第49回城戸賞大賞作品「捨夏」全掲載


1974年12月1日「映画の日」に制定され、第49回目を迎えた優れた映画脚本を表彰する城戸(きど)賞。本年度の424作品の応募のなかで大賞に選ばれた「捨夏(しゃか)」のシナリオ全文を掲載いたします。


タイトル「捨夏」 鈴木香里


あらすじ
 この夏、私が捨てたモノ──。西磨衣子(30)には秘密がある。それは、自宅が足の踏み場もないほどの『ゴミ屋敷』であることだ。誰にも言えなかった秘密が今日、あっけなくバレた。日々のストレスをコンビニ飯や飲酒で発散し続けた結果、積もりに積もった部屋のゴミは、もはや磨衣子の手に負えなくなっていた。
磨衣子はついに清掃業者『ビッグサン捨(シャ)イン』に清掃を頼む。担当の櫻井ナミ(28)と出会い、磨衣子の捨てる日々が始まる。開始早々、片づけは頓挫するかに思えたが、特殊清掃のプロであるナミは、時に他者の偏見から磨衣子を守り、全力で寄り添う。ナミの真摯な姿に、次第に心を開いていく磨衣子。
 ナミはなぜこんなにも磨衣子に寄り添うのか? 実は二人の本当の出会いは15年前。ナミは磨衣子の後輩である。当時、悩みを抱えていた13歳のナミにとって、夢にひたむきな磨衣子は憧れの人だった。ナミが必要以上に磨衣子を気にかけていたのは、この偶然の再会ゆえであった。
 自分に正直に生きているナミに触発されていく磨衣子。やがて、自身が抱えていた孤独や傷と向き合い始める。そのひとつは、母である。片づけ中に見つけた骨壺。それは、磨衣子自身も忘れていた3年前に亡くなった母・美幸の骨壺である。生前、磨衣子を応援してくれなかった人だ。美幸の死後、磨衣子は記憶から消すように骨壺を放置した。部屋にはゴミが溜まり、骨壺もゴミの山に埋もれたのだった。
 ゴミ屋敷大清掃の果てに、磨衣子は長野へ向かう。山深い大自然の中で美幸の骨を散骨する。母との決別である。
 母から逃げ、夢から逃げ、過去のしがらみでがんじがらめだったあの頃の磨衣子。劣悪な環境状態で暮らすゴミ屋敷住人は、やがて心身を病み(セルフネグレクト)、ひきこもりや孤独死につながることもある。若い世代でも陥ることがある。あの頃の磨衣子はもういない。
 陽の光を浴びて、磨衣子の新しい人生がいま始まる。


◆登場人物

 西 磨衣子(15、23、30) 介護施設のアルバイト調理員
 櫻井 ナミ(28) 清掃会社『ビッグサン捨(シャ)イン』スタッフ

 大日向 明夫(53) ナミの上司。『ビッグサン捨イン』の代表
 池辺 修  (40) ナミの同僚
 羽田 悠馬 (25) ナミの後輩。新人

 山田 弓枝 (55) 磨衣子の同僚。先輩調理員
 菊田 洋平 (42) 磨衣子の上司。調理員兼エリアマネージャー
 及川 博樹 (32) 会社員。磨衣子とは最近マッチングアプリで出会った
 中沢 健太 (33) 及川の同僚
 唐沢 浩次 (63) 修理屋の店主
 大黒 美穂 (36) 看護師
 平野 航大 (27) セラピスト
 冬木 充  (29) バーテンダー
 堺 学      (76) 熱気球施設の管理人

 星 しのぶ    (50) 磨衣子のアパートの大家

 川瀬 ゆかり(40) 中学教師。磨衣子の担任
 後輩部員  (13) 中学時代の磨衣子の後輩
  
 西 美幸   (46) 磨衣子の母

 

〇南逗子中学校・教室(15年前・夏)
   国語の授業中。
   西磨衣子(15)、教科書の詩を朗読している。
磨衣子「そんなにもあなたは待つてゐた
    かなしく白くあかるい死の床で
    わたしの手からとつた一つのレモンを
    あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ
    トパアズ色の香気が立つ
    その数滴の天のものなるレモンの汁は
    ぱつとあなたの意識を正常にした……」
   教師の川瀬ゆかり(40)と生徒たち、磨衣子の朗読っぷりにそれぞれ、引き込まれて聴いている。

〇同・プール横(15年前)
   蝉しぐれに混ざり聞こえてくる演劇部の発声練習の声。
   演劇部員たち、円になって声出ししている。

〇同・教室(15年前・夕)
   三者面談。
   担任のゆかり。向かいの席に西美幸(46)と磨衣子。
   磨衣子、遠慮がちに座っている。
ゆかり「磨衣子さんは朗読が本当に上手なんです。今日も読んでくれたんだよね?」
磨衣子「(うなずく)」
美幸「そんなのだけ上手くても、これじゃあねぇ」
   磨衣子の成績表。去年より下がっている。
ゆかり「国語はずっといいですよ」
美幸「それだけですよねぇ」
ゆかり「他の教科、難しい?」
磨衣子「……」
ゆかり「成績はそんなに悪くないんです。ただ、お母さまが希望する高校を受験するとなると、この夏が勝負ですね」
美幸「そうでしょう? 先生からも言ってやってください。家じゃちっとも勉強しないで、台本っていうんですか? そんなのばっかり読んで」
ゆかり「お母さん、夢中になれるものがあるということは才能です。実はとても素晴らしいことなんですよ」
美幸「今だけでしょ? 少しは将来のこと、まじめに考えてもらわないと」
磨衣子「まじめです」
   磨衣子、顔を上げる。
磨衣子「本気です」
   そのまっすぐな瞳。
  
〇介護施設・厨房(現在)
   西磨衣子(30)、切った野菜をミキサーに入れて回す。
   昼食の支度をする調理員たち。
   食器を並べる山田弓枝(55)。
   そこに顔を出す菊田洋平(42)。
菊田「お疲れ様です」
従業員たち「お疲れ様です」
菊田「西さん、ちょっといい?」
   磨衣子、ミキサーを止める。

〇同・廊下の隅
   菊田の話を聞いている磨衣子。
磨衣子「……なんで私なんですか?」
菊田「うん、まあ、あの、総合的に?」
磨衣子「クビですか?」
菊田「そういう言い方しちゃうとあれだけどさ、工藤さんいたでしょ? 育休明けて戻ってくるんだよ」
磨衣子「……」
菊田「俺も上からさんざん言われててさぁ、経費削れだの人件費見直せだの」
磨衣子「それでなんで私なんですか?」
菊田「正社員は削れないんだよ。ここは、契約満了ってことで、申し訳ないけど」
磨衣子「なんとかなりませんか?」
菊田「西さんまだ若いし、仕事できるし、他でも全然通用すると思うから」
   その途中で磨衣子、無視して行く。

〇同・厨房
   戻って来る磨衣子。
   おかずを盛り付けている弓枝。
弓枝「おかえり。西ちゃんお味噌汁お願い」
磨衣子「はい」
   磨衣子、味噌汁をよそう。
弓枝「菊田、なんだって?」
磨衣子「……」
   磨衣子、黙々とよそっていく。
磨衣子「……(その手が止まる)」
弓枝「西ちゃん?」
   磨衣子、味噌汁の鍋を床にぶちまける。
弓枝「ちょっとちょっと、西ちゃん!」
   磨衣子、出て行く。

〇同・廊下
   ズンズンと歩く磨衣子、帽子を脱ぎ、エプロンを外し、上着のボタンも外していく。

〇同・表
   蝉がけたたましく鳴いている。
   私服姿の磨衣子がズカズカ歩いてくる。
磨衣子「(止まる)……あ」
   磨衣子の足元、厨房靴のままである。

〇居酒屋(夜)
   ビールを飲み干す磨衣子。
   向かいに及川博樹(32)、前のめりで話を聞いている。
及川「そんでどうしたの?」
磨衣子「ほら」
   磨衣子、足元を見せる。厨房靴のままである。
及川「そのまま来たんだ? やるねぇ!」
磨衣子「だって今さら戻れませんし」
及川「だよね」
磨衣子「私、無遅刻無欠勤ですよ? 一度も穴開けたことないのに、なんで私なのって」
及川「わかんないけどさ、そんなとこ辞めてよかったんじゃない?」
磨衣子「そうですか?」
及川「もうさ、飲も飲も! こんな日は飲みましょ! (店員に)すいません、ビール2つ」

〇コンビニ前の道(夜)
   夜風にあたっている磨衣子。
   コンビニからビニール袋を持って出てくる及川。酔っている。
及川「お待たせ」
磨衣子「うん」
   歩くふたり。
   及川、磨衣子の手を握る。
磨衣子「え?」
及川「磨衣ちゃんて、酒、強いよね」
磨衣子「や、酔ってますよ」
及川「あんま変わってない」
磨衣子「顔に出ないだけで」
及川「少しはすっきりした?」
磨衣子「はい。あの、すいません」
及川「何が?」
磨衣子「急に連絡して。私、他に話しするような人いなくて」
及川「むしろ嬉しいよ、俺もまた会いたいなって思ってたし。酒買ったんだ、飲み直さない? 磨衣ちゃんの家ってこの辺だよね?」
磨衣子「はい。でも、ごめんなさい」
及川「なんで? だめ?」
磨衣子「部屋、散らかってるから」
及川「いいよ、俺そういうの全然気にしないタイプ」
磨衣子「でも」
及川「じゃ、部屋まで送る。送るだけ」
磨衣子「……うん」
及川「へへ、やった」
   手をつないで歩くふたり。

