塚本晋也監督インタビュー ~戦後の闇市を生き抜く人間を描いた「ほかげ」について語る~
戦後の闇市を舞台に、売春をしながら居酒屋を営む女性や両親を失った少年、戦争で心に傷を抱えた復員兵、テキヤの男などが混乱する世の中を生きていく、塚本晋也監督による「ほかげ」のBlu-ray&DVDが8月2日発売される(レンタル同時リリース)。第80回ヴェネツィア国際映画祭NETPAC賞(最優秀アジア映画賞)受賞をはじめ、国内外で高い評価を受けた作品に対する想いを、塚本監督に伺った。
Q:戦場で極限状態に追い込まれた兵士を描いた「野火」(14)を発表してから10年。「ほかげ」は、再び第二次世界大戦の太平洋戦争をテーマにした作品ですね?
——「野火」は大岡昇平さんの素晴らしい原作を、とにかく映画にできればいいという思いで作り終わって、当時は戦争が終わればみんな万々歳だろうと思っていたんです。しかし、どうも戦争自体は終わっても、個人に目を向けると戦争が終わらない人がいっぱいいることに気付いたんです。その人たちを描かないと、戦争の恐ろしさを描いたことにならないと思って、「ほかげ」の構想が生まれていったんですよ。
Q:舞台を戦後の闇市にしたのは?
—— 元々、闇市に興味があって、いつか闇市を舞台にした映画を作りたいと思っていました。その頃は、今回の映画で森山未來さんが演じたテキヤみたいな男が、すすけた闇市の砂埃の中で、思い切り天に手を伸ばして『戦争が終わった』と晴々しく叫ぶ映画を想像していたんですが、どうも戦争が終わった時の感覚はそうではない。「野火」のラストに戦争から帰ってきた後、主人公にPTSDの兆候が出始める描写を入れたんですが、戦争で受けた体験からくる兵士のトラウマやその影響によるPTSDの問題は、戦後も尾を引いている。それを思うと、晴々しく『終わった』と言えるものではないと思いました。ただそのシーンには自分なりのこだわりがあって、かなり重々しい感じですが、今度の映画にも『終わった』という場面は入れてあるんですけれど。
Q:「野火」から連なる兵士のPTSDのことと、闇市で生きる人のことが、戦争が遺した爪痕として一つになっていったんですね?
—— 復員兵のPTSDに関しては、あまり資料がないんですが、様々なエピソードを繋ぎ合わせていくと、それは間違いなくあったと確信しました。爆撃の音を何度も聞いているうちにPTSDになってしまう被害的な状況もありますが、戦場で女性や赤ん坊を殺す加害的な体験をした人が、日本に帰ってから、自分の子供を可愛がっていた時に、精神に異常をきたして暴力的になってしまうこともあるんです。そういう人にとっては、戦争はずっと終わらないんですよ。また戦後には空襲で親を亡くした浮浪児が沢山いましたが、彼らは戦争の被害者なのに、世間からまるでゴミ扱いされていた。さらに戦争で夫や子どもを失って、生活するためにパンパン(街娼)になった女性もいます。ただそういう人をそのまま登場させると、「肉体の門」など、これまで作られてきた映画の世界を踏襲したものになってしまう。それでここでは、周りは空襲で焼けたけれども一軒だけ残った居酒屋があって、そこで売春をしている女性がひっそりと生きているという設定にして、この居酒屋に今まで資料で見てきたPTSDの復員兵や浮浪児の少年がやってきて、彼らが闇の片鱗を覗かせては消えていくという構造にしてはどうかと思ったんです。
Q:森山未來さんやヒロインに趣里さんを起用して、少年役の塚尾桜雅君と復員兵の河野宏紀さんはオーディションで選んだそうですね?
—— 趣里さん(本作でキネマ旬報主演女優賞受賞)は映画やドラマを観て、凄い女優さんだと思っていました。特に「生きているだけで、愛」(18)の少し精神のたがが外れている女性の役は、もしかしたら本当にそういう人なんじゃないかと思うくらいで。でも2019年の高崎映画祭でお会いしたら、本当に普通の人だったんですよ。この方は憑依型の俳優さんだなと感じて、どんな役にも憑依していただけるのではないかと思ってお願いしました。現場では完全に役と一体化していて、まったく隙のない感じがしましたね。ラストの方で、彼女が少年に自分の想いを言うセリフがあるんですが、ここは脚本を書いたときから大事なセリフだと思っていたんですけれど、趣里さんが言葉で発したときに、自分が思っていた以上に表現を膨らませてくれて、撮っていて『よくぞやってくれました』と感動を受けましたね。
森山さんには、かなり無理を言いました。昔構想していた闇市の映画の喧騒を、ここではほとんど闇市自体は出てこないので、一人でその喧騒を感じさせるように演じてくださいとお願いしたんです。だから役はテキヤですけれど、やくざや愚連隊など闇市にうごめく人々の資料を全部お渡ししたんです。最初、森山さんからは『この人は、文学青年ですかね』とか質問がありましたが、その資料を渡して、『これを全部やるんですね』とわかってからは、何の質問も来なくなりました(笑)。
復員兵役のオーディションには、ものすごい数の応募がありました。その中から様相が復員兵の雰囲気を携えていること、シンプルな佇まいを持っていることを基準に選ばせていただきました。また河野さんは、お芝居に臨む姿勢が真摯と言いますか、まっすぐストレートな感じがあって、このまっすぐな感じの人がPTSDを抱えて無茶苦茶になっていく感じを、是非撮りたいと思ったんです。
塚尾君(本作でキネマ旬報新人男優賞受賞)はオーディションの時、小学1年生でした。でも最初からしっかりしていましたね。現場に入っても表現の仕方を三つくらい例に挙げて、『どれでやりますか?』と明確な質問をしてくるんです。僕は『それじゃあ、1の表現の仕方で、2の要素もちょっと入れてください』とお願いしていました。シリアスに映画の設定が分かっていたかどうかは分かりませんが、場の空気を読む天性の資質を持っていました。それでいて、『カット』がかかると踊って遊んでいる面白い子でした(笑)。
Q:「ほかげ」を作ったことで、監督の戦争に対する想いは一区切りついたのでしょうか?
