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  • “今だから観たい!” コロナ禍の日本を真正面から描いた愛と希望の物語「茜色に焼かれる」 新型コロナウイルスの登場は、私たちの生活を一変させたが、映画業界にとってもその衝撃は大きかった。経済的な問題だけでなく、作り手に与えたと思われる精神的な影響も想像に難くない。そして、コロナ禍でなければ誕生しなかったであろう一本が石井裕也監督作「茜色に焼かれる」だ。 石井監督がコロナ禍でどうしても撮りたかった映画 7年前、交通事故で夫を亡くした田中良子(尾野真千子)は、中学生の息子をひとりで育てていた。経営していたカフェはコロナ禍に伴って破綻し、現在は花屋のバイトとピンクサロンの仕事を掛け持ちする日々。理不尽な加害者からの賠償金を受け取らず、施設に入居している義父の面倒も見ているため、つねに家計は赤字だった。さらに、息子は学校でいじめに遭い、良子自身も尊厳を奪われる出来事を経験することに。それでも気丈に振る舞う良子は、息子への溢れる愛を胸に、時代にあらがおうとしていた。 コロナ禍で生きづらさを感じていた石井監督は、しばらく映画は撮らなくてもいいと感じるほどに一時は疲れ果てていたという。しかし、そんななかでどうしても撮りたい映画として本作が思い浮かび、一気に仕上げた。ゆえに、多くの人がまさに今抱えている思いが反映された作品となっているが、それだけではない。若くしてこの世を去った実母を想い、これまでは恥ずかしくて避けてきたという愛と希望を石井監督が真正面から描いているのも見どころだ。 ラストに繰り広げられる予想を超えた〝あるパフォーマンス〟 そして、本作を語るうえで欠かせないのは、主演を務めた尾野真千子の圧倒的な存在感。石井監督が「尾野さんがダメなら、やっていなかったと思う」と話しているのも頷ける。理不尽な出来事が容赦なく降りかかり、暴言を浴びせられても、「まあ頑張りましょう」とだけ返す良子に、観客は違和感を覚えずにはいられないが、そこに説得力を与えられたのは尾野が演じていたからこそ。根底にある息子への絶対的な愛と、諦めることのない希望を見事に体現してみせた。息子役の和田庵をはじめ、ピンクサロンで知り合う片山友希や永瀬正敏との掛け合い、さらにはラストに繰り広げられる予想を超えた〝あるパフォーマンス〟も必見だ。 八方塞がりの状況のなか、誰もが〝芝居〟をしながら生きている現代で、良子の不器用な生き方に息苦しさを感じるところはあるかもしれない。しかし、茜色に染まる夕空の美しさに心が洗われるように、懸命な母子の姿は救いも与えてくれるはず。今の時代だから生まれた一本であり、今だから観たい一本でもある。(「茜色に焼かれる」は1月7日Blu-ray&DVDリリース、同監督作品「アジアの天使」も2月2日リリース) 文=志村昌美 制作=キネマ旬報社 「茜色に焼かれる」 ●1月7日(金)Blu-ray&DVDリリース(DVDレンタル同日リリース) Blu-ray&DVDの詳細情報はこちら ●Blu-ray:5,280円(税込) DVD:4,290円(税込) ●特典(Blu-ray、DVD共通) 【映像特典】 ・オリジナル劇場予告編 ●2021年/日本/本編約144分 ●監督・脚本・編集:石井裕也 出演:尾野真千子、和田庵、片山友希、オダギリジョー、永瀬正敏 ●発売元:朝日新聞社、RIKIプロジェクト 販売元:株式会社ハピネット・メディアマーケティング  ©2021『茜色に焼かれる』フィルムパートナーズ   石井裕也監督作連続リリース! 「アジアの天使」 ●2月2日(水)Blu-ray&DVDリリース(DVDレンタル同日リリース) Blu-ray&DVDの詳細情報はこちら ●Blu-ray:5,280円(税込) DVD:4,290円(税込) ●特典(Blu-ray、DVD共通) 【映像特典】 ・オリジナル劇場予告編3種 ・メイキング ●2021年/日本/本編約128分 ●監督・脚本:石井裕也 出演:池松壮亮、チェ・ヒソ、オダギリジョー、キム・ミンジェ、キム・イェウン、佐藤凌 ●発売元:朝日新聞社、RIKIプロジェクト 販売元:株式会社ハピネット・メディアマーケティング  ©2021 The Asian Angel Film Partners
  • 日本でも原爆開発の事実があった。柳楽優弥、有村架純、三浦春馬が「太陽の子」に込めた思い 被爆国の日本が、戦争で原子爆弾を初めて使う側になっていたかもしれなかった……。そんな太平洋戦争末期の日本の原爆開発の史実を基に、その研究に没頭する若き科学者、彼の弟の軍人、兄弟の幼馴染女性の3人を中心に、時代に翻弄された若者たちの等身大の姿を描いた青春群像「映画 太陽の子」。そのBlu-ray&DVDが1月7日にリリースされる。 日本でも研究されていた原爆開発の事実 太平洋戦争末期、日本の原爆開発は「F研究」と呼ばれており、脚本・監督を務めた黒崎博は、この研究に従事した若き科学者の日記の断片を偶然に目にしたことから、10年以上今回の企画を温め続けた。その日記には大きな任務に携わる傍らで、日々の食事や恋愛など等身大の学生の日常が書き記されていたそうで、実在の人物および事実をリサーチした上で、それらを基にフィクションとして本作の物語を書き上げたという。 1945年の夏、京都帝国大学・物理学研究室の大学院生である若き科学者・石村修(柳楽優弥)と研究員たちは、軍の密命を受けて原子核爆弾の研究開発を進めていた。その頃、幼馴染の朝倉世津(有村架純)が、建物疎開で家を失ったため、修の家に居候することに。時を同じくして、修の弟・裕之(三浦春馬)が、戦地から一時帰郷。3人は久しぶりの再会を喜び、ひと時の幸せな時間を過ごす。しかし、裕之は戦地で深い心の傷を負っており、物理学に魅了されて研究に没頭する修も、その裏にある破壊の恐ろしさに葛藤を抱えていた。裕之が再び戦地に赴く中、修と研究チームは開発を急ぐが、運命の8月6日、広島への原爆投下の日が訪れてしまう……。 科学者の葛藤と狂気 研究に没頭する主人公の科学者・石村修を演じるのは柳楽優弥。修の弟で戦地に向かう志願兵の石村裕之を三浦春馬。その幼馴染の二人を包み込む朝倉世津を有村架純がそれぞれ演じている。 修と研究チームの科学者たちは、原子核爆弾の開発が日本を救うためのものであると信じながらも、大量殺戮兵器であるということも認識はしている。科学者が兵器開発に関わること、研究のために兵役を免れていることなど、それぞれが個々に異なる葛藤や苦悩を抱えながら研究に参加していたことが丁寧に描かれる。現実的には物資の不足していた当時の日本では難しかったのかもしれないが、もしも開発に成功していたらと思うと恐ろしい。そんな科学者の葛藤を描く一方、純粋に未知のものを作りたいという科学者としての本能や興味につき動かされ、兵器研究に没頭していく主人公・修の姿は、狂気的にも映る。非常に複雑なこの人物を、柳楽は朴訥そうな中にも情熱と信念を持つ人物として力強く演じている。 修の弟・裕之を演じた三浦は、普段は気丈に明るく振舞いながらも、実は戦地で負った深い心の傷を抱えた特攻隊員役を繊細に表現。国や家族を守るため、先に逝った戦友たちのように闘い抜きたいと思いながらも、死への恐怖と生き残ってしまった苦悩の間で苛まれている。三浦ならではの豊かな表現力で、兄と世津にだけ見せる笑顔や弱さは見る者の心に深い印象を残す。母や兄に見送られながら二度と帰れない戦地に向かう後ろ姿には、様々な思いがこみ上げてしまう。 修と裕之がほのかに想いを寄せる幼馴染の世津は、母とはまた違った立場で二人を包み込む存在。ただ一人、戦争が終わった後の世界を見据えている希望のような存在でもある。有村はそんな世津役を柔らかさと芯の強さの双方を醸し出して見事に表現。柳楽、三浦、有村の3人が、強い責任感や使命感を持ち、この作品に並々ならぬ思いで取り組んでいたことは、豪華版のDVDとブルーレイに収録された各種の映像特典で見ることができる。 語り継ぐべき戦争体験 さらに、修と裕之の母・フミ役に田中裕子、実在した日本の原子物理学の第一人者・荒勝文策役に國村隼、若き研究者たちに尾上寛之、渡辺大知、葉山将之、奥野瑛太がそれぞれ扮するほか、イッセー尾形、山本晋也、三浦誠己、宇野祥平、土居志央梨らも共演。ベテラン俳優から若手俳優まで、芝居の上手いキャストが揃っている。監督・脚本の黒崎博は、連続テレビ小説『ひよっこ』(17)や大河ドラマ『青天を衝け』(21)の演出のほか、ドラマ『帽子』(08)『火の魚』(09)の演出でも高い評価を受けており、自ら書き上げた今回の脚本でサンダンス・インスティチュート/NHK賞2015でスペシャル・メンション賞(特別賞)を受賞。声の出演のピーター・ストーメアのほか、音楽のニコ・ミューリーなど、海外の一流スタッフが参加した日米合作映画でもある。なお、本作は研究過程や結末の描写が違うテレビ版も存在。映画とは視点を変えて短くまとめられたパイロット版的な約80分の作品だが、こちらも2020年8月度のギャラクシー賞月間賞を受賞する高評価を受けた。   戦時中にもあった日常や青春を描きながら、原爆の被害者である日本がもしかしたら加害者になっていたかもしれないという知られざる事実と、その兵器開発競争に従事した科学者の葛藤、そして愛する者が奪われる戦争の過酷さなどを描いた本作。等身大の若者たちを描くことで、わずか80年近く年前まで日本が戦争の当事者だった現実を身近に感じさせる。戦争体験者がいなくなりつつある現在、語り継ぐべき貴重な戦争映画の一つといえる。 柳楽、有村、三浦らの込めた思いの深さが伝わる映像特典 セル版DVDとブルーレイの各豪華版には、メイキング、イベント映像集(完成披露試写会、初日舞台挨拶)、劇場公開時の本編後に上映されたメイキング映像、長崎出身の福山雅治による主題歌『彼方で』を使ったInspire Movieなどの映像特典を収録。 2019年8月下旬~10月下旬まで行われた撮影の様子が収められたメイキングでは、柳楽、有村、三浦らが撮影中の思いを語っているほか、三浦が世津の祖父役の山本晋也と日本酒について語り合うような撮影合間の素顔も収録。修、裕之、世津の三人が本音の気持ちを共有しあう海辺のシーンでは、一発本番の緊張感の中で鬼気迫る熱演を見せるキャスト3人の姿が特に印象深い。しばらく役が抜けきれない様子の三浦の様子には、このシーンに込めた思いの深さが感じとれる。さらに、柳楽たち研究者役のキャストたちが撮影前に物理学の講義を受けている姿や、柳楽が原爆資料館を訪れた様子なども収められており、皆が真摯な姿勢で本作に取り組んでいたことがわかる。また、イベント映像集では、柳楽、有村、黒崎監督らが自らの本作に込めた様々な思いと共に三浦への思いを語っていることも興味深い。 文=天本伸一郎 制作=キネマ旬報社 「映画 太陽の子」 ●1月7日(金)Blu-ray&DVDリリース(DVDレンタル同日リリース) Blu-ray&DVDの詳細情報はこちら ●Blu-ray豪華版:7,480円(税込) DVD豪華版:6,380円(税込) ●特典(Blu-ray豪華版、DVD豪華版共通) 【仕様・封入特典】 ・三方背ケース ・ブックレット(20P) 【映像特典】※特典ディスクはDVDとなります ・メイキング ・イベント映像集 ・劇場公開時 本編後付けメイキング映像 ・『映画 太陽の子』×福山雅治「彼方で」Inspire Movie ・予告集 ●Blu-ray通常版:5,280円(税込) DVD通常版:4,290円(税込) ●特典(Blu-ray通常版、DVD通常版共通) 【映像特典】 ・予告集 ●2021年/日本・アメリカ/本編111分 ●監督・脚本:黒崎博 ●出演:柳楽優弥、有村架純、三浦春馬、イッセー尾形、山本晋也、ピーター・ストーメア、國村隼、田中裕子 ●発売元:株式会社ハピネットファントム・スタジオ 販売元:株式会社ハピネット・メディアマーケティング  ©2021 ELEVEN ARTS STUDIOS / 「太陽の子」フィルムパートナーズ