〇アパートの前(夜)
   アパートの前まで来た磨衣子と及川。
磨衣子「ここです」
及川「へぇ、良い感じだね」
磨衣子「今日はありがとうございました」
及川「やっぱりうち入れてよ。だめ?」
磨衣子「ごめんなさい」
及川「じゃ、トイレ」
磨衣子「え?」
及川「ごめん、実は限界。トイレだけ、トイレだけ使わして」
磨衣子「うちのですか?」
及川「すぐ帰るからさ、ね?」
   しぶしぶ受け入れる磨衣子。

〇アパート・磨衣子の部屋の前(夜)
   一階の一室。
   玄関の前に磨衣子と及川。
磨衣子「狭いですけど」
   磨衣子、少しだけドアを開ける。
   及川、その隙間から部屋を覗き込む。
及川「(絶句)」
   空き缶が転がり出てくる。
   及川、その光景に吐き気をもよおし、
   耐え切れずその場に吐く。
磨衣子「……」
   ドアの隙間から見える磨衣子の部屋。足の踏み場もなく、床も壁も見えないほどのゴミが天井までびっちり積み上がっている。磨衣子の部屋は、息苦しいほどのゴミ屋敷である。

〇同・磨衣子の部屋(夜)
   ゴミ袋の山、書類、衣類などいろんな物でごった返している。缶ビールやペットボトルの空き容器が目立つ。
   テレビ前のわずかなスペースで生活する磨衣子。
   つけっぱなしのテレビ。
   お茶を飲み、空いたペットボトルをその辺に置く。
   及川に電話する磨衣子。
   しかしつながらない。
   横になる磨衣子、ゴミに囲まれて眠る。
   ガタンと物音。エアコンが壊れた。
磨衣子「……」
   磨衣子、ゴミの山を掘り、何かを探し始める。
   扇風機を見つけ出す。
   コンセントに差し、スイッチを押す。
   が、動かない(壊れている)。
   ×   ×   ×
   磨衣子、冷凍食品を枕に、2ℓのペットボトルを抱いて寝ている。
   つけっぱなしのテレビから流れるニュース。
アナウンサーの声「……女性が亡くなったのは、横浜市金沢区にありますこちらの市営住宅の一室でした。ご覧のように、ゴミがこちらまで散乱しております」
   磨衣子、聴いている。
   孤独死の現場は、ゴミ屋敷である。
   ゴミが部屋に収まらず、廊下にまで溢れている。
アナウンサーの声「亡くなったのは40代の女性で、死後3ヵ月以上経っての発見でした。遺体の一部は白骨化しており、ゴミに埋もれた状態だったために発見が遅れたようです」
   磨衣子の部屋、ニュース映像と負けず劣らずのゴミの山。
アナウンサーの声「……持病もなくまだ40代だった彼女はなぜ、ゴミの中で孤独死に至ったのでしょうか?」
磨衣子「……」
   磨衣子、テレビに背を向ける。
   眠る磨衣子。
   熱帯夜である。

〇家電量販店(翌日)
   磨衣子、新しい扇風機を購入する。
店員1「配送しますか?」
磨衣子「え?」
店員1「無料でご自宅までお届け可能ですが」
磨衣子「自宅?」
店員1「はい」
磨衣子「あ……結構です」
   と、扇風機を担いでそそくさと行く。

〇スーパー
   磨衣子、扇風機を脇に抱えながら、ごみ袋を購入する。
店員2「レジ袋いりますか?」
磨衣子「お願いします」
店員2「一枚3円です」
   磨衣子、財布を開く。

〇アパート前の道   
   磨衣子、扇風機とゴミ袋が入ったビニール袋を手に帰路へ。

〇アパート・磨衣子の部屋
   帰宅する磨衣子。
   あまりの蒸し暑さに窓を開ける。
   買ってきたゴミ袋を広げ、物を捨て始める。
   次々と上からゴミが崩れ落ちてくるが、磨衣子、一心不乱に手当たり次第掴んでは、ゴミ袋に突っ込んでいく。
   と、窓の外(庭)に誰か立っている。
磨衣子「ワッ!」
   磨衣子、腰を抜かす。
   大家の星しのぶ(50)、カーテンの隙間からこちらを覗いている。
しのぶ「(部屋の在り様に絶句)」
磨衣子「あの、あの……これは、その」
しのぶ「あなた、これ、あなた、これ……」
磨衣子「片づけます! すぐ、すぐ片づけますから!」
しのぶ「あなた、これ、ひとりで?」
磨衣子「すいません!」
   磨衣子、遮るように窓を閉める。カーテンも閉める。
磨衣子「……」

〇銭湯・脱衣所(夕)
   湯上りの磨衣子、濡れた髪をドライヤーで乾かしている。

〇同・フロント(夕)
   鍵を返す磨衣子。
番頭「はい、ありがとね。はい、おまけ」
磨衣子「あ、はあ」
   と、銭湯のステッカーをもらう。

〇コインランドリー(夜)
   洗濯機が回っている。
   磨衣子、及川に電話をかけている。
   しかしつながらない。
  
〇アパート・磨衣子の部屋(夜)
   テレビの前で食事する磨衣子。
   半額シールのついた弁当を缶ビールで流し込む。

〇アパートの近く・ゴミ捨て場(朝)
   磨衣子が出したゴミ袋だけが収集されずに残っている。
   ゴミ袋に貼り紙。
   『未分別のため収集不可』
   磨衣子、未回収のゴミ袋を持ち帰る。

〇アパート・磨衣子の部屋(朝)
   ゴミ袋を開けていく磨衣子。
   ペットボトル、使いかけのマニキュア、家電の取り扱い説明書、昔使っていた携帯電話、100円ライター、充電器、取っ手のとれかけた鍋、銭湯でもらったステッカーなど。
   どれが燃えるゴミで、どれが燃えないゴミなのか……埒が明かない。
磨衣子「ああもうっ!」
   ゴミをぶん投げる磨衣子。

〇団地・2階の廊下
   線香の煙。
   ある一室の前で線香をあげる清掃員たち。櫻井ナミ(28)、大日向明夫(53)、池辺修(40)、羽田悠馬(25)。全員防護服を着ている。
   ナミ、線香の隣に花をそなえる。
   手を合わせる4人。
大日向「はじめようか」
ナミ「はい」
羽田「はい」
池辺「はい」
   マスクとゴーグルを装着する4人。大日向、ドアを開ける。
   大日向に続いて、部屋に入るナミ。

〇その一室
   散らかった部屋。
   消毒液を部屋中に撒くナミと大日向。
   玄関でゴミ袋を手に待機する池辺と羽田。
池辺「(待機している)」
羽田「(今にも吐きそう)」
池辺「(羽田にエチケット袋を渡す)」
羽田「(出て行く)」
   畳の一部分が人型に黒ずんでいる。
   孤独死の現場である。

〇そば屋
   ナミ、大日向、羽田、池辺がそれぞれ食べている。
   ナミは大盛のおろしそば。
   羽田、食事が喉を通らない。
池辺「ハタ氏、食べないんですか?」
羽田「無理っす」
池辺「じゃ、エビ天いただきます」
ナミ「(手を伸ばす)」
   羽田のてんぷらを横取りするナミと池辺。
大日向「食っとかないと体持たねぇぞ」
羽田「あんなの見た後ですよ?」
大日向「へへ、とんでもねえ汚れ仕事だと思ったろ?」
羽田「うす」
池辺「そのうち慣れますよ」
   ナミ、豪快に食べている。
羽田「櫻井さん、よくそんな食えますね」
大日向「こいつ胃袋は男だからよ、ハハハハ!」
ナミ「セクハラ案件で訴えますよ?」
大日向「くわばらくわばら、ハハハハハ」
   ナミ、そばをすする。

〇清掃会社『ビッグサン捨(シャ)イン』事務所(夕)
   ナミ、大日向、池辺、羽田、それぞれ事務処理をしている。
   ナミ、メールをチェックする。
   新規依頼が一件。
   依頼者名:西磨衣子
ナミ「……」
   ナミ、返信メールを打つ。

〇アパート・磨衣子の部屋の前(日替わり)
   磨衣子、ドアの隙間から顔を出す。
   表にナミと羽田が立っている。
ナミ「ビッグサン捨インから参りました。本日はよろしくお願いいたします」
羽田「(ゴミ屋敷に絶句している)」
磨衣子「どうぞ」
   ナミ、室内靴に履き替える。
ナミ「失礼します」
   と、躊躇なく部屋にあがる。
   ナミの腕を掴む羽田。
羽田「ちょ、ちょ、ちょ、櫻井さん」
ナミ「何?」
羽田「入るんですか?」
ナミ「ええ、見積もりに来ましたから」
羽田「中やべえっすよ」
ナミ「だから?」
羽田「ここじゃだめっすか?」
ナミ「中の状態を見ないと」
羽田「いや、俺、ちょっと、心の準備が」
ナミ「じゃ、きみはそこにいてください」
   ナミ、羽田を残して部屋に入る。

