名匠ホン・サンス監督の長編第25作「イントロダクション」と第26作「あなたの顔の前に」が、2本同時に6月24日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺ほかで全国順次公開。「あなたの顔の前に」の主演イ・ヘヨンのインタビューが到着した。
2021年カンヌ国際映画祭プレミア部門招待作「あなたの顔の前に」は、長く暮らしたアメリカから突如韓国に戻った元女優サンオクの一日の出来事を通し、その心の深淵に迫る物語。「ホン・サンスの最も感動的な作品の一つ」と評され、監督の公私にわたるパートナーのキム・ミニがプロダクション・マネージャーを務めたのも話題に。
サンオクを演じたイ・ヘヨンは、1960年代の韓国映画界に多大な影響を与えた巨匠イ・マンヒ監督の娘であり、巨匠イム・グォンテクをはじめ錚々たる監督の作品に出演してきたキャリア40年の大女優だ。ホン・サンス作品初出演にして主演を飾った本作では、2022年国際シネフィル協会賞最優秀女優賞と第58回百想芸術大賞女性最優秀演技賞(映画部門)を受賞。同監督の最新作「小説家の映画」(仮題)でも主演し、ホン・サンス作品の新たな“顔”となっている。
そんなイ・ヘヨンが、監督との出会い、出演までの裏話、驚きの演出方法などを語ったインタビューは以下の通り。
Q:ホン・サンス監督の映画に出演なさった理由はなんだったのでしょう?
とてもシンプルでした。ホン監督からテキストメッセージが届いたんです。「映画を作っているホン・サンスです」って。わたしはこう返しました。「準備はできています。お会いしましょう」。そんなふうにして映画を撮り始めました。なぜわたしにこの役を、とか、たずねたりはしなかったし、そんなことには興味なかった。ただ監督にお会いしたかったし、お友達になって、いっしょにお酒を飲みたかった。残念ながら、ホン監督はお酒をやめていらしたから飲めなかったけど、彼の映画や、映画の撮影に、わたしはすっかり魅了されました。
Q:ホン・サンス監督は撮影もユニークですね。撮影当日にその日の脚本を受け取って、その場で演じるとか。そんな撮影の仕方に戸惑いませんでしたか?
ありえない! ホン監督の映画の撮影を通して、わたしは「これが俳優」と言えそうな立ち位置をついに見つけたと感じました。撮影初日のことは今も鮮明に覚えています。40年間の私のキャリアの中で、嘘っぽい演技を一度もしなかったと思えたのはそれが初めてだった。ホン監督と仕事しながら「これまでのわたしの演技ってみんな嘘だったのだろうか?」と思いました。彼との仕事は新しい発見の連続だったし、それぞれの場面に熱意を持って入りこむことができたと思います。演技をしながら、これまで感じたことのなかった自由を感じました。
Q:40年のキャリアを持つベテランがその演技を通して「初めて感じた自由」とは、どのようなものでしょう?
ホン監督にはA4サイズの台本を一部、毎日その場で渡されました。撮影が終わったら台本は回収されるんです(笑)。わたしはアントン・チェーホフの大ファンですが、ホン監督の台本はチェーホフを思わせるようでした。よくある映画の台本は具体的です。わかりやすく描写してあって、絵コンテにちょっとした顔の表情まで描かれている。そんな台本を見ると、それに囚われて、台本に忠実に演技しなくてはならないと思ってしまいます。でも、ホン・サンスの台本にはそんな「落とし穴」がなかった。撮影の日に台本を受け取って、その場でただ演技すればいい。翌日の演技に気を散らすこともないし、ストレスを感じなくていい。メイクしないでそのままセットに来て、と言われて、朝起きて、顔を洗ってセットに行けばそれでよかったんです。その日の環境の中でただ演じるだけ。そんな仕事のしかたはとても興味深かったし、信じられないほど自由でした。
Q:この映画の仕事で初めてホン・サンス監督とお会いになったのですか?
