加古川市が作った映画の微熱は続く
- 映画24区
- 2019年12月13日
「36.8℃ サンジュウロクドハチブ」
©2017 映画24区
連載「地域映画」は、本当に地域のためになるのか? その3
松本裕一さん(兵庫県議会議員)インタビュー
映画24区が運営する『ぼくらのレシピ図鑑シリーズ』第1弾「36.8℃ サンジュウロクドハチブ」(17)のプロジェクトに、制作担当として関わった松本裕一さんは当時、加古川市の市議会議員だった。若き日に若松組や高橋伴明組、NCPや日活撮影所を拠点に制作部として映画制作に携わっていた経験を活かし、地元の加古川市に戻ってからは、まちづくり活動の一環としてフィルムコミッションの設立にもトライしてきた。
そんな経歴を持つ松本さんだが、当初は『ぼくらのレシピ図鑑シリーズ』のプロジェクトに懐疑的、むしろ反対だったという。それがなぜ、地域活性に映画づくりを活かせると考えるに至ったのか。現在は兵庫県議会議員である松本さんにお話をうかがった。
取材・文=関口裕子
走り出した映画の計画
加古川市で撮影された「36.8℃ サンジュウロクドハチブ」
©2017 映画24区
――当初は加古川市で映画を作ることに反対だったとうかがいました。市の予算を使って映画を製作するとなると、市議会議員として懐疑的になるのは当然だと思います。むしろ疑問なく進んでしまうほうが怖い。まずはどんなところが肯定できない要素だったのか、教えていただけますか?
松本 市が製作費をほとんど出して映画作るってそもそもあやしいでしょ(笑)。地域映画でうまくいったところはないって思ってましたし。ずいぶん前ですが、地域活性化を考えて、加古川市にもフィルムコミッションが必要なのではないかと模索したことがありました。当時、兵庫県内には神戸と姫路、淡路の3カ所しかありませんでしたが、神戸と姫路のちょうど真ん中の加古川にフィルムコミッションを作って、県南部で連携できたらいいなと思い、フィルムコミッションのオーソリティである前ジャパン・フィルムコミッション理事長の田中まこさんが、当時は神戸フィルムオフィスの代表でしたので、まこさんに相談しながら、加古川市に設立のアプローチをしていました。しかし、行政がお金を出すとなると成果物が求められるわけです。それは刷りものであったり、冊子であったり、形に残るものでないとならない。フィルムコミッションの目的はそこではないので、なかなか話が進みませんでした。ただ、加古川市にある明治末期から昭和初期に建造された地元企業の社宅群を撮影に使いたいというオファーが続いたりして、フィルムコミッションを立ち上げないまま、撮影協力を続けていたところ、「ひょうごロケ支援Net」が設立されて、フィルムコミッションがない自治体の協力体制ができてきて、加古川市でも観光協会などが必要に応じて撮影協力を続けてきました。そんな活動をしていたこともあり、2016年夏頃に「実は映画を作る話があるのですが……」と担当者から聞かされました。
当時はバタバタして保留にしていたんですが、しばらくして、ふと気になって「あれどうなった?」と担当者に聞くと、けっこう話が進んでいて。でも映画作るっていうのに具体的な予算や進行を把握しきれていない。製作の部分は制作会社に任せておけば大丈夫みたいな雰囲気があって、言われるがままに進めていたし、それでは予算通すのも難しいですよね。悪い意味じゃなく、自治体の職員の多くはたぶんそんな感じだと思います。ましてや経験のない映画製作ですからね。でもこれは放っておいたらまずい、と思った。それがスタートです。しばらくほっといて文句言うなって担当の課長には怒られましたけどね(笑)。でも最近の地域映画の現状とか知りたくて、知り合いのプロデューサーに紹介してもらって、近年地域映画で製作に関わった自治体の担当者の方にお話を聞かせてもらいに行ったりもしました。
――そこからどのように肯定的なスタンスへと変わっていったのでしょう?
