突然、世界が狂い始めた──。不条理な暴力がサラリーマンを襲う「またヴィンセントは襲われる」はネット炎上時代のストレスを可視化する
- またヴィンセントは襲われる , ステファン・カスタン , スリラー , セザール賞新人作品賞 , ゾンビ映画 , カスハラ , SNS
- 2024年12月11日
たまたま視線が合った相手が突如、殺意をともなう暴力を仕掛けてくる。それも次々と。理由はわからない。自分の態度のせいか、あるいは新種のウイルス感染か──。
平和な日常が突然崩壊した平凡なサラリーマンの不条理な恐怖を描いたフランス発のスリラー映画「またヴィンセントは襲われる」。斬新な設定と細やかな演出で、第76回カンヌ国際映画祭の批評家週間に選出され話題となり、フランスで最も権威ある映画賞のセザール賞新人作品賞にも選出。日本でも劇場公開時に話題になった本作が、12月11日よりレンタル開始となる。あなたの身の上にも起きるかもしれない身近な恐怖を体感してみてはいかがだろうか。
目線が合っただけで、相手が殺しにかかってくる衝撃
グラフィックデザイナーのヴィンセントは会社でミーティング中にインターンの若者に軽口をたたく。その直後、若者は彼をパソコンでめった打ちにし、怪我を負わせる。
その時はキレやすい若者の暴発と思っていたヴィンセントだが、その傷も癒えぬうち、彼は再び会社で同僚に突然、腕を刺され血まみれになる。トラブルを重視した会社は彼にリモートワークを命じた。
しかし他人から理由もなく襲撃される出来事は会社内だけでなく、彼の身の回りで次々と起こった。しかも子供にまで本気で殴りかかられる事件も。子供への反撃で近隣住民とトラブルになったため実家の田舎に引き籠ろうとするヴィンセントだったが、給油に立ち寄ったガソリンスタンドや、親しく話しかける昔馴染みの隣人と話していても、また攻撃は繰り返された。
やがて彼は‟視線の合った”相手が攻撃してくるという法則に気づく。そして同じ恐怖を経験している人間と知り合い、SNSを通して対策を話しあった。そんなある夜、彼は食料調達で訪れたハンバーガーショップで、女性店員と目が合っても攻撃してこないことに気づく。その女性・マルゴーがいれば、生きていけるかもしれない──。わずかな希望を見出したヴィンセントだったが、同時にフランス全土に凶暴化した人間が他人を襲撃する事件が拡大していることも知る。
序盤は突然の暴力にさらされる不条理劇、中盤はそれが拡大してゆくパンデミック・ホラー、そして終盤はサバイバルのロードムービーへと展開が変わってゆく。マルゴーと二人の逃避行は切なく絶望的だが、微かな未来の希望を感じさせる。ラストシーンの切なさにはきっと胸打たれるだろう。
誰の日常にも起きうる不条理だからリアルで恐ろしい
こうしたストーリーを読めばこの作品は世界中で数多く作られたゾンビ映画の一変種と考える人もいるはずだ。だが、世界の変異を俯瞰的に見せるゾンビ映画と本作は微妙に構成が違っている。凶暴化する相手は視線さえ合わせなければごく平凡な隣人や行きずりの人間で、暴力行使は一時的な症状だから、やがて彼らは穏健な人間に戻る。だから襲われた相手に反撃したヴィンセントはその後、強烈な罪悪感に襲われる。ホラーとしてグロテスクを強調し災厄を拡大させるのではなく、日常レベルの恐怖と惨事からの脱出をミニマムな視点で描いているのが新しく、リアルなのだ。
ここで描かれる突然の暴力は、路上トラブルやカスハラ、SNS炎上のメタファーといっていいだろう。現代人はある日突然、日常が一変するような言葉の暴力や騒動に引き込まれる可能性に怯えながら生きている。その潜在的なストレスを「またヴィンセントは襲われる」は可視化させている。だから観客は映画の中の不条理に共感し、恐怖を身近に感じるのだ。
監督のステファン・カスタンは1973年生まれ、スタンリー・キューブリックを思わせる個性的な風貌で、映画界のキャリアを俳優から始めた。しかし彼はもともと演出家志望で、2011年から短編映画を4本完成させている。「ヴィンセントはまた襲われる」は彼の初の長編映画で、カンヌ映画祭で淀みない展開と引き締まった演出が高く評価され、その後ヨーロッパ各地の映画祭にも出品された。カスタン監督は本作についてジョージ・A・ロメロやジョン・カーペンター、クエンティン・タランティーノらの影響を否定しない。しかし海外メディアのインタビューで「暴力を楽しいものにしたくはなかった、汚いものとして描きたかった」と、ホラーマニアが期待する世界観に否定的な主張もしている。彼は本作を人間ドラマとして描きたかったのだ。
また事件の原因が説明されないことや余韻を残すエンディングについて「私にとって映画はメッセージを持たないことが重要だ」とも語っている。「ヴィンセントはまた襲われる」は合理的に解釈しきれない違和感がいつまでも観客の心の中にとどまり続ける。そこにこの映画の深みがある。ぜひ体感してほしい。
文=藤木TDC 制作=キネマ旬報社
「またヴィンセントは襲われる」
●12月11日(水)レンタルリリース
●2023年/フランス・ベルギー/本編108分
●監督・脚本:ステファン・カスタン
●出演:カリム・レクルー、ヴィマラ・ポンス、フランソワ・シャトー、カロリン・ローズ・サン、ジャン=レミ・シェイズ、ユリス・ジュヌヴレ、エマニュエル・ヴェリテ
●発売・販売元:プルーク
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