映画専門家レビュー一覧

  • FEAST 狂宴

    • 映画批評・編集

      渡部幻

      交通事故で男が死に、その妻と加害側の妻の交流が始まる。「フィリピンの鬼才」のことはよく知らないのだが、無意識にカンヌ監督賞作を含む4本を見ていた。政治、セックス、暴力に絡む内容が多いが、ここでは封印されている。代わりにご馳走の映像がくどいくらい挿入されており、家族たちはセックスのごとく恍惚として食べる。キリスト教の強調があり、霊性を帯びたカメラが人の営みを覗いていく。主演のココ・マーティンも初めて知ったが、フィリピンでは「究極のスター」なのだという。不思議な映画だ。

  • リトル・リチャード アイ・アム・エヴリシング

    • 映画監督

      清原惟

      恥ずかしながら、リトル・リチャードのことを何も知らなかった。自分が聴いてきた音楽たちの礎を築いた人物と知って、本当に驚いた。知らなかったことを知れるというのは、事実を基にした映画のいいところだと思う。文化の盗用、クィア、人種差別など、重要な議論につながる問題提起があって、今この題材の映画を作ることの必然性を感じる。ただし、映画としての構成、映像のあり方には少し違和感もあり、宇宙的なイメージをCGで表現するところなどは、なんだか余計に感じてしまった。

    • 編集者、映画批評家

      高崎俊夫

      ジョン・ウォーターズ曰く「リトル・リチャードは私のアイデンティティの一部だ。私の口髭は彼の真似、オマージュなんだ」には笑った。F・タシュリンの「女はそれを我慢できない」で主題曲を歌う彼にウォーターズや無名時代のビートルズが熱狂したのもむべなるかな。豊饒な映像フッテージを駆使して1950年代初頭、すでにクィアであることを宣言し、差別の壁を破壊し、異形でありつつロックンロールの正統なる創始者としての栄光と悲惨を丁寧に跡付けた出色のドキュメンタリーである。

    • 映画批評・編集

      渡部幻

      ジョージア州の公会堂で若きリトル・リチャードがシスター・ロゼッタ・サープの前で歌い、褒められ、舞い上がった彼は早く故郷を出たくなった—「輝く準備はできてたんだ」。ロックンロールの創造者にして設計者は、後続の白人のように讃えられることなく、自分はプレゼンター役。革命的でパワフル、陽気で孤独、そして黒人でクィアの彼が涙を流す。涙は涙でも喜びの涙。これくらいアーカイヴが残されていると、ほとんど“劇映画的”にドラマティックな“ドキュメンタリー”をつくれてしまう。

  • ARGYLLE アーガイル

    • 翻訳者、映画批評

      篠儀直子

      007やヒッチコックをちりばめつつ、大枠が「ザ・ロストシティ」そっくりだなあと楽しく観ていたら、中盤で凄いひねりが。そこまでが楽しすぎたせいで、騙された気分で脱落する人も出そうだけれど、これを許容できれば後半も楽しい。赤毛とブロンドの2部構成自体、もしかしたら「めまい」の引用なのかも。主演二人が完全に対等な男女を演じて魅力的。これまでのマシュー・ヴォーン作品同様、人を選びそうな悪乗り気味のアクションが愉快。フィギュアスケートファンとネコ好きは観ると吉。

    • 編集者/東北芸術工科大学教授

      菅付雅信

      スパイ小説の人気女性作家が謎の組織に狙われるという設定で、彼女の小説世界と現実が交錯する。「キングスマン」でもスパイ映画をひねっていたマシュー・ヴォーンは、今回さらにひねったメタ・スパイ映画に仕上げている。主演もスパイ大作に絶対抜擢されそうにないサム・ロックウェルとブライス・ダラス・ハワードというひねりよう。「キングスマン」で披露したVFX遊戯はさらに過剰になり、だんだん真面目に見ていることが馬鹿馬鹿しくなる。これで製作費200億と聞くとやれやれとしか言えない。

    • 俳優、映画監督、プロデューサー

      杉野希妃

      謎が謎のままである前半は楽しめるものの、主人公の過去が明かされてからは、その設定が中途半端なのでヤキモキする。主演のブライスは前半の鈍臭さからの変貌ぶりが見ものだが、終盤に向かって加速するアクションに身体が追いついていない印象。突然スケートが始まったりと、奇を衒ったド派手なアクションシーンも随所に盛り込まれたギャグもあざとすぎて不発で終わっている。ギミックが無駄に多すぎるし、莫大な製作費の割に全体的にチープな作り。デュア・リパをもっと見たかった。

