野木亜紀子の社会派エンタメの真骨頂! 沖縄の事件を通して日本の社会問題を描く『連続ドラマW フェンス』
いまや日本で最もその新作が待たれる脚本家の一人である野木亜紀子。大ヒットドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(2016、2021)などの脚本を手掛けてきた野木は、2024年は映画「カラオケ行こ!」が好評を博し、公開されたばかりの最新映画「ラストマイル」も話題を集めている。その野木のオリジナルドラマとなる『連続ドラマW フェンス』のDVD-BOXが、9月4日にリリースされる(レンタル同時)。
本作は、2022年に本土復帰50年を迎えた沖縄を舞台に、二人の女性が連続暴行事件の真相を解明しようとするエンターテインメント・クライムサスペンス。2023年春にWOWOWで全5話が放送され、第61回ギャラクシー賞テレビ部門大賞など多数のドラマ賞を受賞する高い評価を受けた。野木やW主演の松岡茉優と宮本エリアナが、この作品の成り立ちや作品に込めた思いなども明かしたDVD-BOX収録の映像特典の内容も交え、本作の魅力をお伝えしたい。
二人の女性が連続暴行事件の真相解明に挑むクライムサスペンス
バディものでもある本作のW主演を務めるのは松岡茉優と、本作で俳優デビューした元ミス・ユニバース日本代表の宮本エリアナ。さらに、青木崇高、光石研らが共演する他、特別出演の新垣結衣をはじめ、JO1の與那城奨、比嘉奈菜子、佐久本宝、松田るか、吉田妙子ら、総勢50人を超える沖縄出身のキャストが参加。主題歌も沖縄出身の人気ラッパーのAwichが、娘の通う沖縄の小学校に米軍ヘリの窓が落下した事故に着想を得て2022年に発表した曲『TSUBASA feat. Yomi Jah』を採用している。
雑誌ライターのキーこと小松綺絵(松岡茉優)は、雑誌編集長・東(光石研)の依頼で、米兵による性的暴行事件の被害を訴えるブラックミックスの女性・大嶺桜(宮本エリアナ)を取材するため沖縄へ向かう。桜の供述には不審点があり、事件の背景を探る必要があったため、キーは米軍基地の門前町・通称コザで桜が経営するカフェバーMOAIを訪問。観光客を装って桜に接近し、桜の祖母・大嶺ヨシ(吉田妙子)が沖縄戦体験者で平和運動に参加していることや、桜の父が米軍人だったことを聞き出す。さらにキーは、都内のキャバクラで働いていた頃の客だった沖縄県警の警察官・伊佐兼史(青木崇高)にも会い、米軍犯罪捜査の厳しい現実を知る。やがてキーは、沖縄の複雑な事情が絡み合った“ある真相”に辿り着いたと思いきや、物語は二転三転していくことになる。
野木は、『重版出来!』(2016)や『逃げるは恥だが役に立つ』などのドラマや「図書館戦争」シリーズ(2013、2015)などの映画で注目を集めたことから、原作の脚色の上手さでも知られている。しかし、野木自身もオリジナル脚本を書きたいと公言しているとおり、その力量はオリジナル脚本でも発揮され、『アンナチュラル』『獣になれない私たち』『フェイクニュース』(2018)『コタキ兄弟と四苦八苦』『MIU404』(2020)など、数々の名作ドラマの脚本を手掛けている。特に社会問題を背景にした社会派エンタメに定評があり、『フェンス』はまさにその真骨頂。二人の女性が米兵による性的暴行事件の真相を追うサスペンスミステリーを通して、日米安保体制と米軍基地や日米地位協定の問題、沖縄で生きる人々の現実、ジェンダーや人種の問題、沖縄と本土の関係性、性的暴行や虐待、その後遺症など、沖縄と日本そのものが抱える社会問題も描いている。また、立場も性格も異なる多種多様なキャラクターが多数登場するが、40日以上かけて100人以上に取材したそうで、そのリアリティのあるキャラクターと台詞にも唸らされる。
タイトル“フェンス”に込められた様々な垣根や境界
タイトルのフェンスとは、直接的には劇中で何度も主人公たちの前に立ち塞がる米軍基地を囲う鉄柵だが、それだけではなく、沖縄と本土、日本とアメリカ、性別、人種、世代、心などの垣根や境界も指す。それは主人公二人の間にもあり、見ているうちにさまざまな“フェンス”の存在を意識することになる。それを越えるためには、どうすべきか。沖縄で起きている問題だけでなく、ジェンダーや人種の問題なども描いているが、決して答えを出しているわけではない。沖縄の人々の考え方から、日米地位協定がどのような問題を起こしているのかまで、知らなかったことを学ぶ機会や、考えるきっかけを与えてくれる。劇中で、ある米兵が基地外で犯した罪により、軍内部で処分を受けた際、処罰の軽さに不公平感を漏らす日本人に対して、米兵が「私たちは日本を守っているのに、なぜ?」と問いかける姿は、日本とアメリカの関係性や考え方の違いを象徴していて、ドキッとさせられた。とはいえ、本作はそれらをあくまでエンタメとして描いており、説教臭さや堅苦しさは全くない。主人公二人と共に二転三転する事件の謎を追う中で、社会問題を自然と身近に感じられるような、見事な社会派エンタメとなっている。
