レニ・リーフェンシュタールの関連作品 / Related Work

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  • ワンダー・アンダー・ウォーター/原色の海

    制作年: 2002
    昨年、100歳の誕生日を迎えたレニ・リーフェンシュタールが48年振りに発表した監督作。71歳でライセンスを取得したレニが、2000回におよぶダイブで撮影した膨大な映像を編集した海のシンフォニー。なお、かつて訪れたアフリカを27年ぶりにレニが来訪するドキュメント「アフリカへの想い」(60分)が同時上映される。
  • アフリカへの想い

    制作年: 2000
    「民族の祭典」「意志の勝利」のレニ・リーフェンシュタールが、写真集『NUBA ヌバ』を発表し復活するきっかけとなった地、スーダンのヌバ族の村を20数年ぶりに再訪する姿を追ったドキュメンタリー。監督はドキュメンタリー作品「レニ」のレイ・ミュラー。
  • レニ

    制作年: 1993
    ナチス党大会の記録映画「意思の勝利」、ベルリン・オリンピックの記録映画「民族の祭典 オリンピア第1部」「美の祭典 オリンピア第2部」の監督として知られる女性映像作家レニ・リーフェンシュタールの足跡を追う長編ドキュメンタリー。脚本・監督はレイ・ミューラー。製作はハンス・ユルゲン・パニッツ、ジャック・ドゥ・クレルク、ディミトリ・ドゥ・クレルク、撮影はワルター・A・フランケ、ミシェル・ボードゥル、ユルゲン・マルティン、音楽はウルリッヒ・バースゼンゲ、ヴォルフガンク・ノイマンのそれぞれ共同。本作品では主にリーフェンシュタールのインタビューと作品の抜粋により、彼女のキャリアをほぼ年代順に追っている。抜粋のなかには彼女が年代に発表した写真集『ヌバ』の映画版など貴重な未公開映像も多数含まれる。また撮影の準備中にもカメラを回しつづけ、正規のインタビュー用カメラの前で悠然と微笑んで語るレニの一方で、演出方針や質問の内容を巡って監督と激しく衝突するレニの姿も見せ、人間レニ・リーフェンシュタールの実像を浮かび上がらせている。キネマ旬報外国映画ベストテン第8位。2019年1月19日よりアップリンク渋谷にて再上映。
  • 民族の祭典 オリンピア第一部

      制作年: 1938
      第十一回ベルリンオリンピック大会の記録映画で、「モンブランの嵐」「青の光」のレニ・リーフェンシュタールが総指揮並びに芸術的構成に当り、ハンス・エルトル、ワルター・フレンツ、ギュッチ・ランチナー、クルト・ノイバート、ハンス・シャイブ以下総数四十四名の撮影技師が動員され、「最後の一兵まで」「朝やけ」のヘルバート・ヴィントが作曲を附した。演奏はブルーノ・キッテル合唱団、フィルハーモニック管絃団、ミューラー・ヨーン指揮のライプスタンダルテ、ウファ交響管絃団、トーフィ管絃団が当り、ポール・ラーフェン博士、ロルフ・ヴェルニッケが解説を受持った。製作指揮はワルター・トラウト及びワルター・グロスコプ、プロローグ撮影指揮はヴィリイ・ツィールケ、技術顧問はルドルフ・ヤート、同時録音総指揮はジークフリート・シュルツェがそれぞれ担当した。
    • 美の祭典 オリンピア第二部

      制作年: 1938
      「民族の祭典 オリンピア第一部」とともに映画オリンピアを形づくるものであるから、製作スタッフは勿論すべて第一部と同様である。ただ音楽だけは、ポロ競技及び近代五種競技のシークェンスに限りワルター・グロノスタイが書いている。スタッフの詳細及び解説は「民族の祭典 オリンピア第一部」を参照。
    • 意志の勝利

      制作年: 1934
      ナチ党全国党大会の記録映画。斬新なカメラワークや演出により、1935年のヴェネツィア・ビエンナーレ金メダル、1937年のパリ万博グランプリを獲得するなどその芸術性が称賛されたが、戦後は評価が一転した。監督は、「民族の祭典 オリンピア第1部」「美の祭典 オリンピア第2部」のレニ・リーフェンシュタール。
    • SOS氷山(1933・アメリカ)

