中国映画が、とんでもない!

現代中国映画の「深い理解への入口」へと読者をお誘いしてみたい。そして、いま始まろうとしている20年代の映画体験、20年代の世界を生きることに備えよう。このたび公開される、中国から届いたアートフィルムには驚くべき贅沢さ、大胆な構想、鋭敏な知性が躍っている。まずは素直な驚きに身を委ねてみよう。

中国映画が、とんでもない!

中国映画、2020年代を予想する

2020年は悲惨な幕開けとなった。新型コロナウイルスの影響で、映画館はどこも休館、映画の撮影はすべて中止となった。03年のSARSのときにもあったことではあるが、今回はより長引くことが予想され、影響は計り知れない。とはいえ、感染が収束すれば映画館に観客は戻ってくるので、また映画市場も回復し、20年代のうちにアメリカを抜いて世界最大となることは確実であろう。
中国で国産映画がヒットしている背景には、国による保護政策がある。輸入映画は本数や総上映時間にも制限があり、簡単には中国で公開できない。だが、その制限も徐々に緩和されていくはずで、今後は外国映画と競争できる、更には海外でも通用しうる作品をいかに作っていくかが課題になるだろう。残念ながら今の中国映画は、制作されている本数の割に、海外で公開されている作品が少ない。それは、どの作品も興行成績を追求するあまり、スターの人気に頼ったり、過去のヒット作に類似した内容のものを作りがちで、多様性を欠いていることに原因がある。それには検閲制度や配給システムも関係しているのだが、こうした点を改善していかない限り、世界に通用する中国映画は出にくいと思われる。

中山大樹[中日映画コーディネーター]
なかやま・ひろき
1973年生まれ、千葉県出身。金沢大学文学部卒。96年以降、中国の中央財経大学、上海財経大学に留学。08年より中国インディペンデント映画祭を開催。現在は、日中で上映活動や映画制作に携わる。著書に『現代中国独立電影』(講談社)

 

畢贛 第一章[ビー・ガン

ビー・ガン監督
ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ

色彩のアルケミア——「緑」と「赤」の恋人たち

 

ワン・チーウェンという謎多きダークレディのおもかげを、彼女と瓜二つのカイチンという女に見出す主人公ルオという筋書上、本作をキム・ノヴァクが一人二役を演じたヒッチコックの「めまい」(58年)と並べる批評が頻出したのは当然だろう。とはいえそうしたテーマ上の一致以上に、両作品に共通する「緑」の象徴的使用が僕には気になる。「めまい」は「ラ・ラ・ランド」(16年)のピアニストの部屋にも影響を与えた、全体的に「緑」を基調とした色彩設計で有名だが、なかでもノヴァクは黒のスーツに優雅な「緑」のスカーフを巻き付けて登場し、「緑」の車で移動をする。そうした映画的記憶をなぞるかのように、ワンは「緑」がかった廃墟の中で象徴的な「緑」のドレスに終始身を包んでいる。おまけに『グリーン・ブック』なる書物さえ出てくる。というわけで「緑色研究」(塚本邦雄)から始めようではないか。

 

めまい」を彩るライトグリーンは、「ロングデイズ・ジャーニー」ではダークレディーの召し物にふさわしく、より深みのある濃緑色へと変容している。名著『世界シンボル大事典』の「緑」の項目によれば、「緑色は禍々しい夜の力を、すべての女性シンボルのように所有している」という。春のめざめを告げる緑に、「かびの腐敗の緑色が対立する」とも同事典には記述されているが、そうなるとビー・ガンがタルコフスキーから受け継いだ廃墟モチーフに、緑色のドレスの女を配置した深い意味も見えてこよう。ようは緑は腐敗感覚の色なのである。ビリー・ワイルダーの「深夜の告白」(44年)を監督自身が名指ししているように、本作の前半はフィルム・ノワールの文法に割と忠実で、そうなるとワンはこの映画ジャンル特有の「宿命の女」であることが分かる。この男を狂わせる夜の女王は世紀末デカダン派の発明であるが、「デカダンス」が「ディケイ(腐る)」なる語と語源を共にすることを併せて想起しよう。かび、腐敗、廃墟、宿命の女は、「緑」の円環上で結ばれることになる。

ここで急いで付け加えねばならないのが、ワンと瓜二つのカイチンは「赤」のレザージャケットを着ている点だ。赤と緑は補色関係にある。大沼忠弘は「色の階段――アストラル・ライトの色彩体験」(『is 総特集:色』所収)で、車のテイル・ランプが赤ではなく一瞬緑に見えたり、赤いものを四、五秒眺めたあとに白い壁を見るとその形が緑に投射されるといった残像現象を例に出しているが、そうなると主人公ルオが「赤」のレザージャケットの女に「緑」のドレスの女の残像を見たことは、緑の中に眠る赤――すなわち「赤色残俠伝」(平岡正明)の発見と知れよう。また本作に謎めいた象徴として頻出する赤リンゴであるが、青リンゴを英語で「グリーン・アップル」という符合も緑色研究家(?)の僕には見逃せない。ここからリンゴテーマで即興しよう。うらぶれた映画館でルオが3Dメガネを装着したことで始まる、後半の60分にわたるワンショット・シークエンスは夢ともうつつとも知れぬ幻想都市ダンマイのユートピア的情景で、そこでも馬の背中にのった大量のリンゴが地面を転がるシュルレアリスティックなシーンがあったが、ケルト神話の西方楽園アヴァロンが「アップル・ランド」の意味であると知ったら、これは意味深長だ。

