「地域映画」は、本当に地域のためになるのか?連載その1
三谷一夫さん(株式会社映画24区代表)インタビュー
「夏、至るころ」記者会見
(写真右より、三谷一夫、池田エライザ監督)
映画24区が、『ぼくらのレシピ図鑑シリーズ』という地域活性のための映画製作プロジェクトを、安田真奈監督の「36.8℃ サンジュウロクドハチブ」で始めたのは2年前だ。現在は第2弾の池田エライザ監督作「夏、至るころ」が撮影を終えて編集中である。
地域活性のための映画づくりと言っても、出資者、言い換えるとライツホルダーがたくさん存在する映画製作環境では、本当に地域活性に映画が貢献したのか疑問が残るプロジェクトが少なくない。
だが、『ぼくらのレシピ図鑑シリーズ』は、そこがブレないプロジェクトにしたいのだと、プロデューサーの三谷さんは言う。それには、地域で一緒にプロジェクトを進められる人材が必要と、11月から東京で「地域プロデューサー養成講座」を始める。
取材・文=関口裕子
『ぼくらのレシピ図鑑シリーズ』とは?
「36.8℃ サンジュウロクドハチブ」の撮影風景
――『ぼくらのレシピ図鑑シリーズ』を始められたきっかけからうかがえますか?
三谷 本企画の第1弾は兵庫県加古川市を舞台にした「36.8℃ サンジュウロクドハチブ」という作品ですが、それまでにも山形や山梨、京都などの地域で、小さな、いわゆる「地域映画」をいくつか手掛けてきました。しかし、誰のための映画なのか目的をはっきり定めないまま制作していたこともあり、地域にとっても、またビジネスとしても満足のいく成果が得られないことが多々ありました。本来、地域映画は地域のために作られるべきです。10年近く地域映画に関わってきて、そこをきちっとパッケージにする必要があるのではないか、そう考えるようになりました。『ぼくらのレシピ図鑑シリーズ』の始まりです。
――地域のために作る映画なら、地域の人が利用しやすく、しかも映画自体が魅力的な製作パッケージを作ろうということでしょうか?
三谷 そうです。『ぼくらのレシピ図鑑シリーズ』の最大の目的は、映画作りの先にある“人づくり”なんです。そのためには、まず自治体が主体になることが重要で、それが絶対条件でもあります。たとえば、映画の中身が面白そうだからとテレビ局が入り、広告代理店が入りますと、資金は集まりますが、ビジネスとしての側面が強くなるので、地域のための映画であるという基本コンセプトが希薄になりがちです。また、製作費2~3億円のメジャー作品の場合、ロケ地となる自治体や関連団体が製作費の一部を助成金から拠出することがありますが、企画の段階から製作会社と一緒に進めるわけではないので、脚本に対して地域側の提案が入る余地はほとんどありません。完成した映画を地元の行事などで自由に使うことさえも難しいのが現状です。そんな映画でも完成した時や公開した時は、一時的に町は盛り上がります。ただ本当に一時的に過ぎない。単なる瞬間的な花火にしかならないわけです。
町づくりの主体となれる人を育てる
加古川市で映画製作に参加した高校生
――その地域の“人づくり”というのは、具体的にどのような人なんでしょうか。
三谷 映画に限らず、地域の活動で主体となれる人を育てるということですね。町から映画ビジネスに長けたプロデューサーや監督を輩出することは考えてはいません。映画作りはあくまできっかけ。将来的に町づくりに積極的に関わっていく人を育てたいんです。たとえば、加古川市の撮影では「高校生応援隊」というチームを組織しました。2年後、それに参加してくれた高校生が、自分たちで市のPR動画を作ったんです。これこそ『ぼくらのレシピ図鑑シリーズ』が望む形のひとつです。体験すると分かるのですが、映画はすごく大勢の人が関わるし、スクリーンで観ると大きなものを皆で作り上げたという実感が湧きます。子どものころ、そんなものづくりに関わった経験を持っていると、何事にも自信が持てるようになりますね。
――目指しているのは、地域のクリエイティブな活動で主体的に動ける思考を持つ人材なんですね?
三谷 そうです。ただ、いきなり監督や脚本家が地域にやって来て映画作りの話を始めると、盛り上がってあれもこれもやろうとなる。すると、地域主体というポイントがどうしてもブレてしまう。そうならないように『ぼくらのレシピ図鑑シリーズ』では「食」と「高校生」をテーマとしました。もちろん縛りではなく、ガイドラインみたいなもの。パッケージにした上で、それぞれの映画に個性を持たせ、継続可能なプロジェクトにしていきたいと思っています。もちろんそこは監督や脚本家の腕の見せどころでもあるんですが。
――フィルムコミッションなど地域振興に関わっている方に聞いていただきたいですね。
三谷 はい。第2弾は福岡県田川市で行いましたが、田川市のフィルムコミッションを担当されている有田匡広(福岡県田川市職員・地域プロデューサー)さんは、「誘致するだけでなく、自らも仕掛けていきたい」と、第1弾の加古川市の事例をよく研究されて、「うちでもやりたい」と提案をいただきました。このように自治体が主体になるためには、プロジェクトを引っ張っていける方が地元にいるかどうかがまずポイント。お金ではなく、大事なのは人なんです。
――映画をアートとみなした場合、発想の自由度が必要となります。もし企画に許容しがたい部分があると地域が思った場合、どう対応をされますか?