〇同・磨衣子の部屋
   ナミ、名刺を差し出す。
ナミ「改めまして、西様を担当させていただきます、ビッグサン捨インの櫻井と申します」
磨衣子「西です」
ナミ「西磨衣子さんですね」
磨衣子「はい」
ナミ「まずは、お部屋の状況を見させていただきます」
磨衣子「どうぞ」
   ごみの山を確認していくナミ。
磨衣子「……すみません」
ナミ「え?」
磨衣子「汚くて、すみません」
ナミ「片づけるのが私たちの仕事です。お客様が謝る必要は、1パーセントもありません。それに、もっとすごい部屋をたくさん見てきましたから。昨日は遺品整理、おとといは孤独死の現場」
磨衣子「……」
ナミ「捨てたいモノは、どこからどこまででしょうか?」
磨衣子「全部です」
ナミ「残しておきたいものや、探しているものはありませんか?」
磨衣子「ないです」
ナミ「そうですか」
磨衣子「あ、テレビと、こっちの扇風機は使います。そっちは壊れてます」
ナミ「なるほど」
   ナミ、メモしていく。

〇同・磨衣子の部屋の前
   かったるそうに待っている羽田。
   カブトムシを見つける。
羽田「お」
   羽田、カブトムシを捕まえる。
   買い物帰りのしのぶと鉢合わせる。
羽田「(営業スマイル)こんにちは」
   しのぶ、いそいそと自分の部屋に入っていく。

〇同・磨衣子の部屋
   ナミ、見積り書などを磨衣子に渡す。
ナミ「それでは、明後日からお片付けを始めさせていただきます」
磨衣子「お願いします」
ナミ「最後にひとつだけ、お部屋が綺麗になったら、西さんはどのように過ごしたいですか?」
磨衣子「さあ、思いつきません」
ナミ「思いついてみましょう」
   磨衣子、しばらく考えて、
磨衣子「……普通に暮らしたいです」
ナミ「普通に暮らしたい」
磨衣子「もともとこんな部屋じゃなかったんです。だから、前みたいな生活に、戻りたいんです」
ナミ「なるほど、わかりました。でも、人生に巻き戻しボタンはありませんよ」
磨衣子「え?」
ナミ「失礼します」
   一礼するナミ、出て行く。

〇車の中
   運転するナミ。助手席に羽田、カブトムシを手に乗せている。
羽田「ちょ、見て見て見て、(カブトムシ)やばくないっすかこれ!」
ナミ「運転中です、見れません」
羽田「事務所で飼っていいっすか?」
ナミ「ペット禁止です」
羽田「今日のゴミ屋敷、ヤバかったですね」
ナミ「……」
羽田「そういやニシマイコ」
ナミ「お客様を呼び捨てにしない」
羽田「わりと可愛かったですね」
ナミ「お客様をそういう目で見ない」
羽田「誰かに似てません?」
ナミ「誰か?」
羽田「どっかで見たことある気がするんですよね。なんか初めて会った気がしなくて。ナミさん、もしかしてこれ、運命ってやつですか?」
ナミ「気のせいじゃない?」
羽田「俺、運命とか信じる系なんすよ」
ナミ「どうでもいいけど、これ仕事だから」
羽田「わかってますけどぉ、仕事先で出会っちゃうこともあるじゃないですかぁ」
ナミ「きみ、自分の立場わかってる?」
羽田「ナミさんは今まで働いててそういうのありました? お客さんと」
ナミ「さっきから慣れ慣れしいんですけど」
羽田「いいじゃないっすか、仲良くしましょうよ。俺のことも、悠馬って呼んでいいんで」
ナミ「結構です」
羽田「てかナミさんて独身すか? 彼氏いますか?」
ナミ「(カーラジオのボリュームを上げる)」

〇アパート・磨衣子の部屋(日替わり)
   ナミ、羽田に説明している。
   磨衣子、近くで聞いている。
ナミ「ハタくんは主にリサイクル品」
羽田「ペットボトル、カンビン」
ナミ「(うなずく)判断に困ったら私に確認をとること」
羽田「はい!」
ナミ「一応、休憩時間以外に水分補給の時間を取らせていただきます」
磨衣子「すいません、暑い中……」
ナミ「いえ、季節柄うちがそういう方針なんです。気にせず」
磨衣子「はあ」
ナミ「作業中はどうぞお好きなところに。外出していただいても構いません」
磨衣子「はい」
ナミ「では、始めさせていただきます」
   ナミと羽田、片づけ始める。

〇本屋
   磨衣子、新刊を物色している。
   一冊の本(写真集)を手に取る。
   日本各地の景色をおさめたもの。
   四万十川、新潟の田園、棚田、富士山など。
   磨衣子、あるページで手を止める。
   北アルプスを背景に熱気球が高く浮いている。
   その写真に見入る磨衣子。
磨衣子「……」

〇アパート・磨衣子の部屋
   片づけ中のナミと羽田。
ナミ「汗」
羽田「はい?」
ナミ「汗」
羽田「あ、ああ、はいはい」
   羽田、噴き出る汗をぬぐう。
ナミ「お客様の部屋ですからね、絶対に一滴も落とさないこと」
羽田「マジ無理っす。ったくなんでエアコン壊れてんだよ」
ナミ「文句言わない」
   全開の窓、しかし風はない。
   羽田、ペットボトルの水を飲み干す。
羽田「あっちぃ」
   と、扇風機の前を陣取る。
羽田「少し休みません?」
ナミ「私はいいから」
   羽田、扇風機をナミの近くに持っていく。
羽田「涼しいですか?」
ナミ「いいから、そっち置いて」
   書類の山が、扇風機の風に飛んで舞う。
羽田「わ! すんません!」
   羽田、急いでかき集める。
羽田「……(小声)まじ!?」
   羽田、崩れた書類の山から何か見つける。ビニール紐で括られたボロボロの本の束。
   羽田、ビニール紐を解く。
羽田「ナミさん」
ナミ「(作業しながら)んー?」
羽田「運命じゃなかったっす」
ナミ「は?」
羽田「ニシマイコ」
   ナミ、振り向く。
   本の束は、映画や舞台の台本やパンフレットである。
   出演者欄の中に、磨衣子の名がある。

〇イメージ・撮影現場(7年前)
   端役だが役者としてカメラの前に立つ、新人女優時代の磨衣子(23)。
   愛想よく、はつらつとしている。

〇アパート・磨衣子の部屋
   チラシの隅に小さく写る若き日の磨衣子。
ナミ「……」
羽田「俺この映画見たことあります。これも、こっちも。だからかぁ、どっかで見たことある気がしてたんすよ」
   ナミ、パンフレットを取り上げる。
ナミ「プライバシーだから」
羽田「ナミさんは知ってたんすか?」
ナミ「さあ」
羽田「この人、結構映画に出てましたよね? そういうや最近見てねーな。辞めちゃったんですかね?」
ナミ「口はいいから手を動かしてください」
   羽田、片づけの拍子にビールの空き缶を倒してしまう。中身が残っており、液体が零れる。映画の台本が濡れる。
羽田「うわっ!」
   ナミ、クビにかけていたタオルを羽田に投げる。
   羽田、そのタオルで台本を拭く。
   磨衣子、帰宅する。差し入れ(お茶やスポーツドリンク)の入ったコンビニ袋を提げている。ナミと羽田の会話が聞こえる。
羽田「きったねぇ! なんでゴミ屋敷の人って中身入ってても置いたままにするんすかね? ありえねぇよもう」
磨衣子「……」
ナミ「不注意で倒したきみが悪い。(台本)濡れた?」
羽田「染みちゃいました」
ナミ「貸して」
   ナミ、さらにハンカチで拭く。
羽田「つか、あの人、よくこんな部屋で暮らせますよね」
磨衣子「……」
羽田「普通気になりません? さすがに、ここまでひどくなる前に普通だったらなんとかしますよね?」
ナミ「口の開いたカンや瓶は慎重に扱うって教えましたよね」
羽田「すいません。でも、その台本、たぶん、捨てていいやつですよね?」
ナミ「きみが決めることじゃないから」
羽田「だって、捨てないんですか?」
ナミ「それは西さんに決めてもらいます」
磨衣子「捨ててください」
   磨衣子、入口に立っている。
ナミ「申し訳ありません、こちらの不注意で濡らしてしまって」
磨衣子「いいです、捨てるつもりでしたから」
羽田「あ、あの、西磨衣子さんですよね? 俺、映画見てました!」
ナミ「羽田(制する)」
磨衣子「帰ってもらえますか」
羽田「え」
磨衣子「すいません、帰ってください」
ナミ「申し訳ありませんでした」
磨衣子「帰ってください」
   磨衣子、ナミと羽田を追い出す。

〇車の中
   運転するナミ。
   助手席に羽田。
羽田「すいませんでした」
ナミ「きみはなんでうちで働こうと思ったの?」
羽田「え、まぁ、体を動かす仕事がしたくて」
ナミ「本音は?」
羽田「……他より時給いいし、シフトも融通利くんで」
ナミ「きみは清掃員になりたいの?」
羽田「別に、そういうわけじゃ」
ナミ「どうなりたいんですか」
羽田「俺、声優目指してます。全然、食っていけてませんけど」
ナミ「そう」
羽田「笑わないんですね」
ナミ「は?」
羽田「……」
ナミ「人の夢を、どうして笑うの?」
羽田「俺、もう25だし、夢語ると、周りに笑われます」
ナミ「そんなの、笑い返してやりなさい」
羽田「……」

〇アパート・磨衣子の部屋
   磨衣子、濡れた台本を開く。
   台本のページ、磨衣子の役名にマーカーが引いてある。熱心なメモの書き込みやふせんなど。
磨衣子「……」
   台本の束をかき集め、ゴミ袋に入れる。