  •  1974年12月1日、「映画の日」に制定された城戸賞が今年、47回目を迎えた。映画製作者として永年にわたり日本映画界の興隆に寄与し、数多くの映画芸術家、技術家等の育成に努めた故・城戸四郎氏の「これからの日本映画の振興には、脚本の受けもつ責任が極めて大きい」との持論に基づき、新しい人材を発掘し、その創作活動を奨励することを目的とした本賞。これまでも「のぼうの城」(11)、「超高速!参勤交代」(14)など受賞作が映画化され大ヒットした例もあることから、本賞への注目度は映画界の中でも圧倒的に高い。ただ、それだけに入選のハードルも高く、今年も7年連続「入選作」が選ばれなかったという現実も。また、昨年に引き続き、コロナ禍で人々の生活が一変するなか、その影響もあってか、選考対象作品は昨年の406篇より少々減少、337篇となったことも、記録に留めておきたい。その中から10篇が最終審査に進み、準入賞を果たしたのは一戸慶乃氏の「寄生虫と残り3分の恋」と生方美久氏の「グレー」の二作品、昨年、「御命頂戴!」で準入賞を果たした島田悠子氏の「薄氷(うすらい)」は佳作を受賞した。準入賞二作品の全篇を別項で紹介するとともに、最終審査に残った10篇の総評と受賞作品の各選評を掲載する。 右から準入賞を果たした一戸慶乃氏、生方美久氏、佳作を受賞した島田悠子氏 選考対象脚本 337篇 日本映画製作者連盟会員会社選考委員の審査による第一次・第二次・予備審査を経て、以下10篇が候補作品として最終審査に残った。 「吉原狂花酔月」 渡辺健太郎  「ユスティティアの姉妹」 柏谷周希  「スノーブランド」 菊地勝利  「寄生虫と残り3分の恋」 一戸慶乃  「劇団クソババア」 竹上雄介  「薄氷」 島田悠子  「グレー」 生方美久  「FIN」 森野マッシュ 「パパ友はターゲット」 岡本靖正  「4万Hzの恋人」 キイダタオ   受賞作品 入選 該当作無し 準入賞「寄生虫と残り3分の恋」一戸慶乃 準入賞「グレー」生方美久 佳作「薄氷(うすらい)」 島田悠子   第47回城戸賞審査委員 島谷能成(城戸賞運営委員会委員長) 岡田惠和 井上由美子 手塚昌明 朝原雄三 富山省吾 臼井 央 明智惠子 会員会社選考委員 (順不同 敬称略)   準入賞者のプロフィール&コメント 準入賞者:一戸慶乃(いちのへ・よしの) プロフィール 高校を卒業後、演劇専門学校に入学し、卒業。その後、一般企業で派遣社員として勤めながら、舞台やテレビの企画・制作を学ぶため吉本クリエイティブカレッジに入学。その授業の一環として、学生舞台の脚本を手掛けたことをきっかけにシナリオ執筆をスタート。伊参スタジオ映画祭シナリオ大賞2020にて、奨励賞を受賞。 受賞によせて この「寄生虫と残り3分の恋」は、ふたつの恋の終わりと、ひとつの友情の芽生えを描いた作品です。主人公たちが未来で振り返ったとき、カップ麺が出来上がるまでの3分間くらいあっという間だったけれど、あの日々があったから僕は、私はこうして前に進めているんだと思えるような日々を描きました。恋愛をした先にある、おまけのようなほんの少しの時間だったとしても、きっと必要な日々だったと思えるような瞬間を。 この物語は、始まりも終わりもハッピーなシーンとは言えません。ですが、もしかしたら向かいのアパートに住んでいるのかも? と思えるような、彼らの飾らない会話を楽しんでいただけたらと思います。また、平気なふりをしながらも、時に気持ちが溢れ出しながらも、愛おしい日々と愛おしい人とのさよならを、歯を食いしばって決断していく彼らに、何か感じていただけるものがありますと幸いです。 第47回城戸賞にて、準入賞という貴重な賞をいただき、感謝の気持ちでいっぱいです。本作にはまだまだ至らぬ点が多くありますし、課題もたくさん見つかりました。改めて身を引き締め、これからも新しい作品を作っていこうと思います。 準入賞者:生方美久(うぶかた・みく) プロフィール 群馬大学医学部保健学科で看護学を選考、卒業後は大学病院に入職、3年間の勤務ののち、シネマテークたかさきに職を求め、現在はそこを経てクリニックに勤務。伊参スタジオ映画祭シナリオコンクール2019、2020奨励賞を受賞。第46回城戸賞で佳作を受賞する。 受賞によせて 春が桃に、桃が春に救われたように、私自身、書きながら彼らに救われていました。白黒はっきりしていないと、頑張らないと、評価をもらわないと……と思い込んでいた自分のために書いたような気もします。 会話を書くのが好きです。ワードに登場人物の名前と「」を打ち込むと、しゃべらせたいセリフが溢れます。でも、それが作品を通して伝えたい想いの邪魔をしてしまう気がして、セリフ量を控えたものをまず書きました。しかし、できたものを読み返して思ったのは、「誰でも書けるものになった」。自分の好きなように好きなものが書けるのが素人の特権です。狙うのやめよ! 好きに書こ! と、大好きな会話を増やしました。よし、これで評価されなかったら、そのときはそのとき。私が書くものはこれ。私に書けるものはこれ。と思い、応募しました。 結果として入選には届きませんでしたが、賞がいただけたということは、誰かの心には届くものになっているはずです。 これは映画脚本です。映画にするために書いた脚本です。私には、頭の中にある映像を文字に起こす力しかありません。脚本を映画にする力を持っている偉い人たち! 力を貸して下さい! 選者 富山省吾(日本映画大学理事長) 臼井 央(東宝株式会社 映像本部映画企画部長) 総評 ■島谷映連新会長のご発声で前岡田会長への黙祷を捧げた後、選考会を始めました。結果として今回も入選作品を選び出せず、第40回(2014)から7回続けて入選作のない城戸賞となりました。近来の傾向として身近なモチーフや個人的視点からの自分発見や成長物語が数多く見られます。脚本家登竜門である城戸賞の題材として相応しいと思われますが、希望としてそこに社会への主張を加えて欲しい。そして応募作のジャンルとしての時代劇。こちらは時代を借りて自由に描く創作時代劇、あるいは空想時代劇と呼べるものが多く、本来の時代の束縛や限界を題材とする時代劇は見られません。オリジナル脚本ならではの今日的課題の発見と、時代と社会への強い主張。この二つを娯楽映画に仕立てることで観客にアピールする脚本、例えばダイオキシン・PCB・産廃処理を物語の発端とし、加熱マスコミ報道の視点を盛り込んで誘拐捜査を描いた第21回「誘拐」のような腹に響く社会ドラマを待望します。(富山) ■城戸賞の審査に携わるのは数年ぶりになります。最終の10本のみ拝読させてもらいましたが、時代劇、コメディ、ラブストーリー、法廷ドラマ、青春ドラマなど様々なジャンル、切り口での作品群と出会えました。相対評価するのは中々に難しい作業でしたが、力作揃いだったと思います。キャラクター、構成、セリフ、オリジナリティなど脚本を評価するにあたって要素を分けて分析をすることがありますが、キャラクターに好感が持てる作品、構成が上手くいっている作品、セリフにリアリティを感じる作品はあれど、オリジナリティが突き抜けていた作品には出会えなかったという印象でした。日々映画企画に向き合って凝り固まってしまっている我々が、「新しい」と感じる脚本に出会えるのを来年以降もお待ちしています。(臼井) 受賞作品選評 選評 準入賞「寄生虫と残り3分の恋」(受賞作全文はこちらからお読みいただけます) 桜介と同棲して怠惰に暮らす奈留が別れ話を告げられる。そこに現れる桜介の同僚の岩瀬。自己欺瞞・モラトリアムなどから覚醒する三人三様をLGBTを絡ませて描く。「なぜ奈留は寄生虫になったのか」をわからせて欲しかった。(富山) 特異な設定や大事件は無いが、両親の離婚話が出てきた頃から展開が読めなくなり、キャラクターのリアリティや葛藤に没入。引っ越しの日に再会したメイン3人のシーンにはグッときた。物語全体の完成度も他に比して高かった。(臼井) 準入賞「グレー」(受賞作全文はこちらからお読みいただけます) 春26才と桃17才。ダンスとピアノ。トランスジェンダーとパニック障害。二つの出会いが生む物語。ピアノとダンスのデュオシーンがクライマックスのはずだがシーンの描き方が淡泊で残念極まりない。昨年の佳作から進境見える。(富山) メイン2人のリアリティは積み上げられていたが、今触れることが多くなってきたジェンダー題材の中で、強いオリジナリティは欲しくなる。共にグレーの衣装に身を包んだ春のラストダンス、桃のラストプレイはとても映画的で印象に残った。(臼井) 佳作「薄氷」 時代劇に拘る作者の姿勢に好感し、ミステリーとして評価する声複数。但し昨年度準入賞「御命頂戴!」との比較ではストーリーが一筋で物足りないとの意見も。人物キャラクターや会話がアニメ的なのは功罪相半ば。(富山) 5人の跡取り問題、誰の策略か、という仕掛けは面白い。最終的に真犯人の心の闇に主人公が影響しないまま終幕するのが惜しい。この作品ならではの主人公像がもっと掘れていればより高い評価になったのではないか。(臼井) 最終選考作品選評 「吉原狂花酔月」  吉原大火事を生き残った双子の姉妹。一人は用心棒となって吉原に舞い戻リ、妹を捜す。ポップでエグいという高評価の一方、主人公が魅力不足、推敲足りない、テーマが響かないとの声。(富山) 「ユスティティアの姉妹」 リーガルミステリー。裁判官・検事・弁護士を対比して見せるディテールが評価される一方、犯行動機にリアリティ感じない、読み物として知ること多かったが映画で見る意味を見付けられなかったという意見も。(富山) 「スノーブランド」 競走馬の復活に賭ける人々。解らないこと多いが応援したくなる話という評価に対し、王道過ぎて惹かれない、もっとレース内容を見たい、ワンアイデアではこの話はもたない、研究不足の声。(富山) 「劇団クソババア」 とにかく主人公・妙子のキャラが抜群。既視感あるようにも思うし、評価がはっきりと割れたが、セリフが面白くテンポも良かった。(臼井) 「FIN」 新スポーツで世界に羽ばたく少女。一人よがりだが読後感良い、表現が明確で映画として観たい、に対して肝心の水中表現が足りない、読んでいて男女の違いが不明、メッセージが伝わって来ない。(富山) 「パパ友はターゲット」 フィクション設定とリアルとの整合性には甘さがあるものの、有りそうで無かった主人公のキャラクター設定は良いアイデア。展開もキャラクターに紐づくもので面白く、最後まで読ませた。(臼井) 「4万Hzの恋」 声の出ない主人公につきものだが、モノローグの応酬のような時間が続いて中だるみするものの、この設定にしか作れない出会いのシーンは名シーンになり得る。(臼井)