三谷 映画が芸術作品である一面を地域がどこまで許容できるかどうかという問題は、自治体と制作サイドがクランクインまでにいかにたくさん時間を共有できているかが重要になってきます。「こういう映画を監督が撮りたいから」と一方的に推し進めたところで、お互いギクシャクした関係になってしまうだけですからね。シリーズ第2弾の「夏、至るころ」に関しては、『ぼくらのレシピ図鑑シリーズ』の雛形にお行儀よく落とし込むよりも、池田エライザという既定の枠に留まらない人に、作家性や音楽に対する感度の高さを存分に発揮してもらったほうが、自由奔放な田川の市民性とマッチするんじゃないか、そして映画の拡がりや、ひいては田川という町の魅力を多くの人に知ってもらう機会に繋がるのではないかと判断したのです。
――このシリーズでは、撮影までに俳優のワークショップや脚本のワークショップ、料理のワークショップを、時間をかけてやるそうですね。
三谷 その時間が自治体や市民との信頼関係を生む。そこが重要だと思っています。食費、滞在費、車両費などは、現場でかかるお金の中では大きな比重を占めます。ローバジェットなのにどうして作れるのか。そこには地域の方々の多大な協力があります。それは時間を共有してつむいだ信頼が生み出していると思っています。クランクインまでに、池田エライザさんも田川市を4回訪れています。池田さんは忙しい方ですが、必須ということでやっていただきました。もちろんお金もかかりますが、お金をかける価値のあるところには徹底してかけました。
地域プロデューサー養成講座の意味
映画をツールに料理イベントを開催
――「36.8℃ サンジュウロクドハチブ」には、加古川市の特産や町も出てくるので、興行終了後も加古川市を紹介するツールとなりましたね。
三谷 「36.8℃ サンジュウロクドハチブ」はお手本のような地域映画になっています。作品自体のクオリティと地域のための映画というバランス。安田真奈監督はその辺がうまいなと思いました。あの映画は、公開終了後も毎年夏祭りで上映されているようです。内容を知っていても、みんなが集まって観る、そういう作品になっています。
――『ぼくらのレシピ図鑑シリーズ』の著作権は?
三谷 著作権者は弊社にありますが、地域での上映や関連イベントに関しては、自由に使っていただくことができます。加古川市は、その後も映画に登場した料理のイベントなども継続して行われ、安田監督も呼ばれて参加されたようです。
――第2弾までやられて手応えはどうですか?
三谷 『ぼくらのレシピ図鑑シリーズ』のような仕組みで、今後も継続して映画を作ることができれば、地域にとっても映画界にとっても、後々に活かせる財産になると思っています。映画自体は決して大きなバジェットではありませんが、若い監督や脚本家や俳優たちが挑戦できるサイズとしては十分なバジェットです。
――東京でも公開できるならしたほうがいいとお考えですか?
三谷 そうですね。地域映画としては、東京をはじめ、全国でどれだけ広がっていくかは、もちろん大事にしているところです。興行面では、シリーズを通してイオンシネマさんにご協力いただいています。第1弾の加古川市にイオンがあったのがきっかけですが、配給できる場所があるというのはやっぱりメリットが大きいです。第1弾、2弾、3弾と数が増えていけば、シリーズ一挙上映企画などもやっていきたいと思います。
――経験値と作品事例が増えることで、地域を超えた集合体ができる可能性もありますね。
三谷 第2弾ですごくよかったのは、自主的に第一弾の兵庫県の加古川市と田川市がうまく連携してくださった。安田監督がつないでくださった部分もありますが。単純に映画を作るだけじゃなく、ものづくりの楽しさや大勢で動かすプロジェクトの楽しさをしっかりとクランクインまでの時間で伝えていきたいと思っています。
「地域プロデューサー養成講座」では、自治体がどんな点に疑問を持ち、どんなところが気になるのか、たまった事例をQ&Aにして紹介したいと思っています。そして、配給や興行のネットワークについても一通り勉強していただきます。映画を作ったはいいけれど、配給はどうしようということにならないためにも、この部分は重要だと思っています。
次回は、加古川市で「36.8℃ サンジュウロクドハチブ」の脚本・監督を担当された安田真奈監督に登場していただきます。
〇プロフィール
三谷一夫 みたに・かずお
1975年兵庫県生まれ。株式会社映画24区代表。関西学院大学を卒業後、東京三菱銀行にて10年間、エンタメ系企業の支援に従事。2008年から映画会社シネカノンの再生に尽力。2009年に「映画人の育成」を掲げて株式会社映画24区を設立。自社スクールから輩出した若手の俳優や脚本家を積極的に起用した映画製作を続ける。最近のプロデュース参加作品に「セブンティーン、北杜 夏」(17)「21世紀の女の子」(19)、デジタルリマスター版「風たちの午後」(19)など。近著に『俳優の演技訓練~映画監督は現場で何を教えるか~』『俳優の教科書』(フィルムアート社)がある。 「ぼくらのレシピ図鑑シリーズ」の第1弾「36.8℃ サンジュウロクドハチブ」は昨年全国公開され、第2弾「夏、至るころ」を製作中である。
●ぼくらのレシピ図鑑シリーズ
●映画『ぼくらのレシピ図鑑シリーズ』で学ぶ
【地域プロデューサー術クラス】と【脚本術クラス】開催
★講座(全5回)11月2日(土)より毎週土曜日
http://eiga24ku-training.jp/news/20190909_237.html
★説明会実施 10月22日(火・祝)18:00~19:00
http://eiga24ku-training.jp/visit/
●お問合せ
株式会社映画24区
TEL:03-3497-8824
HP: http://eiga24ku-training.jp/contact/
制作:キネマ旬報社