〇回想・撮影現場(7年前)
   新人女優時代の磨衣子。
   カットがかかる。
磨衣子「お疲れ様でした!」
   磨衣子、丁寧にスタッフに挨拶をして出て行く。

〇回想・タクシーの車内(7年前・夜)
   後部座席に乗っている磨衣子。
   監督からのメールの着信。
   『撮影おつかれさま。ちょっと話したいことあり。今から来れますか?』
磨衣子「(運転手に)すみません、戻ってください」

〇回想・××ホテル・廊下(7年前・夜)
   客室の前。
   磨衣子、立っている。迷いがあるが、振り切って。
磨衣子「(ノックする)」
   入っていく磨衣子。
   間があって。
   磨衣子、飛び出してくる。
   ブラウスがはだけている。
   一目散に逃げていく。

〇コインランドリー(現在・夜)
   ベンチに座っている磨衣子。
磨衣子「……」
   乾燥終了のタイマーが鳴る。
   立ち上がる磨衣子、乾燥機から洗濯物を取り出す。

〇アパート・磨衣子の部屋の前(翌日)
   玄関チェーン越しに磨衣子。
磨衣子「あの、もういいですから」
   玄関先で頭を下げているナミと大日向。
大日向「この度は誠に申し訳ございませんでした」
ナミ「申し訳ございませんでした」
磨衣子「近所に見られたくないのでやめてください。私も、大人げない対応でした」
ナミ「いいえ、私の後輩への指導が足りずに起きてしまったことです」
大日向「スタッフは変更します。お値段は見積もり当初のままで、担当人数を2人から4人に増やします。社員一同フルパワーでお掃除させていただきたく」
磨衣子「ほっといてもらえますか。キャンセル料はお支払いします」
大日向「しかし」
磨衣子「来ていただいて申し訳ないですけど、もう、結構です。ほっといてください」
ナミ「……」
磨衣子「自分でやりますから。だいたい誰かに頼むこと自体、どうかしてるんです」
ナミ「そんなことはありません」
磨衣子「失礼します」
   磨衣子、ドアを閉める。

〇アパート前の道―駐車場
   歩くナミと大日向。
   ナミ、振り返り、磨衣子の部屋を見る。
大日向「やめとけ」
ナミ「でも、このままじゃ」
大日向「本人が俺たちを望んでいないんだ。無理強いはできない」
ナミ「すみませんでした」
大日向「お前のせいじゃない」
   駐車場に停めていた車に乗り込むナミと大日向。

〇車の中
   運転席に大日向。
   車が発進する。
   助手席のナミ、心配そうに磨衣子の部屋を見つめている。

〇アパート・磨衣子の部屋
   ひとり片づけている磨衣子。
   カセットテープの束、DVD、ヘアスプレー、イヤホン、ポット……分別のわからぬものが次々に出てくる。磨衣子の周り、逆にモノがどんどん散らかっていく。
   磨衣子、ゴミの中から、色あせたラジカセを見つける。
   磨衣子、先程見つけたカセットテープをセットする。
   再生する。
   磨衣子の歌声が流れてくる。
   
〇回想・カラオケボックス(15年前)
   歌っている15歳の磨衣子。
   録音している。
   曲は『ムーンリバー』。
   演劇部員たち、声を潜めて磨衣子の歌声を聴いている。

〇回想・西家・磨衣子の部屋(15年前・深夜)
   中学生なりに整頓されている磨衣子の部屋。
   磨衣子、部屋をぐるぐる、セリフをぶつぶつ、演劇部の台本を手に練習している。

〇回想・同・居間(15年前・深夜)
   掃除、整頓の行き届いていない雑然とした室内。
   磨衣子、部屋から出てきて冷蔵庫の麦茶を飲む。
   鍋が沸騰している。
   母・美幸がソファに横になったまま寝ている。
   つけっぱなしのテレビ。
   磨衣子、鍋の火を止める。
   ゴミ箱の紙屑。よく見ると磨衣子宛の郵便である。
磨衣子「(紙屑を集める)」
   芸能事務所からである。
   オーディション一次通過の知らせ。
   磨衣子、寝ている美幸を叩き起こす。
美幸「ん……なに?」
   磨衣子、紙屑を見せる。
磨衣子「なんで捨てたの?」
美幸「知らないわよ」
磨衣子「私ずっとこの結果待ってたんだよ、お母さんも知ってたよね?」
美幸「やるだけ無駄よ」
磨衣子「見てよ! 一次通ってたのに!」
美幸「どうせ無理なんだから」
磨衣子「やってみないとわかんないじゃん!」
美幸「わかるわよ、あんたには無理。無駄なことに時間つかうの、いい加減やめなさい」
磨衣子「なんで無理とか言うの? なんでいつもそうやって決めつけるの? あんたは何もできないくせに!」
美幸「(クッションを投げつける)文句があるなら働いてみろ! 人養えるぐらい稼いでからものを言え!」
   磨衣子、台所の鍋を力任せにぶちまける。
美幸「なにすんのよ!」
   磨衣子、部屋にこもる。

〇アパート・磨衣子の部屋―玄関(現在・夕)
   磨衣子、テープを止める。
磨衣子「……」
   テープを取り出し、そっと撫でる。
   インターホンが鳴る。
   磨衣子、出る。玄関チェーンはかけたまま。
   ナミが立っている。走って来たようで、息が少し上がっている。
磨衣子「まだなにか?」
ナミ「考えたんですけど」
磨衣子「は?」
ナミ「私、有給取りました」
磨衣子「え?」
ナミ「(息を整えて)お友達になりませんか?」
磨衣子「……」
ナミ「友人として言います。や、今はまだ友人(仮)ですが、なので、友人(仮)として来ました。お友達になってください。お友達として、あなたのお部屋の片付けを手伝わせてください」
磨衣子「え、何言ってるんですか?」
ナミ「もちろんタダです。条件としては、悪くないと思います」
磨衣子「仕事じゃなくて?」
ナミ「はい」
磨衣子「気持ち悪いんですけど」
ナミ「私もそう思います」
磨衣子「だったらなんで? そこまでして人の家に踏み込もうとするんですか?」 
ナミ「普通に暮らしたいと言いましたよね。前の生活に戻りたいと」
磨衣子「そうですけど」
ナミ「流されちゃいけません。あなたのその気持ちを、なかったことにしたくないんです」
磨衣子「……」
ナミ「もう一度あなたのお手伝いをさせてください」
   頭を下げるナミ。
   磨衣子、ドアを閉める。
ナミ「……」
   間があり、再びドアが開く。玄関チェーンが外れている。
   磨衣子、一歩外へ。手を伸ばす。
   ナミ、その手を握る。

〇同・磨衣子の部屋(日替わり)
   磨衣子とナミ、片づけ始める。
   黙々と作業する二人。
   磨衣子、ペットボトル、缶、瓶を集める。中身が入っている容器は台所のシンクに流していく。
   ナミ、ひとつひとつさばいていく。

〇公園
   休憩時間。
   磨衣子とナミ、アイスをかじっている。
ナミ「いいペースだと思います」
磨衣子「これ今日中に終わりますか?」
ナミ「それはプロに頼んだ場合です」
磨衣子「櫻井さん、プロじゃないですか」
ナミ「お友達モードですから、いつもとは違います」
磨衣子「えっ」
ナミ「いいじゃないですか。気長にやりましょう。きっとすぐ終わります」
磨衣子「早く捨てるコツってなんですか?」
ナミ「一番は、思い出にふけらないことでしょうか」
磨衣子「ふうん」
ナミ「例えば過去の手紙や写真は、ついつい見返してしまいがちですが、いちいち感傷に浸っていたらとても予定通りには進みません。タイムイズマネーです」
磨衣子「なるほど」

〇アパート・磨衣子の部屋
   磨衣子、埋もれ過ぎて潰れた段ボールを見つける。
磨衣子「(開ける)」
   中学時代の荷物である。
   卒業アルバムや写真、演劇部時代の台本や小道具など、制服まで詰め込んである。
   磨衣子、ボロボロの台本を見返す。
   ナミ、磨衣子のそばに来る。
ナミ「エンゲキブですか」
磨衣子「はい」
ナミ「お芝居はその頃から?」
磨衣子「そう」
   ナミ、段ボールの中から箱型のオルゴールを見つける。
   ぜんまいを回してみるが、鳴らない。
磨衣子「あ、それ」
ナミ「(磨衣子に渡す)」
磨衣子「なんだっけ?」
   そのままオルゴールを捨てる。
ナミ「捨てるんですか?」
磨衣子「うん。たぶん小道具で使ってたやつ。もう使わないから」
   と、他の小道具や台本も全て捨てていく。
ナミ「そうですか」
   ナミ、写真を見ている。
磨衣子「タイムイズマネーじゃなかったんですか?」
ナミ「お友達モードだから、いいのです」
   二人で写真を見返す。演劇部の発表会や卒業式の写真など。笑顔の磨衣子と部員たち。
磨衣子「あ、これ顧問。私の担任だった」
   教師・川瀬ゆかりと部員たちの写真。
ナミ「へえ」
磨衣子「体育教師と不倫してた」
ナミ「えっ!」
   日が暮れていく。

