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  • プロの脚本家を目指すならこの賞。城戸賞第50回である。 だが何々記念の第何回──ことばだけが形骸化して独り歩きしても その意味をイメージする力がなければ、ただの数字に過ぎないのは自明だ。 城戸賞が制定されたのは1974年12月1日、「映画の日」。 1974年は「日本沈没」が大ヒット、 確固たるスターとなった菅原文太の「仁義なき戦い」シリーズが年明けすぐに四作目を公開、 「砂の器」が大いに話題になり、山口百恵と三浦友和コンビの第1作(「伊豆の踊子」)が 誕生した──そんな年である。 外国映画は「エクソシスト」「燃えよドラゴン」で日本中を活気づけたことも忘れ難い。 以来半世紀、城戸賞はかわりゆく映画、そして映画業界と伴走してきた。 そして当然ながら、この賞を機に、映画の脚本家のみならず、テレビドラマのシナリオで活躍したり、 作家になったり、さまざまな人生が動き始めた例はいっぱいある。 今年の応募作品は480篇(ちなみに一昨年は359篇、昨年は424篇だった)。 例年通り10篇が最終審査に進み、その中から、 大賞「祝日屋たちの寝不足の金曜日」(山口耕平)、佳作は「ひらがなでさくら」(宮崎和彦)、「ファビアンは宇宙の果て」(峰岸由依)、「ゼクエンツ」(森川真菜)の3作品が受賞した。 ここでは、大賞作品のシナリオ全篇を別項で紹介するとともに、最終審査に残った10篇の総評と受賞作品の各選評を掲載する。 まずは脚本家・井上由美子氏の講評から。 ◎井上由美子氏講評 第五十回を迎えた城戸賞ですが、今年も500篇近くの作品が集まり、審査員一同、真剣に審査を致しました。 今年は転生やタイムリープなどをテーマにしたSFやファンタジー作品が多いのが特徴でした。これは今の観客が映画に求めるものと一致しているとは思いますが、既にヒットした作品がたくさんありますので、逆に飛び抜けるのが難しいところもありました。 そんななかで審査員の票を集め、入選を果たしたのは、山口耕平さんの「祝日屋たちの寝不足の金曜日」でした。ファンタジー要素はなく、法律の裏側を舞台にしたリアリティあふれる物語です。これまで扱われたことがない新鮮な題材で、すぐれたバックヤードものとして、審査を担当する監督のお一人から、映像化したいという声も上がりました。 次に佳作になった3作ですが、 宮崎和彦さんの「ひらがなでさくら」は戦後を舞台に、日本語にフォーカスした作品です。こちらも時代劇ながら新鮮な題材にチャレンジし、ラブストーリーも楽しめる完成度の高い作品でした。 峰岸由依さんの「ファビアンは宇宙の果て」は、戦時中の軍人が現代の女子高生に転生する話で、設定の面白さから、ファンタジーで唯一、票を集めました。 最後に、森川真菜さんの「ゼクエンツ」は、性犯罪者を主人公にした作品で、賛否両論の問題作でした。半分近くの審査員が最低点をつけましたが、高い評価を与えた審査員もおりました。ちなみに私個人は最高点をつけました。すぐに映像化をすることは難しい題材ですが、作者に大きな可能性を感じたからです。 毎年、城戸賞はシナリオの完成度を評価するか、それとも作者の可能性を評価するかが議論になります。そういう意味では、今年は城戸賞50回を記念する熱い選考ができたと思います。 惜しくも最終審査で選に漏れた方々も含め、ここに現れた才能がいつか花開き、全国の映画館を盛り上げる日が来るのを祈っております。   左から大賞の山口耕平、佳作の宮崎和彦、峰岸由依、森川真菜の各氏   ■応募脚本  480篇 映連会員会社選考委員の選考による第一次、第二次予備選考を経て、次の10篇が候補作品として最終審査に残った。 ■予備選考通過作品  10篇 「ぬか漬の味」 熊澤伸昭 「ゼクエンツ」 森川真菜 「選んだ私の世界と娘」 仲村ゆうな 「祝日屋たちの寝不足の金曜日」 山口耕平 「久志と真司」 武井啓介 「ひらがなでさくら」 宮崎和彦 「Ballin’」 前田志門 「(まだ結ばれない)運命の恋人」 小林富美子 「ファビアンは宇宙の果て」 峰岸由依 「夜市の果てに」 齊藤夢月 ■受賞作品 大賞 「祝日屋たちの寝不足の金曜日」  山口耕平 佳作 「ひらがなでさくら」       宮崎和彦 「ファビアンは宇宙の果て」    峰岸由依 「ゼクエンツ」          森川真菜 ■第50回城戸賞審査委員 島谷能成(城戸賞運営委員会委員長) 岡田惠和 井上由美子 手塚昌明 朝原雄三 富山省吾 吉田繁暁 明智惠子 会員会社選考委員 (順不同 敬称略)   ■大賞を受賞した山口耕平さん/作品名「祝日屋たちの寝不足の金曜日」 (▶受賞作全文はこちらからお読みいただけます) 山口耕平(やまぐち・こうへい) 幼い頃から映画やドラマが好きで、漠然と「脚本家になりたい」と思いながらも具体的な行動に移せず、大学は理系の学部に進み、卒業後は不動産や建築関係の仕事に従事。コロナ禍に小説賞への応募を始め、昨年の夏から脚本を書き始めた。 受賞によせて 脚本家に憧れながら、実際に筆を取るまで何十年もかかった自分の意気地なさに半ば呆れながら執筆をしていました。ただ、「失われた」とすら呼ばれたこの時代を必死に生きてきた中で感じた、絶望や怒り、そして希望や喜びをやっと自分の中で噛み砕き、人に伝えられるようになったのがこのタイミングだったのかもしれない、と今は思っています。 今回賞をいただいたこの作品には「悪人」が存在しません。それは私が、今の世の中には「真の悪人」はそうはいない、と思っているからです。悪に見えるものにも実は背景があり、もう一つの正義があります。悪い奴がいて、それを倒すことは簡単ですが、そんな単純なものではない。それどころか、誰もが正しいと思うことをしていても、なぜかうまく回らない。そんな世の中だからこそ、みな不安になり、SNSでもさまざまな議論が交わされているのだと思います。でも実は「それを変えられるのは、私たち一人一人でしかない」という私の思いをこの作品に込めました。 これからも、見た人の心を軽くして、そして少しでも社会をより良い場所にする、そんな作品を創ることができる脚本家になれるよう勉強を続けていきます。   ■選者 富山省吾(日本映画大学理事長) 田渕みのり(松竹株式会社 映像企画部 映画企画室) ■総評 ■最終選考作品を見渡してタイムループ、タイムスリップものが多く残念に思いました。オリジナル脚本、ストーリーを書くにあたって発想の源を自分で見つける、掘り出す労力を避けている手抜き感を感じます。創作力、想像力不足から来るもの、とも思えてしまう。もっと人間とその生活に根差した、既視感のない、発見を感じさせる出だし、設定探しに苦闘して欲しい。そのもがきが、共感と感動にまで高まる「物語」の始まりになると信じるからです。 もう一つ。折角良い素材、モチーフや登場人物を生み出しているのに、ドラマ(葛藤)にまで辿り着かない、上昇できていないもどかしさを複数の作品から感じました。人物と人物のぶつかり合いを描けない、人物を押し留める難事を見つけられないのです。葛藤や抑圧が熱量を生み出し、その熱が思わぬ展開、次の舞台へ人物を押し上げて行く。ここにも労力、苦闘、もがきを避ける意識を感じます。『複眼の映像』から引用すれば、「捌かずに力押しの脚本」を目指して欲しいと願います。(富山) ■第50回という区切りの年に予備選考から参加させていただきました。例年より多い480本という応募数は喜ばしいことですが、とにかく「タイムループ/タイムリープ/タイムスリップ」と「戦争もの」が多く、予備選考の段階でジャンルかぶりを理由に何作品か選考から外したほどでした。それだけ書き手の皆様が市場やヒットの動向を分析して執筆されているということかと思いますが、一方で、オリジナルの脚本賞においては「書きたい題材」で「伝えたいメッセージ」をもっと強くぶつけていただきたいと感じました。 現場で仕事をする一人として、日本映画界は変化の時を迎えていると実感します。働き方改革、技術の発展、鑑賞方法の多様化など様々な変化がありますが、どんなに環境が変わっても、作り手の想いは変わらずにいたいと思います。その作り手の想いが一番色濃く出るのが脚本です。新たな才能と想い溢れる脚本づくりの現場でご一緒できることを楽しみにしています。(田渕) ■受賞作選評 大賞 「祝日屋たちの寝不足の金曜日」(▶受賞作全文はこちらからお読みいただけます) 法案の一文字のミスから始まる大騒動。硬直化した日本の行政と政治に抗う有志の公務員たちをユーモラスに描く。タイムサスペンスを切り拓くチームの活躍が心地良く、仕事ものとしての発見もある上に真っ当なメッセージも伝わって読後感も良い。しっかり調べて手腕良く仕上げた「巧い書き手」の登場。(富山) 9連休に沸くGW2日前、連休中日に平日が残っていることに気付いた官僚が祝日法改正を間に合わせようとするドタバタ劇。祝日という身近な題材に政治を絡めて描くお仕事もの。魅力的なキャラクターと軽妙な筆致に拍手。(田渕) 佳作 「ひらがなでさくら」 戦後を生きる元捕虜の苦闘と占領下の「日本語ローマ字化計画」という驚愕の計画に、主人公の初恋の行方を編み込む。日本の再出発と日本人の心の復帰を描くドラマから、オリジナルの発見への意欲と作品メッセージが伝わる。(富山) 占領下の日本で実際にあった「国字改革」を題材に、そこに絡めて展開する幼なじみに想いを寄せる主人公のラブストーリー。映像的な面白さはもう少し欲しいところだが、題材の目の付け所と綿密な取材ぶりには脱帽。(田渕) 佳作 「ファビアンは宇宙の果て」 女子高校生棔に生まれ換わった戦時の若き将校宇賀が、棔の親友朝陽とともに棔の甦りに奔走する。宇賀は戦争の時代が終わっていないことに絶望し、朝陽はそんな宇賀に強く同情する。語り口の滑らかさに書き手の才能を感じる。(富山) 太平洋戦争で命を落とした学徒兵・宇賀の魂が現代女子高生・棔の体に乗り移り、宇賀は棔の親友・朝陽と協力して棔を取り戻そうと奮闘する。構成に課題が残るが、書き手の伝えたいメッセージがまっすぐ伝わる良作。(田渕) 佳作 「ゼクエンツ」  児童加害の前科歴を持つ主人公と周囲の苦悩。人物たちの不安感が全編を覆い、作品の魅力となる。「書きたい題材を書く」という意志と才気への高い評価に対して、題材の取材調査による肉付け、掘り込みが欲しいとの声も。(富山) 児童加害の前科のある男性と周囲の再生物語。商業映画としてのハードルは高いが、自分の書きたい題材にこだわり、力強くまとめ上げた脚本力を評価する。終始不安が漂う中で、希望を感じるエンディングに救われる。(田渕) 最終選考作品選評 「ぬか漬けの味」 タイムループに巻き込まれた年配女性と家族の関係を、高齢者のスマホや運転問題を盛り込み、魅力的に描く。抜け出そうと人命を救う行動が、自らの運命をも変える展開が巧み。(田渕) 「選んだ私の世界と娘」  パラレル世界から来た娘たちに驚く主人公。アイデア楽しく展開も軽やかだが、物語の転結への進展がない印象。家族、生き方の選択、といったテーマへの切り込みが欲しかった。(富山)  「久志と真司」  現代と戦時中の若者が夢で互いの暮らしを共有する。閉塞状況にある現代の若者が戦時中の生活を知ってモラトリアムから抜け出す。臭いメッセージ、喋りすぎのセリフに見所あり。(富山) 「Ballin'」  等身大高校生のバスケ映画。モチーフ、ドラマ、キャラクター、ストーリー。すべて水準だが突出した驚きがない。人物の葛藤を沸点にまで上げて対決へと追い込んで欲しかった。(富山) 「(まだ結ばれない)運命の恋人」 仕事も恋もうまくいかない女性が、命の危険を前に、変えたい過去ベスト3を回想するどこか懐かしいラブコメ。タイトルがすべてを物語る。タイムリープ設定を活かしたかった。(田渕) 「夜市の果てに」 台湾と沖縄を舞台にしたラブストーリー。被害者家族と加害者家族の運命の交錯は都合がよすぎるが、映像的なロケーションの活用、ラストのカタルシス、将来性も含め評価。(田渕)    
  • 1974年12月1日「映画の日」に制定され、第50回目を迎えた優れた映画脚本を表彰する城戸(きど)賞。本年度の480作品の応募のなかで大賞に選ばれた「祝日屋たちの寝不足の金曜日」のシナリオ全文を掲載いたします。   タイトル「祝日屋たちの寝不足の金曜日」  山口耕平 あらすじ 政治家の不正疑惑から目を逸らすため、官邸の指示で急遽法改正がされ、その年のゴールデンウィークは9連休となった。しかし、連休まで2日を残した昭和の日、改正対応に振り回されていた総務省の藤野と同僚の芹沢は、休日出勤の途中で条文のミスにより連休の真ん中に平日が残っていることに気づく。 ミスを修正するには国会で改正案を議決する必要があるが、2日ではとても間に合わない。芹沢は日本中が大混乱に陥ることを恐れ、誰にも言わず隠し切ろうとするが、藤野はそれに反発し、告発のため大臣室に飛び込んでしまった。結局、大臣が不在で空振りに終わるが、藤野は政治に翻弄される組織の中で同期を亡くした悔恨から、このミスを公表し、現状を世に知らしめると心に決めていた。 芹沢は、休みを楽しみにする人たちのため、公表した上で改正を間に合わせようと藤野を説得。同じく休日出勤をしていた通信社記者の高岸と大臣秘書の島田に協力を求めた。 芹沢の作戦は翌朝一番に高岸がミスの事実と対応に国会の議決が必要という記事を配信し、全関係者に状況を共有した上で、島田が幹部を招集し一気に意思決定を図るものだった。当初は反発し合いながらも、立場を超え徹夜で準備を進めた4人であったが、編集長の反対で想定通りの記事は配信されなかった。 芹沢は作戦を変更し、取材と称して与野党国会対策委員長と総理に直接必要性を伝えることに。島田と藤野が記者に成りすまし議員会館と首相官邸に潜入。島田は議員秘書に疑惑の目を向けられるも間一髪で逃げ切り、藤野も警備員に怪しまれながらもぶら下がり記者に成りすまし、総理に噛みついて「すぐに議決する」との回答を得て、改正が実現した。 その日の夜、居酒屋に集まった4人は1日を振り返り、互いのミスを非難しあっていたが、9連休を喜ぶ周囲の客の姿に、やり遂げた仕事の意味を認識し、笑顔で杯を交わした。 ●登場人物 芹沢悠太(36) 総務省行政管理局、企画調整室、係員 藤野歩美(26) 総務省行政管理局、企画調整室、係員 島田美穂(36) 総務省大臣官房、秘書 高岸一馬(34) 総合通信、政治部記者 潮見啓治(38) 総務省行政管理局、企画調整室、係長             岸辺信一(62) 総理大臣 大内慶三(70) 総務大臣 上牧一郎(80) 民自党、幹事長 原 勝地(78) 民自党、国会対策委員長 細水昭子(64) 改政党、国会対策委員長 柿谷優子(32) 改政党、秘書 デスク 室長 課長 局長 事務次官   ○首相官邸・前(夜)   T『2月某日』   到着する黒塗りの車。   上牧一郎(80)、降りて玄関に進む。 ○同・エントランスホール(夜)   ホールを横切っていく上牧。   慌てて撮影を開始する、テレビクルーとカメラの前に立つ記者。 記者「えー、いま上牧幹事長が、首相官邸に入りました。岸辺総理の次男の私大不正入学疑惑で政権の求心力が低下する中、打開策について協議するものと見られます」 ○同・総理執務室(夜)   ソファーに対面で座る、上牧と岸辺信一(62)。   机には週刊誌の記事『諮問会議就任と引換えに総理の息子を裏口入学?』。 岸辺「(呆れて)本当にふざけた記事ですよ。経済諮問会議の委員は30人もいる。俺がいちいち確認してるわけがない……野党の連中もみんな知ってるくせに」 上牧「メディアは記事を売りたい。野党は俺たちを攻撃したい。ただそれだけだ」 岸辺「……なんにしても、政策には全く関係ない。明日にはぶら下がりで説明しますんで。グループには迷惑はかけません」 上牧「……それで済む話じゃないだろ」 岸辺「! どういうことでしょう」 上牧「真実なんてどうでもいいんだ。国民もメディアも意識するのはイメージだ」 岸辺「イメージで、持たないと?」 上牧「なあ総理。今の状態で、この7月の参院選を乗り切れると思うか?」 岸辺「しかし……」 上牧「なんでもいいんだよ。新しい話題を提供すれば、国民はすぐに忘れる」   と、胸元から資料を出し、机に広げる。 岸辺「(資料を見て)これは……」 上牧「いいアイデアだろ。話題性抜群」 岸辺「しかし……祝日法については、特別法を間もなく国会に提出する段取りで……」 上牧「知ってるよ。大丈夫。俺が課長に電話いれとくから」 岸辺「……」 ○合同庁舎8号館・外観(翌日・夕)   高層の建物に夕日が差している。 ○同・8階・企画調整室(夕)   事務机に並んで座る藤野歩美(26)と潮見啓治(38)。   藤野、パソコンでメールを書き、添付ファイルに「祝日法の特別法(最終)」を添付し送付。 藤野「よし! (潮見に)送りましたー!」 潮見「お疲れ。やっと政治案件が終わったな」 藤野「副総裁の不倫疑惑から始まり……」 潮見「長かったな……今日は早く帰れよ」 藤野「はい!」   と言いながら、スマホを操作する。   「体調どう? 今日は早く終わるし、ご飯作りに行くよ」と誰かに送る。   斜め向かいの席の芹沢悠太(36)、立ち上がり、室内に向け声を張る。 芹沢「5時から総理会見始まるみたいです!」 潮見「! なんの件で?」 芹沢「祝日法関係っぽいです!」 藤野「え! 今終わったとこなのに?」   ×  ×  ×   藤野と潮見、各自のパソコンでワイドショーの中継を見る。   画面の中には会見をしている岸辺。 岸辺「今年のゴールデンウィークを9連休とすることについては、大変ご好評をいただいているところです。そこで、国民の声にさらにお答えする形で、土曜日が祝日の場合でも祝日が振替られるよう、同時に改正することとします。これによって……」 藤野「! これって……」 潮見「まさかこんなタイミングで……」 藤野「法制課に電話します!」   と、電話をとる藤野。   それを斜め向かいから見ている芹沢。   ワイドショーの画面、スタジオに戻る。   MC、解説、ゲスト3人が話している。 MC「よくわからない説明でしたね。つまり、総理は何をしようとしているのでしょう?」 解説「はい。まず先々月、総理は今年のゴールデンウィークを9連休にすると突然宣言しました。日本の祝日は『国民の祝日に関する法律』略して『祝日法』で決まっていますので、これの特別法を作って対応することになっています。具体的には」   と、フリップを出す。 『5/12 34567 89    土日 祝祝祝木金 土日                ↓ ↓↓  5/12 34567 89          土日 祝挟祝挟祝 土日』 解説「特別法で今年だけ、4日の祝日を7日に移動します。すると祝日に挟まれた平日が2つできますね。ここで、祝日で挟まれた平日は祝日になるという祝日法のルールを利用して、9連休にするということです」 MC「で、今回は、さらに何を?」 解説「今回はこれと全く別の話で、現在、祝日が土曜日に重なる場合は、祝日の振替はされませんが、振替をするように見直すものです。これは、特別法ではなく、祝日法自体の改正が必要になります」 MC「この突然の宣言。息子の裏口入学疑惑から目をそらすためとも言われていますが、みなさん会見をどう受け取られましたか」 ゲスト1「完全に目眩しでしょう。9連休だって副総裁の不倫疑惑の時に突然出てきた話だし。国民を馬鹿にしてる」 ゲスト2「法律の専門家として言えば、同じ祝日ですが、9連休のためには特別法を作っています。今回は、祝日法そのものの改正なので、全く別の動きになりますから、一緒にすることの意味がわからない」 ゲスト3「いやぁ、僕は素直に嬉しいですけどね。だって祝日の土曜って、損した気分じゃないですか。休みが増えるのはサラリーマンにとっては嬉しいことですよ」 MC「まあ確かに、休みになる分には悪いことじゃないですけどねぇ。疑惑についてもしっかり説明して欲しいもんですね」 ○同・外観(深夜)   まばらに電気がついている。 ○同・8階・企画調整室(深夜)   深夜1時を回る掛け時計。   事務机に並んで座り、それぞれパソコンで必死に作業する藤野と潮見。   藤野、ふとスマホを見ると誰かから「何時にくるの?」のメッセージ。   藤野、それを見て、頭をかかえる。   気付かずに作業を続ける潮見。 ○同・6階・法制課会議室(翌日)   前日と同じ服装の藤野、潮見と法制課係長と担当が資料を手に協議している。 法制課係長「しかし無茶苦茶ですね」 法制課担当「いくら不正入学疑惑から目を逸らしたいからって。法改正なんて」 藤野「(疲れ切り)私たちに言われても」 法制課係長「まあ、それはそうだ」 潮見「一応、概要資料、要綱、案文・理由、新旧対照条文、参照条文、あと法制課さんは関係ないですが、参考として議員説明資料とQAと報道発表資料を用意しています」 法制課担当「すごい! これを一晩で?」 藤野「早期審議、施行が室長の指示なので」 法制課担当「実際に土曜日が祝日に重なるのは再来年なのに」 法制課係長「完全なる政治案件……」 藤野と潮見「……」 ○同・8階・企画調整室・会議室(日替わり)   藤野と潮見、室長と課長が向かい合って机に座り、協議をしている。 室長「まあ、こんなとこか。お疲れさん」 藤野「(事務的に)ありがとうございます」   ぼーっと宙を見ている潮見。 課長「いや、これは弱いな」 藤野「(顔をしかめて)弱い?」 室長「(焦って)ああ、確かにQAは……」 課長「いやいや、そうじゃなくて。根拠だよ。なぜ土曜日も振替をしないといけないかの根拠。誰の何のためなんだ?」 藤野「根拠もなにも、これは官邸から……」 室長「(言葉を遮り)確かにそうですね。改正の経済効果とか、その辺りをしっかり検証して資料にしましょう」 藤野「(怒りを抑えて)今からですか」 室長「そんなに大層なものじゃなくて大丈夫だし。な、できるよな、潮見くん」   ぼーっと宙を見続けている潮見。 室長「潮見?」 潮見「(気づき、力なく)あ、はい」 藤野「……」 ○同・同・同(日替わり・深夜)   事務机のパソコンで一人作業する藤野。   室内には藤野以外は誰もいない。   壁に掲げられたホワイトボードの潮見の欄に「休み(当分の間)」の表記。 ○同・外観(日替わり・早朝)   建物に朝日が差している。 ○同・8階・企画調整室(早朝)   壁際のソファーに横になり眠る藤野。   室内には、他に誰もいない。   芹沢、入ってきて、藤野に気づく。 芹沢「!」   机の電話が鳴る。   芹沢、素早く電話を取る。 芹沢「企画調整室。はい。藤野は、いまちょっと。すぐ? わかりました、伝えます」   自分の名前が会話に出たことで目を覚まし、体を起こす藤野。   芹沢、電話を切り藤野の前に行き 芹沢「衆議院の法制局から、最終の法案データを今すぐ送れって。かなり急いでた」   藤野、目をこすりながら 藤野「(眠そうに)はい……送ります」   と、立ち上がって自席まで行き、座る。   芹沢、心配げに藤野を見ながら、藤野の机の斜め向いの自席に向かい座る。   藤野、パソコンのスリープを解除して、フォルダを開き、2つのファイル「祝日法の特別法(最終)」と「祝日法の特別法(改訂)」を見比べ 藤野「えーっと……こっちか」   と言いながら、日付が古い「祝日法の特別法(最終)」を送付する。   藤野ふと、机上のスマホを確認する。   3日前、誰かに送った「体調どう?」、というメッセージが未読のまま。 芹沢「藤野」 藤野「(スマホを見ながら)……はい」 芹沢「よかったら、コーヒー飲んで」   と、机越しに缶コーヒーを差し出す。 藤野「どうも……」   と、力無く受取り、そのまま机に置く。 芹沢「……」   藤野、立ち上がると、ソファーに向かい、倒れ込むように寝転び再び眠る。 ○国会議事堂・外観(日替わり) 衆議院議長(声)「これより採決をいたします。本案に賛成の諸君の起立を求めます」 ○国会議事堂・衆議院議場   ほぼ全議員が出席し、出席者全員が立ち上がっている。 衆議院議長「総員起立と認めます。よって、本案は全会一致をもって可決されました」   議場の前に座る岸辺や大内慶三(70)らが立ち上がり、礼をする。   大きな拍手が起こる。 ○藤野の家・リビング(夜)   藤野、テーブルに座り、パソコンで新聞記事「9連休法案が可決 土曜祝日も振替に」を見ている。 藤野「(しみじみと)おわった……」   机に置かれたスマホが振動し、確認すると、登録していない携帯番号。   藤野、怪訝な表情で電話に出る。 藤野「はい……(驚いた表情で)え!」 メインタイトル 『祝日屋たちの寝不足の金曜日』 ○地下鉄丸の内線・車内(日替わり)   T『4月29日 木曜日(昭和の日)』   まばらに乗客がいる車内。   座席に座り眠る芹沢。   芹沢、夢の中で「その前日及び翌日が『国民の祝日』である日は、休日とする」という藤野の声が聞こえ目を覚す。 芹沢「ん、夢か……なんで祝日法の条文を」   と伸びをしながら、車内を見渡し 芹沢「そうか、今日は祝日か」   と腕時計を見ると13時半。   「まもなく霞ヶ関」のアナウンス。   芹沢、身支度をして席を立つ。 ○同・霞ヶ関駅・地上の出口   芹沢、地下から出てくる。 ○合同庁舎8号館・前   『総務省』のサイン。   芹沢、鞄から名札を出し、首にかけながら敷地に入って行く。 ○同・通用口・中   入ってくる芹沢。   受付に警備員1がいる。 警備員1「ああ、芹沢さん。今日も休日出勤ですか? 部屋はもう開いてますよ」 芹沢「誰か来てるの?」 警備員1「ええ、昼過ぎに女性が」   芹沢「了解」と言い、去って行く。 ○同・1階・エレベーターロビー   入ってきた芹沢、エレベーターのボタンを押すと、一つの扉が開く。   芹沢、開いた扉に入ろうとして出てきた高岸と鉢合わせる。 芹沢「わ! びっくりした。高岸氏か」 高岸「そんなに驚くなよ。記者の休日出勤なんて珍しくないだろ」 芹沢「休みの日になんの取材?」 高岸「取材じゃなくて、記者クラブで昨日の夜から資料の読み込み。何せ取材に対する総務省の回答がわかりにくくてね」 芹沢「会社ですりゃあいいのに」 高岸「こっちのが居心地がいいんだよ」 芹沢「ふーん。なんにせよお疲れ」   と芹沢、エレベーターに乗る。   高岸、去りながら振り返らず。 高岸「また帰ってくるけどな」 芹沢「(呆れて呟く)もう、家だな……」   エレベーターの扉が閉まる。 ○同・8階・エレベーターロビー   芹沢、エレベーターから降りてくる。 ○同・同・企画調整室前廊下   『企画調整室』のサイン。   室内からドタバタと音がする。   芹沢来て、音を聞いてから入る。 ○同・同・企画調整室   自席の横で、段ボール箱を重ねる藤野。   芹沢入ってきて 芹沢「やっぱり藤野か。何してる?」 藤野「あ、おはようございます。法案の決裁をゴールデンウィーク前に政務課に送らないといけなくて、その準備です」 芹沢「ゴールデンウィーク? それなら明日1日、平日があるだろ」 藤野「明日は打ち合わせが詰まってて」 芹沢「……法案って、まさにそのゴールデンウィークを9連休に変えたやつか」 藤野「そうです。途中で急遽変更された」 芹沢「究極の政治案件……だな」 藤野「……」   芹沢、ため息をつきながら 芹沢「さんざんこき使われて、最後まで休日出勤。俺ら国家二種の宿命だな」 藤野「そうなんですかね……でも、芹沢さんも休日出勤よくしてますよね」 芹沢「俺らみたいな10年選手は、もう癖になっちゃってるんだよ。でもこれからを担う若手職員はそれじゃダメだ」 藤野「あー……でも、もういいんです」 芹沢「え?」 藤野「私……もうやめようと思ってて」 芹沢「……」 藤野「昔は、同期が首相レクに参加したって聞いて、自分もいつかは、って思ってたんですけど。毎日振り回されて、徹夜で調整して、こんな生活もういいかなって」 芹沢「そうか……」 藤野「……やっぱり、反対しないんですね」 芹沢「どういう意味?」 藤野「いや、なんとなく芹沢さんなら反対しないかなって思って正直に言いました」 芹沢「とても止められない。藤野の言うとおり、この組織はおかしい……」 藤野「……芹沢さんは、辞めないんですか?」 芹沢「辞めてもいいけど……辞めたら、毎日イライラしちゃいそうで……」 藤野「イライラ? どうして?」 芹沢「この世の中には、まだまだいっぱい苦しんでる人がいるけど……ここにいれば、その人たちのことを『助けよう!』って思える。だって、それが俺たちの仕事だから」 藤野「(何かを思い出し)!」 芹沢「でも、もしやめたら、『誰か助けろよ!』って思うだけになる。苦しんでいる人のために、直接何かをすることはできない。それが、なんかしっくり来なくて」 藤野「……芹沢さんは公務員の鏡ですよ。仕事も優秀だし」 芹沢「まさか……(呟くように)優秀なら、ここで祝日屋なんてやってないよ」 藤野「え?」 芹沢「なんでもない……早く片付けて帰れよ」 藤野「了解です」   藤野、資料整理を再開する。   藤野の机には芹沢が以前渡した缶コーヒーがまだある。   芹沢、缶コーヒーをチラリと見てから、自分のデスクに座り、パソコンを開く。 ○首相官邸・総理執務室   ソファーに対面で座り、世論調査の結果を見ている上牧と岸辺。 上牧「9連休のおかげで、支持率が戻ってきた。これで7月の参院選は乗り切れるな」 岸辺「でも……こんなことは何度も……」 上牧「(言葉を遮り)何度でもするんだよ 選挙に勝てなきゃ、意味ないんだから」 岸辺「(勢いに負け)……はい」 上牧「祝日に悪かったな。この結果をすぐに見せたくてな……じゃ、また明日」   と、席を立ち、部屋を出ていく。   岸辺、突如机の資料を鷲掴みにし、ぐちゃぐちゃに丸め、壁に投げつける。 岸辺「(息を荒げ)はぁはぁ」 ○合同庁舎8号館・8階・企画調整室   芹沢と藤野、それぞれ自席でパソコンに向かって作業している。   