今なお色褪せない香港ノワールの最高傑作、『インファナル・アフェア』3部作の世界観に浸る至福
香港ノワールの金字塔として、強烈な印象を残した「インファナル・アフェア」3部作。第1作の公開から20周年を記念して、4K版が昨年公開、そのBlu-ray版が3月20日に発売された。「10年に一本出るか出ないかの大傑作」と騒いだ当時の感動は、いま見直してもなんら変わらない。いや、香港ノワール特有の暗いシーンや、主人公たちの苦悩する表情がより鮮やかに映し出され、さらに感動が深まったとも言える。
加えて、まだ中国に返還されて間もない、元気だった在りし日の香港の街に胸が篤くなる。路上に突き出したおびただしい数の横長看板や派手派手しいネオンサイン、今は亡き水上レストラン「ジャンボ」の煌びやかな外観に高揚した、当時の思い出までが鮮やかに甦る。
今なおスター街道をひた走る2大スターの眼福共演
主人公の二人を演じるのは昨年、第48回トロント国際映画祭にて特別貢献賞を受賞したアンディ・ラウと、第80回ヴェネチア映画祭で生涯功労金獅子賞を受賞したトニー・レオン。当時も大スターではあったが、今なおアジアのトップスターとして第一線を走り続ける二人の“眼福”共演に、世界の注目が集まらないわけがなかった。
さらには主要キャストのアンソニー・ウォン、エリック・ツァンを含めたこの4人は、過去に金像奬主演男優賞を獲得した実績を誇る。ほかトニー、アンディの若い頃を演じた人気俳優ショーン・ユーとエディソン・チャン、さらに第2作ではフランシス・ン、フー・ジュン、第3作ではレオン・ライ、女優陣もケリー・チャン、サミー・チェン、カリーナ・ラウと、主演をはれる俳優・女優陣が集結しているのも圧巻だった。
それぞれに、主人公たちを取り巻く人間模様がスリリングかつ劇的に描かれる。
極度の緊張感が持続する展開に震える
それにしても、第1作の公開から20年とはなんとも感慨深い。本シリーズを機に、香港映画はかつての活気を取り戻し、アクションだけでなく人間ドラマにも目くばせした作品がその後も続々製作されるなど、大きな変貌を遂げた。
だが、〈マフィアに潜入した警察官〉と〈警察に潜入したマフィア〉の過酷な運命と究極の対決――といった本作の構想をアラン・マック監督が思いついた時は、「警察映画なのに銃撃戦もアクションも少なすぎる」と、多くの出資者から敬遠されたという。
確かに、香港ノワールというジャンルを築いたと言われる「男たちの挽歌」(86)も、センセーショナルな銃撃戦やド派手なアクションが最大の売りだった。以降、黒社会や警察組織を題材にした犯罪映画は活況を呈し、一大ムーブメントとなる。
そんな中、「ひと味違う新世紀の犯罪映画、警察映画を作ろう」と企画された本作は、10年もの間、たえず命の危険に晒され、身も心も疲れ果てているトニー・レオン扮する潜入捜査官ヤンと、警察署内はもちろんのこと、婚約者の前でも終始“演じる”生活を続けるアンディ・ラウ扮するエリート警官ラウを中心に物語が展開する。
共に自身の境遇に葛藤しながらも生き抜き、自らの使命を全うしようと奔走する二人の男たち。いつその正体がばれてしまうのか、極度の緊張感が持続する。
三部作すべてが絡み合い、それぞれの物語に続く
その後、本作は大ヒットし、主人公二人の若い頃を描いた第2作、第1作の10カ月後を描いた第3作が製作された。さらにはハリウッドが過去最高額で第1作のリメイク権を獲得。巨匠マーティン・スコセッシが監督し、レオナルド・ディカプリオ、マット・デイモンが主演を務めた「ディパーテッド」(06)はアカデミー賞作品賞、監督賞、編集賞、脚色賞の主要4部門を受賞した。これもオリジナル本作のクオリティの高さを証明するには十分だったと言えるだろう。
警察と犯罪組織にそれぞれ潜入を命じられた、相反する道に進む二人の運命がある時、偶然にも交錯する。雑居ビルのオーディオショップで、店番をしていたヤンと客として訪れたラウが並び、スピーカーから流れるツァイ・チン(蔡琴)の〈失われた時間(とき)〉を静かに聴く。これからの終極に向かう序曲のような名シーン。なんと絵になる二人だろう。
ちなみにこの曲は、第2作でカリーナ・ラウ扮するマフィアのボス、サムの妻マリーがエディソン・チャン扮する若きラウにも聴かせている。そう、この3部作は独立した物語でありながら、複雑に絡み合うところが憎い。
唸らされた巧みなプロット、すべては第1作から始まった…
覚せい剤取引を目論むマフィアの一斉検挙が失敗に終わったことから、双方ともに内通者の存在が明らかになる。やがてその正体を暴こうと、それぞれの世界を生き抜き、頭角を現した二人が対決する時がやってくる。第2作では、そんな過酷な運命を受け入れざるを得なかった、若き二人の主人公の秘められた過去と、彼らを取り巻く人々の事実が浮き彫りに。そして最終章となる第3作は、自身の生きる道を決めたラウの最後の孤独な戦いが始まる。