リンゴの切り口を変えてみよう。女傑バーバラ・ウォーカーの『神話・伝承事典』によれば、ヨーロッパの秘教的伝統において、リンゴを横から切ると芯には乙女コレを表す五芒星形が隠されているといい、それは地母神デメテルのなかに乙女コレが眠っている神話をなぞるものとされた。すると本作のリンゴは、カイチンのなかに眠るワンを表すのかもしれない(「中国人の映画にヨーロッパ神話を当てはめて何になる」とお思いのお方は、ビー・ガンが本作のリサーチ上ダンテの『神曲』を参照したことを知るべし)。

ところで上述した大沼論攷では補色関係にある二色の輪郭線を眺めていると、「線上に光がほとばしる」瞬間があるとし、それが「アストラル・ライト」だとニュー・エイジ的いかがわしさで書いているが、緑と赤は錬金術の象徴学でも密接な関わりをもつことを思えば、あながち間違いでもあるまい(エメラルドグリーンの聖杯に入った神の赤い血、というイメージ)。赤と緑が、カイチンとワンが、夢と現実が、ある「呪文」を伴ったラストシーンのキスで溶け合い、「対立物の一致」を果たす、そんな素敵な愛の寓話だ。

地球最後的夜晩 Long Day's Journey Into Night
2018年・中国=フランス・2時間18分
監督・脚本:ビー・ガン 撮影:ヤオ・ハンギ、ドン・ジンソン、ダービッド・シザレ 美術:リウ・チアン 音楽:リン・チャン、ポイント・スー
出演:ホアン・ジュエ、タン・ウェイ、シルビア・チャン、チョン・ヨンゾン、リ・ホンチ
配給:リアリー・ライク・フィルムズ
公式サイト:https://www.reallylikefilms.com/longdays
(C)2018 Dangmai Films Co., LTD - Zhejiang Huace Film & TV Co., LTD / ReallyLikeFilms LCC.

後藤護[暗黒批評]
ごとう・まもる/1988年生まれ山形県出身。『金枝篇』(国書刊行会)の訳文校正を担当中。また「高山宏の恐るべき子供たち」をコンセプトに掲げる「超」批評誌『機関精神史』の編集主幹を務める。黒眼鏡を着用。著書に『ゴシック・カルチャー入門』(Pヴァイン)。
映画監督・脚本家・詩人
 
1989年生まれ、中国貴州省凱里市出身。ミャオ族。母は床屋、祖母は雀荘を営む。「凱里ブルース」に主演したチョ・ヨンゾンは叔父。
 15〜16歳から詩を書き始める。高校時代、映像に興味を持ち始め、動物のドキュメンタリーを好む。また、劇映画「盲導犬クイールの一生」(03年、崔洋一監督)を好んだ。
 
2008年、山西伝媒学院に入学。「ストーカー」(アンドレイ・タルコフスキー監督)などに影響を受ける。
 
2011年、初の長篇映画「老虎(未公開、英題:Tiger)」を監督。13年、短篇「金剛経(未公開、英題:The Poet and Singer)」が香港IFVAフェスティバル、アジアニューフォースカテゴリーで特別賞を受賞。
 
2015年、恩師らの資金協力を得て劇場公開長篇映画「路辺野餐(凱里ブルース)」を監督。ロカルノ国際映画祭新進監督賞、ナント三大陸映画祭熱気球賞、そして金馬奨最優秀新人監督賞を最年少の26歳で受賞。
 
2016年、詩集が台湾で出版される。ビー・ガン曰く「映画は直接的な視覚言語であり、詩は抽象的なものです」。
 
2018年、後半1時間が3D・ひと続きのロングテイクとなる大胆な長篇映画「地球最後的夜晩(ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ)」をカンヌ国際映画祭ある視点部門で初公開。世界中の映画祭で上映される。この年、日本でも東京フィルメックスで初上映され、500席分が即座に完売した。
 晩年のピエール・リシェントは、「象は静かに座っている」(18年)のフー・ボー監督とビー・ガンを並べ、“中国映画第8世代”と呼んだ。
 
 
◉フィルモグラフィー
2010年 「南方」17分・監督、脚本
2011年 「老虎」70分・監督、脚本
2012年 「金剛経」22分・監督、脚本、撮影
2015年 「路辺野餐(凱里ブルース)」
110分・監督、脚本、出演
2016年 「秘密金魚」1分23秒・監督
2018年 「地球最後的夜晩(ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ)」138分・監督、脚本

 

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