“間”で魅せる、 今泉力哉の新境地 「アンダーカレント」
2005年の出版以来、国内外から熱狂的な支持を集める、豊田徹也の漫画『アンダーカレント』(講談社刊)。「映画のよう」と絶賛される原作を、「窓辺にて」(22)、「ちひろさん」(23)などの今泉力哉監督が実写映画化した。
家業の銭湯「月乃湯」を共同経営していた夫・悟(永山瑛太)が失踪し、途方に暮れるかなえ(真木よう子)だが、何とか店を再開。折よく現れた、素性のわからない男性・堀(井浦新)が、住み込みで銭湯を手伝いはじめる。友人・菅野(江口のりこ)の勧めから、悟の調査を依頼した探偵・山崎(リリー・フランキー)とのやりとりで、悟の嘘を知ったかなえは、自身の心の奥底に沈めていた、ある悲しい記憶に踏み入ることに……。
死をモチーフに、普段、胸の奥にしまっていることを、湿度のある映像美で掘り下げていく本作。暗さや重さの際立つ、シリアスな人間ドラマは、軽やかさが持ち味の今泉作品の中で、新境地とも言えよう。たとえば劇中で二度、かなえが回想する、悟との会話シーン。穏やかにかなえの話を聞いていたはずの悟の表情をカメラがとらえると、思いもよらなかった彼の葛藤に触れ、不穏な予兆に震撼する。あるいは、かなえと堀が向き合い、淡々と食事をとるシーン。一見、何の変哲もない、日々の繰り返しのなか、時間の経過とともに、自身でも曖昧だった、月乃湯に来た理由について、堀の気づきと変化が確かに描きだされて、映画オリジナルのラストへとつながっていく。口数少なく、感情の起伏も乏しい登場人物たちの自己の揺らぎを、岩永洋(撮影・照明)の画(え)が豊かに表現している。パートのおばちゃん(中村久美)が、並んで煙草を吸ううちに、堀への警戒心をといてしまう、縁側(「愛がなんだ」(19)の葉子の家!)でのシーンや、かなえが悟と再会する、岬のカフェなどのロケーションも印象的だ。
ストレートに感情を出せない、不器用な人間の複雑さを描き続けてきた、今泉監督らしい、リアルな人間ドラマも健在だ。屈託を抱えた主人公・かなえの繊細な描写は無論、月乃湯の常連で、煙草屋を営むサブじい(康すおん)と堀の、ゆるい交流に、心温まる。土地に根ざし、かなえの過去もよく知る老人が、町を歩きまわりながら、訥々と堀に語りかける言葉の重み。サブじいの思いを、全身で受け容れようとする、堀の深い沈黙。相手の全部をわからなくても、理解しようとする大切さを、映画のなかで生きている登場人物たちと共に体感する、やさしい″間″に、ホッとする。
特典ディスクには、メイキングやイベント映像を収録。メイキングでは、キャスト陣の役への意気込みや、今泉監督の演出についてなど、撮影現場ならではの実感のこもった、生の声が詰まっている。イベントでは、これまでの真木との関係性を映画に取り込んだという今泉監督のユニークなキャスティング秘話や、本作で、映画の神様からギフトを受け取ったと語る井浦のエピソードなど、本篇を観返したくなる話題が盛りだくさんだ。
文=石村加奈 制作=キネマ旬報社(「キネマ旬報」2024年3月号より転載)
「アンダーカレント」
●3月6日(水)DVD&ブルーレイ発売(レンタル同時リリース)
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●ブルーレイ 価格:6,600円(税込)
●DVD 価格:5,500円(税込)
★映像特典★※ブルーレイ、DVDともに共通
予告篇、メイキング、イベント映像集
※特典ディスクはDVDになります。
●2023年/日本/本編143分
●監督・脚本:今泉力哉 脚本:澤井香織
●音楽:細野晴臣
●原作:豊田徹也『アンダーカレント』(講談社『アフタヌーンKC』刊)
●出演:真木よう子、井浦新、リリー・フランキー、永山瑛太、江口のりこ、中村久美、康すおん、内田理央
●発売・販売元:ハピネット・メディアマーケティング
©豊田徹也/講談社 ©2023「アンダーカレント」製作委員会