ゲンボとタシの夢見るブータンの映画専門家レビュー一覧

ゲンボとタシの夢見るブータン

    急速な近代化の波が押し寄せるブータンに生きるある家族を追ったドキュメンタリー。16歳のゲンボは、1000年以上先祖代々受け継いできた寺院を引き継ぐために学校を辞め、戒律の厳しい僧院学校に行くことに悩んでいた。やがて子供の想いと親の願いが衝突し……。監督を務めたブータン人のアルム・バッタライと、ハンガリー人のドロッチャ・ズルボーは、若手ドキュメンタリー制作者育成プログラムで出会い、国をまたがる6つの財団から資金を獲得し、国際共同製作の枠組みで本作品を完成させた。
    • ライター

      石村加奈

      ブータンで千年以上の歴史を持つ古刹チャカル・ラカンの後継者問題に直面した家族。親、子、それぞれの立場に中立なカメラの立ち位置が好ましい。無理に結論を導き出さない終わり方にも好感が持てる。いまの生活に満足し、将来にも明快なヴィジョンを持つ父は、家族の中でいちばん幸福そうに見えるが、娘のタシには誇らしく思えていない辺りがリアル。長男ゲンボの沈黙を父は「迷惑」と断じるが、性同一性に悩むタシを「ヒマラヤの花みたい」と微笑む兄の優しさは、父よりも魅力的だ。

    • 映像演出、映画評論

      荻野洋一

      作品を見るかぎり妹のタシはおそらく性同一性障害で、男子として活動するが、今後もタシがタシ自身であり続けられるどうか、これは伝統/近代化の世代間対立なんかよりも大事な問題だと思う。屋外シーンはほとんど斜面だが、兄妹は気にせずサッカー練習に余念がない。一度だけまともな平面が写るのは、タシが女子代表選抜キャンプに遠征した時だけ。元来サッカーは平面に住む民衆のスポーツ。この斜面/平面の逆説によってトランスジェンダーの輪郭がいっそう明確になった。

    • 脚本家

      北里宇一郎

      ブータンの日常。透明な空気があって、男根崇拝があって、カラフルな祭礼があってと、その一つ一つが珍しく、眼を引かされる。だけど10代の兄妹がいて、スマホを操り、サッカーに打ち込みと、その生活ぶりはまさしく今を匂わせる。兄が家代々の寺院を継いで僧侶になるかならぬかの迷い。妹の望みは“男”として生きること。切ない。この2人がいつも一緒で悩みを打ち明け合う。見てると、市川崑「おとうと」の姉弟を思い出して胸がキュンとなる。思春期、その大人になる前の逡巡に。

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