芹沢、ふと腕時計を見る。   15時30分を示す腕時計。 芹沢「(独り言)もうこんな時間か。(斜め向かいの席の藤野に)まだやってんのか?」   藤野、必死の形相でパソコンの画面を見ていて、芹沢の問いかけに呟く。 藤野「私、やってしまったかも」 芹沢「! なに? どうした!」   芹沢、立ち上がり、急いで藤野の後ろに回り、パソコン画面を確認する。   『国民の幸福で豊かな生活形成を図るため時限的に祝日を確保する法律』というタイトルの文書が開かれている。 芹沢「9連休のために作った祝日法の特別法? これがどうかしたのか?」 藤野「わたし……やっちゃったかもしれないです。間違ったかも……」 芹沢「(少しイラついて)だから何が?」 藤野「ここ」   藤野、震える手で画面を直接指差す。   画面には『同法第3条第3項の規定の適用があるものとする』とある。   芹沢、何かに気づき 芹沢「(焦り)まさか、そんな」   と藤野を押しのけパソコンで検索し、参議院のページで祝日法の条文を開く。 芹沢「やっぱりそうだよな。最新の祝日法では、この規定は『4項』に変わってる」   芹沢、何かを思いつき。 芹沢「このデータは本当に最新?」 藤野「国会で議決されたものです」 芹沢「原本を確認しよう。最終版はどこ?」   藤野、段ボール箱を指差す。   芹沢、それを持ち上げ 芹沢「打ち合わせスペースでやろう」   と二人で窓際の打ち合わせ机に移動し、段ボールを机に置き、座る。 芹沢「落ち着いて整理しよう。まず、この特別法は、9連休のために、今年だけ5月4日のみどりの日を7日に移動させる法律だ」 藤野「その通りです」 芹沢「そして、重要なのは、移動することで『祝日と祝日に挟まれた平日』を2つ作ることだ。なぜなら、祝日法3条3項の『その前日及び翌日が『国民の祝日』である日は、休日とする』という規定で、平日が祝日になるから。でもこれは、特別法で移動した祝日には自動的には適用されない」 藤野「はい……だから、特別法の中に、移動する祝日についても祝日法の3条3項の規定が適用されると規定しました」 芹沢「ただ……『3条3項』は変わることになった。新たな官邸の指示で、土曜日が祝日の場合にも振替休日を確保する条文が3項にきたから、4項に移動してしまった」 藤野「(力無く)はい。だから、特別法は4項に修正したつもりだったんですが……」 芹沢「……特別法の最終版の原本を見せて」   藤野、段ボールから青いファイルを取り出し、開き、芹沢の前に示す。   そこには『3項』とある。   芹沢、大きく深呼吸し目を閉じる。 ○同・1階・警備員控室    警備員1、2が休憩でお菓子を食べながらテレビのワイドショーを見ている。   画面ではMCとゲストが話している。 MC「さあ、ここからは明後日から始まる、ゴールデンウィーク特集です! ちなみにゲストの皆さんのご予定は?」 ゲスト3「映画を毎日3本見る予定です!」 ゲスト1「私、初めてソロキャンプに挑戦しようと思ってます。長野に行きます」 ゲスト2「私は、子供達も休みなので、初めて家族で海外旅行に行こうと思ってまして」 MC「さーっすが、弁護士さんはリッチですねぇ。羨ましい。でも、予定がない方も大丈夫。ここからは、関東近郊のおすすめスポットをご紹介していきますよー!」 警備員1「景気いいねぇ」 警備員2「俺らには関係ないわな」 ○同・8階・企画調整室   打ち合わせスペースで必死に資料を見ながら話す芹沢、藤野。 芹沢「すべてはあのバタバタのせいか」 藤野「国会に特別法を送った直後、突然、土曜の祝日も振替休日を認めろという話が」 芹沢「通常ありえないタイミングだ」 藤野「すぐに、特別法の修正をしたんですが。私が寝ぼけて古いデータを送ってしまっていたみたいで」 芹沢「うちの調査担当のチェックは?」 藤野「CCで笹川さん宛てに送っていました」 芹沢「笹川さん……じゃあ、だれも見ていないってことか」 藤野「はい、メンタルで休み出したタイミングで。うちの潮見係長も同じく……」 芹沢「でも、両院の法制からのチェックも来るのに、誰も気づかなかったのか?」 藤野「みんな、限界状態で……」 芹沢「まずいな。議決された条文が間違っていたということは、このままじゃあ……」   芹沢、藤野をしっかりと見て 芹沢「9連休がなくなる」 ○同・12階・秘書課前廊下   『秘書課』のサイン。 ○同・同・秘書課   手前に受付と執務スペース、奥に大臣室への扉がある。   受付に島田美穂(35)が座り、奥の執務スペースに秘書課長が座っている。   大内、資料を手に大臣室から出てきて 大内「ちょっと、君」 島田「(立ち上がり)はい」 大内「(資料を見せて)この総理への説明資料、やっぱり1ページにまとめた方がいい。すぐに担当課に伝えてくれ」 島田「以前、問題ないと回答をいただいて、すでに内閣府に送ってしまっていますが」 大内「ええ? まだ早いだろ」 島田「3開庁日前がルールなので」 大内「いいよそんなルール。総理がわからないと意味がないだろ。すぐに連絡して」 島田「(不満げに)……はい」 大内「あと、ゴールデンウィーク、やっぱり6日は出てくることにしたから」 島田「! 6日ですか……」 大内「そうそう。その日、カミさんがいないからちょうどいいなと思って」 島田「……」 大内「今日もノってきたから、資料全部見ていくよ。10時くらいまでかかるかも」   と大臣室に戻っていく。   島田、振り返り、秘書課長に 島田「聞いておられましたか?」 秘書課長「(冷たく)ああ。6日、お願いします。また代休取ってくれたらいいよ」 島田「(やるせない表情)……」 秘書課長「そうだ。あと、この間借りてたボイスレコーダー返しといてね」 島田「……」 ○同・外観(夕)   夕日に照らされる建物。 ○同・8階・企画調整室(夕)   一人自席でパソコンに向かう芹沢。   窓から夕日が差し込み、顔を照らす。 芹沢「(独り言)やっぱり、無理だな……」   芹沢、立ち上がり、窓際に行き、夕景と眼下の国会議事堂を眺める。   芹沢、扉のノック音に気づき、見る。   扉が開き、島田、入ってくる。 島田「やっぱりいた。好きだね、休日出勤」 芹沢「! なんだよいきなり。そっちもだろ」 島田「私は大臣の随行で仕方なく」 芹沢「そうですか。で、なんの用?」 島田「借りてたボイスレコーダー返しに来た」   と、レコーダーを渡す。 芹沢「レコーダーくらい買えよな。天下の大臣官房なんだから」 島田「あるんだけど、大臣に詰め寄るしつこい記者対策で全員持つことにしてたの。もう解決したけど……で、何を黄昏てるの?」 芹沢「考え事だよ。色々と」 島田「ふーん……」   島田、扉の開く音を聞き話を止める。   藤野、室内に入ってくる。 藤野「買ってきま……(島田を見て)あ」 島田「今日は一人じゃないんだ……」 芹沢「ああ、ちょっとね。(藤野に)この人は大臣秘書の島田さん。俺の同期」   感情なく頷く藤野。 芹沢「(島田に)何の話だっけ?」 島田「いや、何でもない。私帰るわ。今日も深夜までお付き合いだし。お邪魔しました」   と部屋を出て、扉を閉める。 芹沢「……」   藤野、肩にかけていたエコバックを窓際の打ち合わせ机の上に置く。 芹沢「ありがとう」   とバックの中身を出すと、中身はボトルのお茶1つとおにぎり2つ。 芹沢「藤野の分は?」 藤野「食欲が湧かなくて。お気持ちだけいただきます」   と、芹沢にICカードを返す。 芹沢「それはわかるけど、ちょっとお腹に入れておいたほうがいいよ。座って」   藤野、力なく座る。   芹沢、自分の席からコップを持ってきて向いに座り、コップにボトルのお茶を自分用に半分入れ、おにぎり一つと半分残っているボトルを藤野に渡す。 藤野「お父さんみたいですね……」 芹沢「年齢的にはお兄ちゃんだろ」   芹沢と藤野、食べながら話す。 芹沢「でも、やっぱり、どう法解釈をしても、挟まれた日が祝日になるとは読めないな」 藤野「……じゃあ、課長に連絡を?」 芹沢「(とぼけた顔で)ん?」 藤野「えっ? 報告しないんですか?」 芹沢「……」 藤野「まさか、隠そうと?」 芹沢「報告したところで、どうしようもない。そもそも、室長、課長から大臣まで報告していくだけでも1週間はかかるんだから。そのうちに休みは終わってる」 藤野「だからって……」 芹沢「それに、きちんと対応するなら、法改正が必要だ。国会の衆参両院で本会議を開催して、国会議員が出席し、議決を経なければいけない」 藤野「それは、そうですが……」 芹沢「今日は4月29日の昭和の日。そして明後日からもうゴールデンウィークは始まる。つまり……唯一の平日である、明日中にその手続きを全てしないと間に合わない」   10秒ほどの沈黙。 芹沢「そんなこと、できるわけないだろ」 ○総合通信本社・外観(夕)   高層ビル、多くの窓に明かりが灯る。 デスク(声)「そんなこと、できるわけないだろ」 ○同・編集室(夕)   資料が積まれた机が並ぶ執務室の一角で立ち話をする高岸とデスク。 高岸「でも、国交省担当なんかは、官邸パスも持って両方に取材を……」 デスク「お前はダメ! 総務省専門だ!」 高岸「効率性から言っても……」 デスク「お前、こないだも総務大臣のとこ飛び込んだんだろ? クレームが来てんだよ、そんなやつが官邸に入れるわけないだろ!」 高岸「あれは、言い訳をするから……」 デスク「それより、上から言われた大臣家族のペット虐待疑惑はどうなってんだよ」 高岸「あんなの取材する意味ないでしょ。もっと国民にとって価値のある報道を……」 デスク「俺だってそう思うよ! でもやりたいことがあるなら、上の言うこと聞けよ!」 高岸「……」    ×  ×  ×   机に座り、宙を見つめる高岸。   同僚がバタバタと働いている。   ふと立ち上がり、壁のホワイトボード上の自分の所在を示す磁石を『記者クラブ』に変えて去る高岸。 ○同・8階・企画調整室(夜)   暗い執務室で、窓際の打ち合わせ机の周りだけ照明がついている。   藤野と芹沢、そこに向かい合って座る。   表情は硬く、お互い腕を組んでいる。 藤野「隠し通すつもりですか?」 芹沢「公表する必要がないと言ってる」 藤野「同じことです」 芹沢「じゃあ、何千万人もの国民を大混乱に陥らせたいのか? それに、俺たちも無傷じゃあ済まない。メディアに叩かれ、検証会議を開き、半年は休みなしだ」 藤野「……」   芹沢、一度、窓から眼下の国会議事堂を眺め、視線を藤野に戻し 芹沢「もし、大混乱が起これば、岸辺政権は確実に崩壊する。なんなら、政権交代だってあり得る。俺たちがそのきっかけを作ることになっていいと思うか?」 藤野「……」 芹沢「気付いているのは、今、世界中で俺ら2人だけだ。このまま進めばいいんだ」 藤野「……」 芹沢「もういい。もう遅いし帰ろう」   芹沢、席を立ち、自席に戻る。   藤野、それを追うように、青いファイルを手に席を立って自席に戻る。   芹沢、パソコンの終了操作をする。   「バタン」という扉が閉まる音。   芹沢、藤野の席をみると、誰もいなくなり、青いファイルもない。 芹沢「(独り言)どこに……」   と席を立ち、何かを思いつくと「まさか!」と廊下に向かって駆け出す。 ○同・12階・秘書課(夜)   受付に座りカレンダーを見る島田。   奥の執務スペースには誰もいない。 島田「(イライラして独り言)いったいどこで代休とるんだよ。大臣は毎日来るのに」   廊下側の扉が突然開く。   青いファイルを持った藤野、入ってきて、受付に来て 藤野「すみません! 大臣にお話が」 島田「! あなた、さっきの」 藤野「企画調整室の藤野です」 島田「大臣? アポないよね?」 藤野「ないですが、緊急の用事で」 島田「何言ってるの?」 藤野「本当に緊急で、どうしても……」 島田「無理です。総務を通して」 藤野「日本中の人に影響することで」 島田「どういうこと? 説明して」 藤野「それは……ここでは」 島田「では、帰ってください」 藤野「いらっしゃいますよね!」   藤野、大臣室への扉上部の小窓の灯りを見ながら言う。   島田、立ち上がり 島田「いい加減にして! 何訳のわからないこと言っているの。遊びじゃないのよ! そんな簡単に通せません!」   藤野、少し後ろに下がり 藤野「(不本意そうに)……わかりました」   と、廊下の方に向いて歩き出す。   それを見た島田、席に座る。   廊下への扉の前に来た藤野、振り返り、突然大臣室の扉に向かって走り出す。 島田「! ちょっと、なにしてるの!」   島田、立ち上がる。   廊下側の扉が開き、芹沢、入ってきて 芹沢「(藤野に)おい! やめろ!」   藤野、大臣室の前に来て、ドアノブに手をかけたところで、動きを止める。   島田、藤野と芹沢を交互に見る。 藤野「(振り返り)公表しましょう!」 芹沢「なんで公表にこだわるんだ?!」 藤野「公表しなきゃ変わらない!」 芹沢「落ち着けって!」 藤野「止めないで!」   藤野、ノブを回し、大臣室に入る。 ○同・同・大臣室(夜)   20畳ほどの、大きなデスクとソファーセットがあり、壁際に豪勢な棚とアートが飾られた部屋。   照明が付いているが、誰もいない。   入ってきて、呆然と立ち尽くす藤野。   芹沢と藤野、遅れて入ってくる。 島田「(冷たく)先ほど帰られました。在室かどうかがわからないように、電気はいつもつけるようにしてるの」 芹沢「藤野。戻って話そう」   藤野、答えず、動かない。 島田「何? 男女関係のもつれ?」 芹沢「違うよ。仕事。ちょっともめてね」 島田「(疑って)ふーん。大変ね」 芹沢「藤野、とりあえず出よう、な」   芹沢、藤野が胸に抱えていた青いファイルを取り、大臣室を出る。   藤野、渋々芹沢についていく。 ○同・同・秘書課(夜)   藤野、芹沢、廊下に向かう。   島田、大臣室から扉越しに 島田「(慇懃無礼に)あの、芹沢くん」   藤野と芹沢、立ち止まり、振り返って 芹沢「はい……」 島田「今、誰もいなかったからいいけど、これって、結構大事件だよ。もしSPがいたら……そこはわかってる?」 芹沢「はい。すみません」   と芹沢だけ頭を下げる。 島田「私は変に報告したりしないけどさ、ちゃんと状況をまた教えてね」 芹沢「わかりました」 島田「(笑顔で)お幸せにー」 芹沢「(呆れて)……」 ○同・8階・企画調整室(夜)   芹沢、藤野入ってくる。   藤野、無言で自席に向かい、座る。   芹沢も自席に座り、青いファイルを机に置くと、藤野を見る。 芹沢「……なんでそこまで公表にこだわる。公表したってしょうがないだろ」 藤野「……」 芹沢「この国をめちゃくちゃにして、なんの意味がある?」 藤野「(涙ぐんで)この国は……この国は一度めちゃくちゃになったほうがいい!」 芹沢「! 何言ってんだよ」 藤野「週刊誌がありもしない記事を掲載して、それを隠すために新法を作って、国民は狙い通りまんまと忘れて……狂ってる」 芹沢「……」 藤野「誰のための、なんのための法律ですか? 