〇商店街・居酒屋(夜)
   賑わう店内。
   ビール片手に、一杯やっている磨衣子とナミ。枝豆、餃子、タコポン酢などつまみに。
磨衣子「櫻井さんって何部でした? あ、待って、当てます……美術部?」
ナミ「(首を振る)」
磨衣子「書道? パソコン? ラジコン?」
ナミ「そんなオタクっぽいですか私」
磨衣子「運動部?」
ナミ「違います」
磨衣子「だよね」
   後方の客・中沢(33)、入店してきた男に向かって声をかける。
中沢「ヒロキ! こっちこっち!」
及川「おう、お待たせ」
   入店してきた男は及川博樹である。
   及川、中沢と女性二人が座っている席に合流する。
磨衣子「……」
及川「(店員に)生一つ」
中沢「(女たちに)こいつね、最近彼女と別れたばっかり」
女1「そうなんだぁ」
及川「違う違う、付き合ってないから」
中沢「狙ってるって言ってたじゃん、あのアプリの子」
及川「ないない、終わった」
中沢「そうなの?」
及川「2、3回しか会ってないから。ヤッてもないし、なんかノリ合わないし、違うかなって」
磨衣子「……」
ナミ「……」
及川「ていうかね、その子さあ、地雷案件だったわ」
女1「何それ」
及川「俺、最後、まあ流れで? その子んちまで行ったんだけどさ、これが」
   と、吹き出して笑う。
女2「なになに?」
及川「そいつんちゴミ屋敷っての? くっそ汚ねえんだ!」
女2「うっわ、ヤダァ」
中沢「まじで?」
及川「もう下から上までびっちりよ!」
女1「えーありえない。引くんだけど」
女2「ヤバい、人生終わってるね」
及川「終わってる終わってる。なんか仕事クビになったとか言っててさ。でも、家の片づけもろくに出来ねえやつがまともに働ける訳ないよな」
女1「そりゃそうだよね」
中沢「そういう女、無理だなぁ」
及川「だよな、下手に手出さなくてよかったよ」
   及川たち、笑っている。
   磨衣子、居たたまれず席を立つ。
   と、ナミがテーブルの水ピッチャーを掴んで立ち上がる。蓋を外して及川めがけてぶっかける。
   女たちの悲鳴。
ナミ「笑ってんじゃねえ!」
及川「何すんだよ!」
   ナミ、及川の胸ぐらを掴んで。
ナミ「お前に何がわかるんだよ!」
磨衣子「櫻井さんやめて!」
及川「(磨衣子に気づき)うわっ」
ナミ「あんた人として完璧なわけ? どんだけすごい人間なんだよ?」
磨衣子「いいから、やめてッ」
   磨衣子、ナミを引っ張って店を出る。

〇街角(夜)
   ナミが先にぐんぐん歩いている。その後に続く磨衣子。
磨衣子「櫻井さん?」
   ナミ、ピタリと止まる。落ち着いている。
ナミ「飲み直しませんか? おごります」
磨衣子「……はい」
   磨衣子、ナミについて行く。

〇クラブハウス(夜)
   ダンスフロアのあるクラブ。
   華やかに賑わう店内。人種も年齢もバラバラの客たちがそれぞれお酒や音楽を楽しんでいる。
   バーテンダーの冬木充(29)、アイスピックで氷を割っている。
   カウンターに磨衣子とナミ。
ナミ「西さん、日本人の総人口って知ってますか?」
磨衣子「え? ……1億2千万人くらい?」
ナミ「では、地球上だと?」
磨衣子「えっと、70億?」
ナミ「80億人です」
磨衣子「ウッソッ!」
ナミ「ゆくゆくは百億人を突破するそうです」
磨衣子「ヒトだらけじゃん」
ナミ「そうです。80億人の80億通りの人生があるんです」
磨衣子「……」
ナミ「それなのに人の事情も知らないで人を決めつけたり馬鹿にして笑っている人が私は嫌いです」
磨衣子「ふふ」
ナミ「可笑しいですか」
磨衣子「うん。はっきり言うんだなぁと思って」
ナミ「はい、流れますから。主張しないと。流されたくないんです」
磨衣子「ふふ、ふふははははは」
ナミ「笑い過ぎです」
磨衣子「ありがとう。怒ってくれて。嬉しかった」
ナミ「当然です。友達ですから」
   冬木、カクテルを3つ、2人の前に並べて。
冬木「(にやにやしている)美しいじゃないの。今宵のガールズナイトに乾杯ってことで」
   と、グラスをひとつ持つ。
ナミ「飲んでいいなんて言ってませんけど?」
冬木「まあまあまあ」
ナミ「その一杯はうちの伝票につけないでくださいよ」
冬木「お姫様との出会いに、乾杯」
   磨衣子、乾杯する。
   ミラーボールが輝いている。

〇公園
   子どもたちが走り回って遊んでいる。
   磨衣子とナミ、インスタントの味噌汁を飲んでいる。
磨衣子「(二日酔いで)効く~」
ナミ「(二日酔い)五臓六腑に沁み渡ります」
磨衣子「(うなずく)間違いない」
   夏の雲。強い日差し。

〇アパート・磨衣子の部屋
   片づけている磨衣子とナミ。
磨衣子「あ」
   磨衣子、夏色のワンピースを見つけ引っ張り出す。しわくちゃである。
   鏡の前で合わせてみる。
ナミ「いいじゃないですか」
磨衣子「シワシワだよ?」
ナミ「シワはアイロンで伸ばせます」
磨衣子「若気の至りだね、初めてもらえた映画のギャラで買ったんです。でも、一回しか着てないの。こんなところにあったんだぁ、捨てたかと思ってた」
ナミ「もう一度着るチャンスですね」
磨衣子「8年前のだよ? ダサくない?」
ナミ「いいと思いますよ」
磨衣子「そう?」
ナミ「かわいいです」
磨衣子「んー」
ナミ「いらないならください」
磨衣子「……着ます」
   磨衣子、ワンピースをダンボール(残すものBOX)に入れる。

〇駐車場
   アパートの近く。
   磨衣子、パツパツのゴミ袋を『ビッグサン捨イン』のトラックに積む。
   荷台はゴミ袋でいっぱいである。

〇アパート・磨衣子の部屋
   まだごちゃついてはいるが、大量にあったペットボトルなどの飲料容器は消え、床がちらほら見えている。
   ナミ、テーブルの下に手を伸ばす。
   布に包まれたモノを見つける。
   包みを開ける。木箱である。
   蓋を開け、中身を確認する。
ナミ「……」
   磨衣子が戻ってくる。
ナミ「(蓋を閉める)」
磨衣子「……」
   骨壺である。
   磨衣子、その骨壺を捨てようとする。
ナミ「いけません」
磨衣子「いらないから」
ナミ「人骨は捨てられないんです、犯罪です」
磨衣子「捕まったっていいよ!」
ナミ「だめです!」
   ナミ、骨壺を取り上げる。
ナミ「せめて、埋葬してあげませんか」
磨衣子「できない」
ナミ「でも」
磨衣子「家族と同じ墓には入れないで。それが最期の言葉だった」
ナミ「……」
   磨衣子、新しいゴミ袋に手当たり次第ゴミを詰め込んでいく。
ナミ「西さん、休憩にしましょう」
磨衣子「(無視してゴミを捨てる)」
ナミ「考えたほうがいいと思います」
磨衣子「考えたくないのよ! 捨てたいの。よりどころ全部捨てたいの。いらないの」
ナミ「……」
磨衣子「止めるなら帰って」
   骨壺をテーブルに置く。
ナミ「これも、お返しします」
   と、ポケットから何かを出してテーブルに置く。
磨衣子「なに?」
ナミ「あなたのです」
磨衣子「知らない。捨ててよ」
   ナミ、出て行く。
   磨衣子、ナミが置いていった何かを手に取る。
   金色の洋服ボタンである。
   磨衣子、捨てる。
   が、そのボタンに心当たりあり。
磨衣子「……!(ボタンを拾う)」
   金色のボタンを手に、飛び出して行く。

〇同・表
   磨衣子、走ってくる。
   見渡すが、ナミの姿はない。

〇駐車場
   磨衣子、トラックの荷台に飛び乗ると、ゴミ袋を片っ端から開けていく。
   何かを探している。
   探す。探す。探す。
   中学時代の荷物を探し当てる。
   制服のブレザーを引っ張り出す。

〇回想・南逗子中学校・校庭(15年前)
   卒業式の日。
   磨衣子、卒業式を終え、友人たちと記念写真を撮っている。
   そこへ近づく人影。
磨衣子「(振り向く)」
   後輩の演劇部員(13)である。

〇回想・同・校舎裏(15年前)
   磨衣子、後輩の演劇部員からプレゼントをもらう。
   オルゴールである。
   曲は『ムーンリバー』。
磨衣子「わぁ! 一番好きな曲!」
後輩「(うなずく)」
磨衣子「覚えててくれたの?」
後輩「(うなずく)」
磨衣子「ありがとう」
   後輩、もじもじしている。
   磨衣子、鞄の筆箱からはさみを取り出すと、ブレザーの第二ボタンを切り取る。
磨衣子「あげる」
   と、金色のボタンを差し出す。
   後輩、喜んで受け取る。
後輩「ありがとうございます!」
   後輩の演劇部員は、男子生徒である。

〇駐車場(現在)
   広げた制服のブレザーは、第二ボタンがない。
   ナミが返したのは、このボタンである。
磨衣子「……」
   磨衣子、ゴミ袋からオルゴールを取り出す。
   オルゴールの蓋を開ける。
   『磨衣子先輩へ』と書かれた小さな手紙。
   差出人の名前、櫻井直哉。
磨衣子「……」
   演劇部員たちとの写真の中に、直哉も映っている。控えめな笑顔。