  • 1974年12月1日「映画の日」に制定され、第47回目を迎えた優れた映画脚本を表彰する城戸(きど)賞。本年度は、対象337作品から準入賞に「グレー」と「寄生虫と残り3分の恋」の2作品が選ばれました。 ダンスとピアノ。トランスジェンダーとパニック障害。二つの出会いが生む物語を描いた「グレー」のシナリオ全文を掲載いたします。 もう一つの準入賞作品「寄生虫と残り3分の恋」の全文はこちらから、お読み頂けます。   タイトル「グレー」生方美久 あらすじ  ダンス講師のアルバイトをしている乙黒春は、トランスジェンダー男性。後輩の新田と共に、ダンサーとして活躍することを目指しているが、まだ一歩夢には届かず、もどかしい日々を送っていた。  ある日のコンテスト終了後、春がホールに一人残っていると、女子高生・白瀬桃がピアノを弾き始める。ピアノを演奏する桃の姿に圧倒され惹かれる春。  翌日、桃が出演するピアノコンクールを見に来た春。しかし、桃は棄権。桃は二年ほど前、パニック障害を発症し、人前で演奏することが難しくなっていた。  惹かれ合うものがあった二人。桃はピアノを聴かせ、春はダンスを見せる約束をする。しかし、スタジオに行く直前、春がトランスジェンダーであることが桃に知られてしまう。  ホルモン治療を再開し、改めて桃と会うことにした春。桃は春のために曲を作っていた。春はその曲に合わせて踊ることを提案する。打ち合わせもしないまま、春のダンスが桃のピアノに美しく合わさる。  桃の幼馴染・咲也は、春と桃のスタジオでの様子を隠し撮りしていた。出来心で「トランスジェンダー」「パニック障害」と公表した上でYouTubeに動画を投稿する。動画はすぐに拡散され、テレビで特集されるまでに再生回数が伸びていた。世間に注目されることに最初は戸惑う二人だったが、肯定的なコメントを見て、動画でのパフォーマンスを前向きに考え始めていた。  一方で、SNSでは二人を直接的に攻撃する声が増えていく。そして、桃がパニック発作を起こした映像と、春が以前強姦被害に遭った映像が拡散されてしまう。  桃はひどい発作に襲われ入院。春はダンススタジオを去る決断をする。桃への負担を考え、ステージでの演奏を最後に、桃と距離を置くことを決めた春。客もカメラもない二人だけのステージ。グレーの衣装で演奏し、踊る。  数か月後。春と桃、それぞれの場所で前向きに生きている。どこかで互いの存在を感じながら。 登場人物 乙黒 春/春名(26) ダンス講師アルバイト 白瀬 桃(17)    高校2年生 新田 隆斗(23)   ダンス講師アルバイト 白瀬 君江(48)   桃の母親 早苗 咲也(20)   桃の幼馴染 大学2年生 乙黒 幹子(54)   春の母親 乙黒 小夏(15)   春の妹 中学3年生 花森 有紀(34)   ダンス講師 小森 凛太(10)   ダンス受講生 小学4年生 岡井 正宗(22)   咲也の先輩 大学4年生 澄田 真琴(42)   春の主治医 警備員 中年夫婦 女性1 女性2 ラーメン屋・店員 アナウンサー 女子生徒1 女子生徒2 女子生徒3 クリーニング店・店員 シナリオ 〇上崎文化センター・大ホール    乙黒春(26)、無音の中、真っ黒の衣装で舞い踊る。    ×   ×   ×    いつかの同じステージ上。    真っ白のドレスで華麗にピアノを弾く少女・白瀬桃(17)。    ×   ×   ×    春、苦しそうな表情で力強く踊る。    足音や衣装のこすれる音、息づかいが聞こえてくる。    ×   ×   ×    桃、ピアノを弾く手に次第に力が入る。    呼吸が荒く、音が激しくなる。    ×   ×   ×    春の黒い衣装と桃の白いドレスが交わるように何度もカットが入れ替わる。    ×   ×   ×    春、ステージ中央で倒れ込むようにフィニッシュ。息が上がる。    拍手が次第に大きくなる。    春、ゆっくりと立ち上がり、下手へ。 アナウンス「ありがとうございました。続きまして、7番・山本佑太さん—」    春、舞台へ振り返る。    照らされたステージを見つめる。    ×   ×   ×    コンクール終了。撤収作業が進む。    春、舞台袖に座り込んでいる。    「第8回 PRI主催・コンテンポラリーダンスコンテスト」の垂れ幕が、「第47回 フェアリーノ・ピアノコンペティション」に替えられる。    グランドピアノが搬入される。    春の後輩・新田隆斗(23)、春の元にやってきて、 新田「おめでとうございます。3位入賞」    と、賞状を手渡す。 春「……嫌味やめろよ」 新田「嫌味じゃないですよー。俺、入賞できてないんですから。帰りましょ」 春「先帰ってて。ちょっと踊ってく」 新田「(心配そうに春を見る)……5時には閉めるそうです。じゃ、お疲れ様でした」    と、その場を去る。    春、賞状を適当に折りポケットへ。    軽くストレッチ。    搬入作業を終えた作業員が立ち去る。    春、ステージに出ようとしたとき、逆の舞台袖に誰かいるのに気付く。    制服姿の桃、会場から人がいなくなったのを確認し、ステージに出る。    春には気付いていない様子。    誰もいない客席に深々とお辞儀。    ピアノの前に座り、目を閉じる。    大きく深呼吸したのち、演奏を始める。    ドビュッシー「アラベスク第一番」    軽やかでありながら、力強い。    春、圧倒され、惹きつけられる。    ×   ×   ×    桃、演奏を終える。    誰もいない客席にお辞儀。    思わず拍手する春。    桃、拍手の音でようやく春に気付く。 桃「あ……えっと、すみません、勝手に。すみません、あの……許可、もらおうと思ったんですけど、誰もいなかったから、いいかなって……すみません」    黙って拍手を続ける春。 桃「……あ、ありがとうございます」    と、照れ笑い。 春「……プロの方、ですか?」 桃「(激しく首を振り)いえいえ、そんなそんな、そんなわけないです。私が、そんなわけないです」 春「でも、すごかったです。すごいです」 桃「……ありがとうございます。なんか、頑張れそうです」 春「頑張る?」 桃「明日コンクールがあって。ここで」 春「(垂れ幕を見上げて)あぁ、これ……それで、リハ的な」 桃「はい、リハ的な。勝手に、無断で」 春「いやでも……ほんとにすごかったです。音楽とか、楽器とか詳しくないけど、すごいのはわかりました」 桃「あ、そうなんですね。えっと……これ(ピアノを掌で指して)ピアノ、です」 春「……うん。さすがにピアノは知ってます」 桃「あ、そうですよね。すみません」 春「いえ……」    沈黙。 桃「(思いついたように)あっ、じゃあ、ピアノ、何楽器か知ってますか?」 春「何楽器って何?」 桃「ギターは弦楽器とか、トランペットは管楽器とか、そういう」 春「あぁ、そういう……ピアノはあれでしょ。鍵盤楽器」 桃「(ムッとして)そういう話してないです」 春「え、そういう話してたよ」 桃「違います。違うんです。楽器って、基本三つなんです。管楽器、弦楽器、打楽器。その三つ」 春「へぇ……じゃあ、打楽器かな、鍵盤、押してるし」 桃「でも、ピアノには弦がありますよ」 春「あ、そうなの?」 桃「それです」    と、グランドピアノの弦を指さす。 春「(弦を見て)ほんとだ。弦楽器なんだ」 桃「でも、ピアノは鍵盤を打って音を出すんですよ?」 春「……ん、打楽器であってるってこと?」 桃「でも、ピアノには弦があります」 春「……え、会話ループしてる?」 桃「ピアノは、打弦楽器です」 春「……ダゲンガッキ」 桃「はい。打弦楽器」 春「基本三つって」 桃「基本は三つです。でも、ピアノは打楽器でもあり、弦楽器でもあるんです。だから、打弦楽器なんです」 春「……どっちもってアリなの?」 桃「(小さく笑い)どっちかじゃないとダメなんて、そんな決まりないですよ」    春、桃を見つめる。 桃「あ、お兄さん、ここの関係者の人ですか?」 春「……いや、俺は、コンテスト今日で。さっき終わって」 桃「コンテスト?」 春「うん。ダンスの。コンテンポラリーっていうの、やってて」 桃「へぇ、ダンス……どうでしたか?」 春「ダメだった」    と、ポケットから折られた賞状を出し、桃へ渡す。    桃、賞状を広げる。 桃「え! すごいです! 3位です!」 春「このコンテストで3位は、参加賞くらいのやつだから。無価値」    賞状の名前に「乙黒春」と。 桃「ハルくん……あ、シュンくんですか? いや、くん付けは違いますか? 年上ですよね? あ、そんなことないです?」 春「ハルであってる。高校生だよね? 全然年上。26」 桃「あ、はい。私、白瀬桃です」 春「白瀬桃」 桃「はい。子供の頃のあだ名は白桃でした」 春「白桃……おいしいよね」 桃「おいしいですよね、白桃」 春「……明日、」 桃「はい。明日です。頑張ります」 春「頑張らないほうがいいよ」 桃「……(春を見つめる)」 春「……あ、ごめん。なんか、俺の場合だけど、頑張るとダメなんだよね。気が張ったり、無理したりして、上手くいかないっていうか。頑張ると」 桃「……わかります」 春「え、わかる?」 桃「はい。わかります。ダメですよね、頑張るの。わかります。明日、頑張らないです。絶対、頑張りません」 春「(笑って)うん。頑張らないで」    桃、柔らかく微笑む。    警備員、会場の入り口から、 警備員「閉めますよー。出てくださーい」    ステージから降りる二人。    誰もいないステージにピアノが一台。    照明が消える。 〇タイトル 「グレー」 〇同・外観   「第47回 フェアリーノ・ピアノコンペティション」のポスター。 〇同・客席    春、後方の扉から静かに会場に入る。    適当に近くの客席に座る。    演奏が終わり、拍手が起こる。 アナウンス「続いて出場予定でありました、白瀬桃さんは棄権となりました。続きまして—」    春、「え?」と驚いた様子。    近くに座る中年の夫婦が小声で話し出す。 妻「桃ちゃん、すごかったのにね」 夫「早くに成功しちゃうといろいろ大変なんだろ、周りからのプレッシャーとか、嫉妬とか。それで病気したんだろ」 妻「え? 病気なの?」 夫「らしいぞ。精神的なものだって」 妻「それで急に出れないとかあるのね」 夫「残酷だよな、才能あるのに」 妻「天才の苦悩ってやつねぇ」    春、席を立つ。 〇同・エントランス    春、ソファに座りプログラムを眺める。    スマホで「白瀬桃」と検索。    ピアノに関する記事が多数ヒット。    二年ほど前まで、コンクールで何度も受賞している。 〇同・参加者控室    ホールから拍手の音が漏れる。 君江「先に車に荷物積んでるから。さっさと着替えなさいね」    桃の母親・白瀬君江(48)、控室を出て行く。 桃「……うん」    桃、荷物を整理し始めると、カバンから春の賞状が出てくる。 〇同・エントランス    桃、荷物を抱えて出口に向かう。 桃「(春に気が付き)……あ、」    春、桃に気付き立ち上がる。 桃「(笑顔になり)よかった。会いたかったんです。これ」    と、駆け寄り、賞状を手渡す。 桃「すみません、昨日、そのまま持ち帰っちゃって。連絡先聞かなかったからどうしようって……よかった。来てくれたんですね」 春「……こんなの、捨てていいのに」 桃「ダメですよ。入賞してるし。バチ当たりますよ」 春「言ったじゃん。これ、参加賞くらいのやつなんだよ」 桃「参加賞ももらえない人とか……参加もできない人がいるんですよ?」    と、冗談っぽく笑う。 春「(ハッとして)うん……捨てないでおく」 桃「ちゃんとシワ伸ばして、額縁に入れてください」 春「(苦笑いで)それはちょっとなぁ」 桃「見に来てくれたんですね」 春「……なんか、棄権したって」 桃「はい。すみません。来てくれたのに。すみません」 春「いや、俺は全然だけど……大丈夫?」 桃「大丈夫です! 大丈夫じゃなくて出れなかったんだけど、今は大丈夫です。全然大丈夫です。大丈夫でしかないです!」 春「そっか……」 桃「すみません」 春「いや、ごめん、勝手に来て。気持ち悪いよね」 桃「いやいや! 全然! 全然です! 嬉しいです。来てもらえて」 春「次、コンクールとか発表会とか、なんか機会ある? ピアノ聴ける」 桃「あ、じゃあ、連絡先……あ、スマホ向こうだ……(カバンからペンを出し)紙、紙、あ、これいいですか?」    と、春が持っている賞状を指さす。 春「いいけど……」    桃、賞状の裏に携帯番号を書く。 桃「217……(ふと気付き)あ!? 賞状! 賞状じゃないですか!!」 春「はい。賞状です」 桃「どうしよ……バチ当たりますかね」 春「(笑って)大丈夫だよ。ありがとう。連絡するね」    桃、にっこりと笑う。    君江、出入口から声をかける。 君江「桃、早くしなさい」    春、君江と目が合い、軽く会釈。    君江、少し警戒するように春を見る。 桃「(春に)じゃあ」 春「うん、じゃあ」    桃、君江の元へ駆けて行く。    賞状の裏に書かれた丸っこい女の子らしい数字。 〇同・駐車場    君江、運転席へ。    桃、だらだらと後部座席に乗る。 桃「ママ、ごめんね」 君江「なにが?」 桃「また出れなくて」 君江「……言われたでしょ? 治るって。不治の病じゃないんだから。大丈夫よ」 桃「……うん」 〇渋谷駅・井の頭線改札    春、改札を通る。    女子トイレに並ぶ列。    誰も並んでいない男子トイレ。    春、男子トイレに入ろうとしたとき、 女性1「男の人っていいよねぇ」 女性2「わかる」    と、女子トイレに並ぶ女性二人組の会話が耳に入る。 春「(小声で)……いいよねぇ」    うつむき加減で男子トイレへ入る。 〇桜並木を走る君江の車・車内    満開の桜。窓を開ける桃。 君江「さっきの男の人、誰?」 桃「昨日ちょっと知り合った人。見に来てくれたの」 君江「そう。よくわからない人とは関わらないでよねぇ。治療に影響するから」 桃「(苦笑して)よくわかる人が誰なのかわかんないよ。