総理のため? メディアのため? 国民のためでは絶対にない!」 芹沢「……でも、公表しても一緒だろ」 藤野「どれだけおかしなことが行なわれているか、それを明らかにする」 芹沢「それなら、後でもいいだろ」 藤野「それじゃあ誰も真剣に考えない。実際に国中が大混乱になって……やっと、初めて一人一人が考えるようになる」 芹沢「でも、それで誰のためになる。みんなが困るだけだろ」 藤野「いつかは、この国のために……国民のためになるはず!」 芹沢「……違うだろ?」 藤野「えっ?!」 芹沢「……同期の敵討ちじゃないのか?」 藤野「!」 芹沢「聞いたよ、4年目の子が、この春に亡くなったって……」 藤野「(泣きながら)彼は熱い思いを持って……必死で。なのに、この組織が……」 芹沢「……」 藤野「このままじゃ、何人死んだって同じ! この国は、ずっと変わらない!」 芹沢「わかった。わかったよ……でも、本当に日本のためを思うなら、単に公表するのは、違うんじゃないか?」 藤野「……じゃあ、どうしろと! このまま隠しておいて、後ですみませんでした? それじゃあこれまでと同じ。犠牲を伴っても、今、公表すべきなんですよ!」 芹沢「……もしかしたら、犠牲をなくす方法があるかもしれない」 藤野「え!?」 ○合同庁舎8号館・外観(夜)   多くの窓に明かりが灯る。 ○同・3階・記者クラブ前の廊下(夜)   『総務省記者クラブ』のサイン。 ○同・同・記者クラブ(夜)   プレスリリースを投函するポスト、簡易な壁で仕切られた各社のデスクブース、打ち合わせ机がある。   総合通信と書かれたブースで、パソコンに向かっている高岸。   室内には他には誰もいない。   ノックに続き、扉を開けようとする音。   高岸立ち上がり、扉の前に移動し 高岸「はい、どなたですか?」 芹沢(声)「あー。高岸氏。いてよかったー。ちょっと話があってさ。鍵あけてよ」 高岸「芹沢? なんの件?」 芹沢(声)「詳しくは中で話すよ」 高岸「……いやだ。お前がこんな時間に来たってことは碌な話じゃない」 ○同・同・記者クラブ前の廊下(夜)   扉の前に立つ芹沢と藤野。 芹沢「いや、違うって。えーっと、そうだ。なんか女の子紹介してって言ってただろ?」 藤野「!」 高岸(声)「え? そりゃ、言ってたけど」 芹沢「今ここにいるんだよ」 高岸(声)「えっ!?」 藤野「(小声で)セクハラですよ!」 芹沢「(小声で)しょうがないだろ。合わせて! (大声で)挨拶して」 藤野「ふ、(声色を変えて)藤野でーす」 ○同・同・記者クラブ(夜)   高岸、扉を開錠し、戸を開ける。   芹沢と藤野が立っているが、藤野、不機嫌な表情で高岸を睨みつけている。 高岸「!」   芹沢と藤野、部屋に入ってきて 芹沢「(笑顔で)お邪魔しまーす」 藤野「(低い声で)どうも」 高岸「(呆れて)まただましたな」 芹沢「ちょっと相談があってさ。とりあえず座ろうよ」   と、藤野と高岸を打ち合わせテーブルに誘導し、3人で座る。      ×  ×  × 高岸「ちょっとまって、ちょっとまって!」   混乱して頭を抱える高岸。 高岸「それが本当なら、9連休の真ん中にぽっかり穴が開く。6日が平日? ウソだろ」 芹沢「残念ながら本当だ。そして全国民がその影響を受ける。この一文字のミスで」 高岸「そんなふざけた話聞いたことないぞ、どえらい記事になるぞ」 芹沢「おそらくね」 高岸「(何かに気づき)ん? でも……一体なぜ俺に?」 芹沢「……ちょっとお願いがあるんだ」   芹沢と藤野、高岸をじっと見る。   高岸、深くため息をつく。 ○同・12階・秘書課(夜)   受付に座り、スマホをいじる島田。   芹沢、藤野入る。 島田「遅い。いきなり電話してきて、なに?」 芹沢「ちょっと先に記者クラブによってて」   高岸、入る。 島田「! ちょっと! なんで総合通信の記者がいるの? また不法侵入?」 高岸「不法侵入とは聞き捨てならないな。あれは適法な取材行為だ」 芹沢「4人で話がしたくて」 島田「どういうこと? 突然、彼女と熱々なとこを見せたり、記者連れてきたり」 高岸「彼女と熱々?」 藤野「私、彼女じゃないです」 島田「そうなの?」 芹沢「それはもういいよ。そんなことより、本当に熱々の事件が起こってて、ちょっと協力して欲しいんだ」 島田「また? 私嫌だよ変なことするの」 芹沢「変なことじゃないよ、ちょっと手伝って欲しいだけだよ」 島田「手伝い?」   ×  ×  ×   受付横の打ち合わせ机に座る4人。 島田「いやだ! 私、絶対手伝わない!」   芹沢、焦りながら 芹沢「(高岸と藤野に)大丈夫。ここまでは想定内。(島田に)なあ、島っち、今回は総合通信も手伝ってくれるんだし、ね」 島田「だから余計に嫌! この人大っ嫌い!」 高岸「(芹沢に)これも想定内?」 芹沢「これは……え! そうなの?」 島田「こいつがさっき言ったしつこい記者!」 芹沢「! ……(高岸に)言っといてよ」 高岸「お前が無理やり連れてきたんだろ」 島田「何にしろ、私、もう帰るし」 芹沢「ちょっと待って。このままだと、9連休がなくなるんだぞ!」 島田「私、別に用事ないし、出てくる」 芹沢「……」 島田「そもそも、公表しなけりゃいいじゃん。何でそんな馬鹿正直なわけ」 藤野「……」 高岸「でも、俺、もう知っちゃったしね」 島田「(高岸に)それこそ協力しなさいよ!」 高岸「黙っとけってか? 無理に決まってるだろそんなの!」 島田「終わってから報道すればいいでしょ」 高岸「……もういいや、帰るわ」   と高岸、立ちあがろうとする。 藤野「あの!」   3人、藤野を見る。 藤野「私は、今すぐにでも公表したらいいと思ってます。そうやって、国民にこの国の限界を知ってもらうべきです!」 高岸「じゃあ、話は決まったな。そもそも、政権を助けるような真似はしたくない」   と、立ち上がり、背中をむける。 島田「私も同じ。知ったこっちゃない」   芹沢、突然立ち上がり、大声で 芹沢「俺だって、どうでもいいよ!」 他の3人「!」 芹沢「政治家もこの組織も、メディアだって、俺にとっては全部どうでもいい! どうなったっていい! 馬鹿な国の馬鹿な組織が潰れたって知ったこっちゃない!」   高岸、振り返り、芹沢を見る。   藤野と島田も真剣に芹沢を見ている。 芹沢「でもその後ろに……いっぱいいるんだよ! この休暇を楽しみにしてる人が! このどうしようもない馬鹿な国で毎日必死に生きてる人が! 俺は……俺はその人たちを幸せにするためにここに入った!」 藤野「……」 島田「……」   高岸、無言で席に座り 高岸「カッコつけんな。おれだって同じだ」 藤野「私も……最初はそうでした」 島田「多分私もそうだった。もう忘れたけど」 高岸「ま、できるだけの協力はするよ」 芹沢「……」   ×  ×  ×   受付横にある打ち合わせ机に座る藤野、島田、高岸。   横のホワイトボードの前に立つ芹沢。 芹沢「改正に反対する人はいない。条文もすぐ作れる。最大の問題は?(島田を見る)」 島田「世界一時間のかかるこの国の決裁?」 芹沢「その通り。大臣や首相に相談に行く前に、うちの幹部が色々と調べろと指示を出し、対応してる間に1日は終わる」 島田「でも、どうしようもなくない?」 芹沢「いや、方法はある。まず、明日中に法改正がいる、つまり、国会で議決しないとどうしようもないことを、朝一番でうちの幹部から、総理、国会議員まで、全員に知らせる。その上で動き出せば、きっとなんとか間に合う」 藤野「それは、どうやって?」   芹沢、高岸を見る。 高岸「えっ? なに?」 芹沢「明日の朝、総合通信が速報する。明日中に国会で議決が必要だって」 藤野「確かに。それなら、全員に情報が入る」 島田「大臣もすぐに動き出すか」 高岸「ちょっと、ちょっと待てよ。俺は、今日の夜にも報道するつもりだけど」 芹沢「ダメだ。夜に騒ぎ出すと、大臣が個別の幹部に連絡して、収拾がつかない。朝の出勤前、6時頃がベストだ」 高岸「プレスリリースじゃねーんだからな」 島田「協力してくれたっていいじゃない」 高岸「いや、だけど……」 藤野「(手を合わせ)お願いします!」 高岸「わかったよ。でも、記事の内容は、編集長が決める。約束はできないからな。特に俺は、信頼されてないから」 島田「でも、報道があったとしても、幹部連中をうまく動かせる? みんな自由に動いて、何度も同じ話して、大変だよ」 芹沢「そこは考えてる。後で説明するよ」 藤野「あの、あと、改正に必要な資料はどうするんですか? 前作成した時でも半日以上かかりましたけど……」 芹沢「もちろん、今から徹夜で作る」 藤野「(悲壮な顔で)やっぱり……」 島田「お疲れ様」 芹沢「いやいや、もちろん島っちにも手伝ってもらうよ」 島田「えっ! なんで」 芹沢「決裁、経緯まとめ、判例整理、記者会見のQA作成とやることは山盛りだろ」 島田「あのさぁ、私は、今日の昼からずーっと働いてるんだけど」    芹沢、藤野、高岸が同時にそれぞれ「俺も」、「私も」という。 島田「わかったよ……ここにいるのは休日出勤好きの変態ばっかなのを忘れてた……」 芹沢「OK。それで、資料もできれば」 藤野「持ち回り閣議、本会議、議決、公布、そして即日施行ですね」 島田「本当にそんなにうまく行くの?」 芹沢「うまく行くようにするしかない」 高岸「あのさぁ……」 芹沢「ん? なに?」 高岸「いや、その間、俺ってどうすれば?」 芹沢「高岸氏は、朝、報道さえしてくれればそれでいい」 高岸「(残念そうに)へぇ、そっか……」 島田「何かしたいの?」 高岸「まさか……」 藤野「なんか、物足りなさそうですね」 芹沢「もしよかったら、何か……」 藤野「たとえば、記者会見のQAとか」 高岸「QA!?」 島田「それいいじゃん! だって、いっぱい意地悪な質問思いつくだろうし」 高岸「(不機嫌に)それって嫌味?」 島田「(笑顔で)あ、わかった?」 芹沢「でも、本当にいいかも」 高岸「……別にいいよ。いつも総務省の回答には不満があるしな」 芹沢「よし! じゃあ決まり!」 ○同・8階・企画調整室(深夜)   芹沢と高岸、入ってくる。   高岸はパソコンを抱えている。   芹沢、自席のパソコンを持ってきて高岸と窓際の打ち合わせ机に向かう。   高岸、向かいながら室内を見て。 高岸「結構、子綺麗にしてるんだな」 芹沢「子綺麗というか、メンタル休みが多すぎて、机が空いてるだけだよ……」 高岸「! まじか。これ全部? やばいな」 芹沢「もう限界だよ……」   打ち合わせ机に来た二人。   机に対面で座り、パソコンを開く。 芹沢「よーし」 高岸「じゃ、やるか!」 ○同・12階・秘書課(深夜)   藤野と島田、ノートパソコンや資料を持ってきて、打ち合わせ机に置く。 島田「さあ、やるよ!」 藤野「はい!」   というと、向かい合って席に座り、それぞれ作業を始める。 ○同・8階・企画調整室(深夜)   机に対面で座る芹沢と高岸。   芹沢、紙資料を読み込み 芹沢「うーん。さすが記者。こんな嫌味な質問なかなか思いつかない……」 高岸「褒めてんのかよ」 芹沢「たぶんね。回答もセットで助かるよ」 高岸「……お前らはいつもこんなことばっかりしてんのかよ」 芹沢「そうだけど。なんだ、無駄だってか? そっちが聞くから仕方ないだろ」 高岸「いや、大変だなと思ってな。これから、質問には気をつけようかな」 芹沢「そうしてくれよ。これを上げていくのがまた大変なんだから。総理の目に触れるまで何十人もチェックするんだからな」 高岸「! これも全部チェックされるのか?」 芹沢「普段はな。でも、明日はそれどころじゃないから、後ろの方がすっ飛ぶかもな」 高岸「! じゃあさぁ……一つ仕掛けてみないか」 芹沢「ん?」 ○同・12階・秘書課(深夜)   島田、藤野、机の上の大量の書物を見ながら、パソコンを操作している。   壁にかけられた時計は深夜2時。 ○同・8階・企画調整室(深夜)   打ち合わせスペースに向かい合って座り、パソコンを操作する芹沢、高岸。   芹沢、ふと顔をあげて。 芹沢「そういや、記事ってうまくいきそう?」 高岸「ああ、さっきまとめてデスクに送ったけど……あ、コメント来てたわ……」 芹沢「どう?」 高岸「やっぱ、一筋縄では行かないわな」 芹沢「……」 高岸「すぐ戻って交渉する。こっちは、もういいな」   と、鞄を持ち立ち上がる高岸。   芹沢、立ち上がって 芹沢「ああ、大丈夫。記事を頼むわ」 高岸「努力はする。でも、正直わかんないわ。おれ、デスクの信用ないからな」 芹沢「やっぱ、3年前のあれか……」 高岸「ま、あれだけじゃないけどな。今でも重要な取材は他のやつが担当してる」 芹沢「……」 高岸「せいぜい祈っててくれ」   と部屋を出ていく高岸。   ふと時計を見る芹沢。   午前3時を指す時計。   芹沢、眼下の国会議事堂を眺める。 ○同・外観(早朝)   建物に朝日が差している。   T『4月30日 金曜日』 ○同・12階・秘書課(早朝)   缶コーヒーを飲みながら、窓から朝焼けを見る島田。   藤野やってくる。 島田「コーヒーいる? 机に置いてるよ」 藤野「あ、あります(缶コーヒーを見せながら)3月に芹沢さんにもらってたやつ」 島田「えらく寝かしてたんだね」 藤野「当時は飲む気力もなくて……」 島田「大変だったね……」   缶コーヒーを飲みながら話す二人。 藤野「……(朝焼けを見て)綺麗ですね」 島田「……何度この景色を目にしたことか」 藤野「今日も、何人もいるんでしょうね……徹夜で仕事をしている職員が」 島田「ほんと……バカな国だよ」 藤野「お国柄、ですかね」 島田「でも昔は、ここまでひどくはなかった」 藤野「え? 今よりハードだったんじゃないんですか?」 島田「肉体的にはね。でも……自分たちが正しいと思うことができていた」 藤野「……」 島田「今は……政治家が、国民がいいと思うだろうと思うことを命じられてしているだけ。やりがいを見つける方が難しい」 藤野「……」 島田「心を壊すか、やめるかどっちかだね」 藤野「心を壊す……」 島田「……芹沢くんも、一度潰れたの」 藤野「! そうなんですか?」 島田「昔はもっと、何ていうか、鋭かった。性格も、話し方も」 藤野「確かに……実は5年前、就職ガイダンスの時、話していたのが芹沢さんで」 島田「! そうなの?」 藤野「昨日思い出しました。苦しんでいる人を直接助けることができるのが私たちの仕事だって話してくれて。私、それでここに入ったんです。同期もみんなそうだった」 島田「そっか……彼は熱かったからね。私たちの同期一の出世頭で大臣官房のエースだった。でも……3年前に心を壊して」   島田、缶コーヒーを飲み終え、近くの机に置く。   藤野もそれに倣う。 島田「大臣官房が開発した補助金のアプリ『コマド』。あれを担当してた」 藤野「個人情報が漏洩した?」 島田「そう。委託先のミスが原因で……その時、対応を一手に引き受けたのが彼だった。