父は憶えているの映画専門家レビュー一覧
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翻訳者、映画批評
篠儀直子
村中のごみを無言で回収してまわる父のなかには、もちろん彼なりの道理があるのだが、それが何なのかは決してわからない。代わりにはっきりと見えてくるのは、彼の帰還によって揺さぶられる周囲の人々の変化。失われた愛は、長い眠りから目覚めたかのように色づきはじめる。基本的に人物の動きに合わせて柔軟に動くキャメラが、まるで適度な距離を保ってその人物を見守りつづけているかのようであり、その結果わたしたちも、その人物に対して親密な感情を抱かずにはいられなくなる。
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編集者/東北芸術工科大学教授
菅付雅信
キルギスのアクタン・アリム・クバト監督が監督・主演。23年ぶりにキルギスの村に戻ってきた老人が巻き起こす静かな騒動を描く。携帯電話が画面に出なかったら、とても21世紀の話とは思えないほど時間が止まったかのような村で、日本人とよく似た風貌ながらも、皆が敬虔なイスラム教徒であり、ロシアの強い影響下の中で生きている人たちの生活を丁寧に観るという文化人類学的な面白さ。私たちに似ているとても異なる人々の普遍的家族愛。いっそドキュメンタリーの方が向いている題材なのではないか。
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俳優、映画監督、プロデューサー
杉野希妃
行方知らずだった男の23年間は一切語られない。記憶と言葉を失った理由も明確にわからない。家族や友人たちは記憶を取り戻そうと必死だが、男は動じず、ただ黙々とキルギスの村のゴミを拾い続ける。力強く根を張る木々、木立のざわめき、素朴で美しい歌声……感覚に訴えかけてくる演出ひとつひとつがゆったりどっしりとしていて、果てしない奥行きを感じる。生命の根源的な力が本作には宿っている。人間はただ生きているだけで尊い。そんなピュアな気持ちを呼び覚まされる稀有な作品。
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