ミッドナイト・トラベラーの映画専門家レビュー一覧

ミッドナイト・トラベラー

アフガニスタンの平和をテーマにした自作がタリバンの怒りを買い、命を狙われた映像作家ハッサン・ファジリ。妻と二人の娘とともに故郷アフガニスタンを脱出、ヨーロッパへ向かう5600kmの逃亡の旅を3台のスマートフォンで撮影したセルフドキュメンタリー。ハッサン一家はタジキスタン、トルコ、ブルガリアを抜け、安全な場所を求めて命がけの旅を記録していく。もともと映画制作に関わっていた妻、両親のもと映像教育を受けていた娘たちも、それぞれの恐れや不安、かすかな希望をカメラの前にさらけ出す。難民家族を外からのカメラではなく、内からのカメラで捉えたその緊張の連続は、難民となることの厳しい運命を観る者に容赦なく突きつける。2019年のサンダンス映画祭でワールドシネマドキュメンタリー審査員特別賞ほか、計23の映画賞を受賞した。
  • 米文学・文化研究

    冨塚亮平

    命がけの過酷な国外逃亡の道行きは、しかしスリルやサスペンスに満ちてもいる。そもそも自らの映画制作を契機として祖国を追われることとなった監督は、悲惨な現実のドキュメントと虚構的な魅力の間で揺れる自らの心情を素直に吐露しつつ、膨大な素材を面白く「も」観られる形に再構成した。なかでも娘がスマホでマイケル・ジャクソン〈ゼイ・ドント・ケア・アバウト・アス〉の動画を再生しながら踊る場面は、幾重にも重なる象徴性が圧巻。タリバンが再び政権を掌握した今こそ必見。

  • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

    降矢聡

    娘の一人が「退屈だ」と駄々をこねる瞬間が物語っているように、決して壮絶な出来事が写っているわけではない。むしろこの映画は退屈で不毛な時間こそを記録する。ゆえに難民家族の現実がたしかに写っているようにも思える。だから、悲劇を心のどこかで捉えたくなってしまうと、映画作家自らが業を吐露し自己批判をする場面ほど本作に似つかわしくないものもない。それより無意識の女性蔑視が透けて見える何気ない日常のシーンがタリバンが政権を奪取した現在、ひときわ心に残る。

  • 文筆業

    八幡橙

    終幕、長女が「絶対に思い出したくない」と語るように、これはある一家の決死の旅の実録だ。だが、真の地獄は省略された日々に主に押し込まれ、本篇の多くは笑顔で埋められる。自転車、ローラースケート、明白な自己主張……旅の途中、妻と娘は、女性が不自由を強いられてきたあれこれに挑む。泣く日。笑う日。海を見てはしゃぎ、よその女性への夫の軽口に嫉妬する。逃亡に内包された「人の営み」が、「人生」が、ここにある。アフガン激震の今、彼らの今後に思いを馳せずにおれない。

1 - 3件表示/全3件