初めてできた友達から、実在しない自分の姉に恋をしたと告白されて以降、幸せな嘘をつき続ける牧田役の森優作がのぞかせる葛藤。日々、客のほとんど来ないレンタルビデオ店で、ひとりバイトに勤しむ伊藤少年役の鈴木福の苛立ち。列挙していくだけで埋まってしまうので割愛するが、後半に登場する竹原ピストルの存在感が際立っていることは、特筆しておきたい。 どこか牧歌的なランドスケープが広がる愛知県の蒲郡市で全篇ロケを行っているからか、あたかも時がゆっくりと流れているような錯覚にも陥る。秋の夜長、どことなく現代のおとぎ話のような不思議な余韻に浸るというのも、オツなものだろう。 文=平田真人 制作=キネマ旬報社(キネマ旬報10月上旬号より転載) 「ゾッキ」 ●9月25日(土)DVDリリース(10月6日(水)レンタル開始) DVDの詳細情報はこちら ●価格:4,180円(税込) ●特典 【音声特典】 ・オーディオ・コメンタリーA:竹中直人監督×山田孝之監督×齊藤工監督 ・オーディオ・コメンタリーB:川端基夫(プロデューサー)×坂上也寸志(ラインプロデューサー)×副島宏司(助監督)×本図木綿子(スクリプター)×箕輪博之(監督助手) 【映像特典】 ・イベント集 ・予告篇集 ・キャスト&スタッフ プロフィール(静止画) ・プロダクションノート(静止画 ●セルDVDに3監督の直筆サイン入り台本が抽選で当たる、プレゼントキャンペーン応募ハガキ封入 ●オンラインストア限定商品 GAGA★ONLINE STORE限定にてリバーシブル仕様のジャケットデザインDVD同時リリース ●2021年・日本・カラー・本篇113分+特典映像 ●監督/竹中直人、山田孝之、齊藤工 原作/大橋裕之 脚本/倉持裕 音楽監督/Chara ●出演/吉岡里帆、鈴木福、満島真之介、柳ゆり菜、南沙良、安藤政信、ピエール瀧、森優作、九条ジョー(コウテイ)、木竜麻生、倖田來未、竹原ピストル、潤浩、松井玲奈、渡辺佑太朗、石坂浩二(特別出演)、松田龍平、國村隼 ●発売・販売元:ギャガ ©2020「ゾッキ」製作委員会 ©Hiroyuki Ohashi/KANZEN 2017 -
松坂桃李が、ヒロイン役の麻生久美子、いや井浦新と濃厚キス!?
2021年9月24日松坂桃李が、ヒロイン役の麻生久美子、いや井浦新と濃厚キス!? 「転校生」(82)「君の名は。」(16)などの映画をはじめ、他人と心や身体が入れ替わるような作品は、テレビドラマ、小説、漫画などにも数多く存在する。その中でも現代的要素を交えたラブコメディとして描いた最新作が、9月24日にDVD&ブルーレイをリリースする松坂桃李主演の連続ドラマ『あのときキスしておけば』。 愛する女性の魂が乗り移ったのは中年おじさん 2021年4月にテレビ朝日系で放送した同作で入れ替わることになるのは、松坂桃李演じる主人公自身ではなく、彼が愛した女性と見知らぬおじさん。麻生久美子演じるヒロインの魂が、井浦新演じる中年男性に乗り移ってしまうことになる。 主人公は、何をやっても鈍くさくてさえないスーパーの店員・桃地のぞむ(松坂桃李)。夢や目標、ましてや恋愛願望もない彼は、大人気漫画『SEIKAの空』を読むことだけが唯一の楽しみという地味な毎日を送っていた。そんなある日、勤務先でクレーマーに絡まれていたところを、買い物に来ていた唯月巴(麻生久美子)に救われる。実は彼女こそ『SEIKAの空』の作者・蟹釜ジョーであることを知った桃地は、豪邸で暮らす我儘な巴の雑用係を引き受ける。次第に急接近していった二人は沖縄旅行に出かけるが、オーバーラン事故により巴だけが帰らぬ人に。病院で哀しみに暮れる桃地だったが、巴だと名乗る見知らぬ男性(井浦新)に助けを求められる。当初は困惑するも、巴しか知りえない話を聞かされた桃地は、機内で隣の席に座っていた男性に巴の魂が乗り移ってしまったことを信じるようになる。 愛の本質を問われる主人公 本作最大の見所は、もちろん桃地と巴の恋の行方。しかし、美しい女性だった巴は、出会って早々に中年男性となってしまうし、亡くなった巴の身体は失われており、元の身体に戻ることはできない。 桃地は内気で恋愛経験がないため、事故の前に巴からキスを迫られた際も、寸前で躊躇してしまう。