高校入って、まだ友達できない」 君江「……ちゃんと薬飲みなさいね」    桜の花びらが車内に入る。 〇井の頭線・電車内    春、窓の外を眺める。    スマホに新田からLINE。    「ちゃんと病院行ってくださいね」と。    桜の花びらが車内に入る。 〇白瀬家・桃の部屋(夜)    桃、ベッドに仰向けになり、溜め息。    スマホに「咲也くん」からLINE。    「また次、頑張ればいいよ」と。    「そうだね。次がんばるね」と返信。    直後に知らない番号から着信。 桃「(恐る恐る)……はい」 春の声「あ、桃ちゃん?」 桃「……はい」 春の声「はい……あ、春です」 桃「……あ! 春くん!」 春の声「はい。こんばんは」 桃「はい! こんばんはです!」 春の声「こんばんはです」 桃「あ、ありがとうございました、今日。見に来てくれて。見せられなかったけど」 春の声「いえ、ありがと。番号」 桃「いえ、すみません、賞状……あ、次のコンクールなんですけど」 春の声「うん、いつ?」 桃「ちょっと……保証できないから」 春の声「保証?」 桃「はい。出れる保証、ないから。そういうの来てもらうのは、なんか、申し訳ないなって思ってて」 春の声「……うん、そっか」 桃「はい……なんで、もっと個人的になら」 春の声「個人的っていうのは」 桃「人前でやる感じのは保証できなくて。でも、春くんだけなら、多分大丈夫なんで。そういう……春くんの前だけで、弾きます。それなら、弾けます」 〇アパート・春の部屋(夜)    春が一人暮らしをするワンルームのアパート。    桃と電話する春。 春「……そんな贅沢していいの?」 桃の声「贅沢じゃないです。私のわがままです」 春「……じゃあ、わがまま聞くよ」 桃の声「はい。お願いします。レンタルのスタジオでよければ、そこで」 春「うん。わかった」 桃の声「……わがまま、もういっこ、いいですか?」 春「うん、なに?」 〇白瀬家・桃の部屋(夜)    桃、ノートパソコンを開いている。 桃「ダンス、見たいです。春くんの」    YouTubeで「乙黒春」と検索している。    無音のなか舞い踊る春の動画。 〇アパート・春の部屋(夜)    春、電話を切る。    スマホに新田から着信。 新田の声「あ、春さん? 春さんに合いそうな音源見つけて。データ送りますね」 春「……ピアノにしようと思って」 新田の声「ピアノ? ピアノ単体のですか?」 春「うん、ピアノ」 〇渋谷駅前    春、駅のほうを気にして立っている。    近くにタクシーが一台停まる。    タクシーを降り、春に駆け寄る桃。    桃に気付く春。 桃「すみません! お待たせしました!」 春「(悟った様子で)……そっか。そうだよね」 桃「何がですか?」 春「小さい頃からピアノやってるんだもんね」 桃「……ピアノ、やってますけど」 春「良いとこ、なんだ」 桃「良いとこ?」 春「良いとこのお嬢様なんだ。そうだよね。ごめん、ほんとごめん。電車なんか乗らないよね。普段渋谷なんか来ないよね。ごめん、ごめんなさい」    と、少し後退り。 桃「え⁉ 違います違います! 渋谷来ます! 超来ます! 良いとこの子じゃないです! ド庶民です!」 春「ごめん、気遣わせて……ごめん、こんな格好で、(Tシャツを見せて)ユニクロで」 桃「気遣ってないです! (ブラウスを見せて)ジーユーです!」 春「どうしよ……お昼、なんでもいいって言うから、ほんと適当にラーメンとかしか考えてなくて……え、普段何食べるの?」 桃「ラーメンしか食べません! 生まれてこの方、ラーメンしか食べてません!」 春「……」 桃「……」    目が合い、なんとなく笑う二人。 春「……じゃあ」 桃「ラーメン食べましょう!」    と、歩き出す二人。 春「何ラーメンがいい? あ、何ラーメンっていうのは、」 桃「(満面の笑みで)家系がいいです!」 春「え?」 〇ラーメン屋・店内    カウンター席でラーメンを食べる春と桃。    勢いよくラーメンをすする桃。 春「お嬢様なのに麺すすれるんだね」 桃「(笑って少しむせる)だから、お嬢様じゃないです。スーパー平均的一般家庭です」 春「ごめんね。ご飯まで付き合わせて」 桃「全然です! デート楽しいです」 春「これデートなの?」 桃「年頃の男女が二人でランチしたらそれはデートです」 春「俺たち、年頃の男女なの?」 桃「26歳男性と、17歳女性です」 春「……ごめん。そっか、未成年だよね……大丈夫かな、親御さんの許可……」 桃「(首を激しく横に振り)いらないいらない! 未成年とラーメン食べるのに親の許可いらない!」 春「……だよね」 桃「気にしいですね、意外と」 春「意外って言えるほど、まだ何も知らないでしょ、お互いに」 桃「まぁ……でも、ダンスすごかったから。なんていうか、ダイナミック? うーん、ダンスのことよくわかんないけど、でも、すごかったから。なんかこう、性格的にも、大胆というか、勢いで生きてる感じの人なのかなって」    と、ラーメンをすする。    春、箸を止めて、 春「……ダンス、なんで?」 桃「(しまったという顔)……ネットってものが、あるので。令和なので……」 春「(少し考え)……あ、YouTubeとか?」 桃「はい。名前検索して……すみません、名前で検索かけるとか、キモいですよね、すみません」 春「いや……(思い出して)うん、大丈夫」 桃「……?」 春「YouTubeにあるのだと、去年のコンテストのかな。教室の後輩に動画あげていいか聞かれたから」 桃「えっと、無音のでした。BGMとかって、使わないもんなんですか?」 春「使うよ、普通は」 桃「普通は?」 春「……俺はなんか、しっくりこなくて」 桃「しっくり」 春「動きにはめるのに、しっくりくる音源が最近ずっと見つからなくて……ダメなんだよね、そういうとこが、すでに。こっちが音に合わせないといけないのに」 桃「しっくりくる音があればいいんですね」    と、まっすぐ春を見つめる。 春「……なんか、変なこと思いついた?」 桃「変なことは思いついてないです。良いことは思いつきました」 春「……ピアノ」 桃「はい。弾けます。ピアノ」 春「……憧れる、生演奏で踊るのとか」 桃「はい。私も憧れます。自分の演奏で、踊ってもらえるなんて……(表情が曇る)でも、一人でも弾けないのに……ね」    と、寂し気に笑う。    春、何か言いかけるが、 桃「あ! 録音ならいけますね! いつか春くんがしっくりくる曲つくります。そしたら、録音したやつ、使ってください」 春「……うん」    ラーメンをすする二人。 〇同・店先    店を出る二人。 桃「ごちそうさまでした」 春「良いとこのお嬢様に720円のラーメンおごれるなんて、光栄です」 桃「(笑って)しつこいなぁ。あっちです」    と、先に歩き出す。    春、嫌な感覚に気付き、立ち止まる。 桃「あ、踊るのにはちょっと狭いかな」    と、振り返る。    春、店の前でうずくまっている。    桃、慌てて駆け寄り、 桃「え……大丈夫ですか? どうしました? 頭痛いですか? お腹痛いですか?」    何も答えない春。    足元に一滴血が垂れる。 桃「救急車……救急車呼びますね!」    と、慌てて電話をかけようとする。    春、桃の手を掴み、 春「大丈夫。呼ばないで、救急車」 桃「……でも、血、血出てるから」 春「大丈夫だから、生理現象だから」 桃「……」 春「ごめん……あの……(声を絞り出して)ナプキン持ってる?」 桃「……」    ×   ×   ×    桃、ラーメン屋の前にしゃがみ込んでいる。    店から出てくる春。    ジャージのズボンに履き替えている。    桃の横に少し距離を取ってしゃがみ、 春「踊る予定でよかった。着替え持ってて」 桃「……」 春「こういうラーメン屋っていいよねぇ。トイレが男女共用で」 桃「……」 春「男子トイレってさ、個室にゴミ箱ないんだよ。汚物入れってやつ」 桃「……」 春「ナプキン捨てられないから、トイレットペーパーでぐるぐる巻きにしてポケットとかカバンに突っ込んで、家に持ち帰って捨ててさぁ。それがなんとも惨めなんだよね。生理来るってだけでも惨めなのに」 桃「……」 春「注射とかして、生理来ないようにしてるんだけどね。お金かかるし、ちょっとくらい大丈夫かなーってさぼったら、ね。ダメだった。(笑って)せめてデート中は避けてほしいよねぇ」    桃、何も言えずしゃがみ込んだまま。 春「……ごめんね。なんか、騙してたみたいだよね」 桃「いや、あの、なんか……失礼なこと、言ったかもっていろいろ思い返してて……なんか無神経なこと……」    春、まっすぐ桃を見つめたのち、 春「(改まって)俺ね、実は、すっっっっごい良いとこの生まれなの」 桃「……(キョトンとして春を見る)」 春「とある国の、王室の出身なの」 桃「……王室」 春「両親の間にずっと男が生まれなくてね。仕方なく、俺は、生まれたときから男として育てられたの。女に生まれたけど、王子様なのね」 桃「……王子様」 春「そう。みんなには内緒ね」 桃「……国家機密なんですね」 春「そう。国家機密なんです」    桃、しゃがんだまま春に近付き、 桃「春くん、大丈夫です。男の人にしか見えないし、なんならそこらの普通の男の人よりずっとかっこいいし、ずっと男らしいです。大丈夫です」    と、春の手を握る。    耐え切れず吹き出してしまう春。 桃「(真剣に)春くん、大丈夫です」 春「(笑いを堪える)……ごめん」 桃「……春くん?」 春「ごめん。違う違う。王室、嘘。王子様、嘘。違うから。あのね、トランスジェンダーって、わかる? それだから、普通に」 桃「(まだ少し混乱)……えっと」 春「ピアノ、いつか聴かせてね」    と、寂し気に微笑み、立ち去る。    桃、立ちあがるが何も言えず、春の背中を見つめるだけ。 〇駅前交差点    春、足早に駅へと向かう。    交差点の青信号が点滅。    春、次第に涙が溢れ出す。    涙を拭いながら、さらに足を早める。 〇澄田医院・外観 〇同・診察室    入室する春。    主治医・澄田真琴(42)、笑顔で、 澄田「久しぶり。かなり久しぶり」 春「……お久しぶりです」 澄田「始まっちゃった?」 春「……ちゃった」 澄田「注射、ちゃんと打ちに来てもらうしかないよ、ちゃんとね」 春「……お願いします」 〇花森ダンススタジオ・A教室    新田、ストレッチしている。    ダンス講師・花森有紀(34)、教室内を見渡してから、 有紀「あれ? 春は?」 新田「今日休みですよ。デートみたいです」 有紀「は?」 新田「デート」 有紀「デートってなに」 新田「デートって、デートですよ。春さんだってデートする権利くらいあるでしょ」 有紀「(興味津々で)え、なになに、女の子?」 新田「はい。人と会うって言うから、誰か聞いたら、最近知り合った女子高生って」 有紀「女子高生って……あいつ女見つける前に、音源見つけてこいよなー」    と、言いつつ嬉し気。 新田「(笑って)たしかに」 有紀「新田はデートしないの? 浮いた話聞かないけど」 新田「したいんですけどねぇ……片想いなんで。俺、好きな人に」 ○レンタルスタジオ・103号室    桃、十畳ほどのスタジオに一人で入る。    春に電話をかけるが、出ない。    ピアノの前に座り、弾き始める。    時々ノートにメモをしながら曲を作る。    スマホに「咲也くん」から着信。 咲也の声「桃?」 桃「うん」 咲也の声「桃―」 桃「うん、桃だってば」 咲也の声「桃—、おーい」    スタジオの扉を叩く音。    ガラス戸から幼馴染・早苗咲也(20)が部屋の中を覗いている。    ×   ×   ×    咲也、入室して、 咲也「あれ、曲作ってんの? 聴かせてよ」 桃「咲也くん、なんでいるの」 咲也「コンクールは? 次いつ?」 桃「後つけてきたの? 気持ち悪いよ?」 咲也「なんか最近、コンクールにこだわりすぎじゃない?」 桃「……会話が成り立たない」 咲也「……偶然だよ。さっき、隣のスタジオで撮影してて、桃がここに入ってったから」 桃「撮影? 大学の?」 咲也「うん。先輩の卒業制作手伝ってた」 桃「へぇ」 咲也「俺、卒業制作で何撮るか、もう決めててさ、桃に出てもらうつもりだから」 桃「……は?」 