内部の人間は、みんな責任回避で逃げる中、なんとか漏洩被害を防ごうと」 藤野「ひどいですね」 島田「総合通信が最初にミスの情報をつかんだけど、情報拡散を防ぐために報道するタイミングを調整してくれたらしい」 藤野「それって、高岸さん?」 島田「多分。でも、他社に出し抜かれて、結局3万人の情報が流出。スクープを逃した高岸氏は今も社内で冷遇されてるらしい。芹沢君も、大臣官房から祝日屋に……」 藤野「祝日屋?」 島田「ああ、企画調整室の別名。『国民の祝日に関する法律』を担当してるから祝日屋」 藤野「なんか、楽そうな職場に聞こえますね」 島田「実際、昔はそんなにバタバタしてなかった。これまでは滅多に改正されなかったし、暇な部署っていう意味でちょっと見下された名前でもある」 藤野「私も祝日屋?」 島田「今は大変だけどね。祝日にも出てこないとダメなくらい」 藤野「はい」 島田「芹沢くん、今でも毎週のように休日出勤してるでしょ。きっと、今も不安なんだよ。翌週に仕事が溢れることが……」 藤野「……実は、芹沢さんは、公表には反対だったんです。でも私が……」 島田「……そんな気がしてた」 藤野「私、この組織が許せなくて……」 島田「聞いたよ。同期が亡くなったって……」 藤野「(涙ぐみ)……」 島田「……」 藤野「私……彼と付き合ってたんです」 島田「!」 藤野「土曜振替を言い出した首相記者会見の日、会いに行こうとしてたんです……でも」   藤野、目から涙が流れている。 藤野「いけなくて……その後、彼は……」   島田、無言のまま、藤野を抱き寄せる。   藤野、島田に体を預け胸で泣いている。   島田も、涙ぐんでいる。 ○総合通信本社・外観(早朝)   建物に朝日が差している。 ○同・編集室(早朝)   打ち合わせ机で話す高岸、編集長、デスク、スタッフ。 編集長「ダメに決まってるだろ!」 スタッフ「そうですよ『今日中に国会の議決が必要』なんて、一般人には関係ない」 高岸「でも事実です。もし遅れたら、祝日がなくなる。その危機感を示したい」 スタッフ「別に、祝日がなくなろうが、うちが知ったことじゃない。(嫌味に)また、お友達に頼まれたんじゃないんですか?」 高岸「! どういう意味だ?」 スタッフ「(挑発的に)いえ、早朝に情報が入るなんておかしいなと思って」 デスク「おい、無駄な議論はやめろ!」 編集長「……何にしたって後段の説明は不要だ。全て消した形で発信しろ」 スタッフ「(得意げに)了解しました」 高岸「……」 デスク「……」 ○同・8階・企画調整室(早朝)   打ち合わせ机に一人座りパソコンに向かう芹沢。   島田、入ってきて、缶コーヒー1本を机に置く。 芹沢「ああ、ありがとう」 島田「出た?」 芹沢「いや、まだ。あれ……一人?」 島田「若い子は、朝は色々支度があるの」 芹沢「(島田を見て)逆じゃない?」 島田「(不機嫌に)どういう意味?」 芹沢「(焦り)いや……深い意味は……」   とパソコン画面を見ると、ポータルサイトの記事に見出し「法改正ミス 6日が平日に」が出ている。 芹沢「来た!」   とクリックし、記事を開く。   横から覗き込む島田。 芹沢「あれ! これは……」 島田「やっぱり使えないな! 高岸!」 ○同・12階・秘書課(早朝)   スマホやパソコンが置かれた打ち合わせ机に座る、島田、藤野。   横のホワイトボードの前に立つ芹沢。   スマホに高岸とスピーカー通話の表示。 芹沢「じゃあ、追加の記事はありえない?」 高岸(声)「やっぱ、俺の人望ではね……」 島田「死ぬ気でやりなさいよ、バカ!」 藤野「(呟くように)死ぬ……」 島田「(藤野の言葉に)あ……ごめん」 高岸(声)「やってるよ! おれだって……」 芹沢「まあまあ。ちょっと整理しよう」   腕時計を見る芹沢。 芹沢「今、午前6時12分。さっきニュース速報が流れたから、関係者全員がまもなく状況を認識する。問題は……」 藤野「今日中に議決が必要なことが、認識されていない……」 芹沢「そうだ。それがないと、『他の方法を検討してみよう』と言われているうちに1日が終わってしまう」 島田「抑えるべきは……まず省内」 芹沢「ラインの室長、課長、局長、事務次官、大臣。ここまでは、俺たちでなんとかなる」   と、ボードに書き出す。 島田「副大臣と政務官は出張中だし、あとは」 芹沢「省外。国会実務を担う、与野党の国会対策委員長、そして……総理大臣」 高岸(声)「総理……」 藤野「流石にそれは……」 島田「(スマホに)ねぇ、記者のコネでなんとかなんないの?」 高岸(声)「無理に決まってるだろ! 総務大臣秘書こそコネがあるだろ」 島田「ない! 総理にコネで会えるわけないでしょ!」 芹沢「(スマホに)国対委員長ぐらいなら、取材できないか? この記事の件でって」 高岸(声)「ぐらいって、簡単に言うなよ!」 島田「それ『ぐらい』頑張りなさいよ!」 高岸(声)「……やるにしても、時間がない中、俺一人じゃ無理だ」 島田「じゃあ、手伝えばいけるの?」 藤野「私、なんでもします!」 高岸(声)「……協力してくれるなら、方法がなくはない」 島田「本当?!」 ○総合通信本社・階段室(早朝)   踊り場でスマホを耳に電話する高岸。 高岸「よし、じゃあその作戦で。まず俺は与党の国対委を押さえてみる」   と電話を切り、階段室から出ていく。   デスク、一つ下の踊り場に隠れて立つ。 デスク「(高岸の出て行った扉を見て)……」 ○同・12階・秘書課(朝)   芹沢、執務室のコピー機を唸らせながら、大量に印刷している。   藤野、印刷された文書をまとめている。   印刷の音のため、大きな声で話す。 藤野「もったいないですね。紙が……」 芹沢「こういう緊急事態は紙に限るんだって。デジタルよりみやすいから」 藤野「芹沢さんって……やっぱり考え方が昭和……」   近くのカウンターに座り、パソコンを操作する島田、話に割り込み。 島田「世代で区別するのって、良くないと思うけど! ま、私は平成生まれだけど!」 芹沢「ギリギリね。元年の1月10日」 藤野「……仲良しですね」   と少し明るい表情で書類を整える。   島田、パソコンを操作し 島田「(独り言)よし! 朝イチで読めよ!」   と、メールの送信ボタンを押す。 ○オフィス街の大通り・歩道(朝)   電話しながら、走る高岸。 高岸「ええ、その記事の件で。うち独自の情報も含めて、ぜひ先生にお話を……」 ○合同庁舎8号館・前(朝)   職員がポツポツと出勤してきている。 ○同・1階・エレベーターロビー(朝)   職員が入って来て、順次エレベーターに乗って上がっていく。   藤野、全体が見渡せる位置で、一人一人の顔を確認している。   課長、入ってくる。   藤野、課長に駆け寄って 藤野「おはようございます! 祝日法の件で、今すぐ907会議室に行ってください!」 課長「え! どういうこと?」 藤野「芹沢さん主催の緊急対策会議です!」 課長「芹沢!?」    ×  ×  ×   事務次官、入ってくる。   藤野、駆け寄って 藤野「おはようございます!」 事務次官「!」 ○同・9階・907会議室(朝)   机に座り、しかめ面で資料を黙々と読む室長、課長、局長。   入口に芹沢が立っている。   事務次官、入ってきて 芹沢「おはようございます。資料は机に」 事務次官「勢揃いだな……」   と言いながら席に座る。      ×  ×  ×   机に座り話す芹沢、室長、課長、局長、事務次官。 室長「じゃあ、間違いなく、法改正しかないのか?」 芹沢「はい。過去の類似の判例なども調べてみましたが、法解釈での対応は不可能です」 課長「……俺もそう思う。これはどう頑張っても無理だな」 局長「しかし、今朝の報道を見てから作ったのか? えらく出来がいいな」 室長「確かにそうですね……」 芹沢「(気まずそうに)……」 事務次官「芹沢ならそれぐらいやるだろう。大臣官房の『元』エースなんだから」 芹沢「……はい」 ○同・車寄せ(朝)   島田と大臣事務秘書官が立っている。   藤野、やってきて島田に 藤野「(緊張した表情で)行ってきます」 島田「大丈夫……きっと彼がついてる」 藤野「はい……」   と、去っていく。   黒塗りの車、入ってきて前に止まる。   SPが開けたドアから、スマホを手に降りてくる大内。 島田「大内大臣、おはようございます」   島田と大内、一緒に歩きながら話す。   後ろをついてくるSPと事務秘書。 大内「(島田に不機嫌にスマホを指し)この記事の件、すぐに報告させて」 島田「了解しました。実は、その件に関して現在、対策会議が行われていまして」 大内「じゃあ、まとめたらすぐ持ってくるよう調整して」 藤野「いえ。一刻を争いますので、今すぐ集まってもらった方がいいと思います」 大内「え?」   玄関ドアの前で歩みを止める大内。 藤野「担当によれば、今日中に国会の議決をしないと、間に合わないようです」 大内「そんなの無理に決まっているだろ。まずは対応方法の検討が必要だ」 藤野「その検討をすぐにすべきでは」 大内「そんなにすぐ会議はできないだろ」 藤野「実務がわかる担当者もいれば大丈夫だと思います。待っているとなかなか上がって来ませんし……総理はすぐに電話してくると思いますが……」 大内「! そうか……そうだな……わかった。じゃあすぐに集めてくれ」   大内、事務秘書、SP、玄関ドアをくぐり入っていく。   島田、スマホを操作し、耳に当てる。 ○同・9階・907会議室(朝)   芹沢、会議室の電話の受話器を耳にあて、周りに聞こえるよう話す。   室内の全員が芹沢に注目している。 芹沢「大臣がすぐに来いと?」 ○同・車寄せ(朝) 島田「はい、担当者も含めてです……(声色を変え)ってか、この演技いる?」 ○同・9階・907会議室(朝) 芹沢「(声色は同じ)『担当も含めて』ですね? わかりました。すぐに向かいます」   と、芹沢、受話器を静かに置く。 課長「今すぐ全員で大臣室に来いってか?」 芹沢「はい、担当の私も一緒にとの指示です」   全員が机上の資料を手に席を立つ。 ○同・車寄せ(朝)   電話を終え、走り出す島田。 ○同・9階・廊下(朝)   会議室にいたメンバーが走り過ぎる。 ○同・12階・大臣室(朝)   ソファー席でスマホをいじる大内。   会議室にいたメンバー「失礼します」と一礼しながら入り、座っていく。   ソファーに座りきれないメンバーは折りたたみの椅子を出して座る。   一同座ったのを見計らって 局長「じゃあ、室長、説明して」 室長「(驚き)え! ええっと、ミスがありまして、対応について、今まさに……」 大内「細かい話はいい。何をしないといけないんだ。すぐに総理に報告を求められるからそのつもりで答えてくれ」 室長「その……今日中に国会の議決を……」 大内「(激怒し)そんなことできるわけないだろ! 他に方法があるだろ!」   静まり返る室内。 室長「! (萎縮して)検討いたします……」 大内「検討って、いつまでかかるんだ?」 室長「……」   再び静まり返る室内。 ○首相官邸近くの歩道(朝)   歩いている藤野。   高岸、向かいから歩いてきてすれ違い際にこっそりと藤野に何かを渡す。   そのままそれぞれ去っていく二人。 ○議員会館・前(朝)   『衆議院議員会館』のサイン。   高岸、入っていく。 ○同・エントランスホール(朝)   高岸、受付で会館警備員に記者証を示し、入っていく。 ○同・1階・エレベーターロビー(朝)   高岸、ロビー脇の植栽に何かを隠してから、エレベーターに乗り込む。 ○首相官邸・通用口・前(朝)   官邸警備員1と警察官が立っている。   藤野、やってきて、総務省のIDカードを掲げ、緊張した面持ちで入る。 ○同・セキュリティゲート(朝)   駅の改札のようなゲートがある。   緊張しながら、IDカードをゲートでタッチする藤野。   エラー音が鳴り、ゲートが開かない。 藤野「!」   もう一度するが、同じ。   官邸警備員2、やってきて 官邸警備員2「ちょっといいですか」   と藤野の腕を持ち、脇に連れて行く。 官邸警備員2「官邸になんの用事ですか?」 藤野「(挙動不審に)えっと、その……」 官邸警備員2「どこの部署?」 藤野「……」   複数の警備員、警察官が集まってくる。 ○国会裏の通り・歩道(朝)   歩道を走る島田。   ヒールが折れ、つまづく。 島田「あ!」   片方のパンプスを手に取り見ながら 島田「なんでこんな時に!」   スマホが鳴り、もう片方の手で出る。 島田「ちょっと今手が……え! 入れない?! なんで!」   振り返り 島田「すぐに確認する! 待ってて!」   もう片方のパンプスも手に持ち、裸足で走り出す島田。 ○内閣府事務センター・前(朝)   小ぶりなビルの入口に『内閣府事務センター』のサイン。   裸足で走ってビルに入っていく島田。 ○同・受付(朝)   警備員が立つ受付カウンターがあり、中の執務室に4、5人の職員がいる。   島田、カウンターに向かって、裸足で勢いよく走ってくる。   止めようとする警備員を振り払うように、IDを掲げ叫ぶ島田。 島田「総務大臣秘書の島田です!」   名前を聞き、立ち上がり、受付に駆け寄る男性スタッフ。 男性スタッフ「島田さん! なんですか?」 島田「メール見た? 官邸の入館申請!」 男性スタッフ「(焦って)ま、まだです……」 島田「朝イチのメール確認は、社会人の基本! 教えたでしょ!」 ○首相官邸・通用口・中(朝)   複数の警備員、警察官に囲まれる藤野。   スマホがなり、画面を確認する。 藤野「(愛想笑いし)あっ、なんか、登録できたみたいです……」   藤野、ゲートに向かう。   ぞろぞろついてくる警備員、警察官。   全員が注目する中、IDカードをタッチすると音と共に開くゲート。 藤野「ふー(振り返り)失礼しましたー」   と言ってから、去っていく藤野。 ○内閣府事務センター・受付(朝)   カウンターでスマホを確認する島田。   向かいには男性スタッフが立つ。 島田「通れたみたい。よかった……」 男性スタッフ「(反省し)すみませんでした」 島田「じゃあ、お詫びにさ……」   と、男性スタッフの足元を見る。 男性スタッフ「(嫌そうに)えっ……」 ○合同庁舎8号館・12階・大臣室(朝)   課長に詰問する大臣。 大内「つまり、このままでも良いという法解釈さえできればいいわけだろ」 課長「ええ、まぁそうなんですが、それがなかなか難しいところで……」 大内「(声を荒げ)何が難しいんだよ!」 課長「……」   苦々しい表情でやり取りを見る芹沢。   スマホを見るが通知はない。 ○議員会館・10階・議員執務室(朝)   ソファーでタブレットを手に祝日法のニュースを見る原勝地(78)。   扉がノックされ、開く。   議員秘書が顔を出し 議員秘書「失礼します。先程お電話のあった、総合通信の……」   話している途中に横から入る高岸。 高岸「高岸です」 議員秘書「(驚き)ちょっと、勝手に……」 議員「いいよ、そいつはそういう奴なんだ」   議員秘書、納得しない表情で出ていく。   