映画専門家レビュー一覧
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エミリア・ペレス
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映画評論家
川口敦子
真の自分にと新たな肉体を獲得。わが子との暮らしは捨てず母性を注ぐ。暗黒街での過去の罪を悔い改めて暴力と対峙し行方不明者を探す非営利団体を組織して、その過程で新たな恋にもめぐりあう――と、望みのすべてを叶えた挙句の最期、そして聖人に?! いかにも荒唐無稽な物語をミュージカルという糖衣で包み成立させる剛腕に、でもと傾ぐ首を持て余す。「預言者」「君と歩く世界」の頃までは映画の芯に確かにあった心が見当たらないオディアールの近作、今回もまた無念を?みしめた。
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批評家
佐々木敦
ミュージカル仕立てにする意味があるのかと観る前は思っていたが、必然性はともかくとしても曲も歌唱も極めて魅力的に仕上がっている。オディアール監督はアクチュアルなテーマとスピード感に溢れる娯楽性を高いレベルで合致させている。過去のSNS発言の炎上が何とも残念なカルラ・ソフィア・ガスコンはもちろん良いのだが、ゾーイ・サルダナが大変素晴らしい(特にあの身のこなし!)。ラストは「やはりこうなるのか」とやや残念な気もした。悲劇にしない選択もありえたのでは?
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ノンフィクション作家
谷岡雅樹
主人公が誰かと言えば私は絶対的に弁護士だと思うのだ。だが、タイトル名でもある麻薬王で犯罪者のその人物の、第二の人生という、圧倒的なパフォーマンスによって、人権派と思しき弁護士も、その助力者となり突っ走る。そして第二の人生を受け入れず意のままにはならぬ元妻。三人は、それぞれの折合いをどう付けて生きていくのか。♪いつまで奴らに媚を売るの。いつまでこき使われるの。心の声が歌になる。造形物でもって人生の改革は難しい。絡まった運命の鉄鎖のもつれを、三者三様ほどいていく。
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山田くんとLv999の恋をする
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映画評論家
上島春彦
エンドクレジットの後に映画最高の瞬間が訪れるのに、見ないで出ていった愚か者がいた。山下美月ファン必見。私なんかファンでもないのに大感激である。作間龍斗ファンは複雑な心境か。ただ主人公が美女すぎて、そうなるとあざとさが前に出ちゃう感じがする。恋愛未満の感情を扱う作品なんだから作間の同級生茅島みずきにだって山下と同じ資格はあるのに、あんまりハラハラさせてくれないんだなあ。ほっこりできる好企画で推薦できるが、傍役陣は主人公を守り立てるだけの役割なんだね。
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ライター、編集
川口ミリ
人気少女漫画を原作に、トップアイドルを主演に迎え、誰もがときめくラブコメを撮る。その初ミッションを、安川監督は丁寧にやり遂げた。印象的なのは、主人公たちがまだ不確かな想いを不器用に伝え合う文化祭シーン。ダイアローグをふまえての、階段を用いた俳優同士の位置関係が絶妙で、その位置設定が別シーンでも反復され生きてくる。微かに届く吹奏楽部のチューニング音により、恋のはじまりを予感させるセンスにも唸った。色使いにも工夫が見られ、ゲームチックなギミックも楽しい一作。
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映画評論家
北川れい子
20歳の女子大生が、ネトゲで出会った男子高校生にお熱を上げましたとさ。ラブコメ好きの若い世代向けに作られた作品だが、にしても主人公の幼稚さ、能天気さにはほとほとマイッタ。言動やナリフリはまんまギャルで、彼女の部屋はカワユイのてんこ盛り、そのくせ酒にはだらしない。演じている山下美月も、高校生役の作間龍斗もすでにしっかり大人顔だけに尻がムズムズ。「よだかの片想い」の安川監督の演出も過剰にハシャギ過ぎ。でも原作ファンにはいいのかも。
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ベイビーガール
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映画評論家
鬼塚大輔
「ナインハーフ」、はたまた「フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ」かと思っていると「危険な情事」に……、と特定ジャンルに収まらないまま物語が進んでいくのがむしろ魅力の作品。善か悪か、被害者か加害者か、と単純化できないヒロインをキッドマンが熱演。かつてのセックスシンボル、アントニオ・バンデラスをこの役で使うというのも、「昼下りの情事」でモーリス・シュヴァリエにうらぶれた探偵を演じさせたワイルダーのイジワルさを想起させて面白い。