咲也「天才ピアニストの話にするから。桃が主演だから。よろしくね」 桃「私、お芝居なんてできないよ」 咲也「大丈夫、大丈夫。卒業制作に出る役者なんてみんなほぼ素人だから」 桃「そういうことじゃなくて」 咲也「大丈夫だよ。桃かわいいし」 桃「だから、そういうことじゃなくて」 咲也「治るよ」 桃「……」 咲也「あと二年あるから、それまでには治るよ。病気」 桃「……」 咲也「頑張ってね。頑張って、病気治してね」 ○白瀬家・リビング(夕)    玄関の方から咲也の声がする。 桃「ただいまー」    と、リビングに入る桃。    君江、台所で洗い物をしながら、 君江「おかえり。咲也くんと一緒だったの?」 桃「うん。なんか偶然会って。スタジオで」 君江「付き合ってるの?」 桃「(ムッとして)付き合ってないよ!」 君江「(笑って)なんで怒るのよ。咲也くんみたいに、理解のある男の子にしてね」 桃「……理解って?」 君江「別に、興味ないならいんだけど。高校生だし、女の子だし、彼氏とかほしいだろうなぁって思っただけ」 桃「……私がさ」 君江「うん」 桃「男になりたいって言ったらどうする?」    君江、手を滑らせ洗っていた食器が大きく音を立てる。 桃「違う違う違う! 例え話!」 君江「(平常心を装い)な、なに急に」 桃「そういう人と知り合って、最近」 君江「(表情が曇る)……変な人と関わるのやめてって言ってるでしょ」    桃、何も言い返せない。 ○同・桃の部屋(夕)    桃、YouTubeで春のダンスを見る。    説明文に「乙黒春(花森ダンススタジオ所属)」と記載があるのに気付く。 ○花森ダンススタジオ・出入り口    桃、ゆっくりと扉を開け、 桃「……こんにちは」    新田、桃に気付き、 新田「こんにちは。体験レッスンですか?」 桃「あ、すみません、えっと、人に会いに。乙黒春さん、いますか?」 新田「春さんならいないですけど……(制服姿を見て)女子高生……」 桃「え? あ、はい。女子高生です」 新田「先週、春さんと会ってた?」 桃「はい。ラーメン食べただけですけど」 新田「……(察して)それから休んでるよ。体調不良で」 桃「え……どっか悪いんですか?」 新田「治療の副作用的な。久々だったのもあってだるさとかひどいらしくて……あ、病気とかじゃないんだけど」 桃「(理解した様子)……はい」 新田「……知ってる?」 桃「知られたくないっぽかったです」 新田「……なんで春さんと知り合ったの? 別にダンスやってるわけじゃないよね? 普通の女子高生が、なにでどうやって春さんと知り合うの?」    と、不機嫌な様子。 桃「(圧倒され)……ごめんなさい」 新田「いや、なんで知り合ったか聞いてるだけだけど」 桃「春くんがコンクールのあった日、その会場で会いました。私が一人でピアノ弾いてたら、春くんがそれ聞いてて、それで、ちょっとお話したり、して……」 新田「ピアノ……」 桃「はい、ピアノやってて、私……」 新田「……なるほど」 桃「……あの」 新田「春さん、来るようになったら、そちらに連絡したほうがいいですか?」 桃「あ……じゃあ、」 新田「まぁ、たぶん、先にそっちに連絡よこすと思うけど」 ○アパート・春の部屋(夜)    春、封の開いた生理用品の袋を引き出しの奥に仕舞う。    スマホの着信履歴を見る。    新田やスタジオ以外に、桃からの着信が一件。    桃へ電話をかける。 春「もしもし。電話、ごめんね……また、会える? ピアノ、聴きたいんだけど」 ○ラーメン屋・店内    桃、カウンター席でラーメンをすすっている。    春、入店。    桃、ラーメンを口いっぱいに含んで、 桃「ほんにひわ」    と、「こんにちは」と言ったつもり。    春、笑顔で横の席に座る。 春「(店員に)この子と同じのください」 店員「はいよー」 桃「この子って」 春「……ん?」 桃「子供みたいな言い方」 春「……子供だよね? 高校生でしょ?」 桃「(不満そうに)いや、この子って……」 春「……(店員に)彼女と同じのください」 店員「(笑って)はいよー」 春「満足?」 桃「言い直します? 普通」 春「言い直せって空気出してきたじゃん」 桃「出した覚えないですけど」 春「……(店員に)この子に子供用の取り皿いただけますか?」    店員、笑っている。 桃「ちょっと! いらないです!」    春と桃、目が合い、笑う。 桃「勝手に教室行っちゃいました。ダンスの」 春「あぁ、ごめんね。最近休んでて」 桃「はい。なんか体調悪いって……」 春「うん、もう大丈夫。復活」 桃「女子高生って理由で、なんか、私が私だって知られてました」 春「あぁ、新田かな」 桃「お名前聞かなかったけど、若い男の人……男の人に見える人でした」 春「(笑って)大丈夫、大丈夫。新田は普通に純粋に男だから」 桃「はい……アラタさん? あの人、たぶん、春くんのこと好きですね」 春「(啞然として)……何言ってんの?」 桃「私に向ける、こう……視線が、なんか、アレでした。嫉妬。恋のやつの、嫉妬」 春「へぇ……そう……(平常心を装う)」 桃「春くんは、ダンサーさんなんですか?」 春「あー、いや、あそこで小学生のクラスのヒップホップとか教えてて。一応所属してコンテスト出たりはしてるけど、ダンスで稼ぐのは、難しいから」    桃、申し訳なさそうに頷く。 春「……ダンスしかないから、ダンスで生きてきたいけど、そう簡単には、ね」 桃「……春くんも、小さい頃からやってるんですか? ダンス」 春「中学生から。あの教室やってる有紀さんって人、遠い親戚なんだけど、たまたま有紀さんのステージ見る機会があって、もうそれで、惚れ込んじゃって」 桃「へぇ」 春「普通にストリートダンスとか、いろいろ幅広くやってたんだけど、これっていうのに出会えなくて。そしたら有紀さんが、春はコンテンポラリーだねって。踊りに決まりがないから、性別も関係なく評価してもらえるし、なんとなく居心地が良くて……ダンスって自分が一番嫌いな、自分の身体つかってやるものだから。なんか、思い通りに踊れると、ちょっとだけ……自分のこと、好きに思えるんだよね」    桃、じっと春を見ている。 春「(ハッとして)ごめん、つまんない話して」 桃「(にっこり笑って)おもしろいです」    春、照れくさそうに笑う。 桃「私も、ピアノしかないです」 春「じゃあ、ピアニストだね、将来の夢」 桃「(笑って)ピアニスト」 春「なんで笑うの?」 桃「なりたいですねぇ、ピアニスト。なれるなら、なりたいです」 春「あんなに上手いんだから……」 桃「上手くても、弾けないから。人前で。ステージで弾けなかったら、意味ないから」 春「……」 店員「はい、お待ち。彼女と同じの」    と、春の前にラーメンを置く。 ○レンタルスタジオ・103号室    桃、ピアノ演奏終了。脱力する。    春、力強く拍手。 桃「(照れ笑いで)ありがとうございます……よかった。大丈夫だった。春くんの前では弾けるみたいです」 春「……これ、なんて曲?」 桃「まだ名前ないです」 春「ないって?」 桃「曲名、付けてなくて」 春「……え!? 作曲したの!?」 桃「(平然と)はい」 春「……すごいね。てっきり、音楽室に絵が飾ってあるさ、こういう(両手で巻き髪を表現)人が作った曲だと思ってた」 桃「音楽室に似顔絵飾ってもらえますかね?」 春「そのレベルだよ。髪巻いてあげるよ」    桃、楽しそうに笑う。 春「ピアノのコンクールって、自分で作曲した曲やるの?」 桃「いや、課題曲があったり、自由曲でも、事前に曲を申請するんで、作った曲は弾けないです」 春「そうなんだ」 桃「……だから、余計ダメなんです。こうしないといけない、って決まってると、その通りにできなかったらどうしようって不安になって……」 春「人前で弾けないって」 桃「毎回じゃないんですけどね。この前のコンクールも予選はちゃんと弾けたし……ただ、精神的な、ちょっと病気で。急に発作が起きるんです。私は、動悸がしたり過呼吸になっちゃったり。初めて発作が起きたのが、ステージの上だったんです」 春「ピアノ、弾いてるとき?」 桃「はい。大きなコンクールで……はい。それから、人前で弾こうとすると発作が出たり、それが怖くてステージに上がれなかったり」 春「……」 桃「ピアノ弾くとき以外も、逃げられないと思うとダメなんです。だから、電車とか、苦手で」 春「電車……そっか、ごめんね」 桃「(首を横に振り)タクシー使うなんて贅沢ですよね、ほんと」 春「……それは、治るものなの?」 桃「治りますよ。治る病気です。ただ、私が治せてないってだけです」    と、寂し気に笑う。 ○同・外    咲也、スマホを見る。    今朝のLINEのやり取り。    咲也「今日ひま?」 桃「スタジオ練習! 今日は人と一緒だから来ないでね!」 ○同・103号室 桃「(明るく)はい! 春くんの番です! ここだとやっぱ狭いですか?」    と、立ち上がり、部屋の隅へ。 春「……ううん。大丈夫。広さは、大丈夫なんだけど、やっぱ、音が見つからなくて」 桃「あぁ、しっくりこないって」 春「うん」    と、まっすぐ桃を見つめる。 桃「……変なこと考えてます?」 春「変なことは考えてないけど」    桃、察して再びピアノの前に座る。 春「さっきのがいんだけど」 桃「はい。そうなんです。春くんのイメージなんです」 春「……ん?」 桃「さっきの曲。春くんが踊るのイメージして、作ったんです。あの日、ラーメン食べた後に」    と、照れくさそうに笑う。    ×   ×   ×    咲也、扉の前で立ち止まる。    ガラス戸をそっと覗く。    演奏を始める様子の桃。    咲也、咄嗟にカメラを出し、二人の様子を動画に撮り始める。    ×   ×   ×    桃、再び同じ曲を演奏する。    春、踊り出す。    美しく合わさるピアノとダンス。    時々、互いに目を合わせて微笑む。    ×   ×   ×    夢中で撮影を続ける咲也。    ×   ×   ×    ピアノとダンス、同時にフィニッシュ。    息を切らし、その場に倒れ込む春。    桃、春の側へ行き、しゃがむ。    二人、見つめ合ったのち、笑う。    ×   ×   ×    咲也、撮影をやめ、その場を離れる。    ×   ×   ×    スタジオの隅、床に座り壁に寄り掛かる春と桃。    春、独り言のように話し出す。 春「……小学校6年生のとき、初めて生理がきて。6年生の、夏」 桃「私もです。小6の夏」 春「おそろいだね」 桃「おそろいですね。臨海学校の3日前だったんです。絶望しました。私、海大好きで。臨海学校超楽しみにしてて。で、3日前に生理。絶望のなかでお赤飯食べました」 春「うん。絶望だよね」 桃「……ごめんなさい」 春「あ、いいの、違う違う。こういう話は持ちかけたこっちが悪いから。ごめんね」 桃「……(首を横に振る)」 春「学校のトイレで、気付いて」 桃「……はい」 春「不本意に使ってる女子トイレ。不本意に履いてる母親が買ってきた女の子用のパンツ。真っ赤な血見て、思ったんだよね。このまま、もっと……もっともっと血が出て、血が流れ続けて、それで、そのまま、死ねればいいのに、って」    と、虚ろな表情。    桃、驚き言葉が見つからない。 春「でも、死ねるほど出ないまま止まって。で、また一か月くらいして、血出て、止まって、血出て、止まって……もう十年以上たつし、結構な量、出血したと思うんだけど。人間の体って丈夫だよね。死なないもんだね」    と、うつむく。    桃、春の肩に手を添える。 春「桃ちゃん、臨海学校、楽しかった?」 桃「楽しかったです。砂のお城作りました。8LDKくらいの」 春「そっか。掃除大変そうだね」 桃「そもそも砂ですからね」 春「掃除の基準が難しいよね」 桃「砂をゴミとするなら、家がゴミになりますからね」 春「それは哲学だねぇ」 桃「私、泳がなくてよかったです」 春「……」 桃「生理じゃなくて、普通に水着着て、普通に海で泳いでたら、砂のお城作るおもしろさに気付けなかったです」 春「(顔を上げて)今度、一緒に海いこっか」 桃「目標は9LDKです」    春、微笑む。 桃「春くんと友達になれてよかったです」 春「俺たち友達なの?」 