高岸、ソファーに座り 高岸「お久しぶりです先生」 議員「相変わらず図々しいな。お前は干されたんじゃなかったのか?」 高岸「とんでもない(タブレットを指差し)それも僕のスクープですよ」 議員「なるほど……で、どんな話だ?」   ニヤリと笑う高岸。 ○同・1階・エレベーターロビー(朝)   男性用の革靴を履いている島田、入ってきて、植栽から何かを拾ってから、エレベーターに乗り込む。 ○同・エレベーター内(朝)   先ほど拾ったものを胸に付ける。   それは総合通信社の社章。 島田「(独り言で)総合通信、政治部の島田です……よし!」   6階に到着し、出ていく島田。 ○首相官邸・廊下(朝)   廊下を歩く藤野、人気がないところを見計らって、IDカードをしまい、鞄から、ノートとペンを取り出し、高岸から受け取ったものを腕につける。   それは『報道』と書かれた腕章。 ○同・エントランスホール(朝)   廊下からホールに入ってきた藤野。   「お疲れ様です」と言いながら、テレビカメラが配置され、記者がたまっているエリア入り、壁際に立つ。   記者たちはホールの玄関に注目し、藤野に興味を示さない。 ○議員会館・6階・議員事務室(朝)   受付カウンターで話す島田と柿谷優子(32)。 柿谷「ですから、身分証を持ってもう一度お越しください」   と、島田の足元をまじまじと見る。   島田、その視線を気にしながら 島田「今、社章しかなくて、急いでまして」 柿谷「関係ないです。ルールですから」 島田「それじゃあ間に合わない。今朝のニュース見ました? 日本中の人に影響する……(独り言で)あれ……デジャブ?」 柿谷「何訳のわからないことを言ってるんですか。とにかく持ってきてください」   奥の扉が開き、細水昭子(64)が顔を出す。   静かになる二人。 細水「記事の件……何か知ってるの?」 島田「はい! 独自の情報を」 細水「……入って」   入っていく島田。 柿谷「先生、でも……」 細水「いいから」   と、扉を閉める細木。 ○合同庁舎8号館・12階・大臣室(朝)   今度は局長に詰問する大臣。 大内「じゃあ、ほんとに無理なのか」 局長「はい、おそらく……」 大内「でも、今日中になんて絶対無理だろ」 局長「そこは、なんとかなるよう……」 大内「いや、もう一度最初から振り返ろう」   呆れた表情でやり取りを見る芹沢。   スマホを見るが通知はない。 ○議員会館・6階・議員執務室(朝) 細水「つまり……今日中に本会議を開けと? そしてまずその意思を示せと?」 島田「はい。そうしなければ、6日の祝日は消えてしまいます」 細水「総務省から私に連絡がないのに、なぜあなたがその情報を?」 島田「……内部リークです。総務省の意思決定が遅すぎるので、とある職員から、先に情報を広げてほしいと」 細水「まんまと乗せられて良い訳? 第三の権力であるメディアが」 島田「……私も6日休みたいもので」 細水「そうは見えないけど……」 島田「……先生に損はないはずです」 細水「……」 島田「むしろ『すぐに対応する』と宣言しておかないと、後で叩かれるのでは?」 細水「どうせ、与党の国対にも入れたんでしょ。どっちにしても、表明せざるを得ないってことね……」 ○首相官邸・エントランスホール(朝)   記者がいるエリアの壁際に立つ藤野。   官邸職員の「まもなく到着ですー」の知らせに構える記者たち。   ぎゅっとノートとペンを持つ藤野。 ○議員会館・6階・議員事務室(朝)   受付カウンターで電話する柿谷。   島田、議員執務室から出てきて、足早に出口に向かう。   柿谷、島田を見て電話口に「すぐ掛け直します」と言って、電話を切る。 柿谷「(島田に)すみません!」   島田、無視をして廊下に出る。 柿谷「! ちょっと!」   と追いかける柿谷。 ○同・同・廊下(朝)   廊下を走る島田。   それを追いかける柿谷。 柿谷「待ちなさい!」 ○同・同・エレベーターロビー(朝)   島田、廊下から行き止まりのエレベーターロビーに入り、エレベーターのボタンを押すも来ず、逃げ場がなくなる。   柿谷、入ってきて島田の後ろに立つ。 柿谷「総合通信に電話したら、政治部に島田という記者はいないと言われました」   島田、振り返り柿谷を見る。 柿谷「あなたは、誰?」 島田「……」 ○首相官邸・エントランスホール(朝)   壁際に立つ藤野。   官邸職員の「到着しましたー」の知らせに、数歩前に出る。 ○(藤野の回想)合同庁舎8号館・12階・秘書課(早朝)   高岸とスマホで打ち合わせする島田、藤野、芹沢。 藤野「(高岸に)ぶら下がり取材?」 高岸(声)「総理に直接話しかけるチャンスはそこしかない」 島田「確かにそうだけど、そもそも官邸に入れるの?」 高岸(声)「俺は無理だよ! もちろん」 島田「でしょうね」 芹沢「でも、総務省の職員なら入れる」 高岸(声)「その通り!」 藤野「えっ!」 芹沢「(島田に)申請すればいけるよね?」 島田「そりゃ一人くらいはなんとか……」 芹沢「官邸に入るまでは職員、入ってから記者になりすませばいいんだ」   と、藤野を見る。 藤野「! 私? 無理ですよ!」 芹沢「いや、ぶら下がり記者は、20代が一番多い。ピッタリだよ」 島田「確かに、いそう」 高岸(声)「大丈夫。今朝の報道があるから、代表幹事が声をかけて、囲み取材になる。そこで他の記者と一緒に話すだけだ」 藤野「自信ないですよ、そんなの!」 島田「大丈夫だって。なんでも経験!」 高岸(声)「その通り。だから、大臣秘書さんにも経験してもらおうと思うんだ」 島田「(嫌そうに)えっ!」 ○首相官邸・エントランスホール(朝)   たくさんの記者の中に立つ藤野。   玄関から、SP3人と総理秘書に囲まれながら入ってくる岸辺。   カメラのシャッター音が響く。   記者のエリアから少し離れた、ホールの中央付近を通過する。   記者1、大きな声で話しかける。 記者1「岸辺総理! 祝日法のミスはどのように対処されるおつもりですか?」   岸辺、少しだけ手を上げ 岸辺「おはよう。適切に対処します」   と、止まらず、廊下に向かっていく。 藤野「!」 記者2「(ぼやき)今日は、囲みなしかよ」 記者3「(記者2に)祝日法の件、うまく説明する自信ないんじゃ無い?」   焦りながら、周りをキョロキョロと見る藤野。   岸辺、藤野の位置からまもなく見えなくなる位置までホールを進む。   藤野、ノートをグシャリと掴み 藤野「(大声で)総理! このままでは6日は平日になります! それを阻止するには、本日中に国会の議決が必要です! どう対処するおつもりですか!」   岸辺、止まらず、見えなくなる。   周りの記者がざわつき、視線が藤野に集まる。 藤野「(気まずそうに)……」   官邸職員、藤野のそばに来て。 官邸職員「えーっと、どちらの社の方で?」 藤野「(小さな声で)……通信です」 官邸職員「(聞き取れず)えっ?」 ○議員会館・6階・エレベーターロビー(朝)   島田、柿谷に追い詰められている。   到着音と共に開くエレベーターの扉。   乗っていた高岸、ロビーに出て、島田の真後ろに立つ。 島田「(チラリと振り返り)!」   エレベーターの扉が閉まる。 高岸「柿谷さん、お久しぶりです」 柿谷「! 高岸さん……あなた、議員会館は出入禁止でしょ!」 高岸「もう解けてますよ」 柿谷「うちの事務所には絶対来ないでよ!」 高岸「善処しますが……で? うちの島田がどうかしましたか?」   高岸、見えないように、後手にエレベーターのボタンを押す。 柿谷「その方、本当に記者なの?」 高岸「ええ、もちろん。社章も付けてます」 柿谷「ちょっと、部屋に戻ってください。もう一度問い合わせするんで」   と、廊下に向かい歩き出す柿谷。 高岸「すみませんが、急いでまして……」   到着音と共に開くエレベーターの扉。   高岸、島田の肩を掴み、島田を引き込むように二人でエレベーターに乗ると、閉まるボタンを押し、扉が閉り出す。 柿谷「あ、ちょっと」 高岸「また今度お邪魔します」   という言葉と共に、閉まるドア。 柿谷「……」 ○同・エレベーター内(朝)   高岸、島田の肩を掴んだまま。 高岸「ふー。なんとか逃げ切った」 島田「(振り返らずに、低い声で)肩」 高岸「あっ、あーごめん……」   と手を離す。   振り返らず話す島田。 島田「高岸氏って、日本中の秘書に嫌われてるの?」 高岸「いやぁ、それほどでも……」 島田「褒めてない」 高岸「あ、はい……」 島田「でも……」 高岸「ん?」 島田「ありがと……」 高岸「……」 ○議員会館・前(朝)   島田と高岸、出てくる。 島田「じゃ、私戻るから」 高岸「ああ……(島田の靴に気づき)なかなかいいセンスしてるね」 島田「うるさい! 今から履き替えるの」   と、言いながら去っていく。   島田が去った方向から、デスク、やってきて 高岸「!」 デスク「お前、こんなとこで何してる?」 高岸「(焦って)いや、別に……」 ○首相官邸・エントランスホール(朝)   官邸職員に詰め寄られている藤野。 官邸職員「まずは幹事が声をかけるルール、ご存じですよね?」 藤野「(小さな声で)はい」 官邸職員「記者証見せてもらえますか?」 記者3「(大声で)戻ってきたぞ!」   一斉にロビーを見る記者たち。   岸辺、先ほどと同じ陣容で、一直線に記者エリアに向かって歩いてくる。   官邸職員、それを見て去っていく。   カメラのシャッター音が響く。   岸辺、記者エリアの前で立ち止まり 岸辺「先ほど質問したのは?」 藤野「!」   周りの視線が、藤野に集中する。   藤野、小さく手を挙げる。 岸辺「議決がいるという根拠は?」 藤野「……実務者に確認しました。過去の判例からも、法文を直すしかありません」 岸辺「間違い無いのかな?」 藤野「(力強く)間違いありません!」 岸辺「……すぐに確認する。以上だ」   と、再び去っていく岸辺。   2、3歩進んだところで藤野、後ろからまた大声で 藤野「確認はいつまでかかりますか!? 今日中に議決が必要なんです!」   振り返り、藤野を睨む岸辺。   睨み返す藤野。 岸辺「だから、関係者とも協議してだね……」 藤野「国民は不安でいっぱいです!」 岸辺「……」 藤野「せっかくの大切な9連休がどうなるかわからないんです! 必ず9連休を実現すると国民に約束してください!」 岸辺「……約束しよう! 今日中に議決を取って、9連休は必ず実現する!」   と言って、去っていく岸辺。   「すぐに配信だ」、「総理コメント出た」と携帯を耳に走り出す記者たち。   岸辺の後ろ姿をじっと見る藤野。 ○合同庁舎8号館・12階・大臣室(朝) 大内「やっぱり納得がいかない、こんな一文字、なんとでもなるんじゃないのか」 事務次官「法的には、やはり難しいかと……」 大内「総理が納得しないだろ。それに、与野党の国会対策委員長も説得しないとダメだし。そもそも、今日中に本会議を開くなんて前代未聞だ」 事務次官「しかし……」   スマホをチェックする芹沢、メッセージを確認し、静かに手を挙げる。 大内「どうした?」   芹沢、立ち上がる。   全員が芹沢を見る。 芹沢「大臣! 本日、本会議が開かれます! すぐに準備しましょう」 課長「(焦って)芹沢、何を言ってるんだ。俺たちが決めることじゃ無い」 大内「どういうことだ!?」 芹沢「総理がぶら下がり取材で『今日中に議決を取る』と約束しました」   各自のスマホを確認する参加者。 課長「本当だ。あっ、民自党の国対委員長もSNSで発表してます!」 局長「改政党も出てるぞ!」   大臣、使い方がよくわからず 大内「これ、どうやって見るんだ?」   と、横に座る事務次官に聞いていると、そのスマホに電話がかかり 大内「まずい! 総理からだ!」   と、電話に出る。   室内が静まり返る。 大内「はい、大内……もちろんです……今、確認しましたが、本当に……え! 記者会見……はい、わかりました、すぐに」   電話を切り、神妙な表情の大内。 事務次官「……総理はなんと?」 大内「本会議が午後に開かれる。それに向けて記者会見をするからすぐに来いと」 事務次官「……しかし、記者会見に向けたQAの作成がまだ……」 芹沢「こちらにすべて準備できています!」   といいながら、資料を配布する。   参加者、各自が前半部分を開き「このレベルなら」、「よし」と口々に言う。 大内「よし! じゃあいくぞ!」   その言葉に、大内を先頭に会議参加者が大臣室を飛び出していく。 ○首相官邸・エントランスホール(朝)   大内、大臣事務、室長、課長、局長、事務次官、芹沢、事務秘書の一行、玄関から入って、ホールを歩いていく。   カメラのシャッター音が響く。 ○同・1階・エレベーターロビー(朝)   大内一行、入ってくる。   近くに隠れるように立つ藤野。IDをかけ、記者の腕章はしていない。   芹沢、藤野に気付き、小さく手招き。   藤野、驚きながらも合流する。   エレベーターの前に立つ官邸警備員3、事務秘書に 官邸警備員3「何名ですか?」 事務秘書「(振り返り)えーっと、7……」 芹沢「8人です!」   芹沢、藤野を見てニヤリとするが、不安げな表情の藤野。 ○同・セキュリティゲート(朝)   高岸、入ってきて、IDカードをゲートにかざし、通過していく。   高岸、歩きながらIDカードを見る。 ○(高岸の回想)議員会館・前   高岸とデスク、立ち話をしている。   高岸、IDカードを手にしている。 高岸「これは?」 デスク「官邸パスだ。お前の名前で登録した」 高岸「! なんで?」 デスク「今回は間違いなくお前のスクープだ。しっかり総理のコメント取ってこい」 高岸「……」 デスク「お前が言う、価値のある報道を見せてみろよ!」 高岸「……はい!」 ○首相官邸・総理執務室(朝)   中央のソファー席に岸辺、大内、事務次官、局長が座り、周りの席に事務秘書、室長、課長、芹沢、藤野が座る。   藤野、ノートを高く持って、読んでいるふりをしながら、顔を隠す。 岸辺「つまり、無茶なスケジュールで見直しを指示したから、職員が忙殺され、ミスが起こったと」 課長「いえ、そういう訳では……」 岸辺「……いいよ、もう。俺だって乗り気じゃなかった。だが政治は政治だ」   シンとする室内。   藤野、様子が気になり、ノートを少しずらしてソファー席を見ると、岸辺が藤野の方を見ており、目があう。 藤野「!」   ノートで顔を隠す藤野。 岸辺「君!」   引き続きノートで顔を隠す藤野。 岸辺「そこの君だ!」   藤野、観念し、顔を出して 藤野「はい……」   藤野の存在に気づき、驚く室長と課長。 岸辺「君はどこの所属だ?」 藤野「企画調整室です……」 岸辺「どこかで会わなかったか?」 藤野「いえ……」 岸辺「ちょっと待てよ、確か……」   顔が硬直する藤野。 芹沢「総理!」   と芹沢が突然声を出す。 課長「(非難するように)なんだ?」 