—— 実は「野火」よりさらに強烈な、戦場を描いた戦争映画を企画していたんですが、コロナ禍や諸事情が重なって、どうしてもクランクインできなかったので、しびれを切らして、その後にやろうとしていた「ほかげ」を先に作ったんです。だからその戦争映画を作らないと、ちょっと戦争に関して自分の中では終われない感じがありますね。
Q:今回のBlu-rayとDVDには特典映像も付いていますね?
—— 映画を体感した人が、もっと当時のことを知りたいと思ったときに、いろんな角度から見られる特典を用意しました。DVDには『初日舞台挨拶』、『海外映画祭風景』、『予告』などの映像が収録されていますが、Blu-rayには他にも、当時の闇市の全体像が分かる『浮浪児1945 戦争が生んだ子供たち』という本を書かれた作家の石井光太さんと僕のトークイベントの模様や、戦争と精神医療の歴史を専門に研究されている歴史学者の中村江里さんに僕がお話を聞いて、戦争とPTSDのことに関して問題提起したトークイベントの映像も収録されています。あとは音声コメンタリーで、僕が映画の様々なことを説明していますから、より作品のことを多角的に知っていただけると思いますね。
文=金澤誠 制作=キネマ旬報社
【塚本晋也】
1960年1月1日、東京・渋谷生まれ。14歳で初めて8ミリカメラを手にする。87年「電柱小僧の冒険」でPFFグランプリ受賞。89年「鉄男」で劇場映画デビューと同時に、ローマ国際ファンタスティック映画祭グランプリ受賞。以降、国際映画祭の常連となり、その作品は世界の各地で配給される。世界三大映画祭のヴェネチア国際映画祭との縁が深く、「六月の蛇」(02)はコントロコレンテ部門(のちのオリゾンティ部門)で審査員特別大賞、「KOTOKO」(11)はオリゾンティ部門で最高賞のオリゾンティ賞を受賞。「鉄男 THE BULLET MAN」(09)、「野火」(14)、「斬、」(18)でコンペティション部門出品。本作「ほかげ」はオリゾンティ・コンペティション部門へ出品された。俳優としても監督作のほとんどに出演するほか、他監督の作品にも多く出演。2002年には「とらばいゆ」(01/大谷健太郎監督)、「クロエ」(01/利重剛監督)、「溺れる人」(00/一尾直樹監督)、「殺し屋1」(01/三池崇史監督)で毎日映画コンクール男優助演賞を受賞。同コンクールでは15年に「野火」で監督賞・男優主演賞をW受賞、19年に「斬、」で男優助演賞を受賞している。その他出演作に「沈黙ーサイレンスー」(16/マーティン・スコセッシ監督)、「シン・仮面ライダー」(23/庵野秀明監督)。NHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』(19)などドラマにも多数出演。
『ほかげ』
●8月2日(金)Blu-ray&DVD リリース(レンタル同時)
Blu-rayの詳細情報はこちら
DVD の詳細情報はこちら
●Blu-ray 特別版 価格:6,050円(税込)
★映像特典★
・初日舞台挨拶(趣里、森山未來、塚尾桜雅、河野宏紀、塚本晋也監督)
・「ほかげ」の制作現場(ナレーション:塚本晋也)
・劇場公開時トークイベント(渋谷ユーロスペースにて)
①石井光太氏(『浮浪児1945-―戦争が生んだ子供たち―』著者)&塚本晋也監督
②中村江里氏(『戦争とトラウマ』著者)&塚本晋也監督
・「ほかげ」海外映画祭風景(ベネチア映画祭・トロント映画祭・東京国際映画祭)
・予告篇
・制作資料収録:イメージ画、画コンテ(抜粋・ギャラリーとしてデータ収録)
★オーディオ特典★
・塚本晋也監督による音声コメンタリー収録(聞き手:森直人)
●DVD 価格:4,400円(税込)
★映像特典★
・初日舞台挨拶(趣里、森山未來、塚尾桜雅、河野宏紀、塚本晋也監督)
・「ほかげ」海外映画祭風景(ベネチア映画祭・トロント映画祭・東京国際映画祭)
・予告篇
★オーディオ特典★
・塚本晋也監督による音声コメンタリー収録(聞き手:森直人)
●2023年/日本/本編95分
●監督・脚本・撮影・編集・製作:塚本晋也
●出演:趣里、塚尾桜雅、河野宏紀、利重剛、大森立嗣、森山未來
●発売元:日活 販売元:ハピネット・メディアマーケティング
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