桃「友達ですよ。だってナプキン貸したし」 春「(笑って)なにそれ。ナプキン貸し借りしたら友達なの?」 桃「ナプキン貸し借りしたら友達です。当たり前じゃないですか」 春「そっか。次は海の家のラーメンかな」 桃「(クスクス笑って)海の家系、です」 ○花森ダンススタジオ・事務所    春、出勤。 春「おはようございます」 新田「春さん! おはようございます」    春、新田をじっと見つめる。 新田「……まだ体調悪いですか?」 春「ううん。大丈夫。ごめん、休んで」 ○同・A教室    春と新田、ストレッチしながら話す。 春「あー、やっぱまだだるいかも」 新田「男の成分入れたせいですか?」 春「気持ち悪い言い方するなよ……」 新田「その注射、俺が打ったらもっと男らしくなれます?」 春「お前は自分でホルモンつくれるだろ」 新田「俺がつくったホルモン抜き出して春さんに提供ってできます?」 春「気持ち悪い心遣いやめて。気持ち悪いから。まじで」 新田「……なんか、春さんに会いに女子高生が来ましたよ。ファンですか、あの子」 春「ファンって。友達だよ」 新田「女子高生の友達って、一歩間違えたら犯罪ですね。気を付けてください」 春「大丈夫だろ。女同士だし」 新田「うわ、そういう自虐的なこと言うんですか。うわーそういう春さんやだなー」 春「事実だから」 新田「……春さん、どっからどう見ても男ですから。その時点で女子高生と同意なく遊んでたら犯罪です」 春「同意あるっつうの」    と、笑う二人。 春「……新田さぁ、」 新田「はい」 春「ゲイなの?」 新田「……」 春「言いたくなければ全然いんだけど。ずっと彼女いないし、なんか、いろいろ繋がって。言ったほうが楽かなとか、俺になら言いやすいかなとか……」 新田「定義が」 春「え?」 新田「ゲイの定義が、よくわかんなくて」 春「(察して)……うん、別にいいよな。うん、なんでも、うやむやで」 新田「はい、なんでもいいです。うやむやでいいです。でも春さんのこと好きなのは、はっきりしてます。事実です。なんかバレてるっぽいんで言っちゃいますけど」 春「……うん、ありがと」 新田「やめてくださいよ。告白されて振るときにありがとうって言っていいのはモテる人間だけですよ」 春「俺、モテない人間なんだ」 新田「ま、玉砕わかってたんで、大したダメージじゃないです。ポケットに使用済みティッシュ入れたまま洗濯しちゃった~くらいのダメージです」 春「……うん、そっか」 新田「ほら、俺、知ってるし。春さんがガチガチの女好きだって」 春「(笑って)もうちょっと言葉選べよ」 新田「その子と、上手くいくといいですね」    と、寂し気に笑う。 ○関東芸術大学・講義室    咲也、隅の席で一人、ノートパソコンで動画を見ている。    スタジオで隠し撮りした春と桃の映像。 咲也「……すげぇ」    咲也の先輩・岡井正宗(22)、咲也に近付き、 正宗「咲也、ありがとなー撮影の手伝い」 咲也「あ、先輩」 正宗「何見てんの?」 咲也「自分で撮ったやつです……撮ったっていうか、隠し撮りに近いんですけど……」 正宗「(動画を見て)これ知り合い?」 咲也「ピアノ弾いてるのは幼馴染です。踊ってる男は知りません」 正宗「男?」 咲也「男……ですよね、この人」 正宗「あ、男なんだ。女かと思った」 咲也「……え?」 正宗「いやなんか、骨格とか、身体の重心とか、女かと思って。ほら、俺大学入って最初は彫刻ばっかやってたから。そういうの気になっちゃって」    咲也、踊る春の姿を見つめる。 ○白瀬家・玄関(夜)    チャイムが鳴り、戸を開ける桃。 咲也「こんばんはー」 桃「咲也くん」 咲也「あがってい?」 桃「いいけど」 咲也「おじゃましまーす」    と、慣れた様子で桃の部屋へ向かう。 ○同・桃の部屋(夜) 桃「なに? どしたの?」 咲也「ちょっとこれ見て」    と、ノートパソコンの画面を見せる。    スタジオでの春と桃の映像。 桃「……え」 咲也「ごめん。見てた。で、撮った。ごめん」 桃「……(動揺)」 咲也「ごめん」 桃「別にいいけど……声かけてくれればいいじゃん」 咲也「いやいや、声かけらんないでしょ。こんな楽しそうにピアノ弾いてる桃初めて見たし、知らない男と一緒だし」 桃「いや、でも……」 咲也「彼氏?」 桃「(笑って)違うよ。友達だよ」 咲也「そっか……てかさ、男、だよね?」 桃「……」 咲也「いや、俺は男だと思い込んでたんだけど、これ見た先輩が女かと思ったーって言っててさ」 桃「……男の人だよ」 咲也「だよね。ごめん、変なこと聞いて」 桃「別に変なことじゃないと思うけど」 咲也「いや、うん、ごめん。もう大丈夫」 桃「女の子に生まれたら、女の子としてしか生きちゃダメなんてこと、ないと思うし、それが、変とかってこと、ないと思うけど」 咲也「……桃?」 ○花森ダンススタジオ・B教室(夜)    春、一人ダンスの練習をしている。    無音のなか、踊り続ける。 ○関東芸術大学・廊下    咲也、正宗を見つけ、駆け寄る。 咲也「先輩、やっぱ女でした」 正宗「ん? 何が?」 咲也「昨日見せた、動画のダンサー」 正宗「あぁ! やっぱ? いやー俺、目肥えてんなぁ、やっぱ彫刻も続けようかなー」 咲也「トランスジェンダーの、女でした」 正宗「ん?」 咲也「ん? トランスジェンダーの、男?」 正宗「身体が女で、心が男、みたいなこと?」 咲也「そうです。それです……なんか、ピアノ弾いてる幼馴染、心の病気あるんすよ。だから、なんかそういう、孤独感みたいな? 共鳴し合ってるんでしょうね。世の中生きにくい的な」    と、他人事のように笑う。 正宗「……心の病気」 咲也「パニック障害ってやつで。子供の頃、神童って言われるくらいジュニアコンクールとか総なめにしてたんすよ。でも、二年くらい前かな、急にその症状始まって、人前で弾けないことが増えて」 正宗「……お前、あの動画、ちゃんと編集してYouTubeとかにアップしろよ」 咲也「え? そこまでですか? いや、上手いとは思いますけど」 正宗「パニック障害の美少女ピアニストと、トランスジェンダーのダンサー」 咲也「……」 正宗「結構バズると思うけど」 咲也「……いや、でも」 正宗「俺、結局一般企業だよ。就職」 咲也「……」 正宗「まぁ、なんかのきっかけとかにはなるだろ。たかがYouTube。されどYouTube」    正宗、友人に呼ばれ、その場を去る。    咲也、立ち止まり、考え込む。 ○一色海岸・砂浜    砂の城を作る春と桃。 桃「(遠くを気にして)新田さん、いいんですかね?」 春「日焼けしたくないんだってさ」    新田、二人から離れて日傘をさし、スマホをいじっている。 桃「三人のなかで一番女の子みたいです」 春「ね。今日は運転手に徹するって」 桃「そうですか……(辺りを見渡して)さすがにまだ、海の家」 春「やってないね。まだ春だしね」 桃「海の家系ラーメン……」 春「また、夏に来ようよ」 桃「(にやにやして)春くんは、夏になったら、夏くんになるんですか?」 春「(適当に)うん。なるよー」 桃「(笑って)じゃあ、秋になったら」 春「秋くんだよー」 桃「出世魚みたいですね」 春「ハルナ」 桃「ん?」    春、砂浜に「春名」と書く。 春「本名」 桃「……ハルナ」 春「そう。春名っていうんだよね、ほんとの名前。親が付けてくれた名前から、名前って字取って、春って名乗ってんの。親不孝もほどあるよね」 桃「……(首を横に振る)」 春「戸籍も、女のままだし」 桃「……変えないんですか?」 春「手術してないと変えられないんだよ、そういう法律で。よくわかんないよね、なんでそういう決まりなのか。日本っていまだに同性で結婚もできないでしょ? 俺、この先結婚したい女の子と出会っても結婚できないの」 桃「……そういう決まりが一番変です。みんなが変って言うことより、ずっと変です」 春「ね。でも、決まりだからね」 桃「……変です」 春「どれが先だろうね」 桃「……(春を見つめる)」 春「どれが一番早いかな。手術して戸籍を変えるか。手術しなくても戸籍が変えられるようになるか。同性婚ができるようになるか。それと……そもそも、俺と結婚してくれる女の子と出会えるかどうか。どれが一番早いかな……どれも実現しないかな」    と、諦めたように笑う。    桃、突然春を抱きしめる。    膝で砂の城を潰している。 春「……桃ちゃん、お城。9LDKが」 桃「大丈夫です。大丈夫」 春「……むりやり女の子でいようとしたこともあって。中学生のとき嫌だったけど髪伸ばしてみたり、高校生のとき女の子の友達と一緒に恋バナしたりして……あ、恋バナって死語?」 桃「今でも言うよ」 春「(笑って)そっか、よかった。で、好きな男の子の話したり、ま、いないんだけど、いたことないんだけど、好きな男の子。でも、適当に話合わせて、なんとか君かっこいいよねぇ、とか言って、で……」 桃「がんばったね」 春「……」 桃「がんばったんだね」    春、涙ぐみ、桃を強く抱きしめる。    新田、二人の様子を見つめている。 ○サービスエリア駐車場・レンタカー車内    新田、運転席に座っている。    春、助手席に乗り、買ってきた飲み物を新田に渡す。    桃、後部座席ですやすやと寝ている。 春「桃ちゃん、寝ちゃったね」 新田「俺もです」 春「……何が?」 新田「男友達から、話合わせて全然興味ないAV借りたことあります。がんばって見たけど、気分悪くなるだけでした」 春「……そっか」 新田「何が悪いんですかね。社会かな」 春「……なんだろうね」    桃、静かに目を覚ます。 新田「大学のとき、こいつならわかってくれるかもってやつがいて。女じゃなくて男が好きなんだよねーって、犬派か猫派かくらいのテンションでカミングアウトして」 春「……うん」 新田「そしたら、そいつのことが好きなんて一言も言ってないのに、むしろ全然タイプじゃなくて、ただの友達だったのに、なんか……(涙ぐむ)なんか勘違いされて」 春「……うん」 新田「おまけに次の日、そいつに、練習してきたみたいに言われました。『俺は全然偏見とかないよ。気にしないよ。でも、周りはどう思うかわかんないから、隠した方がいいよ』って」 春「……」 新田「偏見持ってる人は、自分の考えが偏見だなんて、そもそも気付かないですからね。自分はいいけど、世の中はまだ、社会はまだ、他の人はまだ、って、そう言って誤魔化す。結局その人も、世の中の人で、社会の一員で、他の誰かなんです」    春、涙ぐみ、新田から目をそらす。    桃、静かに新田の話を聞いている。    新田、突然春の顔に近付く。 春「(キスされる寸前で)!? なんだよ!?」 新田「(平然と)しても良い流れかなって」 春「どこがだよ」    桃、驚く。声を殺し二人を見ている。 新田「一回くらい良くないですか?」 春「よくねぇよ」 新田「え~舌入れないからぁ」 春「そういう問題じゃねぇよ……桃ちゃん起きちゃうし……」    春と新田、後部座席に振り返る。 桃「……あ、どうぞ。お気になさらず、あの、舌入れてください、どうぞ」 ○花森ダンススタジオ・A教室(夕)    キッズクラスのレッスンが終了。    春、受講生と挨拶を交わす。    小森凛太(10)、春に駆け寄り、 凛太「おい、春。タップできる?」 春「先生な。タップダンス? 前やってたよ」 凛太「上手い?」 春「俺が下手なわけなくない?」 凛太「うわぁー、うぜぇー」    と、兄弟のようにじゃれ合う二人。 春「なに? 凛太、タップやりたいの?」 凛太「うん。教えろよ」 春「なんで上からなんだよ。俺の個人レッスン高いよ?」 凛太「うん。いいよ。春に教わりたい」 春「(嬉しそうに)わかった。じゃ、今度教室空いてる時間確認しとくから」 凛太「うん! じゃあなー」    と、嬉しそうに帰っていく。    春のスマホに「お母さん」から着信。 春「もしもし」 幹子の声「春名? 元気?」    電話口に、春の母親・乙黒幹子(54)。 春「元気だよ。なに?」 幹子の声「あんたもう、いいわよ、仕送り」 春「……小夏、今年受験でしょ」 幹子の声「高校受験くらい、なんとかなるわよ、お母さんだって働いてるんだから」 春「パートだろ」 幹子の声「あんただってバイトじゃない」 春「……それは、そうだけど……」 幹子の声「自分のことに、お金使いなさい」 春「……」 幹子の声「治療は? ちゃんとできてるの? 