連載「地域映画」は、本当に地域のためになるのか? その2
安田真奈監督(映画監督・脚本家)インタビュー
地域活性のための映画製作プロジェクト『ぼくらのレシピ図鑑シリーズ』第1弾は、兵庫県加古川市を舞台に作られた「36.8℃ サンジュウロクドハチブ」(17)。『ぼくらのレシピ図鑑シリーズ』とは、「1本の映画をつくり上げた時間(過程)が、地域にとってかけがえのない財産になる」をコンセプトに、地域の「食」や「高校生」とコラボしてシティプロモーション効果を持つ青春映画を作るプロジェクトだ。監督は、いまも根強いファンを持つ沢田研二、上野樹里主演の「幸福(しあわせ)のスイッチ」(06)の安田真奈監督。
「36.8℃」は加古川市の上映で喝采を浴びただけでなく、1週間限定公開ながら東京・新宿ケイズシネマでの興行も土日満席のヒットとなった。それだけではない。映画が製作される過程、宣伝期間中はもちろん、興行終了後のいまも、安田監督の手掛けた「36.8℃」プロジェクトは、活発に機能し続けているというのだ。いったいどんなことを行ったのか。安田監督にうかがった。
取材・文=関口裕子
映画は終わらない祭りだ
「36.8℃ サンジュウロクドハチブ」完成披露試写会
――『ぼくらのレシピ図鑑シリーズ』という地域活性のプロジェクトに参加するにあたり、映画監督・脚本家として、どのような姿勢で取り組まれたのか、うかがえればと思います。
安田 「幸福(しあわせ)のスイッチ」(劇場用映画デビュー作)は、和歌山県田辺市で撮ったんですが、実はこの時も、地域の方と交流し、協力いただきながら撮影を進めたんです。電器屋さんの話でしたので、空き倉庫を電器屋さんに仕立てたり、地域の電器屋さんに機材を借りたり、主演の沢田研二さんに電器屋さんの仕事や動きを教えてもらったり、方言指導していただいたり、紀伊田辺の方たちにお世話になりました。皆さん、沢田研二さんや上野樹里さんが地元に来られるのを大変喜んでくださいました。その時、映画人だけで映画を作るより、地元の方に応援されながらわいわい作るほうが楽しいなと思ったんですよね。
私は「映画は終わらない祭りや!」ってよく言ってるんです。作ったら何回でも上映できて、そこで新たな出会いや感動がある。「幸福のスイッチ」はまさにそのパターンで、映画の上映会をきっかけに映画祭(田辺・弁慶映画祭)まで誕生しました。
地元に愛される映画を作り、その映画をきっかけに交流が続くのはすごく素敵だという原体験があったので、「加古川で、地域の映画作ります」と聞いたときは、「絶対やりたいです!」とお答えしたんです。ちょっと調べて、ちゃちゃっと脚本を書くのではなく、地元と交流しながら映画作りをしたいと思っていました。
――地域活性のプロジェクトとは、具体的にどういうものだったのでしょうか?
安田 『ぼくらのレシピ図鑑シリーズ』には、さまざまな狙いがあります。まず、市民に地元愛を持っていただきたい。そして、市の魅力を市の内外に向けて発信したい。さらに、地元の方々に映画作りという非日常を体験してほしいということ。映画作りでは、ロケの数カ月前に、脚本や演技のワークショップなどを行いました。ワークショップで市民の方々のキャラクターを把握していたので、エキストラも的確に配置でき、撮影前に親しくなっていたので当日もスムーズでした。
「高校生応援隊」が市の応援隊に
加古川市の「高校生応援隊」と安田真奈監督(右奥)
――高校生を巻き込むというお題では、「高校生応援隊」というチームも生まれたそうですね。
安田 「高校生応援隊」には、6校から42人が参加してくれました。月1回くらいのペースで、「今月は撮影のときの注意」「今月は脚本の読み方」など当時、加古川市議会議員で、
制作を担当された松本裕一さんや助監督の向田優さんたちが指導してくれました。そういう仕組みがしっかりとあったことで、まさに映画人だけが作ったのではない、地域が一緒になって作った映画という意識が生まれたんじゃないかと思います。
また高校生の青春ものを書くにあたっても、高校生応援隊にはずいぶんヒアリングさせてもらいました。こちらでプロットを用意してそこに織り込んでいくんですが、楽しそうに自分たちのことを語ってくれて、それが脚本にどう活かされるかわくわくしている。加えて、ロケに使える場所を探してくれたり、地元の方に出演協力してくれたり、完成後も校内放送で映画の宣伝をしてくれたり、映画のオマージュソングを作ったり――「ワタシのビネツ」という素敵な曲でYouTubeにあります――、ロケ地をツイッターで紹介してくれたり、それぞれが自分なりの発信まで考えてくれて、「やるやん!」と(笑)。瞬間風速ではない作り方だから、「これは自分たちの物語だ」という熱が生まれんだと思います。