芹沢「彼女こそが、忙殺されていた担当者です。休みもなく、徹夜で仕事を」 岸辺「! ……それは、悪かったな」 課長「(止めようと)芹沢!」 岸辺「いいんだ。現場の声を聞かせてくれ」   と、藤野を見る岸辺。   藤野、岸辺の目を見ながら 藤野「……私の同期……誰よりもこの国を思い、国民のためを思って仕事をしていた同期が、この春に……命を絶ちました」 岸辺「!」 藤野「総理、どうして私たちは、この国は、彼のような優秀な職員を失うのでしょうか」 岸辺「(藤野をじっと見て)……」   総理秘書、部屋の扉を開け、顔を出し 総理秘書「総理、そろそろ会見のお時間です」 岸辺「! QAはまだ半分しか見てないぞ」 総理秘書「記者が集まっておりますので……」 課長「……QAの後半は、おそらく聞かれることは(芹沢を見て、芹沢が頷くのを確認してから)ありません。万が一の際は、サポートさせていただきます……」 岸辺「……わかった」 ○同・記者会見場(朝)   岸辺が壇上で説明している。   大勢の記者が集まり、時折フラッシュが炊かれている。   壁際で見守る藤野、島田、芹沢。   記者の中に高岸がいる。 岸辺「以上が今回のミスの全体像となります。国民の皆様には大変なご不安を与えてしまったこと、心よりお詫びいたします」 司会「それでは、質疑応答に移ります……では、まず中央の方」 記者4「合同通信の白城です。またミスにより国民を裏切ることになったわけですが、今後の対策はどのように考えていますか」   岸辺、手元のQAをめくる。 岸辺「先ほど説明した検証委員会の報告を元に改革を進め、二度とこのような事態を起こさぬよう再発防止策を取ってまいります」 司会「よろしいでしょうか……では次は、その右手の方」   当てられた高岸、立ち上がり 高岸「総合通信の高岸です。今の回答では解決にならない。そもそも、今回の真の問題は、政治パフォーマンスのため、異常なスケジュールで法改正を強行したことに問題があるのではないですか」   岸辺、QAをめくり、後半に回答を発見し、声を出さず読んでいる。   それを見た課長、壇上に上がろうとするが、岸辺、手を上げて静止し 岸辺「ご指摘の通り、今回の改正は非常にタイトなスケジュールの中で進められました」   脇に立つ課長、QAをめくり青ざめ 課長「(小声で)なんだこりゃ……」   課長、焦って芹沢を見るが、芹沢は岸辺を見ている。 岸辺「政治パフォーマンスと言われれば、それまでです。しかし、今の日本の政治体制では、政治家は、どうしても国民受けの良い行動をせざるを得ない状況がある」   記者席から「責任転嫁か?」との声。 岸辺「もちろん、今回の件の全責任は私にある。ただ、本当に大切なニュースよりも、ゴシップやスキャンダルを追求され、その対応に明け暮れて、国民にとって大切な案件は後回しとなり、受けの良い法律ばかりが出来上がる。(語気を強め)この国が、このような馬鹿げた状況になってしまった責任は政治家だけが負うものではない!」   静まり返る記者会見場。 岸辺「我々の組織は、いや、この国自体が限界を迎えている……先ほど、この祝日法改正のこの間にも、総務省の若く優秀な職員が命を落としたことを知りました……私は、この場で彼に心より謝罪をしたい」   と岸辺、頭を深く下げる。   見守る藤野、目に涙が溢れる。 岸辺「二度と、彼のような悲劇を生まないように……この国が、この国の組織が再び、正常に機能できるように、政治家、メディア、行政、そして全国民が、これまで当たり前にしてきたことを変えていく必要がある! もしそれができなければ、この国に明るい未来は絶対にやってこない!」   記者席から「問題発言だ!」、「政治家失格だ!」などの声が出て、慌てて岸辺の元に走る課長。   目のあった芹沢と高岸、頷きあう。 ○同・外観(朝)   記者の怒号が飛び交い、司会が「お静かに!」と止める声。 ○国会議事堂・同・外観(夕)   建物に夕陽がさしている。 衆議院議長(声)「よって、本案は全会一致をもって可決されました」   大きな拍手の音。 ○新橋駅前の広場(夜)   たくさんの人が行き交い、テレビインタビューを受ける会社員1、2がいる。 ○新橋の雑居ビル・外観(夜)   各階の居酒屋の看板が掲げられている。 ○同・2階・居酒屋(夜)   ボックス席に一人座りイヤホンをつけ、スマホでニュースを見る藤野。   画面には「9連休が大混乱」、「担当者のミス? 責任はどこに?」と書かれた見出しが表示され、新橋駅前で会社員1、2が取材を受けている。 会社員1「マジ焦った! 旅行予約してたんで、キャンセルするところでしたよー」 会社員2「人事担当なんで急いで情報収集しろと言われ、大変でした。クタクタです」   画面がスタジオに戻る。   机に座るゲスト1、2、3。 ゲスト1「ほんと、困りますよね」 ゲスト3「法律を作る専門家が、こんなことで、日本は大丈夫なんですかね?」 ゲスト2「法律家として言わせてもらえば、ありえない初歩的なミスで……結局公務員はこんな杜撰な仕事を……」   藤野、眉間に皺を寄せ、スマホを消し、イヤホンを取り、しまう。   芹沢、やってきて 芹沢「お疲れ様。ごめん、誘っておいて遅くなりました」 藤野「とんでもないです」   藤野、立って礼をして芹沢を迎える。 芹沢「なんでそんなかしこまっているの。別に普通でいいよ。あとの二人は遅れてくるみたいだし、先に始めようか」   と席に座る二人。   店員やってきて 店員「ご注文は?」 芹沢「ビールで」 藤野「(小さな声で)烏龍茶で」   店員が去る。   藤野、姿勢を正して 藤野「あの、芹沢さん。他の方が来る前に、お伝えしておきたいのですが」 芹沢「え、なに、どうした」   藤野、カバンから白い封筒を取り出して、芹沢の前に置く。   表面には『辞表』とある。 芹沢「何これ?」 藤野「今回の件は、全て私の責任です。責任を取り、今日付でやめさせていただきます」 芹沢「責任って……」   芹沢は、神妙に封筒を手に取り、裏表を見て笑い出す。 芹沢「ふふふ」 藤野「! なんですか」 芹沢「いや、とても一担当で責任は取りきれないだろ。総理まで動かしたんだから。とりあえずゆっくり考え直したら?」 藤野「止めるんですか? 昨日は反対しなかったのに……」 芹沢「今日、藤野が公表を強行……じゃなくて、勇気を出して踏み切ったことで、少しはこの組織も変わるかなと思ってね」 藤野「変わりますかね……」 芹沢「時間はかかると思うけど」 藤野「そんなんでいいんですかね……」 芹沢「……今はなんでもスピード重視で劇的な変化ばっかり求められるよな。法律作って、大きな変化を起こせば、それで全部良くなるって。でも実は、それってパフォーマンスでしかなくて、意味はない」 藤野「……」 芹沢「国民もメディアも政治家も、それに俺たちも、急ぎすぎなんだよ。本当の変化は、劇的でも突然でもなくて、少しずつ、着実に進んでいくことなんじゃないかな」 藤野「……」 芹沢「それに……藤野だって思いたいだろ?」 藤野「え?」 芹沢「苦しんでる人を『助けよう!』って」 藤野「!」   芹沢、封筒を藤野に返す。   藤野、封筒を受け取り、手に持つ。   店員、ビールと烏龍茶を運んでくる。 芹沢「で、本当に烏龍茶でいいの?」 藤野「(食い気味に大きな声で)ビールで」   店員「はいよー」と帰っていく。   入れ替わりで高岸、島田、やってくる。   藤野、慌ててカバンに辞表をしまう。 高岸「どうも、お邪魔します」 島田「あー疲れた」   と言いながら2人、座る。 芹沢「あれ? 二人一緒?」   島田、高岸が即座にそろって「そこであっただけ」と答える。 藤野「息、ぴったりですね……」 島田「(指摘を誤魔化すように)てか、眠いし早く帰りたいんだけど」 芹沢「だって、今日中に社章と腕章返さないとまずいから(と高岸を見る)」 高岸「まずいどころか、もし貸したのがバレたら、俺は懲戒解雇だぞ」 島田「ならエレベーターで言ってよ」 高岸「それどころじゃなかったから……」 芹沢「エレベーター?」 島田「なんでもない。はい、これ」 藤野「ありがとうございました」   島田と藤野、社章と腕章を鞄から取り出し、返す。   店員やってくる。 店員「ご注文は?」 高岸「ビールを」 島田「ハイボール」   店員、去る。 芹沢「いやー、しかしうまくいったねぇ」 島田「うまくいった? 私は結構被害が大きいんだけど」 高岸「被害?」 島田「パンプスと筋肉痛」 藤野「私のミスのせいで、すみません」 島田「確かに、元はと言えばね。二人が大臣室でいちゃついたとこから……」 高岸「そうそう、それって……」 芹沢「もういい……勘違いだよ」 藤野「私、芹沢さんはタイプじゃないです」 芹沢「それはいなわなくても……」 島田「しかし、そこからよくやったよね。今日は国会議員も官僚も上に下に大騒動」 高岸「あんなの、憲政史上最初で最後だろうな。たった一文字に振り回された」 島田「休み明けから、ますます記者の攻撃が強くなるだろうからね。担当者は誰かって(藤野を見て)注意しなよ」 芹沢「そういう話は、今は……」 藤野「……あの、私やっぱり辞めます」   と、辞表を机に置く藤野。 島田「! え、ここで?」 高岸「お! 責任を感じての退職? インタビューさせてよ」 芹沢「待てよ……せっかく変わりそうなのに」 藤野「とても待てません! それに、よく考えたら、そもそも芹沢さん、今回のミス、最初は隠そうとしましたしね!」 高岸「え、まじで。それはまずいな」 芹沢「結果的に公表したんだから許してよ」 島田「そうだね、これだけ苦労してね」 高岸「確かに、そしてその意味はあったかも」   と、タブレットを取り出し開く高岸。   タブレットを覗き込む3人。   『総理発言を理解が多数 霞ヶ関改革進むか?』と見出し。 島田「『総合通信緊急世論調査結果』ってもう取ったの?」 高岸「ああ、民間は仕事が早いだろ。明日出稿予定の記事だ」 芹沢「『全体の6割が総理の発言に納得または概ね納得』すごいな!」 島田「総理発言って書いてるけど、実質的な作者は……」 高岸「俺と芹沢氏、だな」 藤野「全部、ですか」 芹沢「いや。後半は、特に最後の方は総理が勝手に喋ってた。謝罪も総理の言葉だよ」 藤野「(ほっとした表情で)……」 島田「(藤野を見て)よかったね」 高岸「何にしても、これで世論が変わっていけばいいんだけどな」 芹沢「(藤野に)きっと、変わると思うよ」 島田「(藤野に)ま、その封筒はいつでも出せるし。せっかく9連休になったんだし、ゆっくり考えてみなよ。みんな初めてじゃない? こんなに長期間休むの」 藤野「確かに……(と封筒をしまう)」 芹沢「そうだよ、そう。ゆっくり休んでね」   店員が来て「失礼しますー」とドリンクを3つ机に置き去っていく。 島田「でも、そもそも(タブレットを差し)こうやってあんたが朝一番で記事にしてくれてたら、もっとスムーズだったのにね」 高岸「しつこいな! 原因はそっちのミスで、こっちは協力したんだぞ」 島田「でも、政界中の秘書に嫌われてる記者ってよっぽどだよ」 高岸「それは、取材活動に熱心に取り組んでいるから……」 島田「単にガサツなだけでしょ! 肩触るのはセクハラなんだからね!」 芹沢「肩?」 高岸「助けたのにその言い方は」 藤野「すみません! 全て私のせいで……」 芹沢「話がまた戻ったー」 高岸「そもそも記者にQA作らせるなんて無茶苦茶なことをだな……」 島田「あんたが手伝いたいって言ったんでしょ!」 高岸「だから! その言い方が……」 藤野「私! やっぱり辞めます!」 芹沢「(呆れて)もー……」   団体客が騒いでいる声が店内に響く。 団体客の声「明日から9連休だー!」   言い合いを止め、声の方を見る芹沢、藤野、高岸、島田の4人。   近くの座敷の団体客の若い男女数人が立ち上がり「僕、初ハワイでーす!」、「私、フェスに行きまーっす!」、「地元で同窓会! 憧れの彼と再会予定!」と叫んでいる。   席を立ち、衝立越しに中腰になって、重なり合うようにその姿を見る4人。   叫んでいた男女数人、肩を組みながら「9連休、9連休」と連呼しだす。   それを見る4人、みな感慨深い表情。   連呼が終わり「イェーイ」とハイタッチする若い男女たち。   席に戻り、座り直す4人。 島田「……ま、成果はあったな」 芹沢「間違いなく……」 高岸「そうだな……」 藤野「いい仕事……しましたね……」 芹沢「じゃあ、まぁ、乾杯しますか」   とグラスを持つ芹沢。   他の3人もグラスを持つ。 島田「何に?」 高岸「そりゃ、もちろん……」 藤野「9連休に……」 芹沢「いや……9連休を守った、寝不足の祝日屋たちに……」   照れながらも、得意げな表情で顔を見合わす4人。 芹沢「では!」 4人「かんぱーい!」   グラスを合わす4人。      ×  ×  ×   笑顔で談笑する4人。   居酒屋の他の席にいる客たちも皆笑顔で酒を交わしている。 〈完〉 【参考文献】 『厚生労働省改革若手チーム緊急提言』(厚生労働省ホームページ) 『平成31年(2019年)の国民の祝日・休日の追加について』(首相官邸ホームページ) 『「国民の祝日」について』(内閣府ホームページ)        