それがタイトルにもなっている大きな後悔を生むことになるのだが、桃地は自分が愛していたのは、あくまで作品なのか、女性としての巴なのか、さらには、人間としての巴なのかといったことに悩まされる。 桃地と巴の魂が乗り移ったマサオ(通称:オジ巴)は、ラブラブなデートから喧嘩や葛藤、さらにはキスシーンまで様々な恋模様を見せていく。二人の関係性は、外見的には同性カップルのためBL的にも見えるが、内面的な本質は男女の恋愛。外見や性別が変わっても愛すことができるのか……。もちろん本作はあくまでラブコメであり、松阪と井浦の意外性のあるカップルぶりを楽しむだけでも良いのだが、その奥にはジェンダーを超えた愛がテーマのドラマともいえる。 麻生久美子&井浦新による二人一役の異色ヒロイン 「孤狼の血」シリーズでアウトロー刑事を演じたり、「娼年」(18)で娼夫を演じたりなど、幅広い役柄を演じている松坂が、「自分史上最もポンコツな役」ともいう桃地役を好演。桃地はセンス0の個性的服装センスでも毎回楽しませてくれる。さらに特筆すべきは、二人一役という難しいヒロインの巴役を見事に作り上げた麻生久美子と井浦新。次第に井浦の演じるオジ巴にも麻生に見える瞬間や可愛らしさを感じるようになる。 特典映像では、マサオとオジ巴の一人二役を演じた井浦が、「新しいことへのチャレンジだった」とも述べているとおり、井浦にとって役者としての幅を広げた新境地ともいえるだろう。その他にも巴の元夫役の三浦翔平をはじめ、猫背椿、六角慎司、MEGUMI、岸本加世子ら個性的かつ芸達者な共演者が作品を盛り上げており、三角関係を演じる松坂・井浦・三浦の掛け合いや男同士による不思議な“混浴”ほか、見所となる楽しいシーンが全編に満載だ。 切なさを帯びていく恋の行方の結末は!? 巴はなぜ魂だけが生き残ってしまったのか、マサオの魂はどこにいってしまったのかといった謎が明らかとなっていくにつれ、桃地と巴の恋の行方は切なさを帯びていく。脚本は、恋愛ドラマの名手とも称される大石静のオリジナル。近年も『大恋愛~僕を忘れる君と』(18)『家売るオンナの逆襲』(19)など時代を捉えた話題作を次々と手掛けている。本作も定番の入れ替わりだけでなく、二転三転する巧みな展開が最後まで飽きさせない、笑って泣けるラブコメディとなっている。 また、約2時間にもおよぶ特典映像では、劇中漫画『SEIKAの空』実写版も収録。モヤオ役の松坂をはじめ、井浦、三浦らの本編メインキャストが、劇中漫画のキャラクターを全3話約38分にわたってしっかり演じており、豪華なおまけとなっている。 文=天本伸一郎/制作=キネマ旬報社 『あのときキスしておけば』 ●9月24日(金)Blu-ray BOX&DVD-BOXリリース(全8話)※レンタル同日リリース Blu-ray&DVDの詳細情報はこちら ●Blu-ray BOX:26,400円(税込) DVD-BOX:20,900円(税込) 【映像特典】 ・あのキス撮影の軌跡メイキング ・情報解禁コメント&ティザーPRメイキング ・松坂桃李×井浦新×麻生久美子 放送直前トークイベント ・ほっこり㊙ハプニング集 ・クランクアップ集 ・あのキス特別謎解きダイジェスト ・PRスポット集 ・スピンオフ実写版「SEIKAの空」 【封入特典】 ・Special Booklet ●2021年/日本 ●出演:松坂桃李、井浦 新、三浦翔平、猫背 椿、六角慎司、阿南敦子、うらじぬの、角田貴志、藤枝喜輝、窪塚愛流、川瀬莉子、 板倉武志、MEGUMI、岸本加世子、麻生久美子 ●発売元:株式会社テレビ朝日 販売元:株式会社ハピネット・メディアマーケティング ©2021 テレビ朝日・MMJ -
【あの頃のロマンポルノ】日本映画批評 『狂った果実』