地元イオンシネマ加古川の上映では、彼らも舞台挨拶に登壇してもらいました。上映が終了した翌月、最後のワークショップを行ったんですが、これからは全く加古川に興味がない人たちに映画を届けよう。その人たちにどういうポイントで映画を勧めたらいいと思うか、一緒に考えたんです。そのときに皆から出た意見がこれです。
高校生が書いた映画応援ボード
これをツイッターで「私の勧めたいポイント」として発表しました。「映画は作って終わりじゃなく、人に届けるまでが映画なんだ」ということを、私は高校生に伝えたいと思っていたんです。そういうワークショップができたのは、すごく楽しかったです。
加古川市の方は、高校生応援隊を募った理由を「若者が地元の良さを気づかないうちに、大学、就職と町の外に出て戻って来ないので、知る機会を作りたかった」とおっしゃっていました。恐らく、どこの地域や自治体も同じ悩みを持っていると思うんです。高校生が、映画作りという非日常を体験する中で、普段話す機会の少ない地元の大人と交流し、映画の中に映る加古川を「けっこういいやん」と見つめ直すきっかけになったのではないかと思います。
――その後、高校生応援隊はどうなっているんですか?
安田 加古川応援隊として組織は残っていて、加古川のお祭「踊っこまつり」などさまざまなイベントのお手伝いや、市のPR映像を制作したりしているそうです。一本の映画をきっかけに集まった高校生が、継続して町を盛り上げるプロジェクトに参加している。学校もバラバラなのに、本当に良い成功事例です。「映画人だけで作らない、大人だけで作らない」、そんな作り方が、地域愛と映画愛を生んだんだと思います。
映画が地域から全国へ
映画は新宿の劇場他、各地で上映された
――映画は、イオンシネマ加古川のほか、東京の新宿ケイズシネマ、大阪のシネ・ヌーヴォ、神戸の元町シネマなどで公開されました。加古川市民の反応は?
安田 加古川の上映では、「こんなにいい感じに撮ってくれてありがとう」「すごく素敵な町だった」と、思った以上に喜んでいただきました。やっぱりドキドキするじゃないですか、何て言われるかなと。遠慮がちな女子高生の話だから、他の年代には厳しいかなと思いきや、中年の方が「僕も会社で遠慮して言えないことが……」とか(笑)、小6女子が「ずっと泣きながら観た」とか、年代問わず共感してくれて驚きました。加古川の切り取り方も受け入れてもらえたので安心しましたね。ケイズシネマは1週間の限定公開でしたが、満席でスタートし、平日も右肩上がりの興行となりました。何より、加古川の方が、地元の宝みたいに思ってくださっているのが嬉しいですね。
――現在に至る、想定していなかったその後の展開はありますか?
安田 加古川市での上映イベントは現在も続いていて、「36.8℃」を手掛けたフードコーディネーター、秋田美佐子さんを呼んだ『上映会&クッキング』イベントや、バスツアーが行われて大盛況でした。クッキング・イベントでは加古川名産の朝採れイチジクを使った、映画とは少し違う料理を作っていました。『上映会&ロケ地巡りバスツアー』は、市民対象と市外在住者対象で催行され、果樹園や水管橋などのロケ地や加古川市内の名所を巡ったそうです。映画の公開から約2年が経っても、多くの方が参加してくれる実りあるイベントが開催されているなんて、すごいなと思います。
――今年8月の上映イベントも賑わって、数回目の鑑賞という方もいたそうですね。
安田 最近、母校の奈良市の中学校でも「36.8℃」の上映&演技ワークショップを行いました。学校があらかじめ選んでいた男子と女子3組に、劇中の、写真モデルを依頼するシーンを演じてもらったんです。同級生が舞台上で、映画とは一味も二味も違った芝居をするので、生徒たちは大興奮。演技に対する興味もグッと増したようです。ゲストにヒロイン・若菜(堀田真由)の親友・歩結を演じた西野凪沙さんと、写真部の男の子を演じた平井亜門くんを呼んで、「自分はこんな学生生活だった。で今ここにいる。皆、頑張ろうな」というような話をしてもらいました。終了後、中学生が2人に群がって握手を求めていました。加古川の映画がまた違う地域で熱烈に楽しまれる、ものすごくいい体験でした。
日常の中にある美しさ
「36.8℃ サンジュウロクドハチブ」の日常の風景
――ここでもワークショップを通して、映画が中学生の自分ごとになっていったわけですね。さて安田監督は、シティプロモーションにつながる映画作りとはなんだと思いますか?
