“エモーションのために技術が総動員されているのが素晴らしい”。「彼女のいない部屋」マチュー・アマルリック × 濱口⻯介対談

“家出した女性の物語” を紡ぎ、[カンヌ・プレミア]部門に選ばれたマチュー・アマルリック監督作「彼女のいない部屋」が、8月26日(金)より全国順次公開中。Bunkamura ル・シネマで8月27日(土)に行われたアマルリック監督と濱口⻯介監督のオンライン対談のレポートが到着した。

 

 

「日本映画からは大きな影響を受けている」というアマルリック監督が、「ドライブ・マイ・カー」に感動して以来、濱口監督への敬愛を語っていたことから企画された今回の対談。濱口監督も「マチューさんは私にとって映画を見始めたころからの大スター」と敬意を表して快諾し、実現に至った。

昨年のカンヌ国際映画祭で顔を合わせているものの、きちんと話すのは初めてのふたり。揃って「あの時(互いの作品を)見ていればもっと話ができたのに!」と振り返ったり、アマルリック監督が「RYUSUKEと呼んでいいですか?」と尋ねるなど、パリと東京の距離を感じさせない親密ムードでスタートした。

両者の映画作りについて「フィクションでもドキュメンタリーでも、非常にミステリアスな部分をどんどん開拓していく。これは竜介さんもやっていることですね。だから、あなたは私の弟であると同時に、私の師匠かなとも思っています。ふたりとも映画愛というものをもって作品を作っているんだなと感じています」とアマルリック監督が語ると、濱口監督が「弟と言ってもらったことは一生忘れないと思います」と返し、場内はどっと沸いた。

濱口監督は「彼女のいない部屋」について、「本当に素晴らしいと思いました。去年のカンヌで見ていれば去年のベストだったと思うし、今年のベストだと思っています。近年見ても、ここまで心を揺さぶられる映画というのは稀」と述べ、「映像と音響のあり方、話しの進め方が本当に驚くべきもの。ものすごく高い技術によって達成されているものだと思うのですけど、それがエモーションのために全ての技術が総動員されていることが何より素晴らしいと思いました」と称賛。

また、主人公クラリス役のヴィッキー・クリープスについて濱口監督は「見せびらかしのような演技がまったくなく、だからといって無感情なのではなく、蓄えていた感情を必要なときに放出することができる」として、どのように演技を引き出したのか尋ねると、アマルリック監督は「ヴィッキーに何か教えるということはありません。ジャン・ルノワールもやっていますが、竜介さんはリハーサルでは感情を出さないような形でやっていますよね。そして、このルノワールとともに、私たちをつなげているもう一人の人物がいますね。ジョン・カサヴェテスです。カサヴェテスの場合は、演劇をベースにリハーサルを繰り返し、そこでセリフを書き変えていくやり方です。僕の場合は一度書いたものに毎朝、更に書き加えて役者たちに渡すという方法をとります。けれど、私もカサヴェテスのように、監督としてより重要な役目は、どこにどんなふうにカメラを置くかの方だと考えています。ヴィッキーが何回も本番のテイクを繰り返さなくていいように、(役の)苦しみを何回も演じる必要はありませんからね、多くても2回のテイクで終われるように技術スタッフと一緒にカメラ位置などを入念に考え準備しておく。それだけ準備をしておけば、後はヴィッキーにバトンを渡し、ヴィッキーはバトンを受け取って走れるのです」と語った。

すると濱口監督は「カサヴェテスの名前が出てとても嬉しいです。(アマルリック監督の過去作)「さすらいの女神たち」はあきらかに「チャイニーズ・ブッキーを殺した男」を思わせるし、前作の「バルバラ セーヌの黒いバラ」には「オープニング・ナイト」を想起させられました。今回は終盤で雨が降るなかで木馬を家にしまい込むというシーンで「ラヴ・ストリームス」の記憶がふっとよみがえったりしました。この映画自体が、複雑なアラン・レネを思わせる構成でありながら、ジョン・カサヴェテスのエモーションと融合したような、奇跡のような映画だと思っています」と応じた。

またこの映画から「物語が始まる前の時間、我々が知り得ない時間というものを俳優やスタッフたちは共有している」と感じたと濱口監督は語り、「それが俳優が演技をする上での基盤になっているのではないか」と、準備のプロセスについて質問すると、アマルリック監督は「私たちは撮影の前に家族の過去を想像する必要があると思いました。一番最初に私たちがしたことは、ヴィッキー、(夫役の)アリエ、息子のサッシャ、娘のアンヌソフィー、彼らをその家に呼んで写真を撮りあうということをしたんです。冷蔵庫って昔の写真とか思い出というものを貼る場所じゃないですか。そのための写真を撮った。これがわれわれの共同作業で一番最初にしたことでした」と明かした。

俳優でもあるアマルリック監督に対して濱口監督が「では最後なので、短く。演出家からされてイヤだったことで、これだけは僕は絶対俳優にはしないぞ、ということはありませんか」と、まるで自身の演出時に気をつけねば、というようなユーモラスな質問を投げて場内の笑いを誘うと、アマルリック監督も「Non!(ありません)」と芝居がかったように答えて場内は爆笑。しかし、改めて「質問に答える形で、正直に言うなら、僕自身は俳優にこうはしないというシーンはセックスシーン(フランス語では“愛のシーン”=メイクラブするシーン)ですね。監督というのは女性でも男性でも“愛のシーン”の演出は少し怖いと思っているものです。皆あまりすすんで演出したがらず、あまり俳優をサポートしてくれない。このシーンは俳優におまかせ、そんな感じが多い。でも“愛のシーン”はストーリーテリングにおいて色々なことを含んでいる重要なシーンです。だから絶対に俳優におまかせという形で丸投げすることはやってはいけないと僕自身は思っています」と答え、「竜介さんはそれをまさにちゃんと、『ドライブ・マイ・カー』の最初のシーンできちんと演出をつけているということがとてもよくわかりました。竜介さんから出て来たものが、俳優にインスピレーションをもたらしていると感じました」と濱口監督の演出を称賛。そして「こういう会話を将来的にもどんどん続けましょう!」「ぜひ!」と約束し合い、対談は終了した。

 

 

© 2021 – LES FILMS DU POISSON – GAUMONT – ARTE FRANCE CINEMA – LUPA FILM
配給:ムヴィオラ

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