〇バス車内
   海沿いを走るバス。
   ナミ、バスに揺られている。
   櫻井直哉は、ナミである。

〇回想・南逗子中学校・プール横(15年前)
   夏の日。
   蝉しぐれに混ざり聞こえてくる演劇部の発声練習の声。
   磨衣子、演劇部員たちと円になって声出ししている。その中に直哉もいる。

〇回想・カラオケボックス(15年前)
   歌っている磨衣子。
   じっと聴いている演劇部員たちの中に、直哉。

〇回想・南逗子中学校・体育館(15年前)
   演劇部の練習。
   舞台上で芝居をする磨衣子。
   直哉、2階通路(キャットウォーク)から磨衣子にスポットライトをあてている。

〇回想・同・渡り廊下(15年前)
   三者面談後。
   帰る美幸と磨衣子。
美幸「夏期講習申し込んだから、ちゃんと行きなさいよ。タダじゃないんだからね」
磨衣子「部活がある」
美幸「いつまでも遊んでんじゃないよ。何回も同じこと言わせないで」
磨衣子「だから遊びじゃない」
美幸「磨衣子。あんた、現実見なさいよ」
磨衣子「……見てるよ」
美幸「あんたが役者? なれるわけないじゃない」
   行く美幸。
   立ちすくむ磨衣子。
   その様子を、物陰から見ていた直哉。

〇アパート・磨衣子の部屋(現在・夜)
   磨衣子、オルゴールに入っていた手紙を見ている。

   『あなたの夢が、叶いますように
   櫻井 直哉』

   磨衣子、オルゴールのぜんまいを巻く。しかし動かない。
磨衣子「……」

〇修理屋
   町の小さな個人店。
   物が店の表まで溢れている。
   一見ゴミ屋敷のような店内だが、よく見るとアンティーク品だらけ。
   店主の唐沢浩次(63)、店の奥で背中を丸め、時計の修理をしている。
磨衣子「あの」
唐沢「(修理している)」
磨衣子「あの、修理をお願いしたいんですけど」
   唐沢、磨衣子を見る。
   刺すような眼差し。
   磨衣子、オルゴールを唐沢に渡す。
   唐沢、状態をみる。
唐沢「今時、買ったほうが安いぞ」
磨衣子「だめなんです。それがいいんです」
唐沢「急ぎか?」
磨衣子「いえ」
唐沢「ん」
   唐沢、オルゴールを棚に置くと、再び時計の修理をする。

〇森林公園・入口
   草木が生い茂っている。
   木々が風に揺れる。
   蜃気楼。
   磨衣子、歩いて来る。
   池がある。
   山田弓枝、池の畔で鯉にエサを投げている。
   弓枝、磨衣子に気づいて、
弓枝「おーい。西ちゃーん」
   笑顔で手を振っている。
   
〇同・広場
   木陰のベンチに磨衣子と弓枝。
   弓枝、磨衣子に紙袋を渡す。
   磨衣子のパンプスである。
磨衣子「捨ててくれてもよかったのに」
弓枝「だめだめそんないい靴」
磨衣子「安物ですよ」
弓枝「値段じゃないの。まだ履けるでしょ」
磨衣子「ありがとうございます。あ、そうだこれ」
   磨衣子、鍵を弓枝に渡す。
磨衣子「お返しします」
弓枝「ん?」
磨衣子「5番ロッカーの鍵です」
弓枝「開かずの扉か! 西ちゃんが持ってたの!?」
磨衣子「部屋掃除してたら出てきました。私が持って帰っちゃってたみたい、です。すいませんでした」
   と、頭を下げる。
弓枝「あんた律儀だね、私だったら証拠隠滅するのに」
磨衣子「なんか申し訳なくて」
弓枝「更衣室の傘立ての裏で見つけたってことにしておく」
磨衣子「ありがとうございます」
   弓枝、鍵をしまう。
弓枝「西ちゃん、仕事は? あれからどうなった?」
磨衣子「まだ探してないです」
弓枝「そう。じゃ、夏休みってわけだ」
磨衣子「ただの無職です」
弓枝「かーっ、羨ましいよ」
磨衣子「……その節は、すみませんでした」
弓枝「かっこよかったよ、あの時の西ちゃん。私もやってみたいよああいうの。菊田のヤツ、真っ青な顔して味噌汁作り直してた」
磨衣子「すいません」
弓枝「いいっていいって、ざまあみろだよ。菊田はバカだ、よりにもよって西ちゃん切るなんてさ」
磨衣子「バイトでしたから私」
弓枝「私だってそうだよ」
磨衣子「山田さん、ベテランじゃないですか」
弓枝「そういうの関係ないって。人のこと頭数でしか見てないんだよアレは。だから簡単に切れるんだよ」
磨衣子「……」
弓枝「なんでああいうヤツが出世するんだろうね、くたばればいいのに。工藤さん育休から復帰したけど、全然ダメ使えない。保育園からしょっちゅう電話、早退ばっかりだよ。そのくせ有給使いたいだのシフト変えてくれだの、バカかって。西ちゃんがいた頃のほうがよかったよ」
磨衣子「私、誰にも文句言ったことないです。有給なんか取ったことないし、時給の交渉もしたことない。みんなが納得するようにシフト組んできたし、入れない人の代わりにシフトも入った、残業もやった、洗剤の補充も納品も発注もそういうの全部、私やってきました」
弓枝「あんたはよくやってくれた」
磨衣子「報われないです」
弓枝「若いんだから、頑張れ20代!」
磨衣子「私もう30です」
弓枝「えっ、そうだっけ?」
磨衣子「なんにも、なにひとつ成し遂げられないまま、30です。このまま、生きてていいんでしょうか」
弓枝「ハハハ、病んでるねぇ! 若い証拠だよ。年取るとさ、どうでもいいもん」
磨衣子「……」
弓枝「報われないのはみんな一緒。やってけないから、みんなどこかで発散してる」
磨衣子「……」

〇道
   歩いている磨衣子。
   夏の雲がたなびいている。

〇清掃会社『ビッグサン捨イン』事務所
   大日向、カブトムシにエサをやっている。隣に磨衣子。
大日向「櫻井は、今日も休みなんですよ」
磨衣子「そうですか」
大日向「暑い中来て頂いたのにすいません」
磨衣子「いえ、失礼します」
大日向「西さん、ちょっと時間ありますか?」
磨衣子「え?」

〇マンション・一室
   ゴミ屋敷である。
   池辺と羽田が片づけている。
   その様子を家主・大黒美帆(36)が不安そうに見守っている。
   玄関から入って来る大日向と磨衣子。
大日向「どうもー、ビッグサン捨インの太陽・大日向でございます。助っ人に参りました」
池辺「お疲れ様です」
   羽田、磨衣子に対して気まずそうに会釈。
美穂「(磨衣子に、小さく会釈)」
磨衣子「(小さく会釈)」
大日向「さ、やりますよ」
   大日向、バリバリと手伝い始める。
   磨衣子、自分以外のゴミ屋敷の様子を目の当たりにする。
   ゴミ袋の山。
   そのほとんどはインスタント食品の容器と、アイスクリームの棒、栄養ドリンクの空き瓶、ペットボトルである。

〇スーパー
   カートを押す美穂。隣に磨衣子。
   水やお茶を選んでいる。
美穂「日勤、夜勤、夜勤、日勤、夜勤、夜勤、夜勤。家には寝に帰るだけでした。特にこの3年、ずーっとそんな生活で」
磨衣子「大変でしたね」
美穂「緩和ケア病棟です。私なんかより患者さんのほうがつらいんです。苦しいんです。それでも頑張ってる患者さんたち見てたら、私の疲れなんてたいしたことないんだから、もっと頑張らなきゃ、負けちゃだめだって、自分に言い聞かせてきました」
磨衣子「(うなずく)」
美穂「朝のゴミ出しの時間、いつも間に合わなくて。仕事行って、帰ってきて寝てまた仕事行って。気づいたら一日が終わってて、その繰り返しです」
磨衣子「わかります」
美穂「一度、夜中にゴミを出したら、管理人さんに叱られました。それからです。捨てるのが怖くなって、恥ずかしくて、捨てられなくなりました。信じてもらえないかもしれないけど、私、ほんとは、お掃除大好きなんです。掃除道具いっぱい持ってるんです。絵を飾ったり、お花を活けたりするの、大好きだったんです」
磨衣子「……」
美穂「昔はちゃんとできたのに」
磨衣子「私もです。母が亡くなって、49日過ぎた頃から、どうでもよくなってしまって。仕事のことも、自分のことも」
美穂「人のことならいくらでも一生懸命になれるんですけどね」
磨衣子「そうですね、自分のこととなると」
美穂「ええ」
   レジへ向かうふたり。

〇マンション・一室
   入ってくる美穂と磨衣子。
   大日向、池辺、羽田が出迎える。
大日向「お帰りなさい」
池辺「お帰りなさい」
   片づいた部屋。
   見違えるようにきれいになっている。
美穂「(隅々まで見ている)」
   テーブルに花が活けてある。
美穂「……」
羽田「洗濯機の下で見つけました」
   と、イヤリングを差し出す。
   美穂、受け取って両手に包む。
美穂「ああ、そんなところに……ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとう。みなさん、ありがとうございます」
   美穂、何度も頭を下げ、感謝する。
大日向「もう一人で悩まなくていいんです。いつでも相談してください。そのために私達はいます」
美穂「(その言葉に初めて安堵する)」
   大日向、池辺、清々しく。
   羽田、こんなにも感謝されることが意外で、嬉しさと戸惑いがある。
   磨衣子、自分のことのように嬉しく。
磨衣子「(拍手)」
   大日向、池辺、羽田も続いて拍手。
美穂「(手を叩いて、嬉しくて)」
磨衣子「(拍手)」