2021年9月24日2021年に、日活ロマンポルノは生誕50年の節目の年をむかえました。それを記念して、「キネマ旬報」に過去掲載された記事の中から、ロマンポルノの魅力を様々な角度から掘り下げていく特別企画「あの頃のロマンポルノ」。キネマ旬報WEBとロマンポルノ公式サイトにて同時連載していきます。 今回は、「キネマ旬報」1981年6月上旬号より、寺脇 研氏による「日本映画批評 『狂った果実』」の記事を転載いたします。 1919年に創刊され100年以上の歴史を持つ「キネマ旬報」の過去の記事を読める貴重なこの機会をお見逃しなく! ■日本映画批評『 狂った果実』 男と女が、互いのからだをいつくしみあう。たとえば、主人公の少年と少女が、むさぼるように相手の躯を求め抱擁する、とか、いかがわしいバーで活計を得ている中年男と内妻が、ようやく迎えた祝言の真似事を喜ぶあまり少年の眼前であることも憚らず愛情を交歓するとか。それらの場面に表わされる彼らの思いのたけは、きわめて濃密だ。あけすけでいるくせに、気高さ、美しさ、さえ感じさせる。 肉体と肉体が、暴力を介してぶつかりあう。たとえば、激怒した少年が少女を殴打する、とか、富をだらしなく享楽している少女の取り巻き連中が、バーで狼籍の限りを尽くし、復讐に押しかけた少年と中年男との間に大乱闘したあげく、殺裁に到る、とか。噴出する憎しみや怒りは、拳と肉の衝突する音、流れる朱の血そのままに、鮮烈だ。 性を通した愛情の描写、暴力を通した激情の表現が、みごとにそれらの真相をとらえている。愛したり憎んだりを、縄のようにあざないながら生きていく人間たちの姿を、等身大で映像化するのだ。恵まれた環境の中を奔放に暮らしている者も、社会の暗部を歯くいしばってさまよっている者も、ひとしなみに、ていねいな描写を施されている。ここでは、性も暴力も、衆目を惹くための具にとどまることなく、情感の媒介物として重要な意味を持つ。 1978年、『オリオンの殺意より 情事の方程式』で根岸吉太郎監督の七本目の映画だ。前々作『朝はダメよ!」(80年)、前作『女教師 汚れた放課後』(81年)と、それぞれすぐと、それぞれすぐれた仕事を重ねてきたが、この『狂った果実』では、まさに、まったき結実を思わせる。軽妙さが、根岸監督の身上だ。『オリオンの殺意より 情事の方程式』でも使われた滞空競技用の超軽量模型飛行機が、画面をふわり漂って見せるけれど、透明な軽みを基調にした演出ぶりを、象徴するかのようだ。 自然主義の小説よろしく、下層でもがく姿の重苦しさを強調していくのは、さほど難しい所業ではあるまい。物質面で充足している側の心の移ろいを的確に語ることこそ、容易ではない。これが軽妙に物語られ、対極にある底辺の人生と交錯するとき、双方が共に豊かな実在感をもって示される。その間に、僕たち誰もが逃れられない人間の業が、立体的に浮かんでくるのだ。愛も憎しみも、自身の内部の感情と、あまりにピッタリ波長が合致して、幕が閉まった後も、しばらく五感が痺れたままでいた。 映像の組立てが、どこからどこまで何ら違和感なく受けとめられる点などは、単に、根岸監督とぼくとが世代や感性の質をほぼ一にしているから、と説明できるかもしれない。しかし、こうまで鋭敏に、生が伴う愛憎を描破してのけている以上、身びいきでなしに、新しい日本映画の担い手の出現であることを、自信をもって広言したい。同世代の意識を持ち続けつつ、根岸吉太郎という作家と一緒に歩を進めてみよう。大げさにいえば、日本映画の新しい展開に僕も参加するつもりで。 文・寺脇 研 『キネマ旬報』1981年6月上旬号より転載 『狂った果実』【Blu-ray】 監督: 根岸吉太郎 脚本:神波史男 価格:4,620円(消費税込み) 発売:日活株式会社 販売元:株式会社ハピネット・メディアマーケティング 日活ロマンポルノ 日活ロマンポルノとは、1971~88年に日活により製作・配給された成人映画で17年間の間に約1,100本もの作品が公開された。一定のルールさえ守れば比較的自由に映画を作ることができたため、クリエイターたちは限られた製作費の中で新しい映画作りを模索。あらゆる知恵と技術で「性」に立ち向い、「女性」を美しく描くことを極めていった。そして、成人映画という枠組みを超え、キネマ旬報ベスト・テンをはじめとする映画賞に選出される作品も多く生み出されていった。 オフィシャルHPはこちらから 日活ロマンポルノ50周年企画「みうらじゅんのグレイト余生映画ショー in 日活ロマンポルノ」の全記事はこちらからご覧いただけます。 日活ロマンポルノ50周年新企画 イラストレーターたなかみさきが、四季折々の感性で描く月刊イラストコラム「ロマンポルノ季候」 -
ロマンポルノ50周年 特集上映企画 「私たちの好きなロマンポルノ」 実施決定!
