「南十字星は偽らず」のストーリー

昭和十七年、北ボルネオのケニンガウ県に矢崎新知事が赴任してきた。その知事官舎にマライと中国人との美しい混血女アインが女中として勤めている。彼女はかつて若いマライ青年ワンテッキンと恋仲だったが、宗教の相違が崇って結婚できず、自殺未遂に及んだ。蘇生後、義兄カリムの打算的な計らいで現在の勤めについたのである。傷心の彼女に矢崎はやさしかった。抗日運動に入ったワンテッキンがひそかに彼女に協力をもとめたとき、彼女ははっきりとそれを拒んだというのも、矢崎の人間味にふれ、日本人観が変ったせいである。嫉妬したワンテッキンは矢崎の命を狙うが、かえって捕えられた。が、矢崎の計いで処刑を免がれ、アインはますます矢崎への敬愛をふかめる。内地の矢崎の妻が戦災死したとの報告もあり、テロ団に傷つけられた矢崎が加療中のアインの愛情こもる看護にほだされたこともあって、以来二人の仲は離れがたいものとなった。アインは身ごもる。戦局の不利に加えて、内地の妻が失明して生きている旨の再報知が至り、矢崎には苦悩の日がつづく。八月十五日敗戦。--矢崎は「再婚して新しい幸福をつかんでくれ」と言残して俘虜改容所へ曳かれていった。が、アインは、待った、三年の間。矢崎の日本送還がきまり、その前日に彼女は面会をゆるされる。すでに興南という子供まであるアインを矢崎は故国に伴い帰る決心をしていたが、内地の彼の妻のことを思うと、彼女じしんは涙をふるって首を横にふつた。面会の帰途、彼女は嫉妬にくるうワンテッキンの匕口に刺されて、死んだ。