吉田修一の同名小説を江口のりこ主演で映画化したヒューマン・サスペンス「愛に乱暴」
唯一無二の存在感で映画やTVドラマに引っ張りだこの俳優・江口のりこの主演最新作「愛に乱暴」のBlu-ray&DVDが3月5日(水)にリリースされた。監督&脚本を務めたのは、連続ドラマW『坂の途中の家』(2019)や、映画「さんかく窓の外側は夜」(2021)の森ガキ侑大。不可解な出来事を機に狂気をはらんでいく主婦の暴走を描いた本作は、第58回カロルヴィ・ヴァリ国際映画祭クリスタル・グローブ・コンペティション部門に正式出品されたほか、第38回高崎映画祭で江口のりこが最優秀主演俳優賞を受賞している。
日常の中でくすぶり続ける主婦の“乱暴な愛”の行方
夫・真守(小泉孝太郎)の実家の敷地に建つ“はなれ”で暮らす桃子(江口)は、結婚して8年。義母・照子(風吹ジュン)の小言も受け流しつつ、家のリフォームを計画し、家庭菜園の野菜を育て、石鹸教室の講師をしながら“ていねいな暮らし”を充実させていた。
そんな中、近隣のゴミ捨て場で相次ぐ不審火、愛猫ぴーちゃんの失踪、不気味な不倫アカウントなど、桃子の周囲で不可解な出来事が続発。家族からも仕事からも追い詰められていった彼女は、次第に自宅の床下への異常な愛情を募らせていくのだった。
不穏な物語を牽引する役者たちの圧倒的な演技力
江口のりこの演技が優れていることは誰もが知るところだろう。コメディからサスペンスまで何でもこなす彼女がすごいのは、演じるキャラクターに圧倒的な説得力を持たせられることだ。
本作で江口が扮した桃子は、心の底ではうっすら嫌いな義母の家のゴミを捨て、自分に無関心な夫との子供を望みながら空回る、どこにでもいそうな普通の主婦。彼女が夫に作る手の込んだ料理も、夫に自慢するお気に入りのティーカップも全て、満たされない心を埋めるための道具に過ぎない。この表面と内面がバラバラな桃子という人物を、江口は抜群の解像度で演じてみせる。「私ね、おかしいフリしてあげているんだよ」、思わず漏れてしまう本音に平常を装う狂気が見え隠れし、桃子が狂えば狂うほど観客としてはゾクゾクしてくるのだ。
対する桃子の夫・真守を演じた小泉孝太郎の憑依ぶりにも驚かされる。「爽やか」「好青年」という従来のイメージを覆す真守という役は、彼だと言われなければずっと気付かない可能性すらある。森ガキ監督も「観た人に『あれ小泉さんだよね?』と思わせたら映画チームの勝ち」だと語っている。家庭を回すことに熱心な妻を軽くあしらい、裏では三宅(馬場ふみか)と不倫する、ツメが甘くて自分にも甘い男。桃子と真守が対峙するシーンはどれも苦しくなってくるが、意外と思い当ってしまう人も多いのではないだろうか。
人生の選択肢を狭めているのは自分自身という地獄
夫の不貞を知った桃子は相手の三宅に言い放つ。「あなたは選択肢がたくさんあっていいですよね! 欲張り!」と。夫は不倫に走り、仕事もなくなり、自宅は義母が所有する一軒家。これ以上、どうすればいいのか。どうすれば、自分は幸せになれるのか。追い詰められた桃子が衝動的に買ったのは、真っ赤なチェーンソーだった……。
桃子の焦燥感は痛いほどわかる。40代以降に今までの人生をリセットして、新たな道を踏み出すことのなんて気が重いことか。「もしあの時、違う道を選んでいたら……」と、誰しも一度や二度考えたことがあると思うが、過去を悔やんでも現実は1㎜も変わらないし、“自分探し”をするリミットはとうに過ぎている。
……果たしてそうだろうか。そう思い込んでいるのは自分で、勝手に道を狭めているのも自分で、可能性を潰しているのも自分。全て、自分。人生は映画のようにいかないのは百も承知、それでも「思い切ってやってみたらなんとかなった」という未来を信じたい。そう思わせてくれる作品だった。
メイキングや完成披露試写会の模様など大充実の映像特典
メイキングでは、2023年8月のクランクインからクランクアップまでを収録。「カットを割るより身体全体を使って役の心情を表現する演出が脚本に合っていると思った」という監督が選んだのは、ワンシーン・ワンカット。まるでドキュメンタリーのように画面の中で息づくキャラクターを、TVドラマ「エルピス~希望、あるいは災い~」(2022)の重森豊太郎が抜群のカメラワークでフィルムに焼き付けていった。
また、1つのシーンに対して細かく演出を施す監督と、それに応える江口の様子が多く収録されているのだが、本当に些細な仕草にも「そんな意図が込められていたのか!」と驚く。「江口さんは不自然なことは不自然だと現場で語る、丁寧な向き合い方をする女優。それがいい形で桃子に反映されている」とは、共演した風吹の言葉。ここでもまた、江口のりこという俳優が愛される理由を垣間見ることができる。
物語の主な舞台となった日本家屋も実際にある家で、床下も実際に土を掘って撮影された。真夏の床下で土だらけになりながらまっすぐに映画を撮り続ける演者やスタッフを眺めていると、映画作りって本当にいいものだなと思わせられる。
その他、特典には完成披露試写会や初日舞台挨拶の模様を収録。本編と合わせてぜひご覧いただきたい。
文=原真利子 制作=キネマ旬報社

『愛に乱暴』
●3月5日(水)Blu-ray&DVD 発売(レンタルDVDは同時リリース)Blu-ray&DVDの詳細情報はこちら
●Blu-ray 価格:5,500円(税込)
【ディスク】<1枚組>
★映像特典★※73分
・メイキング&インタビュー
・完成披露上映会
・初日舞台挨拶
・特報
・ショート予告
・予告
●DVD 価格:4,400円(税込)
【ディスク】<1枚組>
★映像特典★※2分
・特報
・予告
●2024年/日本/本編105分
原作:吉田修一『愛に乱暴』 (新潮文庫刊)
監督・脚本:森ガキ侑大
脚本:山﨑佐保子、鈴木史子
出演:江口のりこ、小泉孝太郎、馬場ふみか、水間ロン、青木柚、斉藤陽一郎、梅沢昌代、西本竜樹、堀井新太、岩瀬亮 / 風吹ジュン
●発売元:スタイルジャム 販売元:ハピネット・メディアマーケティング
©2013 吉田修一/新潮社 ©2024 「愛に乱暴」製作委員会