2021年9月17日今年、50周年を迎える日括ロマンポルノの50周年記念プロジェクトの一環として、特集上映「私たちの好きなロマンポルノ」が決定し、公式サイトにて情報が公開された。 本特集上映は、映画監督・俳優・作家・ミュージシャンなど国内外問わず50名以上の有識者たちが太鼓判を押すロマンポルノのクラシック作品を選び上映するといったもので、50周年を迎える11月20日(土)より、シネマヴェーラ渋谷を皮切りに全国で順次上映されることが発表された。 柄本佑、城定秀夫、ジム・オルーク、渡辺大知らが太鼓判! 作品の選者として柄本佑、城定秀夫、ジム・オルーク、渡辺大知らが参加。「誰よりも楽しみにしているのは私です」(柄本佑)、「自分が映画監督になりたいと思ったきっかけはロマンポルノとの出会い」(城定秀夫)、「肉体を越えた人と人との縁の物語」(渡辺大知)など期待を込めたコメントを寄せている。 上映作品は、ロマンポルノをまだ見たことがない人に向けて、まず見てほしい不朽の傑作群から、1980年以降の作品も多く組みこまれ、選者の思いが込められたラインナップとなっている。 〈日活スウェーデン・ポルノ〉も48年ぶりに蔵出し! さらに、今回の目玉として、ロマンポルノ作品としては超異色となるスウェーデンロケ、セリフはスウェーデン語(日本語字幕付き)、出演者もスウェーデン人という『淫獣の宿』(1973/西村昭五郎監督)、『蜜のしたたり』(1973/加藤彰監督)のデジタル復元版の上映も決定した。これらの作品は、大型作品として当時、性の先進国というイメージのあったスウェーデンに精鋭スタッフを送り、長期ロケを敢行して製作された作品。 また「淫獣の宿」はスウェーデンの代表的映画監督である、イングマール・ベルイマンの作品から登場人物の名前がつけられるなど、映画史的にも本作品が観なおせる貴重な機会となっている。ぜひクラシック映画のファンにはチェックしていただきたい。 上映期間中はトークイベントも実施予定となっており、詳細は追ってロマンポルノ公式HP及びシネマヴェーラ渋谷のHPにて随時掲載予定なので、気になる方はぜひロマンポルノの公式サイトも定期的にチェックしていただきたい。 選者一覧(54名) 相澤虎之助(映画監督)、朝吹真理子(作家)、阿部和重(作家)、荒木啓子(PFFディレクター)、井口奈己(映画監督)、市山尚三(東京国際映画祭プログラミングディレクター)、入江悠(映画監督)、絵沢萠子(俳優)、柄本明(俳優)、柄本佑(俳優)、柄本時生(俳優)、岡田秀則(フィルムアーキビスト)、奥浜レイラ(パーソナリティ)、風祭ゆき(俳優)、片桐はいり(俳優)、片桐夕子(俳優)、上條葉月(字幕翻訳者)、川瀬陽太(俳優)、草野なつか(映画作家)、高良健吾(俳優)、小西康陽(ミュージシャン)、佐々木敦(思考家・作家)、塩田明彦(映画監督)、城定秀夫(映画監督)、白石和彌(映画監督)、白川和子(俳優)、瀬々敬久(映画監督)、園子温(映画監督)、田中真理(俳優)、谷ナオミ(俳優)、月永理絵(映画ライター)、寺島まゆみ(俳優)、富田克也(映画監督)、中田秀夫(映画監督)、中原昌也(ミュージシャン・作家)、濱口竜介(映画監督)、古澤健(映画監督)、松田広子(プロデューサー)、真魚八重子(映画ライター)、宮下順子(俳優)、三宅唱(映画監督)、森岡龍(俳優・映画監督)、行定勲(映画監督)、横浜聡子(映画監督)、ライムスター宇多丸(ラッパー・ラジオパーソナリティ)、渡辺大知(俳優・ミュージシャン)、クレモン・ロジェ(映画批評家)、ジム・オルーク(ミュージシャン)、ディミトリ・イアンニ(キノタヨ現代日本映画祭プログラマー・ロマンポルノ研究家)、パウロ・ブランコ(プロデューサー)、ホセ=ルイス・レボルディノス(サンセバスチャン映画祭ディレクター)、リチャード・ペーニャ(ニューヨーク映画祭名誉ディレクター・コロンビア大学教授)、内藤由美子(シネマヴェーラ渋谷支配人) 