解説
志賀直哉の原作を、「愛の鐘」の八住利雄が脚色し、「男性飼育法」の豊田四郎が監督した文芸映画。撮影も同じく「男性飼育法」の安本淳。昭和34年度芸術祭参加作品。
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「暗夜行路(1959)」のストーリー
時任謙作には出生の秘密があった。謙作は、父のドイツ滞在中、母と祖父との間に生まれた子だった。幼馴染の愛子との縁談がこわれたのも、このことからであった。彼は放蕩を重ねた。謙作は祖父の死以後、その妾であったお栄と二人で暮していた。やがて、お栄を女として意識するようになった。年も上で、実際には父であった祖父と交渉のあったお栄に、そんな気持を抱くようになった自分を持てあました謙作は、旅行を思い立った。尾道へ行った。彼はお栄との結婚の決心を兄の信行に書き送った。その時、始めて出生の秘密を知らされた。謙作の父はこの結婚話に激怒して反対し、お栄も謙作の申し出を固辞した。謙作は再び東京を去り、京都に赴いた。宿の近くに療養に来ている、老人に附添う娘を見そめた。友人の高井や石本らの助力で、その娘・直子に結婚を申込み縁談はととのった。謙作夫婦は、京都南禅寺北の坊の草葺屋根の新居に住んだ。お栄は、従姉のお才の勧めで中国へ渡った。が、盗難にあい、病気になった。謙作は金の工面をして送ってやった。謙作と直子の間に男の子が生れたが、生後間もなく丹毒で死んだ。またお栄から窮情を訴えた便りがあり、謙作は朝鮮まで行きお栄を連れて帰った。帰ってみると、直子との間にチグハグなものが感じられた。留守中に、従兄の要が泊っていったという。要と直子の間に間違いが起ったのだ。謙作は悩んだが、直子を許す決心をした。転機を求め、ひとり鳥取へ旅に出た。伯耆大山山麓の蓮浄院に寄宿した。日増しに心が落着いていった。ある白登山の一行に加わり、コレラに倒れた。直子が駈けつけた。謙作の眼は、愛情に満ちていた。直子も、高熱にあえぐ謙作の横顔を見つめながら、どこまでもこの人について行こうと思った。
「暗夜行路(1959)」のスタッフ・キャスト
スタッフ |
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キャスト | 役名 |
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「暗夜行路(1959)」のスペック
基本情報 | |
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ジャンル | 文芸 |
製作国 | 日本 |
製作年 | 1959 |
公開年月日 | 1959年9月20日 |
上映時間 | 140分 |
製作会社 | 東京映画 |
配給 | 東宝 |
レイティング | 一般映画 |
アスペクト比 | シネマ・スコープ(1:2.35) |
カラー/サイズ | モノクロ/シネスコ |
音量 | モノラル |