十三人の刺客(1963)
じゅうさんにんのしかく Thirteen Assassins
解説
「十七人の忍者」の池上金男がオリジナル・シナリオを執筆、「若様やくざ 江戸っ子天狗」の工藤栄一が監督した時代劇。撮影もコンビの鈴木重平。
ユーザーレビュー
「十三人の刺客(1963)」のストーリー
弘化元年九月明石藩江戸家老間宮図書が老中土井大炊頭の門前で割腹し果てた。間宮の死は藩主松平左兵衛斉韶の暴君ぶりを訴えていた。斉韶は将軍家慶の弟君、この事件は時の幕閣を動揺させた。これに対し老中土井は、非常手段として御目付役島田新左衛門に斉韶暗殺を命じた。大事決行をひかえ新左衛門は十一人の協力者を集めた。新左衛門の知友倉氷左平太、三橋軍次郎、樋口源内、他十一人の強者達だ。暗殺計画は極秘裡に進められたが、この暗殺計画を事前にキャッチした人物がいた。鬼頭半兵衛、明石藩側用人千石の身分を自分で掴んだ傑物である。不詳事発生以来一ヵ月余、明石藩が突如参勤交代の途についた。行列を追う刺客団は、中仙道で奇襲作戦を練ったが、半兵衛の奇計にあい失敗に終った。新左衛門の計略は、斉韶が尾張を通る時、その尾張藩の通行を阻止すれば、勢力を削られた行列は新左衛門が襲撃の場所に選んだ落合宿に出る。落合宿は襲撃には絶好の要地だ。尾張藩通行を阻止する方法は、尾張藩木曽上松陣屋にかつて息子夫婦を斉韶に惨殺され、深い恨みを抱く牧野靭負がいる。倉永が早速松陣屋に飛び、他の刺客は落合宿へ急行した。郷士の倅木賀小弥太がこの計画に加わり、今は唯時を待つだけだった。運命の朝、深いもやの中を落合宿に乗り込んだ斉韶公以下五十三騎は、先ず真新しい高塀にさえぎられた。混乱の中、退路の橋が大音響と共にくずれ落ちた。五十三騎は、半兵衛の意志とは逆に障害物にはばまれて、刺客の誘導に乗っていった。十三人と五十三騎の死闘は続いた。虚しい死体の群の中に新左衛門、半兵衛の死体もあった。弘化元年斉韶参勤交代の途中発病、帰城と同時に死去と届けられた。
「十三人の刺客(1963)」のスタッフ・キャスト
スタッフ |
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キャスト | 役名 |
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「十三人の刺客(1963)」のスペック
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