わたしの自由について SEALDs 2015の映画専門家レビュー一覧

わたしの自由について SEALDs 2015

    日本の安全保障を大きく転換させるような政治の動きに危機感を抱いた学生たちが結成した団体『SEALDs(シールズ)』に、「青の光線」の西原孝至監督が密着。2015年夏に安保法案の反対デモで中核を担った彼らの、激動の半年を記録した。日本国憲法の平和理念を守るために手探りで社会運動をはじめた若者たちは、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を駆使し呼びかけ、ラップを取り入れた抗議を行い、その新しいスタイルが注目された。自分の言葉で世界に向き合う学生たちの姿を映す。
    • 評論家

      上野昻志

      SEALDsの活動記録としては、よく出来ているし、これを通して、彼らの新しさもよくわかる。一九六〇年代末の全共闘運動の学生たちは、個人としての想いはあっても、言葉にすると時代のイデオロギーを背負ってパターン化していたのだ。それに対して、SEALDsに集う若者は、シュプレヒコールはリズムが違うだけで昔と変わらないが、一人ひとりが発言するときは、その人なりの自前の言葉になっている。それが、既成の政治家たちはもとより、往年の学生たちなどより、決定的に新しい。

    • 映画評論家

      上島春彦

      シールズというのは「民主主義を守るために急いで行動を起こした学生達」の略語だというのを、今チラシを読んで初めて知った。私は日本がこの七十年、平和憲法のおかげで平和であったと思ったことなど一度もないが、それはそれとして若い連中が積極的にデモをしかけるようになったのはとても良いことだと思う。この現場にはC浦クンもいたらしいぞ。最後に彼に会った時、「集団的自衛権行使容認、いいことじゃん」と発言した私は氏にとても叱られたのであった。たまにはデモ行くか。

    • 映画評論家

      モルモット吉田

      大島?はドキュメンタリー「日本映画の百年」で連赤事件を境に「以後、若者たちが日本の現代史の表舞台に登場したことは未だない」と語ったが、それは現代と切り結ぶ青春映画の喪失も意味する。短期決戦とも言うべき彼らの鮮やかな活動を記録した本作は「圧殺の森」に迫るキラキラと輝く青春映画の復興だ。映画は彼らに加担しつつ、抑制した視点を崩さない。一瞬それが緩むのはシュプレヒコールを挙げる中心人物の後頭部越しに見える国会へデモが突入してゆく美しいショットだ。必見。

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