夢が叶わなかった人たちのその後の人生の物語「東京バタフライ」。佐近監督がいま伝えたい想いとは―。
夢が叶わなかった人たちのその後の人生の物語。
佐近圭太郎監督が、いま伝えたい想いとは—。
映画「東京バタフライ」
解散した4人組バンドの“夢の残り香”
―レコード会社からメジャーデビューの誘いを受ける人気大学生バンド「SCORE」。だが、プロデューサーが新曲の歌詞を勝手に変えてしまったことにボーカルの安曇が反発、バンド内で対立が起こり、解散の道を辿ることに。安曇を演じるのは、映画初主演となるシンガーソングライターの白波多カミンだ。6年後、介護士となった安曇、人気バンドのサポートとして活動する仁(水石亜飛夢)、アルバイトをしながらも音楽に未練が残る修(小林竜樹)、結婚後、妻の実家の和菓子屋で働く稔(黒住尚生)、28歳となったメンバーはそれぞれの生活を歩んでいた。後悔の念を抱えた4人は“夢の残り香”とどう決着をつけるのか。
そんな若者たちの群像劇を描く「東京バタフライ」(8月4日にDVDリリース)で長篇デビューを果たした佐近圭太郎監督が作品の成り立ちを明かす。
佐近:「ちょうど3年前、現在所属するTokyo New Cinemaに入社したばかりの頃に、アニメーション会社のWIT STUDIOからお話をいただいてスタートした企画なんです。WIT STUDIO所属の脚本家である河口友美さんが書かれた原案をもとに、制作が始まりました」
―当初は解散したバンドが再結成を試みる過程でもう一度再起するという物語だったが、佐近には成功の形を描くよりも夢が叶わなかった人たちのその先の人生を描きたい気持ちが強く、意見交換を重ねて現在の形に。また、音楽ものでもあるので、主人公はアーティストに演じてほしいという思いもあった。
佐近:「(アーティストの中から)主人公の候補者を探す中で、白波多カミンさんのMV『バタフライ』と出会ったんです。彼女の朴訥とした捉えどころのない表情に安曇らしさを感じ、楽曲に込められた“もがき”が今作にピッタリだと思い、オファーを決めました。白波多さんご自身も、(ケンカ別れではないですが)かつて組んでいたバンドを解散した過去があったことを後から知り、凄く運命的なものを感じましたね」
―そのほかの役者はオーディションで探した。佐近には役者を選ぶ上で意識していたことがあった。
佐近:「その人が持っているもともとの人間性が役と呼応するか、という部分ですね。たとえば、黒住尚生さんの思いは滅茶苦茶あるんだけど、言葉にうまくまとまらない感じはすごく稔っぽいなと思いましたし、水石亜飛夢さんのあの年齢にしての圧倒的なプロ意識はもうそのまんま仁だな、と。まぁ水石さんは仁よりは柔らかいと思いますけど(笑)」
本質は音楽ではなく、人生を描くこと
―本作は音楽映画でありながら、演奏シーンはほぼない。その理由を佐近はこう語る。
佐近:「最初は音楽映画ですし、演奏シーンは不可欠だと思っていたんです。でもある時、中川龍太郎監督からこの映画の本質は音楽よりも夢の残り香を胸に抱きながらその先の人生をどう生きていくか、という部分にあるんじゃないか、っていう意見をいただいて、ほんとにそうだなぁと思ったんです。それで割り切って、演奏シーンをほぼなくすことにしたんです」
―華やかな演奏シーンよりも人生を描くことに重きを置く佐近は、スポットライトが当たらない人が好きだと語る。
佐近: 「山田太一さんの作品の影響はあるかもしれないですね。『ふぞろいの林檎たち』の四流大学生だったり、多くの人に存在を知られていないけど、もがいて頑張っている人たちの姿を描きたいんです」
―そんな佐近が一番思い入れがあるシーンは、音楽を挫折した修が業界の第一線で活躍する仁に対して、「何でお前はそんなに頑張れんの?」と問いかける場面だ。
佐近: 「仁は『根拠なき使命感』とだけ答えるんです。自分はなぜ映画をつくっているのだろうと考えたとき、『誰かに頼まれたわけじゃないけど、これをやるのが自分の人生における責務だ』と言い聞かせながらやっていることが多く、その思いをちゃんと役に乗せられたシーンになりました」
―この場面を撮影した野球場には実は一切照明がなく、夜間は真っ暗だった。それを撮影可能にしてくれたのは、佐近の古くからの仲間だった。
佐近: 「僕の日芸時代の同級生である平野礼くん(中川龍太郎監督の『四月の永い夢』などのカメラマン)が照明部として半日かけて照明を作ってくれて。でも、機材数の問題で一つのアングルから撮るのが限界で。当初は何カットか割ろうと話していたのですが、大事なシーンだし、感情を切らずに地続きでやろうと決めて撮影しました。水石さんも小林竜樹さんもだいぶプレッシャーを感じていたと思うのですが、本当にいいお芝居で応えてくれました」
―仕事に限らず、挫折というものは誰しもが経験することだ。佐近はそんなしこりを清算しきれないまま生きている人たちにこの作品を観てほしいと語る。
佐近:「この作品に触れて、少しでも心が軽くなるというか、いまこの場所に立っている自分という存在を肯定できるようになってもらえたら、凄く嬉しいですね」 次回作は喜劇だという佐近。これからが楽しみな注目の新鋭の瑞々しい長篇デビュー作を、ぜひその目に焼き付けてほしい。
さこん けいたろう:1990年生まれ、千葉県出身。日本大学藝術学部映画学科監督コース卒業。大学の同期でもある池松壮亮が主演した「家族の風景」(13)がTAMA NEW WAVE映画祭などで多数の賞を受賞し、注目を集めた。川上奈々美主演のモキュメンタリー「女優 川上奈々美」(18)はゆうばり国際ファンタスティック映画祭などに出品。「静かな雨」(19)など、中川龍太郎監督作品の監督補佐なども務める。
文=平谷悦郎/制作:キネマ旬報社(キネマ旬報8月上旬号より転載)