セメントの記憶の映画専門家レビュー一覧

セメントの記憶

祖国を亡命した元シリア兵のジアード・クルスーム監督が、喪失と悲しみの記憶を詩的情緒豊かに紡ぎ出す革新的ドキュメンタリー。超高層ビルの乱開発が進むベイルート。そこでは、内戦で家を奪われた多くのシリア人移民が、劣悪な環境で労働を強いられていた。撮影監督は、本作でボストン国際映画祭最優秀撮影賞を受賞したレバノン出身のタラール・クーリ。
  • ライター

    石村加奈

    ドローンを使った冒頭から、天地がひっくり返る後半のシーンなど、饒舌なカメラワークだ。廃墟の鉄骨が窓のように、ベイルートの美しい海を“中東のパリ”と名高い街並みを切り取り、世界の分断を見せつける。音も意味深だ。瓦礫を踏み進む戦車の音と建設現場のコンクリートを砕く音が重なり合い、破壊と建設の境界線が混沌としていく。さらにシリア人労働者が語る記憶。セメントの味にはよるべない人の匂いが漂う。イメージとサウンドと物語が三位一体となって創られた新しい映画。

  • 映像演出、映画評論

    荻野洋一

    およそドキュメンタリーらしい自然さを欠いた、峻厳たるシネエッセーに瞠目させられた。シネエッセーと言えど、誰も一言も言葉を発しない。誰かの回想記が申し訳程度にボイスオフで読み上げられる。内戦からの復興で建築ラッシュに沸くベイルートの景観は、シリア人出稼ぎ労働者には空々しい。彼らの視界は地下からの仰角と高層階からの俯瞰に狭められている。なんという過激な作品だろう。だからこそラストの車載カメラによる回転がこれほど痛切かつ感動的なものとして映るのだ。

  • 脚本家

    北里宇一郎

    紛争、破壊、建設。ほとんどの中東の国々はその繰り返しだという。それで原題が「セメントの味」。瓦礫に埋まった人間の舌に、ざわりと残った恐怖の味。そのセメントは高層ビル工事現場の生命となって、そこで働く人間たちの糧ともなる。シリア人移民・難民労働者が日中は空に飛翔し、夜は地下へと潜っていく。この往復の日常が、破壊と建設、その循環の歴史を連想させ。言葉は少ない。キャメラが鋭い。映像感覚と音響で、そこにいるシリア人の若者の内面を描く。ひりひりと美しく。

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