第93回キネマ旬報ベスト・テン第1位映画鑑賞会と表彰式レポート
- キネマ旬報ベスト・テン
- 2020年03月16日
大きな遺産の輝きと、苦笑いの楽しさと、「生きているんだな」と。
第93 回を迎えたキネマ旬報ベスト・テン。今回、殊に感じたのは、①ベテラン作家同士の、端々に見える絶妙な丁々発止、②若き受賞俳優からこぼれる瑞々しさ(今回は20代が4人・30代が2人) 、③異才が遺した輝きを再確認させてくれたこと。受賞者の方々の、素顔が垣間見える言葉を中心に、お伝えします。
「1位でいいんでしょうか」
14 年連続で司会をした笠井信輔アナが闘病中のため、「映画パーソナリティーの襟川クロがピンチヒッター、 正式には司会代行として務めさせていただきます」、20 年前に 5 年連続で司会した “ 大先輩 ” が登板した。
キネマ旬報社代表取締役社長・星野 晃志の挨拶に続き、映画感想文コンクール2019全国大会グランプリの表彰、ビデオ屋さん大賞2019大賞「ボヘミアン・ ラプソディ」の表彰が行われる。
キネマ旬報社代表取締役社長・星野 晃志
映画感想文コンク ール2019全国大会グランプリの表彰
右から、丹保佳乃さん、平田菜々花さん、雫石華凛さん、渡邊このみさん
ビデオ屋さん大賞2019大賞「ボヘミアン・ ラプソディ」
20世紀フォックス ホーム エンターテイメントジャパン株式会社 マーケティング本部
本部長 井上倫明
そしていよいよベスト・テン受賞者の入場。一人一人、舞台に登場するたびに盛大な拍手が鳴り響いた。
まずは日本映画作品賞「火口のふたり」。 監督の荒井晴彦に、本誌編集長の三浦理高から賞状とトロフィーが渡される。
日本映画作品賞 監督の荒井晴彦
「赫い髪の女」が 41 年前に 4 位となったのを皮切りに、自身が脚本を手掛けた作品が幾度もベスト・テン入りし たことを振り返ったのち、「もう僕の作風では1位は無理なんじゃないかとあきらめてました。それが、自分が撮った映画でまさかという。70 歳を過ぎた脚本家が3 本目に撮った映画、 低予算で R18 の裸の映画が1位でいいんでしょうか」。笑いと拍手が響く。
「映画はいいのに演出も脚本もよくないと思ったのか、監督賞も脚本賞ももらえませんでした。演出は白石和彌、 脚本は阪本順治に教わって、またこの場に戻ってきたいと思います」と荒井 監督。壇上で着席している白石和彌、 阪本順治の、なんともいえない笑顔(?)が楽しい。
続いて、外国映画作品賞「ジョーカー」、外国映画監督賞、読者選出外国映画監督賞のトッド・フィリップスに授与、ワーナーブラザースジャパンの土合朋宏が受け取った。
続いては文化映画作品賞「i−新聞 記者ドキュメント−」、森達也が受け取る。「今、何かキャッチされてます?」という襟川の問いに、「いっぱいあります。でも言ったら撮れなくなってしまうんで、ここでは言えません」。次作への期待が膨らむ。客席には同作で森監督が追った東京新聞・望月衣塑子記者が笑顔で受賞を祝った。
文化映画作品賞 監督の森達也
次は特別賞。和田誠さんに贈られる。
受け取るのは和田さんの妻・平野レミ(仕事の都合で、先行授与となった)。 「夫はただただ映画が大好きで、私は映画はライバルだったんです。たぶん 天国から『レミがこんなところにいる、 何だよ』ってびっくりしてると思うん ですけど、よかったわね、お父さん、 いただきましたよ」
襟川の「和田さんは、原稿や絵をレミさんに見せられてたんですか」という問いに、「一切、何にも言わないの。 うちへ帰ってくれば猫をかわいがって子供をかわいがって。優しいんです。 あんまり優しい人と結婚しちゃったか ら、あとがつらいですよね。今私悲しくて悲しくて本当につらいんですよ。 泣いちゃうからもうやめますね」
特別賞 和田誠/代行:平野レミ
そのときもだけど、舞台に登場した 瞬間のひときわ大きな拍手に、和田誠さんをみんながどれだけ好きかを感じて、瞳が涙で光ったように見えた。