松本 たとえば、この予算はどの部分にどれくらい使うものなのか、スタッフはどんな体制なのか、現場の費用をどう考えているのか、二次使用の契約はどうなっているのかなど、担当者を通じて映画24区と詰めてもらった。その間に、最初にやろうって言いだした課長の熱意も感じたし(喧嘩もいっぱいしましたが)、映画24区代表の三谷一夫さんも何度か加古川に足を運ばれ、会って話をしていくうちにこれはなんとかなるかなということと、うまく活用すればいろいろできるかもしれないなと思い始めました。
シビックプライドを育む
「36.8℃ サンジュウロクドハチブ」のワークショップ
――三谷さんは準備のときの対話が何よりも大事と話されていますね。
松本 はい。そうですね。ただ、やるとなったら徹底的にやらないといけないと思いました。その時点では、市にとっての成果がすごく曖昧だったんです。最近よく聞く「シティプロモーション」という言葉は「外向きの発信」として語られますが、外に発信するのは本当に難しい。丸投げ状態で映画を作ったらなおさら、外向きのプロモーションなんてできるわけがない。でも議会で予算を通すには、外向きのほうが納得されやすいです。「加古川市をこれだけ外に発信できます」とアピールするわけですが、簡単にはできないと分かっていたので、そこに「内向き」という重要な要素を加えたんです。
――目的は3つあったそうですね。1つは「外向き」のシティプロモーション。2つ目は市民参加。3つ目はシビックプライドの醸成、つまり市民が「わがまち」に誇りをもつこと。後者の2つが「内向き」ということですね。
松本 はい、若い人たちは加古川市の良いところを何も知らずに進学や就職で離れていく。それは大きな損失だというのが考え方のスタートです。一度出て行っても、生まれ育ったまちに愛着やふるさと意識があれば、やがては「まち」の活力になってくれる可能性もあります。
そのために、映画製作においてこれだけは絶対に守ってもらうという条件を決めました。全篇市内で撮影する、地元の資産を最大限に活用する、それから地元の方言をつかうこと。そうして、「シビックプライド」を醸成できる仕組みで映画製作を進めてくださいと。それは、なにも観光名所を出してくださいということではなくてね。でも、まあ加古川出身のタレントや芸人さんには出演してもらって、地元の方言で話してもらいましたけど(笑)。
――ただし、それらが決まったのは3月だそうですね。「36.8℃ サンジュウロクドハチブ」の撮影は7月。かなり短い期間で映画の準備を進めなければならなかった。脚本を作るにしても市内の資産を改めて検証しなければならないし、シナリオハンティング、ロケーションハンティングも必要です。
松本 そうなんです。でも地元としては脚本が上がってこないと準備ができない。できた時点でGOですとは言っていました。ただ、安田真奈監督と何度も加古川について話していたので、イメージはできていたなと思います。でも実際には、4カ月ではタイトでしたね。オリジナル脚本ですからね、よく間に合ったと思います。安田監督じゃなかったら難しかったかもしれません。
高校生と公務員も成長した
高校生たちが積極的に映画に参加
――加古川市では、高校に呼びかけ、「高校生応援隊」を組織されたそうですね。脚本作り、ロケハン、完成後の告知や応援など映画の公開にも貢献したとうかがっています。高校生応援隊はどの段階で?
松本 予算が通ってからでないと告知を出せないので、各学校に案内を出したのは4月です。映画製作のお手伝いの募集や、オーディション、ワークショップのお知らせもその時に一緒に。学校によってボランティア活動や課外活動については温度差がありますから、信頼性を示すためにも、映画の実行委員会からではなく市から呼びかけてもらいました。
――高校生応援隊については、安田監督のインタビューで詳しくご紹介させていただきましたが、活躍された方々は今どうされていますか? また、高校生応援隊の枠組は現在も継続中ですか?