  • 2025年1月14日に生誕100年を迎える、日本だけでなく海外でも今なお評価が高い作家・三島由紀夫。これを記念して、彼の小説を映画化した「美徳のよろめき」(1957年)、「愛の渇き」(1966年)、「春の雪」(2005年)と、三島と東大全共闘の学生たちとの討論会の模様を収めたドキュメンタリー「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」(2020年)がチャンネルNECOにて1月6日より放送される。 情事に走る女性を、月丘夢路が演じた「美徳のよろめき」 三島由紀夫と映画のつながりは深く、自作を映画化した「純白の夜」(1951年)や「不道徳教育講座」(1959年)に端役で出演した後、増村保造監督の「からっ風野郎」(1960年)には主演している。さらに「憂国」(1965年)では製作・監督・原作・脚本・主演を務めるなど、彼にとって映画はもうひとつの表現メディアであった。それだけに映画化作品も多く、『潮騒』だけでも5回映画化されている。 今回放送される「美徳のよろめき」は、彼が書いた風俗小説を中平康監督、新藤兼人脚本で映画化したもの。良家から嫁いだ気品のある結婚3年目の主婦が、結婚前にキスを交わした男性と再会して、彼との情事を夢見るようになっていく。夫との夜の営みも少なくなって、性的な欲求を抱えるヒロインを、当時30代半ばの女盛りにあった月丘夢路がはまり役で演じ、“よろめき夫人”として脚光を浴びた。夫役に三國連太郎、彼女の情事の相手に葉山良二というキャスティング。情事を象徴するのがキスというのは時代性を感じるが、鬼才・中平監督が揺れる女性心を手堅く映し出した作品になっている。 エロティックな浅丘ルリ子に酔う、三島も絶賛した「愛の渇き」 「愛の渇き」は、三島由紀夫も絶賛した1本。富豪の長男に嫁いだ悦子は、夫が若くして亡くなり、今は義父の愛撫の対象になっている。彼女は下男の三郎の若い肉体に魅せられ、精神と肉体のバランスを崩していく。 蔵原惟繕監督と主演の浅丘ルリ子は、これが6度目のコンビ作だったが、女性のエロティシズムを描くという意味では、本作が頂点だろう。終始和服姿の浅丘ルリ子は、衣の中に性的欲求を封じ込めているように見えながら、冒頭の中村伸郎演じる義父の髭を剃っているときに一瞬きらめく殺気や、三郎を演じた石立鉄男の白いシャツの背中に爪を立てて傷つけるときの狂気など、瞬間にほとばしる“性”に根ざした感情の高ぶりが印象的。その悶々とした想いが最後に惨劇を生んでいくのだが、彼女の和服が乱れたとき、内なるフェロモンが解き放たれて、強烈なエロティシズムが漂う。当時、製作した日活はその観念的な愛の表現ゆえか、1年間映画をお蔵入りにしたが、1967年に公開された本作はキネマ旬報ベスト・テン日本映画第7位にランクインしている。 妻夫木聡、竹内結子のコンビが、華族の愛を演じた「春の雪」 「春の雪」は三島の長編『豊饒の海』4部作の第1部を、行定勲監督が妻夫木聡と竹内結子主演で映画化したもの。大正初期。侯爵家の松枝清顕と伯爵家の綾倉聡子は、両思いだがうまく愛情を表現できない。そのうち聡子は宮家の洞院宮治典王に求婚され、彼女は清顕の愛を確かめようとするが不発に終わり、縁談を受け入れる決意をする。一度離れたことで彼女への愛を自覚した清顕は、聡子との禁断の愛へと足を踏み入れていく。 大正時代の華族の世界を、ホウ・シャオシェン監督の映画でも知られる台湾のカメラマン、リー・ピンビンが映し撮った美しい映像が素晴らしい。妻夫木と竹内は、硬質な装いの中に狂おしいまでの愛を秘めたカップルを、絶妙のバランスで表現している。またこの映画を企画した藤井浩明は、1950年代から三島の作品に携わってきた元大映のプロデューサー。彼の人脈もあって、大楠道代、岸田今日子、18年ぶりに映画出演した若尾文子など、かつて大映映画を彩ったスターたちが脇を固めていることでも見逃せない文芸大作だ。 東大のエリートたちの攻撃に立ち向かう、三島が見もの! 「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」は1969年5月13日に東大駒場キャンパスで行われた、三島と東大全共闘との討論会の全貌を収めたドキュメンタリー。会場の900番教室には1000人を超える学生が集まり、天才作家・三島由紀夫を論理で攻撃しようと血気盛んな全共闘の面々が責め立てる。体制に反逆する東大のエリートたちの、熱い論戦も見ものだが、注目したいのは三島の反応だ。冷静を装いながら終始タバコを吸い、その煙草をどこに置くかまでが、自分を表現するパフォーマンスになっている。学生の攻撃を三島由紀夫という存在感で受け止めて、跳ね返していく緊迫したやり取りが面白い。 三島はこの討論会から一年半後の1970年11月25日に自ら割腹して果てるのだが、そのときは彼が市ヶ谷駐屯地で自衛隊の隊員たちに、決起を促す演説をした。彼の演説は隊員たちの心を動かすことはなかったが、もしかしたら彼は、論戦が生む熱気の手ごたえを、この討論会で感じたのかもしれない。 またこの作品には平野啓一郎や内田樹、瀬戸内寂聴などが登場して、三島について語っているので、彼の人となりを知る上でも貴重な作品である。 三島由紀夫は子供の頃には虚弱体質で、激しい運動を止められていた。その反動からか、1955年頃からボディビルで体を鍛え、自らの肉体をオブジェとして写真集や映画の出演などで、人に見せつけていった。言わばビジュアルイメージをセルフプロデュースした最初の作家で、その行動や言動は常に刺激的だった。そんな時代の先端を走り続け、晩年にはノーベル賞に最も近いと言われた作家が生み出した愛と性の世界を、今回の放送作品で味わってほしい。   文=金澤誠 制作=キネマ旬報社 放送作品 「美徳のよろめき」放送日:1月6日、14日 ●1957年/日本/99分 監督:中平康 原作:三島由紀夫  出演:月丘夢路、三國連太郎、葉山良二、南田洋子 ほか “よろめき“という流行語が生まれたほど話題を呼んだ三島由紀夫のベストセラーを、新藤兼人の脚本で中平康が映画化。情事を夢見る若き人妻に月丘夢路が扮した文芸作品。 躾が厳しく門地の高い家に育った節子は親の決めた相手と結婚し、結婚によって男性の二字を知ったが、3年目ごろから夫婦のいとなみも間遠になっていた。そんなある日、節子は結婚前に避暑地で知り合った青年・土屋と再会する…。 ©日活   「愛の渇き」放送日:1月14日、31日 ●1966年/日本/本編101分 監督:蔵原惟繕 原作:三島由紀夫 出演: 浅丘ルリ子、山内明、中村伸郎、石立鉄男、小高雄二 ほか 蔵原惟繕が『執炎』、『夜明けのうた』に続いて監督した、浅丘ルリ子の主演作。三島由紀夫原作の映画化。浅丘ルリ子が着物姿の未亡人を妖艶に演じて魅惑的。 阪神間に広大な土地や農園を所有する富豪・杉本家の長男に嫁いだ悦子は、夫が若くして死んだ後も杉本家に留まり、義父でやもめの弥吉の妾のような生活を送っていた。悦子が唯一心を動かされるのは下男の三郎だった。しかし、女中の美代が三郎の子を妊娠しているとわかり、悦子の心は乱れ、三郎が帰郷している間に美代のお腹の子を堕ろさせてしまう…。 ©日活   「春の雪」放送日:1月14日、26日 ●2005年/日本/154分 監督:行定勲 原作:三島由紀夫 出演:妻夫木聡、竹内結子、高岡蒼佑、及川光博、田口トモロヲ、高畑淳子、石丸謙二郎、宮崎美子 ほか 三島由紀夫の同名小説を、妻夫木聡×竹内結子で映像化した、儚くも美しい悲恋の物語。 侯爵家の子息・松枝清顕と伯爵家の令嬢・綾倉聡子は、幼なじみであり、互いに想い合う関係だった。しかし、政略結婚により聡子の縁談が決定してしまう。一度はすれ違った二人だったが、一度離れたことで互いの愛情を再認識し、人目を忍んで密会を重ね始める。しかし、それは悲劇の幕開けであった。 ©2005「春の雪」製作委員会   「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」放送日:1月14日 ●2020年/日本/111分 監督:豊島圭介 出演:三島由紀夫、芥正彦、木村修、橋爪大三郎、篠原裕、宮澤章友、原昭弘、椎根和、清水寛、小川邦雄、平野啓一郎、内田樹、小熊英二、瀬戸内寂聴 ほか ナビゲーター:東出昌大 稀代の天才作家・三島由紀夫と、血気盛んな反逆のエリート・東大全共闘の討論会の全貌を描いた衝撃のドキュメンタリー。時は1969年5月13日。東大駒場キャンパスの900番教室に1000人を超える学生が集まり、三島を今か今かと待ち受けていた。どこを切っても正反対、ベクトルは真逆の三島と東大全共闘。果たして、言葉の銃で撃ち合い、論理の剣で斬り合う、スリリングな討論アクションによる死闘の行方はー。 ©2020 映画『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』製作委員会 ▶映画・チャンネルNECOの公式HPはこちら    
  • [caption id="attachment_45460" align="aligncenter" width="1024"] 「喜劇 急行列車」[/caption] 1月はレジェンドと呼ばれる俳優、監督、人気シリーズの作品が登場。俳優では第1作の公開から55周年を迎えた「男はつらいよ」シリーズの主演スター、渥美清が〝寅さん〞を演じる前に主演した喜劇映画を放送する。1967〜68年に3本が作られた瀬川昌治監督による喜劇「列車」シリーズは、毎回、渥美清演じる当時の国鉄の職員が、ユニークな乗客たちと繰り広げる騒動を描いた鉄道コメディ。第1作「喜劇 急行列車」(67)では、渥美は奥さんがいるのに佐久間良子扮する女性に惚れ、楠トシエ演じる奥さんから浮気を疑われて四苦八苦する。この作品では東京̶長崎間を走る特別急行列車『さくら』や東京発西鹿児島行の『富士』が物語の舞台になるが、国鉄が全面協力した車内での撮影は鉄道ファンには興味深いだろう。3作通して佐久間がマドンナ的な役柄で登場。彼女との恋が実らないところは、「男はつらいよ」の〝寅さん〞を思わせる。また他にも渥美清が野村芳太郎監督と組んだ「拝啓天皇陛下様」(63)、「続 拝啓天皇陛下様」64)、「拝啓総理大臣様」(64)と続いた、「拝啓」シリーズ3本を併せて放送する。   [caption id="attachment_45463" align="aligncenter" width="1024"] 「吉原炎上」[/caption] 五社英雄監督はフジテレビのディレクターから映画監督になった、テレビ界から映画業界に進出したパイオニア的存在。60 年代からスタイリッシュな映像と、豪快な殺陣による男性主体のアクションを得意としたが、その五社監督が〝女の情念〞にスポットを当てた大作映画を連発し、第2の黄金期を作った80年代の東映作品5本が登場する。その皮切りとなったのが、夏目雅子が俠客の娘を演じて注目された宮尾登美子原作の「鬼龍院花子の生涯」(82)で、今回は同じく宮尾登美子原作による「陽暉楼」(83)、「櫂」(85)と続いた〝高知三部作〞を一挙に放送。他にも明治初期の北海道・樺戸集治監を舞台にした「北の螢」(84)は、今だと『ゴールデンカムイ』のファンにもお薦めしたい一本である。中でも注目は、明治時代後期の吉原遊郭を舞台に、名取裕子など5人の俳優が演じる花魁の愛憎を描いた「吉原炎上」(87)。この作品では明治44年に焼失した吉原を、琵琶湖畔に建てたオープンセットで再現。150人の群衆が逃げ惑う迫力ある炎上シーンを含め、見どころ満載のスペクタクル大作だ。   [caption id="attachment_45462" align="aligncenter" width="720"] 『必殺シリーズ10周年記念スペシャル 仕事人大集合』[/caption] 一昨年、シリーズ開始から50年を迎えた『必殺』は、長い人気を保ち続ける時代劇のレジェンド作品。金を貰って許せぬ悪を倒す殺し屋たちを描いたこのシリーズからは、藤田まこと扮する中村主水という名物キャラクターも誕生した。その中村主水を中心とする「必殺仕事人」のメンバーが活躍する、『必殺スペシャル』が集中放送される。スペシャルでは通常の作品よりも物語のスケールが大きく、倒す悪も強大。また時代設定も忠臣蔵から桜田門外の変、果ては主水たちが西部開拓時代のアメリカへタイムスリップしてカスター将軍率いる第七騎兵隊と戦うものまであり、面白ければ何でもありの自由な発想で作品が作られている。中でも『必殺シリーズ10周年記念スペシャル 仕事人大集合』(82)は、棺桶の錠や知らぬ顔の半兵衛、仕掛の天平、寅の会の元締・虎など、シリーズを彩った人気キャラが再び登場する、ファン必見の作品だ。 文=金澤誠 制作=キネマ旬報社(「キネマ旬報」2025年1月号より転載)   BS松竹東急 BS260ch/全国無料放送のBSチャンネル ※よる8銀座シネマは『一番身近な映画館』、土曜ゴールデンシアターは『魂をゆさぶる映画』をコンセプトにノーカット、完全無料で年間300本以上の映画を放送。 ■1/6[月] 夜8時 「喜劇 急行列車」 監督:瀬川昌治 出演:渥美清、西村晃、小沢昭一、大原麗子、江原真二郎、佐久間良子 ほか © 東映 ■1/14[火] 夜8時 『必殺シリーズ10周年記念スペシャル 仕事人大集合』 監督:工藤栄一 出演:藤田まこと、三田村邦彦、鮎川いずみ ほか © ABCTV/松竹 ■1/30[木] 夜8時 「吉原炎上」  監督:五社英雄 出演:名取裕子、二宮さよ子、藤真利子、西川峰子、かたせ梨乃 ほか © 東映 詳細はこちら:https://www.shochiku-tokyu.co.jp/special/eiga/  
  •   障がい児を通して親子の絆を綴った打海文三の同名小説を、「告白」の中島哲也が監督を務め、キャストに西島秀俊、満島ひかり、黒木華、宮藤官九郎、柴咲コウ、塚本晋也、片岡鶴太郎、佐藤二朗、役所広司を迎えて映画化した「時には懺悔を」が、6月より全国公開される。ティザービジュアルが到着した。     中島監督が構想15年を費やし、7年ぶりにメガホンを執った本作。家族から目を背けた佐竹(西島秀俊)、子を生きる糧にした明野(宮藤官九郎)、娘に捨てられた聡子(満島ひかり)、産んだ子を愛せなかった民恵(黒木華)、他者に関心を持てなかった米本(佐藤二朗)、子にすべてを捧げた由紀(柴咲コウ)。事情を抱えた人々のドラマが観る者の心に迫る。 中島哲也監督コメント  「この子は生まれてこないほうが幸せでした」。劇中のセリフですが、そう言われた子どもがそれでも生まれ、多くの人々の心を動かし、その人の人生に影響を与える。望まれなかった命が誕生し誰かの救いになって、この世界に生まれてきた価値があると証明する。そのことと正面から向き合った映画だと思います。  過剰に人を攻撃してしまったり、心に傷を負ったまま立ち上がれなかったり、あるいは自ら壁を作りその中に閉じこもっている…そんな欠点だらけの大人達が、重い障がいを持ち生まれてきた幼い命に出会い、どう変わっていくのか。  原作小説を読んでから約20年。ずっと映画化を切望しましたが難しいと言われ続け、中止になってもおかしくない事態に何度もぶつかりながら、障がい児関連の人々など多くの人の協力と努力に支えられ、やっと完成しました。この20年間に世の中の価値観が少しずつ変わり、こういう映画が人々に受け入れられる土壌がようやく整ったことを強く実感しますし、嬉しい限りです。  主人公である佐竹同様、極度のヘソ曲がりの私ですが、この映画にはかつてなく自分の気持ちが素直に出ている気がします。伝えようとしていることの大切さや重さを考えれば気取った演出などしている場合じゃなかった。そこに監督としてのエゴを入れる余地は全くありませんでしたし、スタッフ・キャストを含め全員で作ったという実感を強く抱いています。  だからこそ、観てくれた人がこの映画をどう感じどう受け止めてくれるか、ものすごく楽しみです。どうか是非、劇場に足をお運び下さい。   「時には懺悔を」 監督;中島哲也 出演:西島秀俊、満島ひかり、黒木華、宮藤官九郎、毎熊克哉、鈴木仁、烏森まど、山﨑七海、唯野未歩子、野呂佳代、長井短、しんすけ、山下舜太、諸角優空、柴咲コウ、塚本晋也、片岡鶴太郎、佐藤二朗、役所広司 原作:打海文三「時には懺悔を」(角川文庫/KADOKAWA) 脚本:中島哲也、門間宣裕 制作:TIME、さざなみ 配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント ©︎2025映画『時には懺悔を』製作委員会 公式サイト:https://www.tokizan.jp