三部作の物語の終わりに、すべてが回収される爽快さ。すべてのシーンが後の彼らの物語へと続く。今回のBlu-rayで再見し、改めて気付いた発見も多かった。
初めから三部作として企画されていたのかと思いきや、続編の構想はあったものの、第2作の主人公たちの過去を描いたドラマは、ヒットしてから生まれた企画だったという。後付けながら、点を線にしていくプロットの組み立て方にも唸らされた。
終極に向かう男たちの運命に身悶えする
やはり第1作のこの二人の出会いのシーンと、屋上で対峙しヤンがラウに拳銃を突き付けたクライマックス・シーンは忘れ難い。二人が並んで映るシーンはほんのわずかだが、この二つの代表的な名シーンは20年間たった今も、鮮明に思い出せる。
憂いを帯びたヤンの濡れた瞳――トニー・レオンの真骨頂ともいえる男の色香と、ポーカーフェイスを装いながらも、善人になりたいと願うラウのある意味、健気な想い。だが、結末は決して明るくはない。原題「無間道」は仏教用語で「無限の地獄」という意味がある。それは究極の選択、哀しい決断、そして対決と、避けられない彼らの運命だった。
黒社会のボスにのし上がったエリック・ツァン扮するサムの笑顔も怖すぎる。すべては第1作のオープニング、若者たちと一緒に寺院に参拝するところから始まる。いい人そうな笑顔の裏に隠された野心と非情さ。騙し合い、駆け引きしあう展開は三部作に共通する。どんでん返しにつぐどんでん返し。裏切りが当たり前の黒社会、人を売ることを生業にする潜入捜査官の哀しすぎる宿命。終極に向かうしかない男たちの物語になぜこうも惹かれるのか。
何度でも見直したくなる、確認したくなるシーンが多いだけに、吹替版はドラマに集中できるメリットがある。今回のBlu-rayはこれまで発売されていたパッケージの吹替版と、テレビ放映時の吹替版2種を収録する。見比べるのも一興だろう。
期待を裏切らない、香港ノワールの最高傑作と言っても過言ではない本作は、同じく黒社会の人間ドラマを描いた「ゴッドファーザー」同様、やはり死ぬまでに見ておきたい。
文=岡﨑優子 制作=キネマ旬報社
『インファナル・アフェア3部作 4K』
●発売日:2024年3月20日
『インファナル・アフェア3部作 4K レストアBlu-ray』の詳細情報はこちら
『インファナル・アフェア3部作 4K ULTRA HD』の詳細情報はこちら
●『インファナル・アフェア3部作 4K レストアBlu-ray』
価格:8,250円(税込)
【ディスク】<3枚>合計339分+特典映像2分
『インファナル・アフェア』
『インファナル・アフェアII 無間序曲』
『インファナル・アフェアIII 終極無間』
★映像特典★
・海外版予告編
●『インファナル・アフェア3部作 4K ULTRA HD』
価格:11,550円(税込)
【ディスク】<3枚>合計339分+特典映像2分
『インファナル・アフェア』
『インファナル・アフェアII 無間序曲』
『インファナル・アフェアIII 終極無間』
★映像特典★
・海外版予告編
『インファナル・アフェア』
●2002年/中国(香港)映画/本編102分
●監督:アンドリュー・ラウ、アラン・マック
●出演:アンディ・ラウ、トニー・レオン、アンソニー・ウォン、エリック・ツァン、ケリー・チャン、サミー・チェン、チャップマン・トウほか
©2002 Media Asia Films (BVI) Ltd. All Rights Reserved.
『インファナル・アフェアII 無間序曲』
●2003年/中国(香港)映画/本編119分
●監督:アンドリュー・ラウ、アラン・マック
●出演:エディソン・チャン、ショーン・ユー、アンソニー・ウォン、エリック・ツァン、カリーナ・ラウ、フランシス・ン、フー・ジュン、チャップマン・トウほか
©2003 Media Asia Films (BVI) Ltd. All RightsReserved.
『インファナル・アフェアIII 終極無間』
●2003年/中国(香港)映画/本編118分
●監督:アンドリュー・ラウ、アラン・マック
●出演:アンディ・ラウ、トニー・レオン、レオン・ライ、ケリー・チャン、アンソニー・ウォン、エリック・ツァン、チェン・ダオミン、ケリー・チャン、チャップマン・トウ、サミー・チェンほか
©2003 Media Asia Films (BVI) Ltd. All Rights Reserved.
●発売元:カルチュア・パブリッシャーズ 販売元:ポニーキャニオン