体、大丈夫なの?」 春「(笑って)治療って言い方やめてよ。病気みたいじゃん」 幹子の声「もう、頑張らなくていいから。お父さんぶらなくていいから」 春「……普通にお姉ちゃんやればいい?」 幹子の声「お兄ちゃん、やればいいわよ」 〇地下駐車場(夕)    桃と君江、受診を終え駐車場へ。    君江、イライラした様子で車を開錠。 君江「結局また同じ薬出すだけなんだもんね。ちょっと違う病院当たってみるわ」    桃、居心地が悪そう。 君江「次のコンペまでには良い先生見つけるから、桃は今まで通り練習続けなさい」    君江、運転席に乗ろうとすると、 桃「……電車で帰ろうかな」 君江「(溜め息)ここに車があるのに?」 桃「状況に慣れるのが大事って言われたし……もうだいぶ電車乗ってないし、そろそろ大丈夫かもしれないし、なんか薬とかより、そういうことのほうが大事な気がするっていうか……」 君江「電車に乗れなくても、別に困らないでしょ? 車とかタクシーとか使えばいいでしょ? 電車に乗れないと生きてけないわけじゃないでしょ?」 桃「ピアノ弾けないと生きてけないの?」 君江「……」 桃「それも、人前で? 評価される場で? そういうところでピアノ弾けないと、私って生きてる意味ないの?」 君江「……勝手にしなさい」    と、一人車に乗り込み、発進。    桃、駅へ向かい歩き出す。 〇吉祥寺駅・井の頭線改札(夕)    桃、カバンを探り、やっとICカードを見つける。    改札にタッチするが、残高不足。    後ろの列に小声で謝りながらチャージ機を探す。 〇同・ホーム(夕)    春、電車を待つ。    桃、各停電車が着くのと同時にホームへ駆けてくる。    お互いに気付かないまま車内へ。    混み合っていて座れない。    不安そうに荷物を抱える桃。 桃「(小声で)大丈夫」    ×   ×   ×    駅に到着。人が流れる。 桃「(小声で)……大丈夫。大丈夫」    ×   ×   ×    いくつか駅を過ぎた頃、急停車。    乗客が大きく揺れる。    緊急停止を知らせるアナウンス。    舌打ちするサラリーマン。    自殺を仄めかす会話をする若者たち。    桃、鼓動が早まる。不安が押し寄せる。    その場にしゃがみ込もうとしたとき、 春「……桃ちゃん?」    桃、顔を上げる。    心配そうに桃を見ている春。 春「……大丈夫?」 桃「……(微笑んで)大丈夫です」 〇高井戸駅・ホーム(夜)    ホームのベンチに腰掛ける春と桃。 桃「がんばると、ダメですね」 春「うん、ダメだよ、がんばっちゃ」 桃「……治したいんです。どうしても治したいんです。治して、またコンクールで結果出して、ママ喜ばせたいんです」 春「そっか」 桃「……あっ、すみません。一緒に降りてもらっちゃって……」 春「いや、ちょうどここだから」 桃「ここ?」 春「うちのアパートの最寄り駅、ここ」 桃「あ、そうなんですか」 春「うん。タクシー拾うよ。遅くなるとお母さん心配するでしょ」    と、立ち上がる。    桃、じっと座ったまま。 春「……桃ちゃん?」 桃「帰りたくないです」 春「……」 桃「帰りたくないです」 春「……変なこと考えてる?」 桃「……変なこと考えてます」 〇アパート・春の部屋(夜)    春、床に散らかった服や本を適当に放りながら部屋の奥へ。 春「ごめん……散らかってて、ごめん」 桃「(うきうきして)おじゃまします!」    気が気じゃない様子の春。 春「……なんか飲む? なんもないけど」 桃「(部屋を見渡し)男の人の一人暮らし、初めて侵入しました!」 春「侵入されました……」 桃「憧れです。一人暮らし」 春「……ちょっとしたら帰るんだよ」 桃「泊まります」 春「泊まりません」 桃「泊まります」 春「……桃ちゃん」 桃「泊まります」 春「ラーメン食べても犯罪じゃないけどさ」 桃「大丈夫です。女同士です」 春「……はっきり言ったね」 桃「はい。言います。泊まりたいんで」 春「……桃ちゃんのお母さん、怖そうだし」 桃「怖いです。多分、春くん、跡形もなくなります」 春「もうちょっとソフトな表現……」    春のスマホに小夏からLINE。    「お母さんから聞いたよ。今までお金ありがとう」と。    桃、スマホを覗き見ている。 桃「小夏」 春「……妹。春と夏なんて、単純だよね」 桃「お金って」 春「……うち、父親いなくて母親もそんなに稼ぎないから」 桃「じゃあ、妹ちゃんからしたら、春くんがお父さんなんですね」 春「(笑って)お姉ちゃんって呼ばれてるけどね……でも、そうかも。年が離れてるのもあるけど、父親みたいに頼られたかったのかも。それで金なくて治療できないなんてバカすぎるよね」 桃「治療続けるのって……」 春「全然、大丈夫。そんなすごい額じゃないんだよ。あのスタジオのバイト代が安すぎるだけで。だからまぁ……手術とかは、当分先になるかもだけど」 桃「そっか……私ダメだな、全部ママに頼ってて、自分の治療、どのくらいお金かかってるかも知らないや」 春「それは別に……」 桃「電車で、春くん見た瞬間、大丈夫になりました。どんな治療よりすごい効果です」 春「……」 桃「全然大丈夫じゃなくて、あーもうこれ過呼吸になるやつだって、動悸止まんなくなるやつだって、諦めたときだったのに、春くん見たら、大丈夫でした。(笑って)王子様迎えに来た感じでした」 春「……」 桃「絶対治します。絶対治して、ママのこと安心させるし、春くんと一緒に、ステージで生演奏します」    部屋のチャイムが鳴る。    顔を見合わせる二人。嫌な予感。 桃「……王子様、迎えにきたかな」    春、恐る恐る戸を開ける。    君江が凄まじい剣幕で立っている。 春「(引きつった笑顔で)……こんばんは」 君江「(部屋の奥に向かい)桃、出てきなさい」    桃、恐る恐る玄関へ。 桃「……なんで」 君江「スマホ。GPS」 春・桃「GPS……」 君江「(桃の手を引き)帰るわよ」 春「……あの」 君江「(春に)病気のこと聞きました?」 春「……」 桃「ママいいよ、帰ろ」 君江「変に刺激になるような人と、関わらせたくないんです。わかってください」 春「……」    君江と桃、部屋を出て行く。 〇君江の車・車内(夜)    走る車。後部座席に座る桃。    赤信号で停車。 君江「これ、さっきの人でしょ?」    と、スマホを桃に渡す。    咲也が隠し撮りした動画がYouTubeにアップされている。 桃「え……」 君江「普通の男の子ならともかく……変な人と関わらないでって言ったでしょ」    動画のタイトルが「【LGBTQ】トランスジェンダーのダンサーと天才ピアノ美少女【パニック障害】」と。 君江「こんな売り出し方しなくたって、桃は才能あるんだから、大丈夫よ」    桃、唖然として動画を見つめる。 ○アパート・春の部屋(夕)    春、溜め息をつきベッドに身を投げる。    桃の携帯番号が書かれた賞状を見つめる。 〇花森ダンススタジオ・A教室    春、教室に入る。    凛太、春に駆け寄ってきて、 凛太「春! すげぇじゃん!」 春「先生な。すごいですね、な。……何が?」 凛太「これ」    と、スマホを見せる。YouTubeの動画。 春「……え」 凛太「アップされてまだ5日なのに、もう再生回数200万回! 有名人じゃん!」 春「なんで……」 凛太「パニックショウガイってなに?」 春「……」    有紀、事務所からやってきて、 有紀「あーやっと来た! 春、あんた宛てに電話とかメールとかいっぱい来てんの」 春「え?」 凛太「取材依頼じゃない?」 春「は?」 凛太「テレビ出ないかーとか」 有紀「そう、そういうやつ」 春「……全部断ってください」 凛太「え⁉ テレビ出ろよ!」 有紀「あんたがいいならいいけど」 春「断ってください」 有紀「はーい」 凛太「え~、自慢できるのに~」    と、不満そうにその場を去る。    新田、春の元にやってきて、 新田「あの子が自分でした感じではないですね。このタイトルだし」 春「……」 ○アパート・春の部屋    春、テレビで情報番組を見ている。    YouTubeの動画が流れる。    「今週のバズり動画」とテロップ。 アナウンサー「みなさんはすでにご覧になりましたでしょうか? YouTubeで大変話題のこの動画、タイトルは『LGBTQ・トランスジェンダーのダンサーと天才ピアノ美少女・パニック障害』。美少女の奏でる軽快なピアノ曲と、それに合わせて踊るダンサー。現在この動画は再生回数300万回を超えています。そこで、今回の特集はこちら! LGBTQについてです!」    と、定義や予測人口などのデータが紹介される。    春のスマホに着信。 春「はい」 桃の声「……はい」 春「はい。なんか」 桃の声「はい。なんかすごいことに」 春「なってるね。すごいことに」 桃の声「ごめんなさい」 春「別に桃ちゃんが謝ることないけど……誰が撮ったんだろね」 桃の声「……ごめんなさい」 春「……」 桃の声「私の幼馴染です。映像の勉強してる人で。偶然見かけて、撮ったらしくて。勝手に……ごめんなさい。ちゃんと春くんに許可取らないで。ごめんなさい」 春「……いや、別に全然迷惑とかはないし、取材とかは……桃ちゃんアレかなと思って、全部断っちゃってるけど」 桃の声「はい。断ってもらって大丈夫です。ごめんなさい」 春「……桃ちゃん」 桃の声「はい」 ○白瀬家・リビング 春の声「大丈夫?」    桃、テレビを見ている。    春が見ていたのと同じ情報番組。 アナウンサー「では、明日はパニック障害を特集します!」 桃「(弱弱しく微笑んで)大丈夫です」    電話を切る。    咲也、やってきて、 咲也「俺、挨拶とかしたほうがいいの? その、春くん? って人に」 桃「いいよ。会わないで」 咲也「……会わせたくないんだ」 桃「違うよ。春くん忙しいし、ちゃんと私が謝ったから、大丈夫だよ」 咲也「桃の動画はこれからもあげていい?」 桃「私のって、ピアノの?」 咲也「うん。なにも人前で生演奏するだけがすべてじゃないでしょ? 演奏してるとこ動画撮らせてよ」 桃「それはいいけど……」 咲也「これだけバズったから、広告収入けっこう付くと思うんだよね。それで旅行とか行こうよ」 桃「でも、人に見られるってことだよね。コメントとか、されるでしょ。病気の名前も出しちゃってるし」 咲也「……俺があげた動画に付いてるコメント、見てない?」 桃「見ないよ、怖いもん」    咲也、動画のコメント欄を開き、桃に見せる。 桃「いいって……」 咲也「いいから、読んでみなよ」    評価の高い上位表示されたコメント。   「同じ病気です。私も夢に向かってがんばります」   「素晴らしい!天才少女は顕在だった!」   「病気と向き合いながらも音楽を諦めない姿勢に感動しました」    など、肯定的なコメントが並ぶ。 咲也「全部とは言えないけど、こういうコメントばっかりだよ。トランスなんとかに対しても。そんなに悪い世の中じゃないんだって。もう令和だよ? なんていうの、多様性? そういうの普通の人は理解あるし、当事者たちがコソコソするほど生きにくい社会じゃないんだって」 桃「……そうかな」 咲也「そうだよ。むしろこうやっていろいろ発信していったほうが、同じ病気の人にとってもプラスなんじゃない?」    桃、コメントに見入る。 ○アパート・春の部屋    春、スマホでYouTubeを見る。    動画のコメント欄。    「美しすぎて性別のことを忘れて見入ってしまった。ダンスに性別なんて関係ない。」    「私は逆のトランスジェンダーです。春さんのダンスを見て、前向きに生きていこうと思えました。」    「LGBTQの人がもっと生きやすい社会になるといいなぁ」    チャイムが鳴る。    玄関の戸を開けると、妹・乙黒小夏(15)が立っている。 小夏「(にっこり笑って)お姉ちゃん」 春「……どうした急に」 小夏「会いたくて来ちゃった!」 春「彼女みたいな言い方するなよ」 小夏「彼女できた?」 春「できないよ。傷えぐるな。どうぞ」    と、部屋に入れようとする。 小夏「あ、大丈夫」 春「大丈夫って?」 