人生タクシーの映画専門家レビュー一覧
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映像演出、映画評論
荻野洋一
道路事情に長けていないタクシードライバー。じつはイランの名匠ジャファル・パナヒ監督の世を忍ぶ姿である。このベレー帽をかぶった水戸黄門が運転席に設置したGoProやiPhoneといった小型デバイスは、タクシー乗客の悲喜こもごもを記録する。本来は定点観測であるはずのカメラが、街中を動き回っているという逆説の面白さだ。アメリカ政府が悪の帝国扱いをしてきたイランではあるが、車窓から垣間見える首都テヘランの凛とした美しい佇まいからは、悪の匂いは感じられない。
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脚本家
北里宇一郎
映画を作ることを国家から禁止された監督が、タクシーから一歩も外へ出ない映画を創る。制約された舞台。限られたキャメラ・ワーク。一見、窮屈だ。しかしその筆致はのびのびと自由で。今のイランを反映したような乗客が次から次へと登場。その一人一人のおしゃべりの愉しいこと、魅力的なこと。そこに辛味、苦味、毒気もさらり含ませて。ムキにならず、絶叫せず、この淡々の語り口の巧さ。映画の力を信じ、その威力を発揮して、頑迷な政権に一矢を報いた。見事なレジスタンス作品。
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映画ライター
中西愛子
反体制的な活動を理由に、2010年より20年間の映画監督禁止命令を受けているJ・パナヒ。そんな中、街を走るタクシーという密室を舞台に極秘の映画製作を行う。運転手はパナヒ自身。乗り降りする市井の人々。製作状況のみならず、彼に降りかかるさまざまな制限が、いかに才能へ重石となってのしかかっているかがわかるのは辛いが、パナヒと彼を支える人たちの強い意志はそこにしかと読み取れる。タクシー内の作劇と、イランの街のリアルな喧騒とがふいに重なり軋む瞬間がスリリング。
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