上映作品ラインナップ(38作品) 『赫い髪の女』『天使のはらわた 赤い教室』『黒薔薇昇天』『悶絶!! どんでん返し』『天使のはらわた 赤い淫画』『愛欲の罠』『牝猫たちの夜』『妻たちの性体験 夫の眼の前で、今・・・』『ピンクカット 太く愛して深く愛して』『狂った果実』『ラブホテル』『母娘監禁・牝』『セックス・ライダー 濡れたハイウェイ』『生贄夫人』『桃尻娘<ピンク・ヒップ・ガール>』『恋狂い』『㊙女郎市場』『愛に濡れたわたし』『美少女プロレス 失神10秒前』『ベッド・パートナー』『OL日記 濡れた札束』『絶頂姉妹 堕ちる』『ズーム・イン 暴行団地』『レイプハンター 通り魔』『バックが大好き!』『制服肉奴隷』『犯され志願』『闇に浮かぶ白い肌』『女教師は二度犯される』『女教師 汚れた噂』『のけぞる女』『愛欲の日々 エクスタシー』『性愛占星術 SEX味くらべ』『㊙色情めす市場』『未亡人下宿 初のり』『少女暴行事件 赤い靴』『淫獣の宿』『蜜のしたたり』 コメント 【上映にあたり】 内藤由美子(シネマヴェーラ渋谷・支配人) 日活ロマンポルノ誕生から半世紀経った今、映画好きにロマンポルノを観てもらうきっかけになればと、作家、音楽家、若手監督、映画祭キュレーターなどからリクエストを募り、誰もが心の中に大事なロマンポルノ作品を持っていることに改めて意を強くした。「”ポルノ”に抵抗がある人」、「巨匠作品は一応観ているが他は…」という人たちにこの特集を捧げる。世界的傑作に肩を並べる作品はもちろん、いま最も熱心にロマンポルノを観ている女性たちのセレクションを通じて、ニュー・クラシックやシュールでアナーキーな作品を発見して欲しい。「こんな作品があったのか!?」という驚きを劇場で体験してください! ★柄本佑 (俳優) 『未亡人下宿 初のり』 1978年/監督:山本晋也/脚本:山田勉/出演:橘雪子、楠木正通 僕の中では青春映画の金字塔として君臨する『未亡人下宿 初のり』! 上映が決まり、自分が山本晋也監督フリークだった時期に伊地智啓さんと未亡人下宿の話で盛り上がった時「山本晋也は天才だよなっ」とおっしゃられていた事を思い出します。実は劇場で観るのは初めて、、、誰よりも楽しみにしているのは私です。シネマヴェーラに感謝です!ありがとうございます! ★上條葉月(字幕翻訳者) 『㊙色情めす市場』 1974年/監督:田中登/脚本:いどあきお/出演:芹明香、花柳幻舟、宮下順子、萩原朔美 画面全体に充満する性への執着と生命力の乾いた熱気。太陽に晒された白昼の路地には惨めさも美しさもなく、すべてを拒絶する芹明香が一人立つ。むき出しの人間そのものの肯定に何度でも圧倒される。 ★草野なつか (映画作家) 『天使のはらわた 赤い教室』 1979年/監督:曽根中生/脚本:石井隆、曽根中生/出演:水原ゆう紀、蟹江敬三 鑑賞後しばらく立ち上がれなかったことをよく憶えている。ひたすら鋭利で暴力的なのに、妙な軽やかさがざらりと残る。視ることしか出来ない男は<こっち>へ行く勇気もなく女はただ生きていく。生きるためだけに得た強さがあまりにも哀しく美しい。名美の瞳に宿った光だけが唯一の圧倒的な救い。私にとって大切な一本です。 ★クレモン・ロジェ(映画批評家) 『ズーム・イン 暴行団地』 1980年/監督:黒沢直輔/脚本:桂千穂/出演:宮井えりな、梓ようこ ほぼ実験映画であり、ジャッロに影響を受けながら、物語ではなく視覚的構造に全てを賭けている。殺人者のアイデンティティーはもはや問題ではない。軋む革、工具の突き刺さった裸体、画面に侵入する炎。