「“ 日本映画はだめだ ” という... ... 」
続いて、日本映画監督賞は「ひとよ」「凪待ち」「麻雀放浪記 2020」により白石和彌。
「キネマ旬報の賞は縁遠いなとずっと思ってたんですが、いただけて嬉しいです。アカデミー賞で見事にポン・ジ ュノ監督が受賞し、歴史の変わる瞬間だと思ったんですけど、同時にやっぱりすごく悔しさも覚えた。『日本映画は韓国映画に比べて全然だめだ』みたいなことがツイッターに書かれていたので、ちょっと責任を感じつつですが、 やれることをやって、必ずやいつか満足のいく映画を届けられるように、今後も頑張っていきます」
日本映画監督賞 白石和彌
そしてもう一言、「ちなみに去年『止められるか、俺たちを』で、荒井さんが編集長の『映画芸術』でワーストワン。今年は『麻雀放浪記 2020』でワースト3位だったので、演出でお教えすることは特にありません(笑)」。
日本映画脚本賞、読者選出日本映画監督賞のダブル受賞は、「半世界」により阪本順治。 「こんにちは(......とマイクスタンド の高さを直してたらマイクがスルリッ、空中ではっしと摑み取った。すさまじい反射神経!)。オリジナルで脚本を書くときは、主演を想定してるか、主演を決めた後ということで、今回は稲垣吾郎くんを頭において書きました」
日本映画脚本賞、読者選出日本映画監督賞のダブル受賞 阪本順治
襟川の「稲垣さんの、今までにない顔が見えた映画でしたね」という言葉 に、しばし考えた後、「かっこいい言い方ですけど、映画監督の仕事って、 俳優の顔を撮ることかなって」と答えた後、「偉そうだったですか? どうも 後ろ(背後)が気になっちゃって(笑)」。 またも荒井の笑う顔がおかしい。
「 “ 宮 本 ” の バトン を 」
続いて俳優陣の表彰。
主演女優賞は 「火口のふたり」により瀧内公美。
主演女優賞 瀧内公美
「ほとんど二人しか出ていない映画で、 相手役をしてくださった柄本佑さんが いたから、私は今日があるんだなと思っています。以前お世話になった白石監督に『瀧内にこの場で会えるなんて思ってなかったよ』って言われたんで すけど、私が一番思ってなかった(笑)。こういう場所に連れてきてくれたのは荒井さん。感謝しています」
襟川「美しく、何も着ていない二人がくんずほぐれつのシーンは、やはり監督からのご指導で?」
「火口のふたり」荒井晴彦監督と瀧内公美
荒井「ベッドの上の場面になると僕が出ていって、手取り足取りやってました。『足をもっとそらせろ』とか。あとはもう放し飼いです」
瀧内「そう......ですね。『しならせるんだ! しなるんだ!』って(笑)」 「火口のふたり」の上映は表彰式の後。 二人の言葉に、観る人はさらに堪能したのではないだろうか。
主演男優賞は「宮本から君へ」により池松壮亮。
謝辞の後、つい最近あっ たスタッフとのやりとり(問題視すべきことなのに協力して取り組んだけれど限界があって......というエピソード)を話し、「思えばこの作品は、ドラマから映画までそんなことばっかりだったな、と。正しくないこと、いつの間にかシステム化してしまったこと、お金のなさ・時間のなさを理由にしてしまう、事なかれ主義、問題を先送りに......。自分たちの悪い癖を食い止めようと待ったをかけて、誰かが怒ってはみんなでその壁を乗り越えて。現場にたくさんの “宮本” がいて、そのバトンをつないでもらった先にこの場があると思うと、僕だけの力では到底及ばない場所だったと思います」
主演男優賞 池松壮亮
助演女優賞は「半世界」により池脇千鶴。
助演女優賞 池脇千鶴
