悪魔のような父と息子、再会の先に見える境地を描いた壮絶な物語に
大山晃一郎監督が込めた想いとは—。
映画「いつくしみふかき」
渡辺いっけいが魅せる悪の父親像
―人が出払った家の扉を開け、土足で踏み込んでくる。盗みを働こうとする「悪魔」を演じるのは、これが映画初主演となるベテランの渡辺いっけいだ。その男=広志はすぐに見つかって村を追われるが、時を同じくして、彼の息子=進一が病院で産声を上げていた。それから30年、悪魔の子として村人に疎まれて育った進一は、転がり込んだ町の牧師のもとで、実の親と知らぬまま広志と再会。そして共同生活をすることに――。現実離れした「いつくしみふかき」の物語だが、実話に基づいていると大山晃一郎監督が明かす。
大山:「僕が演出を務める劇団チキンハートの主宰・遠山雄の郷里(長野県飯田市の遠山郷)の知人が、進一のモデルです。その知人がやくざ者だった父親の葬儀で、涙ながらに『みんないろいろ言うけれど僕にとっては父です』と語ったのが、遠山には印象的だったようで」
―映画化に向けて動き出すも、予算を含めてなかなか具体化しなかった。何よりも広志役が浮いたまま。そんな中、大山が助監督キャリアで親しくなった渡辺いっけいが「やろう」と申し出た。
大山:「テレビとは違ういっけいさんを見たいとお伝えしたら面白がってくれ、ベールを脱いだというか、僕に身を委ねてくださったので、この映画を通して初めていっけいさんと『初めまして』になれた気がします。面白かったのは、『山ちゃん(=大山)、オレ今わかってない。普段の現場では計算立ててやるけど、今はわかってないよ』って素直に打ち明けてくださるんです。僕が『大丈夫です』と返すと、『本当か? 不安でしょうがないよ』『大先輩が何言うてるんですか』という具合で(笑)。現場では半信半疑だったはずで、完成品を観ても、凄いものは目撃した気がするけど、面白いのか、何点か、まったくわからないと言っていました。ご自身の姿も、『これは誰だ?』という感じで」
―対する進一は、遠山雄が演じた。鬱屈にとらわれた重い足取りを、自然体で見せる。
大山:「お前芝居してへんやろ! ってずっと言ってました(笑)。遠山とは知り合って長いですが、まったく気が合わない。プライベートで飲みに行くことなんか絶対なくて、一緒に劇団と映画をやって、しんどい思いしかしていない……。今回いっけいさんには『あ、テレビでの顔が出てましたよ。もう一回』と何度もNGを出しましたが、遠山に対しては、そもそも濃い芝居をしないし、出してきたものがあいつの答えなのかなと思ったら、こちらがOKとかNGとか言いたくない。お前がクソやったからこの映画が売れへんかったって後で文句言えるし、互いに無言の圧をかけながら作った感じです」
―他の役の多くは、ロケ地である飯田出身の役者で固まった。
大山:「山間で育った人の感じってあると思うので、喋り方も含めて現地の役者さんを使いたいなと。だから10人くらいが『飯田出身縛り』です。主題歌を歌っていただいたタテタカコさんもそう。賛美歌の〈いつくしみ深き〉をタテさんバージョンで歌ってほしいとオファーしていたんですが、ライブにお邪魔したらめちゃくちゃ良くて号泣して気が変になってしまい、急遽オリジナル曲をお願いしました。ではそうしましょうと。周りはええっ? って」
息子と父が辿り着いた境地とは
―ストーリーはひたすら壮絶だが時にコミカル、やがてその奥の人間愛を照らし出す。
大山:「7年間くらい劇団で演出してきましたが、いちばん成功した最後の公演で、脚本の作り方をガラッと変えたんです。それまではラストシーンをまず決めて、そこから間を埋めていましたが、そうではなくて展開順に紡いでいく。今回の映画もそうです。あと、父と息子の変化はなるべく丁寧に描こうと努めながらも、映画ですから省略と飛躍を大切にしました」
―そして最後に画面に焼きつけたものは――。
大山:「ふたりが許しを交わすラストには絶対したくなかったんです。そこまで行かなくて、ただ存在を認める。だから進一が広志を『父』と呼ぶのがひとつのゴール。実際に広志は変わることなく、ずっと獣のようですけど、終盤に銃を突きつけられて『生きたい』と言う瞬間、初めて自分ではない誰か、おそらく進一の存在が感じられるんですよね。その時の弱くて情けない顔を描きたかった。それは成長とはちょっと違う」
―扉を開き、進一は踏み出していく。映画は幕を閉じるが、「物語」はここで終わらないようだ。
「僕自身も育った家庭環境が良くなくて――」と切り出した監督の口から、自身と父との関係、そして映画が封切られてほどなく父が亡くなったことが明かされた。一連の出来事は、驚くほどに劇中の主要エピソードそのままだった。
大山:「なんでこのタイミングで、こうなんねやろって。映画で風呂のシーンを撮りましたが、自分の父親も最後にきれいに洗ってやろうと湯灌(ゆかん)に参加したら、訳のわからない涙が出てきて。恨んでいたけど、この映画があったから僕自身も父と向き合えました」
―現実にまで踏み込んでくる映画。神か悪魔が宿っているのかも。
おおやま・こういちろう:1985年生まれ、大阪府出身。大阪芸術大学を中退して上京し、映画やTVドラマの助監督として活躍。短篇映画「ほるもん」(11)で初監督。劇団チキンハートと大山劇団の作・演出家でもある。本作で2019年ゆうばり国際ファンタスティック映画祭での観客賞を受賞のほか、カナダのファンタジア国際映画祭にてコンペティション部門に正式出品されるなど、国内外からも注目を集めた。
文=広岡歩/制作:キネマ旬報社(キネマ旬報3月上旬号より転載)
「いつくしみふかき」
●3月3日発売
●DVD 3,800円+税 /ブルーレイ 4,800円+税
●監督・脚本/大山晃一郎
●出演/渡辺いっけい、遠山雄、平栗あつみ、榎本桜、小林英樹、こいけけいこ、のーでぃ、黒田勇樹、三浦浩一、眞島秀和、塚本高史、金田明夫
●2019年・日本・カラー・16:9LB(ビスタサイズ)・音声1:日本語(ドルビーデジタル5.1chサラウンド)・音声2:オーディオ・コメンタリー(ドルビーデジタル 2.0chステレオ)・本篇109分
●映像&音声特典/オーディオ・コメンタリー(渡辺いっけい×遠山雄×榎本桜×大山晃一郎監督)・メイキング※BDのみ収録・ 舞台挨拶・劇場予告篇
●発売・販売元/ギャガ
(C) 2020「いつくしみふかき」 製作委員会