〇車の中
   運転する池辺。助手席に磨衣子。
   後部座席に大日向と羽田が乗っている。
羽田「あんなに本気で誰かに感謝されたの、初めてです」
大日向「たいしたことしてないのにな」
羽田「(うなずく)ただ部屋を片付けただけですよ? それだけなのに、あの人あんなに、俺なんかに頭下げて。ありがとうって言われた時、俺、鳥肌立ちました」
大日向「お前この仕事好きか?」
羽田「……」
大日向「俺は好きだ。やりがいしかねえからだ」
羽田「はい」
磨衣子「……」

〇修理屋(夕)
   磨衣子、オルゴールのぜんまいを巻く。
   唐沢、おもちゃの修理をしている。
   オルゴールから音が流れてくる。
   曲はムーンリバーである。
磨衣子「(聴いている)」
唐沢「(聴いている)」
磨衣子「15年前。中学生の時、もらったんです」
唐沢「壊れたらまた持ってこい。直してやる」
磨衣子「はい」
唐沢「捨てるなよ」
   唐沢、背を丸めておもちゃの修理をしている。
   磨衣子、店内を見回す。
   雑多に置かれたモノたち。
磨衣子「売り物なんですか?」
唐沢「ただのガラクタだ。だが、どれもまだ使える」
磨衣子「使わないんですか?」
唐沢「俺のじゃない」
   どれも依頼者の名札がついている。
唐沢「誰も受け取りに来ないがな」
磨衣子「だから、捨てられないんですか?」
唐沢「俺が全部直した。あんたにはゴミに見えるだろうが、俺の魂が宿ってる。簡単に捨てられてたまるか」
   時計の針が17時を回り、壁掛け時計が動き出す。
磨衣子「(驚いて見る)」

〇雑居ビル・2階・ジャズバー(夜)
   ステージでジャズバンドが演奏している。
   そのバンドに後方から照明を当てているナミ。スタッフとして手伝っている。
   外国人観光客や浴衣姿のカップルなど、オーディエンスが聴いている。
   演奏が終わる。
   拍手。
   オーディエンスの中に、磨衣子。
磨衣子「(ナミを見ている)」
   ナミも磨衣子を見つける。

〇同・屋上(夜)  
   瓶ビール片手に、夜風にあたる磨衣子とナミ。
   磨衣子、オルゴールを見せる。
磨衣子「忘れてたの。ごめんなさい」
ナミ「いいんです。人は忘れていくものですから」
磨衣子「直してもらった」
ナミ「(ぜんまいを巻く)」
   曲が流れる。
磨衣子「きみだったんだね」
ナミ「はい」
磨衣子「言ってくれたらよかったのに」
ナミ「あなたが気づくのを待ってました」
磨衣子「全然わかんないよ、面影なさすぎ」
ナミ「あなたは変わりませんね。あの頃のままです」
磨衣子「そうかな」
ナミ「ええ」
   ナミ、ビールを飲む。
ナミ「私は私になりたくて私を捨てました」
磨衣子「……」
ナミ「捨てるとは、通過儀礼だと思います」
磨衣子「つうかぎれい?」
ナミ「背負い過ぎたモノやしがらみから自分を赦すために、人は捨てるのではないでしょうか」
磨衣子「赦したらどうなるの?」
ナミ「空を飛べます」
磨衣子「えっ」
ナミ「今のは嘘です。だけど、飛べるくらいのことが起きるかもしれません」
磨衣子「本当?」
ナミ「それは磨衣子さんがこれから確かめていくことです」
磨衣子「……」
   海の方角から花火が打ち上がる。
   ナミ、腕時計を見て、
ナミ「時間丁度です」
磨衣子「知ってたの?」
ナミ「ここからだとよく見えるんです」
   花火を見上げる磨衣子とナミ。

〇駐車場
   ゴミ袋を両手いっぱいに持った磨衣子が来る。
   ビッグサン捨インのトラックの前に、しのぶがいる。
   しのぶ、荷台に積まれたゴミ袋の山を眺めている。
   磨衣子、近づいていく。
   しのぶ、気づいて磨衣子を見る。
磨衣子「(会釈)」
しのぶ「すいか、いかが?」
磨衣子「へ?」

〇アパート・しのぶの部屋
   畳みに座っている磨衣子。
   台所でしのぶがすいかを切っている。
   磨衣子の部屋と同じ間取りだが、整理整頓されており、センスのよいインテリアで統一されている。
   棚の上に置かれているのは、骨壺である。
   しのぶ、すいかを運んでくる。
しのぶ「お待ちどうさま」
磨衣子「いただきます」
   すいかを食べる磨衣子としのぶ。
しのぶ「ひとりなのにね、安いからってつい、大玉のすいか買っちゃったのよ」
磨衣子「美味しいです」
しのぶ「うふふ、やっぱり誰かと一緒に食べると、美味しいわね」
磨衣子「はい」
   磨衣子、部屋を眺めて。
磨衣子「こっちの部屋は畳なんですね」
しのぶ「私が畳のほうが好きだから、残したの。夏は涼しくて、冬はあったかい気がするのよね」
磨衣子「素敵なお部屋ですね。同じ間取りに住んでるとは思えないです」
しのぶ「好きなモノしか置かないの」
   お皿、フォーク、コップなど、ひとつひとつにしのぶのこだわりを感じる。
磨衣子「ゴミだらけで、汚い部屋にしてしまって、ごめんなさい」
しのぶ「お片付け、頑張ってるのね」
磨衣子「はい、手伝ってくれる人がいるんです」
しのぶ「そう」
磨衣子「友人です」
しのぶ「よかった……ごめんなさいね」
磨衣子「え?」
しのぶ「気づいてあげられなくて」
磨衣子「私が、ずっと隠してきたんです」
   しのぶ、骨壺を見る。
しのぶ「妹なの」
磨衣子「妹さん」
しのぶ「あなたの部屋を初めて見た時、妹を思い出したわ。同じような部屋で、びっくりした」
磨衣子「……」
しのぶ「昔から、整理整頓お片付けが苦手な子だった。それでも中学校で英語の先生としては、ちゃんとやってたみたい」
磨衣子「(うなずく)」
しのぶ「妹の代わりにお掃除しに行くんだけどね、3ヵ月後には元通りのぐっちゃぐちゃ。捨てなさい捨てなさいって何回言ってもダメなの。そのうち、顔を合わせる度に喧嘩になるから、私も嫌になっちゃって。段々、妹のところに行かなくなった。見捨てたのね、私。ひとりぼっちにさせちゃった」
磨衣子「……」
しのぶ「そしたら、あんな、骨になって帰って来た」
   骨壺。
しのぶ「体を壊したのが先か、心が壊れたのが先か。よくわからない」
磨衣子「お線香をあげてもいいですか」
しのぶ「どうぞ」
   磨衣子、線香をあげ、手を合わせる。
しのぶ「ありがとう」
   線香の煙、高く上がっていく。

〇アパート・磨衣子の部屋
   磨衣子、黙々と片づけている。
   と、風鈴を見つける。
   磨衣子、風鈴を窓辺につける。
   風鈴が揺れる。
   インターホンが鳴る。

〇同・磨衣子の部屋の前
   扉を開ける磨衣子。
   ナミが立っている。
ナミ「おはようございます」
磨衣子「おはようございます」
   ナミの隣に、羽田。
ナミ「助っ人です」
羽田「あの時は、すみませんでした。自分にも、お手伝いさせてください」
磨衣子「……はい、お願いします」
   磨衣子、羽田を受け入れる。

〇同・磨衣子の部屋
   フローリングがだいぶ見えてきた。
   羽田、熱心に片づけていく。
   磨衣子とナミ、台所の汚れを落としている。
磨衣子「女の人がね、ゴミの中で死んでたんだって。前にテレビで見たの」
ナミ「孤独死?」
磨衣子「そう。そのニュース見てたら、この人は、未来の私だって思った」
ナミ「……」
磨衣子「このまま私、ひとりで死んでいくんだろうなって。誰にも必要とされることもなく。寝る前によくそんなこと考えてたの。おかしいでしょ?」
ナミ「わかります。私にもありますから」
磨衣子「あるんだ」
ナミ「私にだって、そんな夜があります」
磨衣子「へぇ」
羽田「西さん!」
磨衣子「(振り向く)はい」
羽田「リモコンありました!」
   テレビのリモコンである。
   磨衣子、駆け寄る。
   リモコンの電源ボタンを押す。
   テレビ画面が明るくなる。
羽田「お~」
   磨衣子、消したりつけたり、チャンネルを変えたり。
羽田「お~!」
   磨衣子、笑っている。
   ナミ、優しく見守っている。
   ×   ×   ×
   磨衣子、床を雑巾がけする。
   ナミと羽田、ベッドを動かす。
   磨衣子、冷蔵庫の中を拭いている。
   ナミ、洗面所を磨いている。
   羽田、窓を拭いている。
   磨衣子、玄関を掃く。
   汗が額を流れていく。
   ×   ×   ×
   磨衣子とナミ、部屋を見渡している。
ナミ「今夜は打ち上げですね」
磨衣子「はい」
   見事に片付いた部屋。
   清潔感のある1K。
ナミ「未来のあなたはもういません。よく頑張りました」
   磨衣子、軍手をはずす。
磨衣子「ひとりじゃできなかった。ありがとう」
   と、手を出す。
   ナミ、応える。
   握手を交わすふたり。
羽田の声「(玄関から)西さん、ナミさん、行きましょ!」
磨衣子「(同時に)はい」
ナミ「(同時に)はい」
   出て行くふたり。
   室内にはわずかな生活用品のみ。
   もはやゴミ屋敷の面影はない。
   部屋の隅に、骨壺。

