岸井ゆきのが三宅唱監督に「本気で殴ってください」と迫る。「ケイコ 目を澄ませて」釜山国際映画祭トークショー

聴覚障害と向き合いながらプロボクサーとしてリングに立った小笠原恵子さんをモデルに、「きみの鳥はうたえる」の三宅唱監督が岸井ゆきのを主演に迎えて描く「ケイコ 目を澄ませて」(12月16日よりテアトル新宿ほかで全国公開)。出品された第27回釜山国際映画祭 特別企画プログラム「Discovering New Japanese Cinema」での10月9日(日)上映後に、岸井ゆきのと三宅唱監督が登壇して行われたトークショーのレポートが到着した。

 

 

まず三宅監督が「アンニョンハセヨ。こうして釜山の大きなスクリーンで大勢の方と一緒に観ることができて楽しかったです」、岸井が「アンニョンハセヨ、岸井ゆきのです。アジアで最初のプレミアをご鑑賞頂きありがとうございます。この日を待ち望んでいたので感無量です!」と伝えると、満席の会場より大きな拍手と喝采が沸き起こった。

三宅監督は「この映画を作るまでボクシングについて全く知りませんでした。なぜ殴ったり殴られたりするのか分かりませんでした。でも多くの人がボクシングに夢中になってしまう。この謎について考えていくと、もしかしたら自分たちの人生についても考えていくことができるのではないかと思いました。この作品の主人公のモデルとなった小笠原恵子さんの生き方、純粋に自分のやりたいことをして、自分の人生を生きようとするエネルギーがこの映画の中心にあると思っています。岸井さんは映画の中でその全てを表現してくれています」と話す。

応援に駆けつけた「新聞記者」のシム・ウンギョンが、本作に魅了され、岸井に圧倒されたと言うと、岸井は「ボクシングのトレーニングを3か月行いました。その中でケイコを形作っていきましたが、トレーニング中からこれは二度とできない作品、役柄であるなという実感がありました。体づくりのために糖質制限をしていたので、すごく狭い世界しか見えなくなって、自分が見たいものしか見られない、聞きたい音しか聞こえないという状況でした。ある一点に集中力を注ぎ、その精神状態の中でケイコというキャラクターは作られていきました。この映画で身体が朽ちてもいいと思うほどに、このような経験は二度とできないだろうし、二度とできない瞬間を収めてほしいと思いながら日々撮影に臨んでいました」と並々ならぬ役作りを打ち明けた。

三宅監督は、岸井とボクシング指導の松浦慎一郎氏との撮影前トレーニングを振り返り、「ボクシングの練習を始める前までは、ボクシングとはリングに一人で上がって闘う孤独なスポーツだと思っていました。しかし実際に練習してみると、パンチを当てるのがものすごく怖いと感じ、互いに相手へのリスペクトがないと、ボクシングは練習すらできないということを学びました。ある日の練習で体格の全く違う僕と岸井さんがリングに上がって闘うという練習をしたときに、僕が本気で殴るわけにはいかないので遠慮してガードばかりしていたら、岸井さんから『なぜ本気で殴ってこないのか、なぜ真剣に向かってこないのか』と真っすぐ言われました。強さ、弱さは関係なく、その真っすぐな姿勢というものが、元々岸井さんにあり、ケイコというキャラクターにもあったのだと思います。それが“共に生きる”という姿勢にも繋がると、僕は練習中に感じ続けていました」と、印象的なエピソードを紹介。

それに岸井は、「映画のためというよりか、自分自身がいかに強くなれるか、を考えてずっとやっていました。この映画をやり遂げられなかったら、俳優でいるのは難しいと思うくらい、必死で日々練習に臨んでいました」と応じる。

映画作りについて三宅監督は、「目の前に素晴らしい役者さんがいて、素晴らしいスタッフの働きがあって、素晴らしいロケ地があって、それを撮り逃さないようにするということをまずは意識していました。それから、シム・ウンギョンさんが仰ってくれた“共に生きる”ということは、このように劇場で多くの人と“共に観る”こととも繋がっていると思います。どんな物語であれ、僕が映画を作るときは、スクリーンの向こうの世界とお客さんが、どのように同じ時間を過ごせるのかということについて考えながら作っています」と説明。

最後に岸井は「私は映画が本当に好きなんです。この仕事を始める前からずっと観てきました。16mmフィルムで撮るということを知って、映画の撮影中にしか聞くことができないカラカラというフィルムの音を聞けるんだと思い、もう全てをここにかけるしかないんだという気持ちになりました。三宅監督と一緒に映画を撮るということ、16mmフィルムで撮るということ、そしてそのために集まってくれるスタッフの皆さんがいて、この映画を作ることができました。私はベルリン国際映画祭も他の映画祭も参加が叶わなかったので、この釜山が初めての映画祭となり、この映画を観た方とコミュニケーションをとれる良い機会となりました。いま皆さんの表情を見て、この映画を観て何か感じて頂けたんだなということを思い、とても嬉しいです」と喜びを述べた。

 

 

Story
嘘がつけず愛想笑いが苦手なケイコは、生まれつきの聴覚障害で、両耳とも聞こえない。再開発が進む下町の一角にある小さなボクシングジムで日々鍛錬を重ねる彼女は、プロボクサーとしてリングに立ち続ける。母からは「いつまで続けるつもりなの?」と心配され、言葉にできない思いが心に溜まっていく。「一度、お休みしたいです」と書き留めた会長宛ての手紙を出せずにいたある日、ジムが閉鎖されると知り、ケイコの心が動き出す──。

 

 

©2022 映画「ケイコ 目を澄ませて」製作委員会/COMME DES CINÉMAS
配給・ハピネットファントム・スタジオ

▶︎ 岸井ゆきのを三宅唱が16mmフィルムで撮る。耳が聞こえないボクサーの物語「ケイコ 目を澄ませて」