中国映画が、とんでもない!
- ビー・ガン , ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ , 中国映画
- 2020年03月10日
現代中国映画の「深い理解への入口」へと読者をお誘いしてみたい。そして、いま始まろうとしている20年代の映画体験、20年代の世界を生きることに備えよう。このたび公開される、中国から届いたアートフィルムには驚くべき贅沢さ、大胆な構想、鋭敏な知性が躍っている。まずは素直な驚きに身を委ねてみよう。
中国映画が、とんでもない!
中国映画、2020年代を予想する
2020年は悲惨な幕開けとなった。新型コロナウイルスの影響で、映画館はどこも休館、映画の撮影はすべて中止となった。03年のSARSのときにもあったことではあるが、今回はより長引くことが予想され、影響は計り知れない。とはいえ、感染が収束すれば映画館に観客は戻ってくるので、また映画市場も回復し、20年代のうちにアメリカを抜いて世界最大となることは確実であろう。
中国で国産映画がヒットしている背景には、国による保護政策がある。輸入映画は本数や総上映時間にも制限があり、簡単には中国で公開できない。だが、その制限も徐々に緩和されていくはずで、今後は外国映画と競争できる、更には海外でも通用しうる作品をいかに作っていくかが課題になるだろう。残念ながら今の中国映画は、制作されている本数の割に、海外で公開されている作品が少ない。それは、どの作品も興行成績を追求するあまり、スターの人気に頼ったり、過去のヒット作に類似した内容のものを作りがちで、多様性を欠いていることに原因がある。それには検閲制度や配給システムも関係しているのだが、こうした点を改善していかない限り、世界に通用する中国映画は出にくいと思われる。
なかやま・ひろき
1973年生まれ、千葉県出身。金沢大学文学部卒。96年以降、中国の中央財経大学、上海財経大学に留学。08年より中国インディペンデント映画祭を開催。現在は、日中で上映活動や映画制作に携わる。著書に『現代中国独立電影』(講談社)
畢贛 第一章[ビー・ガン]
ビー・ガン監督
「ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ」
色彩のアルケミア——「緑」と「赤」の恋人たち
「めまい」を彩るライトグリーンは、「ロングデイズ・ジャーニー」ではダークレディーの召し物にふさわしく、より深みのある濃緑色へと変容している。名著『世界シンボル大事典』の「緑」の項目によれば、「緑色は禍々しい夜の力を、すべての女性シンボルのように所有している」という。春のめざめを告げる緑に、「かびの腐敗の緑色が対立する」とも同事典には記述されているが、そうなるとビー・ガンがタルコフスキーから受け継いだ廃墟モチーフに、緑色のドレスの女を配置した深い意味も見えてこよう。ようは緑は腐敗感覚の色なのである。ビリー・ワイルダーの「深夜の告白」(44年)を監督自身が名指ししているように、本作の前半はフィルム・ノワールの文法に割と忠実で、そうなるとワンはこの映画ジャンル特有の「宿命の女」であることが分かる。この男を狂わせる夜の女王は世紀末デカダン派の発明であるが、「デカダンス」が「ディケイ(腐る)」なる語と語源を共にすることを併せて想起しよう。かび、腐敗、廃墟、宿命の女は、「緑」の円環上で結ばれることになる。
リンゴの切り口を変えてみよう。女傑バーバラ・ウォーカーの『神話・伝承事典』によれば、ヨーロッパの秘教的伝統において、リンゴを横から切ると芯には乙女コレを表す五芒星形が隠されているといい、それは地母神デメテルのなかに乙女コレが眠っている神話をなぞるものとされた。すると本作のリンゴは、カイチンのなかに眠るワンを表すのかもしれない(「中国人の映画にヨーロッパ神話を当てはめて何になる」とお思いのお方は、ビー・ガンが本作のリサーチ上ダンテの『神曲』を参照したことを知るべし)。
地球最後的夜晩 Long Day's Journey Into Night
2018年・中国=フランス・2時間18分
監督・脚本:ビー・ガン 撮影:ヤオ・ハンギ、ドン・ジンソン、ダービッド・シザレ 美術:リウ・チアン 音楽:リン・チャン、ポイント・スー
出演:ホアン・ジュエ、タン・ウェイ、シルビア・チャン、チョン・ヨンゾン、リ・ホンチ
配給:リアリー・ライク・フィルムズ
公式サイト:https://www.reallylikefilms.com/longdays
(C)2018 Dangmai Films Co., LTD - Zhejiang Huace Film & TV Co., LTD / ReallyLikeFilms LCC.
ごとう・まもる/1988年生まれ山形県出身。『金枝篇』(国書刊行会)の訳文校正を担当中。また「高山宏の恐るべき子供たち」をコンセプトに掲げる「超」批評誌『機関精神史』の編集主幹を務める。黒眼鏡を着用。著書に『ゴシック・カルチャー入門』(Pヴァイン)。
もっと「中国映画が、とんでもない!」を読みたい方はこちらから