「基本、男三人の映画なので、私のやった役は、ともすればただのお母ちゃん、添え物になりかねない役。けれども阪本監督が一人の女として、妻として、母として、きちんと一人の人間を 描いてくださった。私の出番はさほど多くないけれど、こういうふうに評価してくださって、映画の神様は見てくださってるのかなと。新人賞をいただいたのはもう 20 年前(99 年度)、次 は 20 年もあかずにまた賞をいただけたら励みになるかなと思います」
阪本が促されて池脇と並び、「トロフィー重いから持ってあげたら」という襟川の呼び掛けに、5 キロ弱のトロフィー2つ、必死に抱えて笑いを呼ぶ。 さらに襟川の「阪本監督は女性の演出が本当に得意ですよね」の言葉には、「荒井さんの前でそんなこと言えるわけないじゃないですか(笑)」。
「半世界」の阪本順治監督と、池脇千鶴
「いま自分は生きてるんだな、と」
助演男優賞は「愛がなんだ」「さよならくちびる」ほかにより成田凌。 「役者を始めてまだ5年ぐらいですけど、こんな未熟な僕を選んでくださり、 ありがとうございます。そんな僕がいただいていいのかなと思って、さっき楽屋でキネマ旬報を見て、何人の人が選んでくれてるのかなと思ったら...... ダントツでした(笑)。すごい、1位 だ、嬉しいなと。それで、主演男優賞を見ると2位。ただすごく差があって、 悔しいなと。やっぱ足りないなと思っ たんですけど、でもいつかは」
助演男優賞 成田凌
新人女優賞は「町田くんの世界」に より関水渚。
新人女優賞 関水渚
「私にとって初めて出演した映画で、右も左もわからなかった私に、石井裕也監督は何度もご指導くださいました。 そのぶん私もとても悩み苦しみ、人生の中で一番、いま自分は生きてるんだな、と実感した1カ月でした」
襟川の「得意な技は? 運動神経とか」の質問には、「運動ができなくて ......ハンドボール投げの試験で 10 メ ートルも飛ばなかったので(笑)、逆にそれが特技かなと思っています」。
新人男優賞は「蜜蜂と遠雷」「決算!忠臣蔵」により鈴鹿央士。
新人男優賞 鈴鹿央士
「もうすぐ芸能界に入って3年目になるんですけど、石川監督や中村監督に教えてもらいながら、ちょっとずつ成長していけてたかなと思っています。 まだまだだなってすごく思ってるので、 ここ(壇上)にいらっしゃる方々ともし現場でお会いする日があったら、お世話になりたいです」
緊張もあってか、だんだん小さくささやくような声になるのも初々しい。
そして鈴鹿を気遣って、受賞を待つ間も明るく声を掛けていた三沢和子に、 本日の締めくくり、読者賞の授与。
読者賞 三沢和子
連載『2018 年の森田芳光』により、ライムスター宇多丸と共に受賞。
「自分のように畑違いの人間が、よりにもよって映画評論の総本山であるキネマ旬報で賞をいただける日が来るとは。まさしく世も末、身に余る光栄」と、仕事で欠席した宇多丸の謝辞を伝える。
「宇多丸さんはものすごい知識と感性、 私もそのノリで、思い出すことは何で もしゃべってしまって。たぶん森田が『いい加減にしろ』って言ってるなと 思いながら、いろいろ話してしまいました。さっき平野レミさんに『毎日寂しくてしょうがないけど、あなたは?』 って訊かれて、『8 年経っても毎日寂しくてしょうがないですよ』。っていうのがプライベート。だから映画は、 こんなに時間が経ってるのに彼の作品や名前がこうやって出していただける。 幸せだなと思います」
そして「あの世代で映画を作っていた荒井さんや阪本さんが今日受賞されてるのも縁だと思うので、これからも 元気なお二人には、どんどんいい作品を作っていただきたい」という言葉に、 この場だから生まれた感慨を、会場全体がズシリと覚えた気がした。
盛大な拍手で、式は終了。来年も、 「いま自分は生きてるんだな、って実感した時間」をちょっとでも感じて、 この日が迎えられますように。無論、 良き映画をも手掛かりに。
受賞者記念写真
(「特別賞受賞」和田誠の代行平野レミは仕事の都合で本撮影には不参加)
2020年2月11日(火・祝)東京・文京シビックホール
取材・文=高橋千秋 撮影=椿孝