      制作年: 1933
      「死の銀嶺」「モンブランの嵐」「白銀の乱舞」のアーノルド・ファンク博士が書き下ろした探検物語の映画化で、ファンク博士指導のもとにグリーンランド西海岸にロケーションして撮影された。このロケーションはデンマーク政府の公認を得て、極地探検家として名高いクヌート・ラスムッセンの援助のもとに行われたものである。撮影には「死の銀嶺」「モンブランの嵐」と同様ハンス・シュネーベルガーとリヒャルト・アングストが当たった。なお脚色には「アルプスの血煙」のエドウィン・H・ノッフと「戦慄街」のトム・リードが当たり、米国版監督は「放送室の殺人」のテイ・ガーネットが任じている。出演者は「モンブランの嵐」「白銀の乱舞」「青の光」のレニ・リーフェンシュタール、「陽気なママさん」「壁の中の声」のゼップ・リスト及びエルンスト・ウデット、「白銀の乱舞」のウォルター・リムル、「グリード」のギブソン・ゴウランド、マックス・ホルスペア博士という顔ぶれである。音楽は「黒衣の処女」「白銀の乱舞」のポール・デッソオが作編曲している。
    • 青の光

      制作年: 1932
      ドロミーテン山岳地方に伝わる伝説にヒントを得て映画化したもので主演者は「白銀の乱舞」「モンブランの嵐」のレニ・リーフェンシュタールである。監督はリーフェンスタール自身が批評家として小説家として知られるベラ・バラージュの協力によって当たり、キャメラを「死の銀嶺」「モンブランの嵐」のハンス・シュネーベルガーが受け持った。助演者はマチアス・ヴィーマン、マックス・ホルスベール、ベニ・フューラーなどの面々。
    • 白銀の乱舞

      制作年: 1931
      「死の銀嶺」「モンブランの嵐」と同じくアーノルド・ファンクが監督製作にあたった映画で脚本は氏自身が執筆した。撮影は「死の銀嶺」のリヒアルド・アングスト、クルト・ノイバート、フリッツ・ゴルドシュミットの三人が分担。出演者は上記二映画のレニ・リーフェンスタールと先年わが国にも来日したことのある世界的スキーヤー、ハンネス・シュナイダーを始め、ギュッチ・ランチナー、ワルター・リムル、ルディ・マット、ロタール・エバースバーグそのほか国際的に名を知られたるスキーヤーの面々である。
    • モンブランの嵐

      制作年: 1930
      「死の銀嶺」「マッターホン」につづいて製作されたアーノルド・ファンク氏の作品で脚色及び監督は同氏自ら当り、キャメラは「死の銀嶺」と同じくハンス・シュネーベルガー、リヒャルト・アングスト、ゼップ・アルガイヤーの三氏が受持っている。主なる出演者は「聖山」「死の銀嶺」のレニ・リーフェンシュタール嬢、飛行家として「死の銀嶺」に出たエルンスト・ウーデット氏、ゼップ・リスト氏、「マッターホン」のエルンスト・ペーターセン氏等。
    • 死の銀嶺

      制作年: 1929
      「聖山」「マッターホン」「銀界征服」のアーノルド・ファンク氏が「喜びなき街」「懐かしの巴里」「パンドラの箱」のG・W・パブスト氏と協力して監督にあたった映画でファンク氏の原作を同氏とラディスラウス・ヴォイド氏が脚色したもの。主役を演ずるのは「生ける屍」「パンドラの箱」のグスタフ・ディースル氏で「聖山」のレニ・リーフェンシュタール嬢、「聖山」「マッターホン」のエルンスト・ペターゼン氏、ミッツィ・ゲッツェル嬢、オットー・スプリング氏、エルンスト・ウーデット氏等が助演している。(無声)
    • 聖山

      制作年: 1926
      山の神聖を描いた異色ある映画で、アーノルド・ファンク氏が原作、脚色、監督と三つながら行ったものである。主役は舞踊家のレニ・リーフェンシュタール嬢で、ルイス・トレンカー氏とエルンスト・ペーターセン氏とが相手役を務める外、「除夜の悲劇」出演のフリーダ・リヒャルト夫人も出演する。無声。
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