〇横浜・みなとみらいの情景(日替わり)
   異国情緒あふれる港町。
   ひまわりが咲いている。
   おだやかな海。
   
〇海沿いの広場
   磨衣子、夏色のワンピースにパンプス姿。緊張気味に誰かを待っている。
   人影。
平野「マイコさん?」
磨衣子「はい」
平野「初めまして」
   さっぱりした印象の男・平野航大(27)。その柔らかい笑顔。

〇カフェ
   テラス席に磨衣子と平野。
   平野、パンケーキを食べている。
   磨衣子、シフォンケーキを一口のみ、あとは手を付けずにいる。
平野「ひとくちちょうだい」
磨衣子「どうぞ」
平野「(食べる)うまい。僕のもあげる」
   と、パンケーキを取り分ける。
   磨衣子、少し食べる。
平野「もしかして、甘いの苦手でした?」
磨衣子「いえ。美味しいです」
平野「でしょ」
磨衣子「好きなんですか?」
平野「うん。ここのパンケーキ、毎月新作が出るんです。僕のささやかな楽しみ」
磨衣子「へぇ」
平野「無理してない?」
磨衣子「え?」
平野「緊張しますか?」
磨衣子「はい」
平野「やっぱり、やめましょうか?」
磨衣子「やめません。捨てに来たんです」
   磨衣子、まっすぐに平野を見つめる。

〇ホテル・外観

〇同・一室
   ダブルベッドに磨衣子と平野、見つめ合う。
   平野、優しく磨衣子を抱き寄せる。横になり、肌を重ねるふたり。

〇同・浴室
   湯舟に平野、磨衣子を後ろから包み込むように浸かっている。
平野「カブトムシはね、外気温によって体温を変える変温動物。人間は恒温動物といって、常に一定の体温を保つんです」
   平野、磨衣子をそっと抱きしめる。
平野「この36度前後を人肌の温度って呼ぶんだけど、人肌とは人間が一番心地よいと感じる温度のことです。ハグはね、人と人がお互いの温かさを確かめ合うための、最初の共同作業だと思うんだ」
   磨衣子、平野の体温を感じる。

〇同・一室
   ガウン姿の平野。
   ワンピース姿の磨衣子。
磨衣子「あの、これ」
   封筒を平野に渡す。
磨衣子「少ないかもしれないけど」
   平野、中身を確認する。
平野「ほんとに少ないね」
磨衣子「えっ」
平野「嘘嘘。いりません。僕、もらったことないんだ」
   と、磨衣子に封筒を返す。
磨衣子「でも」
   平野、両手を広げ、磨衣子を抱きしめる。
平野「お別れのハグです」
磨衣子「……」
平野「マイコさんがこれから素敵な人と出会えますように。大丈夫、僕の魔法はわりと効くんだ」
磨衣子「ありがとう。さよなら」
平野「さよなら」
   磨衣子、扉を開けて出ていく。

〇同・廊下
   磨衣子、胸を張って歩いていく。
   
〇クラブハウス(夜)
   ダンスフロアでは曲に合わせて踊っている客たち。
   磨衣子、歩いてくる。
   カウンターに座っているナミ、振り向く。
ナミ「おかえりなさい」
磨衣子「ただいま」
   ×   ×   ×
   チェリーブロッサムとジャックターをそれぞれ飲んでいる。
磨衣子「私に、人生に巻き戻しボタンはないって言ったよね」
ナミ「はい」
磨衣子「リセットボタンは?」
ナミ「ありません。人生にリセットも巻き戻しもないんです」
磨衣子「ふうん」
ナミ「リセットしたいですか?」
磨衣子「ううん。これでいい」
ナミ「ストップもスキップもありませんよ。ただ前に進むだけです。それだけ」
磨衣子「……」
ナミ「シンプルです」
   ニッと微笑む。
磨衣子「……」
   ゆったりとしたダンスミュージックが流れてくる。
   磨衣子、ナミの手をとる。
磨衣子「行こう」
   と、ダンスフロアへ。
   ほろ酔いのふたり、向き合って。
   互いに身を委ね、このひとときを楽しむように揺れている。
ナミ「忘れないで」
磨衣子「……」
ナミ「あなたは私の憧れでした」
磨衣子「……」
   踊るふたり。
   艶めくミラーボール。
   華やかな光に包まれて。

〇アパート・磨衣子の部屋(日替わり)
   玄関が開いている。
   お皿に乗せたおがらが燃えている。
   送り火を焚いている。
   磨衣子、フローリングの床に大の字で寝そべっている。
磨衣子「(深呼吸)」
   片隅に、母の骨壺。
磨衣子「(ムーンリバーを一節歌う)」
   磨衣子、骨壺を見つめる。
磨衣子「お母さんの言った通りになったね。自慢の娘になれなくてごめんね。どうして、私の夢を応援してくれなかったの? どうして。教えて。ねぇ、応えて」
   静寂。
   起き上がる磨衣子、台所へ。
   台の上に母の骨を並べる。
   骨壺を振り上げ、骨にたたきつける。
   何度も何度もたたきつけ、砕く。
   粉々になっていく母の骨。
磨衣子「……」
   ×   ×   ×
   斜陽。
   部屋に鳴り響くオルゴール。
   ゴミ箱に、カセットテープが捨ててある。

〇長野県白馬村・情景(早朝)
   雄大な山々。牧歌的な景色。
   タクシーが一台走る。

〇草原(早朝)
   仮設テントで磨衣子、受付用紙に記入している。
   電卓を叩く管理人・堺学(78)。
堺「おたく一人か?」
磨衣子「はい」
堺「どっから来たの?」
磨衣子「横浜です」
堺「ふーん、そりゃ長旅だったなぁ。暑かったろ。3000円」
   磨衣子、支払う。
   堺、磨衣子を案内する。
   ×   ×   ×
   気球乗り場。
   熱気球が横たわっている。
   バーナーに煽られ、気球が膨らみ始める。
   その様子を見ている堺と磨衣子。
堺「おたく一人か?」
磨衣子「はい」
堺「どっから来たの?」
磨衣子「横浜です」
堺「ふーん、そりゃ長旅だったな。暑かったろ」
   堺、磨衣子をまじまじと見る。
堺「あんたどっかで見たことあるな」
磨衣子「……私、役者やってました」
堺「ほーん。じゃ、今日はバカンスか」
磨衣子「いいえ。もう辞めたんです」
堺「辞めたって、もうやらんのか?」
磨衣子「うん、捨てたの」
堺「捨てた?」
磨衣子「はい。夢、捨てました」
堺「夢っちゅうもんを捨てたんか」
磨衣子「はい」
堺「夢っちゅうのは燃えるゴミか?」
磨衣子「……」
堺「燃えないゴミか?」
磨衣子「どっちだろう」
堺「よく燃えたか?」
磨衣子「はい」
堺「じゃ、燃えるゴミだな」
   ガスバーナーの炎。
   膨らんでいく気球。
堺「すごいだろ。気球はな、人類が初めて空を飛んだ乗り物なんだ」
磨衣子「へぇ」
堺「1783年のパリ!」
   気球が浮き上がる。
   見上げる磨衣子。
   堺、磨衣子をまじまじと見る。
堺「ん? あんたどっかで見たことあるな」
磨衣子「よく言われます」
堺「どうだ、すごいだろ。気球はな、人類が初めて空を飛んだ乗り物なんだ。1783年のパリ!」
   磨衣子、笑う。
堺「すごいだろ!」
   と、堺も笑う。
   気球が膨らんだ。
   籠に乗る磨衣子。その手には骨壺。
   籠が地面から浮く。
磨衣子「わっ」
   地上から浮き上がっていく。
堺「いってこーい!」
   手を振り送り出す堺。
   磨衣子、上昇していく。

〇空中(早朝)
   空高く浮遊している。
   磨衣子、骨壺を開ける。
磨衣子「(粉骨を掌に乗せる)」
   さらさらと母の粉骨が風に乗って流れていく。
   母の粉骨を全て撒く。
   朝日が昇る。
   山脈が照らされていく。
   磨衣子、思いっきり叫ぶ。
磨衣子「(叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ叫ぶ叫ぶ――)」
   震えるほど、腹の底から、空(くう)へ向かって。
   太陽が磨衣子を照らしている。
   360度の大パノラマ。北アルプス、立山連峰の凄み。
   光が地上に降り注いでいる。
   磨衣子、世界を眺めやる。

   世界は美しい。

                                     おわり

 

【引用・参考資料】
〇冒頭 磨衣子が朗読した詩:高村光太郎「レモン哀歌」(詩集 智恵子抄 より)
〇オルゴールの曲、磨衣子が歌っている曲:ムーンリバー(映画「ティファニーで朝食を」より)
〇清掃会社のモデル・イメージ:特殊清掃会社イーブイ(https://eevee-osaka.com/)
 企業理念『お客様にとって一番の協力者であり、一番の理解者であり、一番のよき相談相手でありなさい』

 

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