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ライター、翻訳家
野中モモ
よくある話の男女逆転? なんてことないエロティック・スリラー? しかしこの「なんてことなさ」こそ女たちが獲得しようと苦労してきたものなのだろう。「サブスタンス」のデミ・ムーアもそうだったけど、洋画が好きな自分はある意味ずっと「ニコール・キッドマン物語」を見てきたんだな……と思い知らされて感慨深いものがある。だって「誘う女」も「ある貴婦人の肖像」も「アイズ ワイド シャット」も伏線になるわけだから。音楽がどこかふざけてる感じなのも「あえて」の深刻の回避とみました。
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SF・文芸評論家
藤田直哉
女性CEOがインターンに誘惑され、秘められていたSM的欲望を解放していく。よくある官能映画・ポルノの導入だが、組織内で女性が「権力」を持っているが、プレイや関係においては従属であるという厄介な問題を真正面から描いた点に好感。立場や家庭があるから「ダメ」と思いながら、誘惑に惹かれていく分裂した女性の演技をニコール・キッドマンが実に見事に演じている。SM的な欲望をどうしても抱いてしまうことをどう受容するかという物語の側面には感動させられた。
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ミッキー17
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映画評論家/番組等の構成・演出
荻野洋一
MCU的マルチバースで惰眠を貪るアメリカ映画を全否定する映画である。ポン・ジュノは今回、「パラサイト」と「グエムル」を合体させ、何度も殺されては蘇生させられる最下層の男の悲哀と反撥の火種を通じて、映画人たちが胡座をかくマルチバース的全能感を告発し、さらにはファシストを打倒するため、いま一度、黒人女性のリーダー像を擁立する。第二次トランプ政権の誕生を予知した上で、「スターシップ・トゥルーパーズ」的ニヒリズムと戯れていればよい時代の終焉を宣言したのだ。
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アダルトビデオ監督
二村ヒトシ
中盤までふざけまくってて面白かったが、肝心の「何が揃えば〈私〉になるのか」ってハードな哲学がどっかにいき、16回死んでも残ってた罪悪感を分身がぬぐうセラピー的よくある話になったのが惜しい。シリーズ化できぬものを金かけて作る心意気は買えるが、つい「インターステラー」と比べちゃうな。あっちのほうが男のロマン臭かったのにSFギミックの使いかたが上手で、謎に感動させられたよね。それにしても今後ハリウッドはトランプをいつまで風刺できるのか。がんばり続けてほしいのだが。
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著述家、プロデューサー
湯山玲子
再生医療の極致である「生き返り」が可能になった世界で、そういう存在が重宝されるのは、人体実験だろうなぁ、という悪い予想そのままの主人公が、運命を案外淡々と受け入れるやるせなさ加減には、さすがこの監督ならではの、弱者のリアル描写とブラックユーモアが光る。しかし、後半になるとそのテイストが失速。主人公の敵となる宇宙船の支配者夫婦の描き方が、カリカチュアされすぎだし、先住者であるデカい芋虫系生物の在り方も紋切り型で凡庸な勧善懲悪劇になってしまった。
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エミリア・ペレス
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映画評論家
川口敦子
真の自分にと新たな肉体を獲得。わが子との暮らしは捨てず母性を注ぐ。暗黒街での過去の罪を悔い改めて暴力と対峙し行方不明者を探す非営利団体を組織して、その過程で新たな恋にもめぐりあう――と、望みのすべてを叶えた挙句の最期、そして聖人に?! いかにも荒唐無稽な物語をミュージカルという糖衣で包み成立させる剛腕に、でもと傾ぐ首を持て余す。「預言者」「君と歩く世界」の頃までは映画の芯に確かにあった心が見当たらないオディアールの近作、今回もまた無念を?みしめた。
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批評家
佐々木敦
ミュージカル仕立てにする意味があるのかと観る前は思っていたが、必然性はともかくとしても曲も歌唱も極めて魅力的に仕上がっている。オディアール監督はアクチュアルなテーマとスピード感に溢れる娯楽性を高いレベルで合致させている。過去のSNS発言の炎上が何とも残念なカルラ・ソフィア・ガスコンはもちろん良いのだが、ゾーイ・サルダナが大変素晴らしい(特にあの身のこなし!)。ラストは「やはりこうなるのか」とやや残念な気もした。悲劇にしない選択もありえたのでは?