  • マリア 怒りの娘

    • 翻訳者、映画批評

      篠儀直子

      貧困の惨状、そのなかでの(ときに争いながらの)母娘の絆、少女の怒りと成長をリアルに描きながら、現実と地続きの幻想へと唐突に横滑りしては戻ってくる魅惑的な作品世界。監督が映像の力をとことん信じて撮っていること、および、主演の少女が役柄を深く理解しているさまにまず感嘆させられる。しかもこの少女自身もまた役柄と同様、映画の進行と歩を合わせてめきめきと成長しているようなのだ。ニカラグアの自然の景観も、人間たちの運命への無関心を表現しているかのようで圧倒的。

    • 編集者/東北芸術工科大学教授

      菅付雅信

      中米ニカラグアのゴミ集積場を舞台に、そこに生きる母と娘の物語。二人はその環境から抜け出そうとするが、娘マリアの犯した過ちがより困難な状況を巻き起こす。ニカラグア出身の女性監督による長篇作で、貧困、環境問題、女性の権利、人権など、現在のポリティカル・イシュー満載の作品。ゆえに海外映画祭で高い評価を得ているのだろうが、劇映画としては退屈の極み。内容のポリティカル・コレクトネスを映画作品の出来よりも重視する今の批評の風潮に「怒りの娘」ならぬ「怒りの観客」の気持ちになる。

    • 俳優、映画監督、プロデューサー

      杉野希妃

      冒頭、カラスが飛び交い、子供たちがたむろする広大なゴミ捨て場の引きのショットからして力強い。母親を探し求めるマリアの旅をドキュメンタリーの如くカメラは追い、芝居もカメラワークもリアリズムに徹している。母親との再会で突如マジックリアリズム的世界観が立ち現れるところでは、ラテンアメリカの監督らしい表現だなと胸が高なった。画力に頼りすぎな感はあるものの、少女の怒り、悲しみ、諦念がニカラグアへの監督の想いと重なるようで、強かな意志を感じる貴重な映像詩。

  • 彼女はなぜ、猿を逃したか?

    • 文筆家

      和泉萌香

      自分が起こした事件を挑発的に切り取られ、誹謗中傷に晒された女。事実のねじ曲げなどのメディア批判を含みながら、世間の存在はあくまでも場外に、物語はキャメラがあちらこちらに配置された灰色の迷路のような囲われた場所で、個人の「生き直し」が展開される。二転三転したのちに空はひらけてゆき、高揚感ある青春映画の様相をみせるも、ギミック倒しで強引な印象が拭えず。映画監督の自己弁護にも聞こえる台詞も悪目立ち。

    • フランス文学者

      谷昌親

      事件を起こした少女と映画監督志望の少年、少女を取材するルポライターの女と映像関係の仕事をしているその夫、この二組の男女の関係が、現在と過去、現実と映像のあいだを往還しつつ徐々に明らかになっていく過程はスリリングだ。しかし、パズルのピースをうまく散りばめ、現代的な意匠をほどこすことに注意が向き過ぎていて、人物も作品世界もただ画面の表層を流れていく。少女が見た朝焼けや少年が森の中で撮影した少女の姿の前で、もっと立ちどまってみるべきだったのではないか。

    • 映画評論家

      吉田広明

      動物園の猿を女子高生が逃がした事件を報じた記事がフェイクなのか真実なのかを巡る話なのかと思って見ていると、互いに矛盾というか整合性の取れない映像が重なってきて、見る者が疑心暗鬼に捉われる。事件の真相の不確定性が、映像そのものの不確定性にすり替わってくる。合わせ鏡のシーンがあるが、これがこの作品の中心紋ということになる。ただ、入れ子構造を繰り返しているため、どれも本気で受け取れなくなり、ラストの高校生たちの瑞々しい場面も眉唾で見てしまうのが残念だ。

