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- 井上和男
略歴 / Brief history
1948年早稲田大学商学部卒業後、松竹大船撮影所に入所、脚本部に入る。養成所での研修中に師事した新藤兼人の勧めで受けた助監督試験に合格。渋谷実、川島雄三、小津安二郎監督などにつく。1955年に京都映画作品「父と子と母と」を監督するが、正式監督デビュー作は1958年の松竹作品「野を駈ける少女」。話題作問題作を発表後フリーに。大阪万博ガスパビリオン映像監督などを担当する。1971年に独立プロダクション「蛮友社」を設立。同社から『小津安二郎・人と仕事』を出版する。1986年には小津監督のドキュメンタリー「生きてはみたけれど・小津安二郎伝」を監督。2011年6月26日肺気腫のため死去。
井上和男の関連作品 / Related Work
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生きてはみたけれど 小津安二郎伝
制作年: 1983生涯五十四本の映画を作り、キネマ旬報ベスト・テン三年連続第一位という前人未踏の記録を始め、日本映画史に数々の名作を残した小津安二郎監督が逝って二十年。この映画は、小津作品の名作の中から忘れられない名場面を拾い上げ、その間を小津安二郎と関りあった多くの俳優、監督、スタッフ、文化人等の証言と六十年の生涯の克明な記録によって、継ぎ合せ、彼の一生を描く。脚本構成は井上和男と高岡享樹の共同執筆、監督は「喜劇 黄綬褒賞」の井上和男、撮影は「渚の白い家」の兼松煕太郎がそれぞれ担当。登場する人々は、岸恵子、司葉子、有馬稲子、淡島千景、岡田茉莉子、杉村春子、桜むつ子、東野英治郎、笠智衆、中村伸郎、須賀不二男、三上真一郎、木下恵介、今村昌平、佐々木康、新藤兼人、斎藤良輔、厚田雄春、浜田辰雄、今日出海、横山隆一、川喜多かしこ、ドナルド・リチー、佐藤忠男、中井貴恵、野田静(野田高梧未亡人)、野村八重子(伏見晃未亡人)、小津新一(兄)、小津信三(弟)山下とく(妹)。 -
湯けむり110番 いるかの大将
制作年: 1972イルカの住みついた海辺の町を舞台に、海軍気狂いと親しまれ、人情味あふれる警察署の次長を中心に、様々な珍事件の展開を描く人情喜劇。原作は阿川弘之の小説「いるかの学校」の映画化。脚本は松本ひろしと葉村彰子の共同執筆。監督は「喜劇 各駅停車」の井上和男、撮影は「日本一のショック男」の鷲尾馨がそれぞれ担当。