松本 卒業して上京した子はなかなか関われないですが、映画の上映会に今も来てくれます。まだ公開から2年ですから、市としても高校生応援隊を続けています。卒業しても来てくださいねと呼びかけたり、新たに高校に呼びかけたりもしているので、やることがあれば関わりやすい環境ではあると思います。
――今年、高校生ならではの視点で、加古川市の魅力をPRする動画も作られたそうですね。
松本 最初は映画づくりをきっかけに集まってもらいましたが、完成したので、次は新たにシティプロモーションを考えるという目標を掲げました。みなさん、モチヴェーションが高くて、自分たちのまちをプロモーションするにはどういう方法があるか、1年かけて考えたわけです。全国の実例を調べたり、映像を見たりしながら会議を重ねていましたが、映画作りを経験しているので、きっとムービーをやりたいと言うだろうなとは思っていました。
高校生応援隊が加古川市PR動画を制作
http://www.city.kakogawa.lg.jp/soshikikarasagasu/kikakubu/kikakubukohoka/citypromotion/1566981241784.html
シナリオ作りからやりましたが、集まれるのは月に1、2回でしたので時間がかかり、3月までには終わりませんでした。一応予算も付いていたんですが、どう考えても年度内には終わらないと思い、特に予算が必要というわけではなかったので、年度をまたいで5~6月で撮影、8月に完成させました。最後までこだわったのは、原案、脚本、キャスト、撮影や編集まで全部彼らが自分たちでやること。それは最初から決めていました。
――これに対する松本さんの関わり方は?
松本 保護者みたいな感じで立ち合い(笑)、軌道修正しながら大事なところだけ手伝って見届けた感じですね。会議の案内と場所の提供は市にしてもらいました。この事業を担当したシティプロモーション担当者も一緒に成長していったところはあるかもしれません。
フィルムコミッションの立ち上げを考えたときも、市の職員は、いわゆる役所仕事(本当は皆さん頑張って仕事しているのですが)では済まないことがたくさんあると言い続けましたが、仕事の仕方を少し変えたらできることがたくさんあります。特に現在は、イベント系の事業は民間のほうがパワーがあるし、ノウハウも持ってます。市は直接行わず、民間やボランティアを応援する立場へと変わってきています。半面、職員がそういった一から作っていくという事業を経験できる機会が減ったという側面もあります。そういう意味では、今回の映画製作という未知の事業を推進することで行政側が成長することも目的の一つであったわけです。あくまで裏目的ですけどね(笑)
――今回、「36.8℃ サンジュウロクドハチブ」で実施されたことは、映画だけでなく市の人材育成などすべてにつながりますね。
松本 そうですね。そうなるのが一番いいんですけど、そんな簡単には成果は生まれない。ただ、一人でも二人でもそういう経験を積んだ人が組織の中にいてくれたら、何かの形でプラスにつなげられる可能性があります。
映画の現場を離れ、地元で別な仕事を始めたときに思ったのが、映画の現場ってすべての仕事で求められることが詰まっている、ということでした。であれば、特にまちづくりが仕事の公務員は、それを本気で経験して欲しいと思いました。
――市としての評価は?
松本 評価できないですよね。何をもって評価するのか。たとえばシティプロモーションの動画の再生回数が多ければ良い評価だとは言い切れない。加古川市の場合はただ、「市民と一緒にやりました」という人が増えた。これがひとつの成果だと思います。現在、こういったチャレンジをする自治体が減ってきています。市長にもリーダーシップより、うまく回せることが求められるようになってきています。だから面白くないですよね。隣のまちとうちのまちが違うのは当たり前で、だからこそ、その違いをどう活かすかなんですが、それがしづらくなってきている。元々、加古川はそういうチャレンジに慎重な市だったので、本当にいろいろな出会いや偶然が重なってできたのだと思います。
当事者をたくさん作ること
松本裕一さんと高校生たち
――結局のところ、プロジェクトを推進する時に重要なのは“人”ですよね? 映画24区は映画と出会う人々の学びの場と銘打って、『ぼくらのレシピ図鑑シリーズ』で学ぶ【地域プロデューサー術クラス】と【脚本術クラス】を開催していますね。その中でどんな人材が育てば、シティプロモーションにつながる映画作りができると思いますか?