わたしの父、イ・マンヒが70年代半ばに亡くなったあと、ホン・サンス監督のお母様のチョン・オクスクさんにお会いしたのが始まりです。彼女は父の1968年の映画「休日」のプロデューサーでした。ホン監督とはチョン・オクスクさんの葬儀で2015年に初めてお会いして。正直に言うと、2015年までホン監督の映画は観たことがなかったんです(笑)。テレビで目にした彼の映画は、さりげなくて、現実っぽくて、だから不親切だと思っていました。誠実でない、と思うほどに。わたしには「映画のファンタジー」こそが、リアルだった。だからホン監督の映画のリアリティは、わたしにとってはリアルではなかったんです。
Q:では、リアルでなかったホン・サンス監督の映画に主演なさったことは、あまり映画的な体験ではなかったと?
わたしはホン監督にちょっぴり嫉妬していたんでしょう(笑)。メッセージを受け取ったあと、ホン監督の映画を観はじめて、びっくりしました。「みんなが知っている天才に今ごろになって出会うなんて、わたしくらいだ」と思いました。彼の映画をみんなまとめて観ながら感激しました。昔みたいにまたドキドキしながら気持ちをたかぶらせて、毎日、夜通し眠らずに映画を観続けました。
Q:「あなたの顔の前に」の他にも、2021年には韓国で「アンカー」と「ハッピーニューイヤー」と公開作が続きました。「イ・へヨン映画の時代」の再来を楽しみにお待ちしてもよろしいでしょうか?
調子のいいことはいつも聞かされています。「この映画の、この役はあなたにしかできない。あなただけが演じられる!」(笑)。わたしにとって新作映画を選ぶということは、俳優イ・へヨンにふさわしいイメージをわたしが思い描ける役を探している過程か、すでにそれを見つけて、もう探すのをやめた時でしょう。
Q:近頃では海外の映画ファンたちが韓国映画や、韓国の俳優に興味を持つようになりました。「あなたの顔の前に」は〈俳優イ・へヨン〉を海外の映画ファンに売り込む良い機会ですね。
ポン・ジュノ監督と俳優のユン・ヨジュンさんは韓国の映画産業にとって、とても大事な仕事をしたと思います。お二人ともデビュー以来、素晴らしい仕事を積み重ねてこられた世界的な映画人です。これからは、さらに多くの韓国のフィルムメイカーや俳優たちが世界を舞台に活躍するでしょう。「あなたの顔の前に」も海外でたくさんの方に観ていただきたいです。
出典:Kofic KoBiz(2021年7月13日/取材・文:Park Hyeeun)
イ・ヘヨン(Lee Hyeyoung)プロフィール
1962年11月25日、韓国、ソウル特別市生まれ。父は「黒髪」(64)「晩秋」(66)などの巨匠イ・マンヒ監督。
1981年にミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」で俳優デビューし、多くの演劇作品に出演。テレビドラマでは『ごめん、愛してる』(04)『花より男子』(08)『私の心が聞こえる?』(11)『無法弁護士~最高のパートナー』(18)などで知られる。
映画デビューは1982年で、イム・グォンテク、チョン・ジヨン、チャン・ソヌ、イ・ジャンホ、ソン・キュンシクといった1980年代の韓国を代表する監督たちの作品に出演してきた。その他、チャン・ソヌ監督「成功時代」(90)、青龍映画祭助演女優賞を受賞した「ミョンジャ・明子・ソーニャ」(92/ゆうばり国際冒険ファンタスティック映画祭)、リュ・スンワン監督「血も涙もなく」(02)、ユン・イノ監督「ザ・ゲーム」(08)など出演作多数。
ホン・サンス作品初出演にして主演を飾った「あなたの顔の前に」は、2022年国際シネフィル協会賞主演女優賞と2022年百想芸術大賞女性最優秀演技賞(映画部門)に輝き、同監督の新作「小説家の映画」(仮題/22)では小説家の主人公を演じている。
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配給:ミモザフィルムズ