『ナイトメア・アリー』のギレルモ・デル・トロ監督作品を紐解く

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異才ギレルモ・デル・トロの最新作「ナイトメア・アリー」が本年度アカデミー賞(日本時間3月28日 9:00開催)で作品賞を含む4部門にノミネートされ、3月25日より日本公開。注目が高まるこのタイミングで、近年のデル・トロ監督作品の軌跡を辿ってみたい。

 

モンスター映画としてのデル・トロ作品

[caption id="attachment_10449" align="alignnone" width="800"] (C) 2006 ESTUDIOS PICASSO,TEQUILA GANG Y ESPERANTO FILMOJ[/caption]

闇の迷宮で少女の前に現れた異形の“何者”かは、自身についてこう述べる。「私には多くの名前があります。どれも古い名前ばかりで、風や木々にしか発音できません──」。デル・トロの出世作「パンズ・ラビリンス」(06)のワンシーンだ。もちろんファンタジーの住人であるその者(結局、迷宮の守護神パンと名乗る)に、私たちの隣人のような名前は期待できないが、だとすれば手っ取り早く名指す方法があるはず。〈モンスター〉と呼んでおけばよい。「ヘルボーイ」(04)「パンズ・ラビリンス」と連なるオタク・カルチャー愛好家デル・トロの映画は、絵具をぶちまけて悪意で掻き混ぜたような〈モンスター〉の饗宴だ。

 

KAIJU、幽霊と姿を変えて

「パシフィック・リム」(13)の〈モンスター〉は、人類の脅威となる〈KAIJU〉だ。粘っこくグロテスクなその姿はまさしくデル・トロ印だが、一方でKAIJUに立ち向かう人型兵器はメタリックな想像力を掻き立てる。しかし何より心を熱くするのは登場人物たちだ。タフガイの主人公を演じるチャーリー・ハナムはもちろん、日本から参戦の菊地凛子も、子役時代の芦田愛菜も魅力たっぷり。威厳も思慮もある司令官役のイドリス・エルバが謎のタイミングで差し挟む日本語も、軽いお楽しみポイント。ところで「パシフィック・リム」以降の監督作品では、デル・トロの脇に共同脚本家の名前がある。勝手な想像だが、大がかりなバトルアクションも含めたデル・トロのオタク的熱狂と偏愛が、共同脚本家たちによるヒューマンな潤いで包まれているように思えてくるのだ。

「クリムゾン・ピーク」(15)は、一転して20世紀初頭が舞台のゴシック幽霊譚。幽霊といっても、デル・トロ作品のそれは気配に溶けたりせず、やはり粘着質の〈モンスター〉だ。紐解かれるのは、屋敷の地下に眠る血塗られたミステリー。デル・トロ作品は往々にして、地下の暗い秘密を連れてくる。やがて深紅に染まる白銀世界に、艶やかな衣装で放り込まれる初々しいヒロイン役のミア・ワシコウスカ、謎と憂いを帯びた準男爵にトム・ヒドルストン、妖女さながらのジェシカ・チャステインは対照的に色彩を散らし、チャーリー・ハナムは「パシフィック・リム」とは一転、礼節をまとって静的な顔を見せる。

 

半魚人だけでなく“異端”の人々も

[caption id="attachment_10450" align="alignnone" width="1024"] (C) 2018 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC.[/caption]

「シェイプ・オブ・ウォーター」(17)は、米ソ冷戦を背景に、アマゾン奥地から連れてこられた水生の不思議な生き物と、清掃員女性イライザ(サリー・ホーキンス)とのファンタジックなロマンスを紡ぎ出す。ここでの〈モンスター〉はもちろんその〈半魚人〉だが、もしも少数派の“異端者”や社会的弱者が嫌悪や恐れを込めて〈モンスター〉と呼ばれてしまうとすれば──口のきけないイライザ、その身内といえる同性愛者ジャイルズ(リチャード・ジェンキンス)、およびイライザの同僚ゼルダ(オクタヴィア・スペンサー)をはじめ人種差別を被る黒人たちも、〈モンスター〉の系譜に連なるのかもしれない。そんな彼らが心を通わせ、ジョークを飛ばし、戸惑い、苦悩し、アクションを起こしていく姿は、どこまでも共鳴の波紋を広げて世界に浸透し、異端者=モンスターのラベルを溶かしていくことだろう。いやむしろ、あらゆる人々がモンスターとしての誇りを高らかに謳いあげたというべきなのかもしれない。いずれにしろアカデミー賞で作品賞を含む4冠に輝き、ひとつの到達点となった。

さて最新作「ナイトメア・アリー」(21)は、前時代の怪しげなカーニバル一座というデル・トロらしい道具立てのもとに幕を開ける。進化を続けるデル・トロ的モンスター譚の現在地はどこか。“風や木々にしか発音できない”名前のごとく繊細にして唯一無二の〈モンスター〉の顔が現れるのを期待したい。

文=広岡歩/制作=キネマ旬報社

 

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作品名:『ナイトメア・アリー』
公開表記:2022年3月25日(金) 全国公開
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
(C) 2021 20th Century Studios. All rights reserved.

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