この世界の(さらにいくつもの)片隅にの映画専門家レビュー一覧

この世界の(さらにいくつもの)片隅に

2016年に公開され、第90回キネマ旬報ベスト・テン日本映画第一位を受賞した「この世界の片隅に」に約30分の新規シーンを追加した別バージョン。主人公すずとリンとの交流、妹すみを案じて過ごすなかで迎える昭和20年9月の枕崎台風のシーンなどが追加された。新しい登場人物や、これまでの登場人物の別の側面なども描かれ、すずたちの心の奥底で揺れ動く複雑な想いを映し出す。前作に引き続き、主人公すずをのんが演じるほか、すずの夫・周作を細谷佳正、周作の姪・晴美を稲葉菜月、周作の姉・径子を尾身美詞、すずの旧友・哲を小野大輔、すずの妹・すみを潘めぐみ、すずと仲良くなる女性リンを岩井七世といったボイスキャストも続投。監督・脚本は、前作で第90回キネマ旬報ベスト・テン日本映画監督賞を受賞した片渕須直。
  • フリーライター

    須永貴子

    前作に対する世間の絶賛に完全には乗り切れなかったが、本作には文句なしに打ちのめされた。特に、女郎・リンとのシーン。彼女との友情があったからこそ、すずはどんなに過酷な出来事に襲われても、自分を保てたのだな、と。また、現在の日本の空気が、前作が公開された16年よりも戦時中に近づいていることも、この作品が響く理由。食うものに困ったすずが、食材や調理法に工夫をする姿に、「ニンジンの皮を食べて消費税増税に打ち勝つ」という9月の新聞記事が頭をよぎった。

  • 脚本家、プロデューサー、大阪芸術大学教授

    山田耕大

    素直に語りにくいのは確かだ。なにせ三年前に世の中を席捲したあの「この世界の片隅に」のロングヴァージョンなのだ。いや、ディレクターズ・カットのようなものなんだろうか。詩情あふれるカットの数々に三年前に観た時の記憶が蘇る。あの映画の持つ新しくもあり古くもある独自の抒情はやはり記憶の底深くまでしみ込んでいて、消え去ってはいなかった。が、どうしても前作との見比べ心が出てきてしまい、素直に鑑賞できたかどうか自信が持てない。それにしても、のんはやはりいい。

  • 映画評論家

    吉田広明

    白木リンら娼館の女たちのエピソードが増えることで「戦争」に加えもう一つの理不尽「貧困」が際立つことになる。すずは戦争によって右手を、リンは貧困によって夫を持つ可能性を、それぞれ失う。大切な何かを失うことで彼女らは社会の中の弱者としての位置を自覚し、それでも前に進もうとする。彼女たちが、そこから前に進もうとする根拠となる場所が「片隅」であり「居場所」だ。安易な怒りの表明でも、まして現状肯定でもない、より厳しく、しかし勇気ある道。全ての弱者へのエール。

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