きのう生まれたわけじゃないの映画専門家レビュー一覧

きのう生まれたわけじゃない

「パラダイス・ロスト」などを送り出し、詩人・映画監督として活躍した福間健二が、原案・脚本・監督・出演の四役を兼任した遺作。母と二人暮らしで、学校に行かない中学2 年生の七海は、若い頃に妻を亡くした77 歳の寺田と出会い、二人の時間を持つ。出演は、幼い頃から舞台でキャリアを積み、これが映画初出演となるくるみ、「秋の理由」の正木佐和。
  • 文筆家

    和泉萌香

    空への道を駆け回る光が我々の視線を軽やかに奪っていく。時には、此処では流れてはいない時間のなかでひとり言葉を発しもする登場人物たち。あちらこちらに散りばめられた黄色が次々に目に飛び込んだあと、ぱっと広がった照葉には思わず星空のような、とつぶやきたくなるほど。詩人が辿り着く海や雲の形、それぞれ異なる色をして並ぶ木々といった自然の美しさに、大袈裟でなく驚き嬉しくなってしまう。てんとう虫は枝や指先に止まったら一番高いところまで上り、飛んでいくそうだ。

  • フランス文学者

    谷昌親

    詩人でもある福間健二監督が少女と老人の交流を描いた作品。少女・七海と元船乗りの老人・寺田の関係を軸に、そこに他の人物たちのさまざまなエピソードがからむのだが、エピソードの積み重ね方、そして人物のとらえ方や演技はむしろドキュメンタリーを思わせ、結果として、独特の詩的な感触が生み出される。福間監督が慣れ親しんだ国立市の風景が魅力的だし、川べりの公園での飛翔シーンに心を動かされる。だが、残念なことに、詩と映画が理想的なかたちで融合できたとはいいがたい。

  • 映画評論家

    吉田広明

    監督の評価したピンク映画は、断絶や軋みに満ちた社会の中で、性を通じてギリギリ結ばれる関係を通じて現在を炙り出すという意味で批評的なものでもあった。ここでは人間関係は軽やかに結ばれ、また解かれてゆく。人の心が分かる子どもと、死んだ妻と会話する老人。彼らは、心の中と外、生と死、その境界を自在に踏み越える。ユートピア的な境地であり、これが遺作となったことにいささかの感慨を覚える。ただ社会の周辺に置かれた存在のみにそれが託されるのは若干寂しい気はする。

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