水中から現れるモンスターに、逃げまどう家族たち。クラシックなモンスターホラー「ホビッツベイ」は70年代の恐怖を蘇らせる
- 2024年03月20日
近年、70~80年代のホラー・クラシックにオマージュを捧げた新作映画が注目されている。3月20日にレンタル開始になる「ホビッツベイ」もザラついた映像の中に生理的嫌悪感をそそるクリーチャーを登場させ、往年のB級ホラーテイストにこだわりぬいた作品だ。ことにVHS時代からのホラー映画ファンにはたまらない贈り物といえるだろう。
30年間封印された貯水タンクに、“それ”はまだ生きていた
監督のスコット・ウォーカーはニコラス・ケイジ主演のクライム・ムービー「フローズン・グラウンド」(2013)で成功し高く評価された。そして彼が2作目の長編映画として選んだ本作の題材は、動物型モンスターの登場するオーソドックスなホラーだった。
カリフォルニアでペットショプを営むベン(マット・ウィーラン)とジュールズ(ルシアン・ブキャナン)夫婦のもとへある日、見知らぬ弁護士が訪れ、ベンの母親が遺した土地が発見されたと告げる。はるか遠いそのオレゴン州ホビッツベイの地へ赴くと、そこには絶景のビーチと30年もの間、放置されたままの廃屋があった。娘のレイアや愛犬と共に廃屋で休日を過ごした夫婦は、部屋に残された母の日記と放置された不気味な貯水タンクを発見する。空のタンクを修理して水を張ってみたベンだったが、そこから廃屋の周囲に奇怪な音や影がはびこり始める。ジュールズは母の日記から、不気味な文章を見つけ、不安な気持ちを募らせる。やがて廃屋を訪れた人間が、ひとり、またひとりと姿を消し、災厄は一家と愛犬を襲う──。
プロットはありきたりなホラーといえる。だが監督は演出に徹底的にこだわった。
まず舞台に設定されるのは1978年で、ホラー映画の恐怖を台無しにする携帯電話やスマートフォンは登場しない。乾ききって埃だらけの家の雰囲気は、多くのホラー監督がオマージュを捧げるトビー・フーパー監督「悪魔のいけにえ」(1974)を彷彿とさせる。見えないクリーチャーがじわじわ迫ってくる前半は、幽霊屋敷ホラーの定石を丁寧になぞってサスペンスを盛り上げる。じりじりと焦らされる展開は、まさに70年代ホラーだ。
そして後半、貯水タンクから現れる水棲生物型クリーチャーはマニアならずともニヤリとさせる造形で、腰まで水に浸かるタンクの中で襲われるシーンは「悪魔の沼」(1976)や「ザ・グリード」(1998)、「リバイアサン」(1989)などを彷彿とさせる。貯水タンクの奥に伸びる洞窟の恐怖は明らかにニール・マーシャル監督「ディセント」(2005)を意識したものだ。ホラーファンは鑑賞しながら「やるな」と感じるはずだ。
本作にはさらに、1940年代を回想するシーンも挿入されているが、そこでも監督は50年代のゴシック・ホラー風の陰影あるモノクロ映像を丁寧にトレースする。この映画を単なる商業作品に留めないのは、繋がれたフィルムの中に監督の映画史が封入されているからだ。
「ロード・オブ・ザ・リング」の視覚効果監督が“わざわざ”そうした理由
観客が最も注目するであろうクリーチャーは、「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズのVFXを手がけたニュージーランドの視覚効果スタジオWETAワークショップのリチャード・テイラーによるもの。驚くなかれ、それはCGではなく、人間が中に入って演じるシリコン製スーツで作られている。そのチープで生理的嫌悪感をそそる造形はまさにVHS時代のホラーの再現。CGでは作り出せない不気味な味がある。
監督のスコット・ウォーカーやリチャード・テイラーが嬉々として「わざわざクラシカルに」を演出しているのは、近年、多くのホラー監督が同じように70年代、80年代のホラー映画にオマージュを捧げ、成功しているからだろう。
例えばジェームズ・ワンの「マリグナント 狂暴な悪夢」(2021)、タイ・ウエストの「X エックス」、ダミアン・レオーネ「テリファー 終わらない惨劇」(共に2022)などは、トビー・フーパー、ブライアン・デ・パルマ、ジョン・カーペンターらの70年代、80年代作品を強烈に意識した作風だった。それは現代の監督たちが幼い頃、当時のVHSホラーに強く影響されていることを意味している。
スコット・ウォーカーもまた本作に関して「子供の頃に好きだったのは70年代、80年代、90年代初頭の映画」と語り、VHSで大量にリリースされていたB級ホラーをリスペクトしている。だからクリーチャーも必然的にシリコン製スーツで作らねばならなかったのだ。ちなみにスーツアクターはレジーナ・ヘーゲマンという小柄な女優だと監督は明かしている。モンスター・スーツを着た水中格闘シーンはとても大変だったようだ。
80年代を中心としたホラー映画へのリスペクトの背景には近年の制作環境ではレイティングやコンプライアンスがマーケティングに強く影響することへの反発があるのかもしれない。しかしウォーカー監督は過去の作品を模倣するだけでなく、よりサスペンスフルに、ウェルメイドにブラッシュアップする作業を怠っていない。観終わったあと、もう一度、懐かしのホラーの名作を観返したくなる副作用のある作品だ。
文=藤木TDC 制作=キネマ旬報社
「ホビッツベイ」
●3月20日(水)レンタルリリース
●2023年/ニュージーランド/本編約99分
●監督・脚本・プロデューサー:スコット・ウォーカー
●クリーチャー・エフェクト:リチャード・テイラー
●出演:ルシアン・ブキャナン、マット・ウィーラン、ザラ・ナウスバウム
●発売・販売元:ツイン
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