河合優実の身体性を通し、いまを生きる若者たちのムードを捉えることに挑んだ映画「ナミビアの砂漠」

第98回キネマ旬報ベスト・テン主演女優賞に輝いた、河合優実が主演する映画「ナミビアの砂漠」のBlu-rayが、5月9日にリリースされた(レンタルDVD同時リリース)。本作は、第77回カンヌ国際映画祭で「若き才能が爆発した傑作」と絶賛され、女性監督として史上最年少となる国際映画批評家連盟賞受賞の快挙を成し遂げた、山中瑶子監督の初の本格的な長編映画である。

キネマ旬報ベスト・テン主演女優賞の他にも、第79回毎日映画コンクール主演俳優賞(河合優実)、新藤兼人賞・金賞(山中監督)、第16回TAMA映画賞で最優秀女優賞(河合優実)&最優秀新進監督賞(山中監督)をW受賞するなど、2024年~25年にかけて国内外のさまざまな映画賞に輝き、高い評価を得ている本作。“河合優実イヤーズ”とも言うべき華々しい活躍ぶりを数年間にわたり更新し続けている俳優、河合優実のフィルモグラフィーにおいても、「あんのこと」と並ぶ重要作として刻まれる作品であると同時に、山中監督×河合主演が実現するまでのドラマチックな逸話も含めて、河合優実の身体性を通し、令和を生きる若者たちのムードを捉えることに勇猛果敢に挑んだ作品として、語り継がれるであろう一本だ。

ゴーグル姿で「冷たくなりまーす」と抑揚のない掛け声を発しながら美容脱毛サロンで働く21歳のカナ(河合優実)は、人生に何を求めていいのかさえわからず、何事にも情熱を持てずにいる。甲斐甲斐しく身の回りの世話をしてくれてはいるものの、自分本位でしがない恋人のホンダ(寛一郎)と同棲する彼女にとっては、恋愛すら暇つぶしのひとつでしかないようだった。そんな退屈な日々を送る中、自信家のクリエイター・ハヤシ(金子大地)と出会ったカナは、刺激を求めて徐々に関係を深めていく。

ハヤシから「ホンダと別れて欲しい」と切り出されて「わかった」と答えたものの、様子見するうち、ホンダ側の“ヤラカシ”によって離れるに十分な理由ができたカナ。浮かれ気分で向かった”愛しのハヤシ“とのデートでカナは鼻ピアスを開け、ハヤシは、カナがデザインしたイルカのタトゥーを腕に刻印。ホンダの居ぬ間に彼のアパートから冷蔵庫を運び出し、新居で同棲を開始するカナとハヤシだったが、その新生活は初日から歯車が噛み合わず、やがてストレスフルな関係へと発展していくことになる。果たして、近隣の迷惑も顧みず、傍若無人に振舞うカナ&ハヤシの行く末は……?

やり場のない感情を持て余し、やがて怒りを爆発させるカナの生態を浮き彫りに

山中監督の自主制作映画「あみこ」を、ポレポレ東中野で観て衝撃を受けた、まだ何者でもなかった頃の河合優実が、「いつか出演したいです」と監督に直接想いを伝え、二度目に「女優になります」と書いた手紙を手渡したというのは、もはや有名な話。それが6年後に映画「ナミビアの砂漠」という形で見事結実するに至った経緯は、「ナミビアの砂漠」Blu-rayの【映像特典】のひとつとして収録された、「あみこ」リバイバル上映時に行われた監督と河合のトークイベントでのやりとりに詳しい。「手紙を受け取った時の、怖いもの知らずの万能感に満ちた河合の“勝気な瞳”が印象に残っている」と話す山中監督に、「それは、映画『あみこ』に出てくる“瞳は勝気なブス”という表現を暗に含んだ言い回しなのか……!?」と、勘繰ってしまう河合が微笑ましい。WEBメディア「CINEMS+」上にて、河合自らその時の思い出を赤裸々に綴った「人生を変えた映画」というコラムも併せて読むことで、さらに解像度が上がるはずだ。