松本 難しいことだとは思います。ただ要所要所にキーマンはいます。その方々をきっちりコーディネートできる人さえいれば可能になると思います。この人に言ったらなんとかなる、というようなことが地域にはいっぱいあります。弁当一つとっても、この人にお願いすればきっちりやってくれるとか(笑)。そこをうまくコーディネートできればいいんだと思います。
そのためにはちゃんと人間関係を作れる人でなければいけない。うちの場合はバタバタでしたけど、1年準備して、翌年撮って、次の年に公開も含めてイベントを行う、3年計画であれば、人間関係は作れると思いますし、その中でキーマンも探し出せるでしょう。どこのまちにも必ずいると思うので、そういう人たちをオーガナイズしていければ、できるんじゃないかと思います。うちの場合でも超ハードスケジュールで、関わってもらったみんなに騙された~って(笑)言われましたけど、いい仲間たちです。地域プロデューサーに一番求められるところはそこだと思いますね。それと製作側、自治体側それぞれの目的とねらいを理解すること。これがわかっていないと始まりません。そして関わる人の満足度を上げることを常に考えていくことですね。
――人間力ですよね。
松本 まあね(笑)。全部をコントロールしようと思ったら無理ですけど、地域の中にはいろいろ考えている人がそれなりにいるので、うまくつながっていくことができれば。当事者(仲間)をたくさん作る、ということなのかな。
――それに「映画のことは分からない」ではなく、地域活性事業として進めていく上では、同じスタンスで映画人と話すことも必要なのかなと。
松本 そうですね。フィルムコミッションを立ち上げようと思ったときもそれは主張してきました。自分の場合はそもそも映画人としてのプライドがありましたけど、福岡県田川市で『ぼくらのレシピ図鑑』第2弾の「夏、至るころ」を進めている福岡県田川市職員の有田匡広さんは、自ら地域プロデューサーの役を担われたわけですが、わざわざ加古川市を訪ねて来られて、熱心に質問をされました。最初から映画作りや加古川モデルを理解してスタートされたと思います。そういう姿勢が大事ですよね。定時になったから帰ります、じゃダメな世界ですから(笑)。加古川市の職員も頑張ってくれましたよ。
――松本さんと今回一緒に仕事をした助監督の向田優さんは、田川市では松本さんのポジションに入られているそうですね。松本さんの志を継いで、みなさんをしごかれているそうです。
松本 しごいてはいませんけどね(笑)。今でも時々一杯やりながら、あーだ、こーだやってますよ(笑)。プロデューサーって曖昧な職業じゃないですか。規模によってやることや求められることが変わるし、これがベストのプロデューサーの仕事だと教えることができないというか。「こうなればこうなる」という答えがないので、非常に難しいし、経験から学ぶしかない部分が多い。プロデューサーという仕事には、色んな経験が大事なのかなと思います。
――「36.8℃ サンジュウロクドハチブ」や「【高校生応援隊】加古川市PR動画」が、加古川出身の方が「加古川、いいな」と思うきっかけになることを祈っています。
松本 そうなるといいですね。行政関係者の方には「加古川モデル、いいな」と思ってもらえたら。まあでも加古川もこれで終わりじゃなく、まだまだ仕掛けますよ(笑)
次回は、「夏、至るころ」の田川市職員・地域プロデューサーの有田匡広さんに登場していただきます。
〇プロフィール
1969年生まれ、加古川市尾上町在住。加古川市議会議員を2006年から12年間務める。2016年、「36.8℃ サンジュウロクドハチブ」に制作担当として参加し、市民と一緒に映画を作った。2019年に兵庫県議会議員となる。☆連載 「地域映画」は、本当に地域のためになるのか?
プレ連載
https://www.kinejun.com/article/view/945/第1回 三谷一夫(映画24区代表)インタビュー
https://www.kinejun.com/article/view/945/第2回 安田真奈(映画監督・脚本家)インタビュー
https://www.kinejun.com/article/view/945/

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【地域プロデューサー術クラス】と【脚本術クラス】来年春に第2期開講予定
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