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ノンフィクション作家
谷岡雅樹
主人公が誰かと言えば私は絶対的に弁護士だと思うのだ。だが、タイトル名でもある麻薬王で犯罪者のその人物の、第二の人生という、圧倒的なパフォーマンスによって、人権派と思しき弁護士も、その助力者となり突っ走る。そして第二の人生を受け入れず意のままにはならぬ元妻。三人は、それぞれの折合いをどう付けて生きていくのか。♪いつまで奴らに媚を売るの。いつまでこき使われるの。心の声が歌になる。造形物でもって人生の改革は難しい。絡まった運命の鉄鎖のもつれを、三者三様ほどいていく。
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レイブンズ
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映画評論家
上島春彦
ヴィジュアルが完璧で冒頭の煙草の煙はVFXだが、きめ細かい処理に感服。伝記映画のためフィクション部が限定的で、せっかくの鴉の幻影も説明的に留まるのは残念か。ファウストにおけるメフィストというよりも、芸術のミューズみたいな存在なんだね。主人公の写真家と同時代を同じように生きて死んだ赤塚不二夫もかつて浅野忠信が演じている。妙な符合だ。ニコの《アイル・ビー・ユア・ミラー》を梶芽衣子やザ・ダイナマイツの昭和歌謡とごっちゃに味わえるのも本作の楽しさ。
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ライター、編集
川口ミリ
深瀬と洋子が展覧会で再会するシーンの切り返しがダイナミック。深瀬の洋子をみる瞳は明らかに喜び、潤んでいる。だがある瞬間、目から光が消える。徐々にカメラ目線へ。眼差しの先には、鴉。深瀬は漆黒の闇に?み込まれる??。実話ベースの本作が描くのは、あくまで人と人。深瀬と洋子には個々の世界があるのが窺え、“芸術家とミューズ”に矮小化しないのがいい。主題へのカラッとした、節度ある距離感は英国出身の監督のセンスによるものだろう。ラストのThe Cureもグッとくる。
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映画評論家
北川れい子
“カメラじゃなくちゃんとこっちを見てよ。あなたはいつも自分ばかり見ている”と妻で被写体の洋子が深瀬に言う。ずっと深瀬を支えてきた助手に写真をやめた理由を問われ、“写真はみんなをダメにする”と深瀬。“写真じゃなく自分がでしょ”と助手。そんな深瀬は、自ら生み出した異形の化身に追い詰められ、ますます自分の穴蔵に。それにしても特異な写真家の生きざまを、家族のしがらみなどを入れながら昭和的感性でアート映画に仕上げた監督とスタッフ、俳優陣に畏れ入る。
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BETTER MAN/ベター・マン
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映画評論家/番組等の構成・演出
荻野洋一
R・ウィリアムズおよびテイク・ザットのファン向け。それ以外の層にアピールできる作品かというと難しい面がある。ファンベースの巨大規模を計算しての企画だし、主人公のカリスマ性は間違いないが、それに依存した独白一点張りの作劇が閉塞的である。そしてM・グレイシーの荒っぽい演出、これは前々作「グレイテスト・ショーマン」の段階できちんと批判されるべきだったが、当時はあいにく絶賛評ばかり読まされた。ただしラストのロイヤル・アルバート・ホール公演のシーンは圧巻である。
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アダルトビデオ監督
二村ヒトシ
すばらしい。米国でコケたと聞き、まさか猿だというのがなんらかのコードに引っかかったのではと一瞬思ったが、アメリカ人がロビー・ウィリアムスに興味ないだけかな。俺だって興味ないけどイギリス人ならきっと誰でも知ってるスターが子どもの頃から発達障がい気味で醜形自己嫌悪があったって実話を、全篇歌って踊るお猿さんで描く監督と御本人の大英断。猿も人間もダンスも歌もいい。これ猿じゃなかったら、最近よくある「超有名人の知られざる苦労話」映画の一本にすぎなかったと思う。
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