映像特典に収録された第1話の完成披露試写会舞台挨拶で野木は、本作の成り立ちを明かしている。NHKで2018年に『フェイクニュース』を執筆した野木は、そのプロデューサーだった北野拓から、まず2020年頃に脚本執筆を打診された。沖縄支局で記者経験のある北野は沖縄が舞台のドラマが念願だったそうで、日米地位協定が絡む事件を描く男女バディの刑事ものを提案されたが、当時の野木は『MIU404』を執筆したばかりで、一度はお断りしたという。確かに当時の野木は、脚本を務めた映画「罪の声」(20)も公開され、2021年新春放送のドラマ『逃げるは恥だが役に立つ ガンバレ人類!新春スペシャル!!』や2022年公開のアニメ映画『犬王』などの脚本も仕上げた後で、かなり忙しくしてきたため少し休養したいとも当時の取材時に語っていた。
しかしその後、WOWOWのプロデューサーで沖縄出身の高江洲義貴が加わり、放送も決まったことから、「作品作りは座組とタイミングが大切で、これ以上の座組はない」と感じた野木は、執筆を決断したという。そうしてWOWOWとNHKエンタープライズの共同製作ドラマとなったわけだが、物語は性的暴行事件を追うことから、いろんな世代の女性が出てくる物語にしたいと、主人公も女性バディに変わっていったそう。そんな経緯が、映像特典で語られている。
野木亜紀子、松岡茉優、宮本エリアナが制作経緯や作品に込めた思いを明かす映像特典
主人公のキーこと小松綺絵は、目的のためには手段を選ばない非情さや行動力を持ち、器用そうに振る舞うが、心に闇を抱えた複雑な人物。そんな多面的な難役を、松岡は確かな演技力で、表情も声色も自在に変えつつ、見事に実在感をもって表現。松岡はちょうど沖縄に関心を持っていた時期に出演オファーを受けたことから縁を感じたそう。今の沖縄で実際に起きている問題をエンタメとして取り組む責任や覚悟をもって取り組んだようだ。さらに映像特典では、劇中の「沖縄の問題じゃありませんよ、日本の問題です」という台詞に共感し、「この物語で描いているのは、沖縄の問題ではなく、沖縄が背負っている問題。他人事ではなく、自分のこととして捉えるきっかけになれたら嬉しい」と、本作に込めた思いも語っている。
宮本エリアナが演じたもう一人の主人公・大嶺桜は、沖縄のコザ地区でカフェバーMOAIを経営しているブラックミックスの優しい女性。米兵による性的暴行事件の被害を訴えるが、何かを隠している不審な様子が窺えるも、嘘をつくような人物には見えない。この桜役にオーディションで選ばれた宮本は、初演技とは思えないほどナチュラルに演じている。ずっと沖縄で生きてきた桜は、英語もほとんど喋れない日本人だが、外見的には外国人のように見られがちで、同じ立場の者にしかわからない、疎外感や居場所のなさのようなものも感じて生きてきた。そんな複雑な思いを抱えながらも、素直に生きてきた桜という役には、長崎出身の宮本自身も共感できることが多かったようで、「日本人とは何か」を考えさせられるドラマであることや、ブラックミックスの役を演じられたことへの喜びを映像特典で語っている。
今回その一部を紹介した野木、松岡、宮本のコメントは、9月4日に発売されるDVD-BOXの映像特典(完成披露試写会舞台挨拶、松岡茉優/宮本エリアナ SPインタビューなど)でたっぷりと見ることができる。主人公の二人や多種多様な登場人物たち、それぞれの立場で異なる思いが描かれているため、どの視点で見るかによって受け取り方も変化してくる。二度見、三度見したくなる奥深い人間ドラマとなっているので、ぜひDVD-BOXで何度でも楽しんで欲しい。
文=天本伸一郎 制作=キネマ旬報社
『連続ドラマW フェンス』
●9月4日(水)DVD BOXリリース(レンタル同時)
DVD BOXの詳細情報はこちら
●DVD BOX 価格:12,870円(税込)
【ディスク】<3枚組>
★映像特典★
・完成披露試写会舞台挨拶、松岡茉優/宮本エリアナ SPインタビュー、スポット映像集
●2023年/日本/本編268分
●脚本:野木亜紀子
●監督:松本佳奈
●出演:松岡茉優、宮本エリアナ、青木崇高、與那城奨(JO1)、比嘉奈菜子、佐久本宝、ド・ランクザン望、松田るか、ニッキー、新垣結衣(特別出演)、Reina、ダンテ・カーヴァー、志ぃさー、吉田妙子、光石研
●発売・販売元:ハピネット・メディアマーケティング
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