紆余曲折を経て、“河合優実を主演にオリジナル映画を撮る”ことになった山中監督は、「自分自身を隠蔽することをせず、自分の目から見た本当のことを描こう。それが自分にとって好ましくない部分を明かしてしまうことになっても、そういう風に映画を作ろう」と覚悟を決める。そして、河合との度重なるディスカッションを通じて、互いに自己開示を行う中で、「人の話を聞いているようで、実はたまに聞いていない」といった河合自身の特性さえ脚本に落とし込み、2020年代の日本の片隅で生きる21歳の女性カナの日常をリアルに活写。さらに、山中監督と同世代であり、河合と共に令和の日本映画界をけん引する2人の俳優、金子大地と寛一郎をカナの新・旧の恋人役に起用し、何事も諦めから入るこの時代のムードの中で、やり場のない感情を持て余し、やがて怒りを爆発させる、カナという生き物の生態を浮き彫りにしていった。

また、カナの友人役に新谷ゆづみ、カナがオンライン診療を受ける精神科医役に中島歩、箱庭療法を行うカウンセラー役に渋谷采郁、カナとハヤシのマンションの隣人役に唐田えりか、ハヤシの両親役に堀部圭亮&渡辺真起子といった個性豊かな面々を配し、カナたちの生活を取り巻く社会環境も描くことで、物語に奥行きを与えている。

河合×金子×寛一郎×監督のオーディオコメンタリー&イベント集を特典として収録

2023年9月末から10月頭にかけてのおよそ2週間で、映画の冒頭に登場する町田駅前や、新宿・歌舞伎町など東京近郊を舞台に撮影されたという本作。Blu-rayの【音声特典】として収録されたオーディオコメンタリーでは、河合優実、金子大地、寛一郎、山中瑶子監督の4人が、映画の冒頭からエンドクレジットに至るまでの137分間にわたり、映画を観ながら撮影時の裏話をまったりとした空気感の声色で語っており、まるで同じ空間で彼らと一緒に映画を観ているような、親密な気分が味わえる。

町田駅ターミナル。人目もはばからず歩きながら日焼け止めを塗り、長い手足を持て余すかのように“のっしのっし”と歩くカナのロングショットが映し出されるや、その特徴的な歩き方について寛一郎が河合に質問を投げ掛ける。そして、河合があっさりとその意図を明かしたかと思えば、続く喫茶店の場面で後ろのサラリーマンたちの話が気になり、“気もそぞろなカナ”の名場面が生まれるに至った舞台裏にも言及する。

さらには、カナとハヤシの蜜月シーンの象徴とも言うべき公園のタコの滑り台のなかでのキスシーン撮影時におけるトリビア的なエピソードや、カナとハヤシの“トイレのシーン”の撮影時に現場で起きていたハプニング。「この表情や仕草にバブみがある」と分析して恥ずかしがる場面などもあれば、演じている本人たちさえもが初めて知るような興味深い話も満載で、本作を深掘りするための手引きになること請け合いだ。

なかでも、カナと唐田えりか扮する隣人が、森の中で「キャンプだホイ!」を歌いながらたき火を飛び越える幻想的で美しい場面から、グルグルとカメラが回転し、カナとハヤシが“反転した部屋”の中で喧嘩を繰り広げる場面への転換や、「かっぱえびせん」を片手に、ルームランナーで走りながら喧嘩する自分たちをスマホで見ているカナの姿がワイプでカットインする場面について、監督自身が解説する場面は必見だ。

【映像特典】には、先述の「あみこ」のイベント以外にも、「ナミビアの砂漠」の公開記念舞台挨拶の模様や、監督と河合による上映後のティーチインのほか、カンヌ国際映画祭でプレミア上映に参加する4人に密着した映像なども併せて収録されている。若い世代のキャスト&スタッフが圧倒的なパワーで生み出したエネルギッシュな作品の裏側には、今後の日本映画界の発展のカギともなる大きなヒントが詰まっている。

文=渡邊玲子 制作=キネマ旬報社

「ナミビアの砂漠」

●5月9日(金)Blu-ray&DVD発売(レンタルDVD同時リリース)
▶Blu-ray&DVDの詳細情報こちら

●Blu-ray 価格:6,600円(税込)
★映像特典★
・イベント集

★音声特典★
・オーディオコメンタリー(山中瑶子監督×河合優実×金子大地×寛一郎)

●2024年/日本/本編137分
●監督・脚本:山中瑶子 
●出演:河合優実
金子大地、寛一郎
新谷ゆづみ、中島歩、唐田えりか、渋谷采郁、澁谷麻美 
倉田萌衣、伊島空、堀部圭亮、渡辺真起子

●発売元:ハピネットファントム・スタジオ 販売元:ハピネット・メディアマーケティング
©2024「ナミビアの砂漠」製作委員会

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