  • マッチング

    • ライター、編集

      岡本敦史

      マッチングアプリ利用者を標的とした連続殺人事件をめぐるサスペンスミステリーというアイデアは秀逸。ブライダル業界で働きながら私生活では恋愛への興味が薄い主人公を、土屋太鳳が現代に即したリアリティをもって演じ、非常に好感が持てる。だが、物語が進むにつれて紋切り型でない場面を探すほうが難しくなり、しかも途中から別の因縁話がメインになって、マッチングアプリも関係なくなる。ちゃんとタイトル通りに主題と四つに組み合えば、企画も主演俳優も生きたのに。

    • 映画評論家

      北川れい子

      内田英治監督の、観客を驚かせ、引っ張り回そうとする魂胆がミエミエのホラー系ミステリーで、ここまでエグいと逆に笑いたくなる。俳優陣も乱暴な脚本と演出に闇雲に役を演じているかのよう。マッチングアプリでの出会いが転がって、親の因果が子に及び、という新派悲劇寄りの血腥い復讐劇。マッチングアプリはあくまでも復讐の火種なのが意外と言えば意外か。冒頭の「アプリ婚連続殺人事件」が恐怖の賑やかし的なのも、内田監督ならではの観客サービスってわけ。

    • 映画評論家

      吉田伊知郎

      角川ホラーとしてはVHSや携帯に較べるとマッチングアプリでは普遍性に欠ける。運営会社が個人情報を覗き見しているなら意図的に結びつけたりしそうだが。アプリ婚連続猟奇殺人も見た目の派手さと裏腹に、それをどう仕立てたかは描かれず。この監督は前作「サイレントラブ」と同じく安易にフラッシュバックを多用しすぎで、そこで帳尻を合わせようとする。土屋太鳳は善戦。普通のドラマよりも異常な状況へ生真面目に立ち向かう演技の方が映える。佐久間は役の難易度が高すぎた。

  • ネクスト・ゴール・ウィンズ

    • 翻訳者、映画批評

      篠儀直子

      序盤、監督招聘の話を聞いた選手のひとりが「白人の救世主はごめんだ」と言う。実際この映画はその後、「白人の救世主」の話にはならないよう細心の注意を払うだろう。救われるのはサモアの人々ではなく、白人監督のほうなのだ。サモアの自然と文化、サッカー協会会長らと並び、彼の心をとりわけ解きほぐすのが「第三の性」を持つ選手。男女間だけでなく、白人文化と現地文化のあいだも往来して垣根を取り払う。星の数は抑え気味にしてますが、楽しくて愛らしくてとても励まされる映画。

    • 編集者/東北芸術工科大学教授

      菅付雅信

      「ジョジョ・ラビット」のタイカ・ワイティティ監督による、サモアの世界最弱サッカーチームがW杯予選で起こした奇跡の実話の映画化。設定としては「がんばれ!ベアーズ」と同じ熱血コーチによる弱小チーム成功話だが、南の島ならではの脱力したムードで描く。「ジョジョ?」でそのギミック力を誇ったワイティティはカメラと編集のアンサンブルで観客を引っ張ろうとするのだが、どうもあざとさとギャグのベタさが鼻につく。スポーツ系ギャグなら「アメトーーク!」運動神経悪い芸人の方が面白い。

    • 俳優、映画監督、プロデューサー

      杉野希妃

      米領サモアの最弱サッカーチームの実話で爽快な逆転劇。新コーチ役、ファスベンダーのシリアスな佇まいとチームメンバーのおおらかな芝居にギャップがあり、名優ファスベンダーが浮いていて演出の狙いだとしても違和感。ジョークの数々や初めと終わりにカメオ出演する監督のコメディアンぶりに、笑いを強要されているような感覚に陥ってしまった。勝ち負けよりも大切なのは楽しむことという天真爛漫なテーマをそのまま体現した作風に、軽快さと軽薄さを行き来する危うさも感じた。

  • コヴェナント 約束の救出

    • 映画監督

      清原惟

      はじめはアメリカの視点に立ちすぎていると思い、ゲーム的な戦闘シーンや、タリバンの人々を動物扱いする米兵にうんざりしながら観ていたが、最後には米兵と米軍に雇われた数多くのアフガン人通訳の絆の話だったとわかる。しかし、彼らと米兵の話は決して美談で終わるものではない。与えられるはずの永住権ももらえず、米軍撤退後に、彼らは殺されたり逃げ隠れたりすることとなった事実が明かされる。米軍が正義の名のもとに行ったことへの批評的な目線があったのはよかった。

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