この抽象的傑作は苦悩と喜びの関係を描写すべく現実を歪めている。 ★佐々木敦(思考家/作家) 『母娘監禁・牝』 1987年/監督:斉藤水丸/脚本:荒井晴彦/出演:前川麻子、加藤善博 『母娘監禁・牝』をはじめて観たときの驚きとときめきは今も忘れられない。 少女の自殺。ひこうき雲。薄暗い部屋。そして冷蔵庫。前川麻子の儚くも凛とした存在感は奇跡的とさえ言っていい。ロマンポルノに留まらず、私の生涯ベスト映画の一本です。 ★ジム・オルーク(ミュージシャン) 『愛欲の罠』 1973年/監督:大和屋竺/脚本:田中陽造/出演:荒戸源次郎、絵沢萠子 まるでヘビが自分の尻尾を噛むように、愛欲の罠がそれ自体を包み込んで蛇皮に変えて、人生を絞り出すまでその皮膚を脱がせ続けるのだ。 ★城定秀夫 (映画監督) 『狂った果実』 1981年/監督:根岸吉太郎/脚本:神波史男/出演:本間優二、蜷川有紀 自分が映画監督になりたいと思ったきっかけはロマンポルノとの出会いであり、その中で一番好きな監督が根岸吉太郎監督です。煙草の煙に包まれた場末の名画座で「狂った果実」を観たときの衝撃は忘れられません。 ★ディミトリ・イアンニ (キノタヨ現代日本映画祭プログラマー/ロマンポルノ研究者) 『生贄夫人』 1974年/監督:小沼勝/脚本:田中陽造/出演:谷ナオミ、坂本長利 この映画には‶小沼美学‶の極みがある。日本家屋において背徳と道徳がきしみ合い、窓の外の眩い緑が目を射る。森勝によって撮られたこの映画は、加藤泰の『陰獣』とならんでフジフィルムによるもっとも美しい達成だ。 ★中原昌也 (ミュージシャン/作家) 『悶絶!!どんでん返し』 1977年/監督:神代辰巳/脚本:熊谷禄朗/出演:谷ナオミ、鶴岡修 映画よりも現実の方がよっぽど場当たりだ!という怒りが爆発の連続。ここまで緻密にいい加減な作品を他に知らない。神代の代表作と決して断言できないところがお気に入り。 ★真魚八重子(映画ライター) 『愛に濡れたわたし』 1973年/監督:加藤彰/脚本:吉原幸夫/出演:宮下順子、青木リナ とことん女に翻弄されるという遊戯がしたい男性にとって究極の理想。女にとってもこんな奇行に付き合ってくれる男性ほど信頼できる存在はない。この愛は確かで深い。 ★渡辺大知(俳優/ミュージシャン) 『ラブホテル』 1985年/監督:相米慎二/脚本:石井隆/出演:速水典子、寺田農 エキセントリックな画面構成に興奮しました。その中で登場人物たちは切なく湿っぽく輝き、泥臭くも劇的な物語が展開されていきます。肉体を越えた人と人との縁の物語だと思います。 【日活ロマンポルノ】 日活ロマンポルノとは、1971~88年に日活により製作・配給された成人映画で17年間の間に約1,100本もの作品が公開された。一定のルールさえ守れば比較的自由に映画を作ることができたため、クリエイターたちは限られた製作費の中で新しい映画作りを模索。あらゆる知恵と技術で「性」に立ち向い、「女性」を美しく描くことを極めていった。そして、成人映画という枠組みを超え、キネマ旬報ベスト・テンをはじめとする映画賞に選出される作品も多く生み出されていった。 日活ロマンポルノ公式ページはこちらから 当『キネマ旬報WEB』にて好評連載中『あの頃のロマンポルノ』の全記事はこちらからお読み頂けます。(日活ロマンポルノ50周年記念×『キネマ旬報』創刊100年 特別コラボレーション連載企画)。 日活ロマンポルノ50周年企画「みうらじゅんのグレイト余生映画ショー in 日活ロマンポルノ」の全記事はこちらからご覧いただけます。 日活ロマンポルノ50周年新企画 イラストレーターたなかみさきが、四季折々の感性で描く月刊イラストコラム「ロマンポルノ季候」