安田 非日常は目を集めますが、日常にはなかなか目が行きませんよね。私はむしろ、そんな普段気づきにくい日常の魅力を描くことに意味があると思っています。映画を通じて、日常の中の魅力的な部分を再発見していただけたらいいなと。
日常の魅力を撮る方法は2つあります。1つは、日常の中にある美しさに気づいて切り取る方法。将棋教室の彼女と主人公の子が川沿いの道を歩いてくるところ。よく「美観地区ですか?」と聞かれますが、地元の子らが「ミゾ」と呼んでいる、ニッケ住宅(加古川日本毛織社宅建築群)という古い街並みの裏手で、観光案内パンフレットには載ってない、スッと通り過ぎてしまいそうなところ。
そんな魅力の切り取りもあれば、日常にちょっとお化粧する方法もあります。洋館として撮影した加古川市立加古川図書館は、以前、加古川町公会堂として使用されていたステンドグラスが綺麗な昭和初期の建築物で、普段はおっちゃんらが、わーっと座って新聞広げているんです(笑)。ここは床を貼って、衝立を立て、洋風の椅子を置いて、お花を飾るなど、ちょっとお化粧して、洋館として使わせてもらいました。そんなふうに日常に埋もれてしまいそうなところを映画の力でお化粧して切り取るのは、クリエイターとしても楽しいし、地元の人にとっても嬉しい発見になるんじゃないかと思います。
――観光名所だからといって、これ見よがしに打ち出したりしない。
安田 はい。シティプロモーションの企画ではありますが、基本は映画の物語に沿う景色をチョイスしているわけです。主人公が喧嘩して落ち込んでる時に賑やかに上げられる花火や、切ないシーンの背景に映る加古川の雄大な景色は、プロモーション映像とは違った形で心に残るんじゃないかと思います。
――『ぼくらのレシピ図鑑シリーズ』は現在、福岡県田川市で第2弾の池田エライザ監督「夏、至るころ」のプロジェクトが進行しています。
安田 始めるにあたり、田川市の方が加古川市にヒアリングに来られて、ぶっちゃけた話を交わすことができました(笑)。大変だったこと、よかったこと、全部ひっくるめてお話しすることで情報共有会を持ったんです。その時に田川市の方も「うちも高校生応援隊ぜひやりたいです」と言ってくださった。高校生応援隊が、田川市でも導入されたことは何よりいい広がり方ですよね。「加古川で盛り上がったんだ。俺らも負けられない」みたいな感じで。
次回は、「36.8℃ サンジュウロクドハチブ」の制作担当として、映画制作と加古川市を結んだ松本裕一さんに登場していただきます。
「36.8℃ サンジュウロクドハチブ」撮影中の安田真奈監督(左から2番目)
安田真奈 やすだ・まな
〇プロフィール
奈良県生まれ、大阪府在住。神戸大学の映画サークルで8mm映画を撮り始め、メーカーに約10年勤務の後、2006年、映画「幸福(しあわせ)のスイッチ」の監督・脚本で劇場デビュー。第16回日本映画批評家大賞特別女性監督賞受賞。脚本作品に「猫目小僧」(06)NHK『やさしい花』(11)『ちょっとは、ダラズに。』(14)など。ほかに絵本『にじいろのネジ』(象の森書房)の文章を担当。小芝風花がマグロの完全養殖に打ち込む女子大生を演じた最新監督・脚本作『TUNAガール』がNetflixにて配信中。

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