小夏「返しに来ただけ」    と、茶封筒を渡す。    春、中を見ると数十万円の現金。 春「……貸したんじゃないけど」 小夏「お母さんだと受け取ってくれないと思うから、小夏返してきてって。絶対返してきてって。だから、受け取ってくれないと困る。私今日帰れない」 春「……でも」 小夏「お姉ちゃんが使いたいことに使ったほうがいいよ。別に、これでちゃんと治療しろとか、手術とか、そういうのしろとか、そういうことじゃなくてね」 春「……動画見た?」 小夏「うん。見た。やっぱお姉ちゃんすごいね。すごいよ。才能あるよ。ダンス続けたほうがいい。絶対」 春「うん、ありがとう」 小夏「……あのね、あとね」 春「うん」 小夏「お兄ちゃんって呼ぶね。これからは、お兄ちゃんって呼ぶね」    と、照れくさそうに笑う。 ○上崎高校・二年三組教室(朝)    桃、登校。席に着く。    クラスメート数人がやってきて、 女子生徒1「これ、白瀬さんだよね?」    と、YouTubeの動画を見せる。 桃「……あ、うん。そう」    盛り上がる女子生徒たち。 女子生徒2「すごいね! びっくりした!」 桃「(引きつった笑顔で)全然、全然だよ」 女子生徒3「なんで言ってくれなかったの? 協力するのに」 桃「……え?」 女子生徒1「病気。大丈夫? なんかあれば相談してね。私たち、精神病とか、全然偏見ないし、気にしないから!」 桃「……うん。ありがとう」 ○関東芸術大学・講義室    咲也、桃がピアノ演奏する動画をYouTubeにアップ。    数分でコメントが付き始める。    「最近ピアノ少女だけですね」    「ダンサーの動画もあげて!」    「乙黒さんが出るのは最初の動画だけ? ピアノと合わせて踊るのがまた見たいです」 ○上崎高校・中庭    昼休み。桃、一人で弁当を食べている。    スマホに着信。 桃「はい」 咲也の声「また一人で弁当食べてる? まだ友達できない?」 桃「……切るよ」 咲也の声「ごめん、ちょっと待って。動画のことなんだけど」 桃「撮らせてあげたじゃん」 咲也の声「また、あの人と一緒にってあり?」 桃「……春くん?」 咲也の声「そう、その人。桃の動画にコメントが多くて。ダンサーの動画も見たいって」 桃「(嬉しそうに)うん。お願いしてみる」    電話を切って、春にLINE。    直後にインスタのアカウントにDM。    知らないアカウントから。開くと、    「精神病のくせにピアノなんて弾くな」    桃、一瞬固まる。画面を閉じる。    すぐにツイッターのアカウントにDM。    知らないアカウントから、    「ステージで弾けないからYouTubeに動画あげてるの? まじ痛い。人前で弾けないなら辞めちゃえよ」    立て続けに他のアカウントから、    「パニック障害の女子高生のアカウントってこちらであってますかー?」    「障害者特有の人より秀でた才能ありますってやつ? 気持ち悪いね」    「美少女ピアニストって聞いて動画見たのに言うほどじゃないw期待させんな!」    桃、その場にうずくまる。 ○花森ダンススタジオ・事務所    春のスマホに桃からLINE。    「私のピアノ演奏で踊ってもらえませんか?咲也くんが動画を撮ってくれます。今度は盗撮じゃないです(笑)。YouTubeにあげても良ければ、お願いします」    春、微笑んで、    「ぜひ。咲也くんによろしく伝えてください」    と、返信する。 〇ファッションブランド店    衣装を見る春と新田。 新田「やっぱ春さんは黒かなぁ」    と、春に服を合わせる。 新田「てかこっちで決めていいんですか? あの子の衣装と合わせたりとかって」 春「どうだろ……たぶん桃ちゃんは白かピンクだと思うけど」 新田「うわ。女子かよ」 春「女子だよ。間違いなく俺たちより真っ当な女子だよ」 新田「俺嫌いです、あの子。素直で、純粋で、可愛くて」 春「(笑って)そう」 新田「春さんとお似合いすぎる。むかつく」 春「……別にそういうのないよ。俺のこと、そういうふうに見てないよ」 新田「……だから余計嫌い」    春のスマホにDMの通知。 新田「ファンからですかー?」    春、スマホ画面を見て、すぐに仕舞う。 春「知らない人からのご意見。最近多くて」 新田「(察して)それって……」 春「女のくせに気持ち悪いとか、言うほど上手くないとか、LGBTってだけで注目されて得だとか、もっとシンプルに消えろとか死ねとか、あとは」 新田「(春の言葉を遮り)もういいです……それなのに、また動画あげるんですか?」 春「……俺は別に、こうなる前から言われてきたことだし」 新田「(溜め息)……そういうやつらが言葉失うくらいのパフォーマンスお願いしますね……あ、これいい。どうです?」    と、グレーのセットアップを手に取る。 春「……グレー」 新田「春さんって、グレーじゃないですか」 春「どっちでもないってこと?」 新田「どっちでもあるってことです。ほら、白黒テレビって、白黒っていうけど、グレーの部分があるから鮮明っていうか。ほんとに白と黒の二色だけだったら、わかりにくいでしょ。言ってる意味わかります?」 春「打弦楽器っこと?」 新田「は?」 春「……じゃ、これで」 新田「はい。じゃ、決まりで」 春「……(値札を見て)ちょ! 待って!」 新田「俺出します。収入増えるんで、プレゼントさせてください」 春「バイト増やすの?」 新田「就職決まったんです。(店員に)すみません、お願いします」 春「……講師のバイトは?」 新田「(春に背を向けて)辞めますよ。普通に一般企業の正社員なんで」 春「……なんで?」 新田「なんでですかね」 春「……」 新田「春さんは、ダンスで食っていってくださいね」 〇白瀬家・桃の部屋 君江「桃、買い物行ってくるわね」    と、扉をノックし部屋に入る。 桃「見て。動画用にお年玉貯金おろして買っちゃった」    と、グレーのドレスを見せる。 君江「あぁ、咲也くんが撮るって言ってたやつ? ……大丈夫なの?」 桃「うん。大丈夫。良い治療だよ。それに、ママにも見てほしいし」 君江「……」 桃「春くんや咲也くんの前では弾けなかったことないの。だから、ちゃんと弾けるから、ママにも見てほしい」 君江「(微笑んで)ちょっと地味じゃない? グレーなんて」 桃「今までの衣装、白とかピンクとかばっかでしょ? そろそろ、ほら、大人にさ」 君江「(じっとドレスを見つめ)……鍵盤」 桃「ん?」 君江「鍵盤って、ほら、混ぜたらグレーでしょ。白と黒だから」 桃「……うん」 君江「別にいいのかもね。うやむやで。白黒はっきりしてなくても」 桃「……ママ、春くんなんだけど」 君江「仲良くしてもらってるんでしょ。よろしく伝えといて」    と、部屋を出て行く。    嬉しそうにドレスを見つめる桃。    桃のスマホにDMの通知。    桃、表情が曇る。恐る恐るDMを開く。    動画が添付されている。再生。    コンクールで演奏をする桃の姿。 桃「……え」    過呼吸になり演奏を中止する一部始終が撮られている。    ×   ×   ×    いつかのコンクール。舞台袖。    真っ白いドレスの桃。 君江「桃、頑張ってね」 桃「……」 君江「このコンクールで優勝すれば、一気に道が開けるから。頑張ってね」 桃「……うん。頑張る」    君江、客席へ戻る。    周囲の同年代の参加者の声が聞こえる。   「ここまで来るなよ。過保護な親」   「金かけて良い指導者付けてるんだって」   「失敗してくれないかなぁ」   「あの子さえいなければ」    桃、耳を抑え深呼吸。ステージへ。    ×   ×   ×    桃、ドレスを抱えてうずくまる。    動画がTwitterで拡散。   「うわぁ、初めて見た。苦しそ~」   「ちょっと演技っぽくない?笑」   「人前でこれとか人生詰んだな。かわいそ」   「精神疾患なんてかまってほしいだけ」 ○アパート・春の部屋    春、スマホで桃の発作の動画を見る。    途中で動画を停止。    壁を思い切り殴る。    関連のツイートの一つ。   「乙黒春の動画も見つけた! これのほうが相当ヤバいww」    春、添付された動画を再生する。 ○上崎高校・二年三組教室(朝)    桃、登校し席に着く。    生徒たち、スマホを片手に桃をチラチラと見ている。 女子生徒1「白瀬さん、大丈夫?」 桃「……大丈夫。全然、あんなのただの発作だから。大丈夫。全然平気」    と、作り笑い。 女子生徒2「それじゃなくて、これ」    と、スマホを手渡す。 桃「……なに?」    桃、数秒動画を見て、思わずスマホを机の上に落とす。    まだ十代と思われる春、複数人の男から強姦される映像。    女声の悲鳴と男声の笑い声。    桃、言葉を失い、固まる。 女子生徒1「ごめん、知ってると思って」    生徒たち、桃の反応に笑っている。    桃、突然悲鳴を上げ、震えだす。 〇花森ダンススタジオ・A教室    春、一人でストレッチ。    新田、ゆっくりと扉を開ける。 春「(新田に気付き)おっ」    と、いつもの調子。 新田「(神妙な面持ちで)……春さん」 春「今日キッズクラス休講だってさ」 新田「……はい」 春「なんか動画出回ってるって。知ってる?」 新田「……はい」 春「あれ、高校生のとき。けっこう可愛いでしょ、俺」 新田「……」 春「可愛かったからかなー。単に興味かな、わかんないけど……怖いよね。動画とか、残ってると思わなかった」 新田「……」 春「まぁ、あれだよな。親は嫌だよ、子供預けるのはさ。そもそも俺の事情わかって預けてくれてた時点で、ほんと理解あるし、ありがたいよね」 新田「……でも、春さんは、なんも悪くない」    春、突然床を一発殴る。 春「悪くねぇよ! 知ってるよ、そんなの。いつ俺が悪いことしたんだよ……されてきただけだろ!」    と、取り乱し、怒鳴る。    新田、何も言えずうつむく。 春「……そういうことだから、新田にこのクラス任せていいって。有紀さんに確認したから。就職とか、やめろよ」 新田「……嫌です」 春「有紀さん、他で手一杯だから、このクラスまで見れないって、新田しかいないだろ」 新田「……嫌です」 春「わがまま言うなよー」 新田「嫌です……どうしてもって言うなら保護者たちにゲイだってカミングアウトします。前の彼氏との動画とか、自分で流出します」 春「(笑って)お前バカなの?」    新田の頭にポンと手を置き、 春「よろしく」    と、教室を出て行く。 ○同・男子トイレ    春、個室に入る。    しゃがみ込み、声を殺して泣く。 ○織岡心療内科・病室    桃が入院している病院の個室。    ベッドに座り、ぼんやりしている桃。 君江「何か食べたいものある?」 桃「……スマホは? 私のスマホ」    と、身の回りを探す。 君江「治療に良くないって。見ないほうがいいって」 桃「困るよ、春くん、連絡しないと……」 君江「安定してたから」 桃「……(君江を見る)」 君江「最初は、ちょっとって思ったけど、あの人と関わるの。でも、桃すごく楽しそうにピアノ弾くようになったし、発作も減ってるみたいだったから、桃が落ち着ける相手ならって、思って……」 桃「……じゃあいいじゃん。スマホ返して」 君江「今回乱れてるのはなに?」 桃「……別に乱れてなんかない。ちょっと発作起こしただけじゃん」 君江「ちょっと? これが? 救急車呼ばれたのよ。わかってる? 学校で急によ?」 桃「……」 君江「……治療に影響するなら、一緒にいさせられない。ちょっと距離置きなさい」    桃、何も言えず、涙を流す。    君江、病室を出る。    咲也、病室の前に立っている。 君江「……あんまり刺激しないでね」 咲也「……はい」    と、病室に入っていく。 咲也「……桃」 桃「(咲也だと気付き)来ないで」    と、カーテン越しに声を張る。    立ち止まる咲也。 桃「男の人、今、無理、やだ」 咲也「……」 桃「……ごめん。春くん以外の男の人に、会いたくない」    咲也、黙って病室を出て行く。 ○花森ダンススタジオ・事務所    春、デスクを整理している。 有紀「……辞めることないと思うんだけど」 春「有紀さんに迷惑かけたくないし」 有紀「辞められるほうが迷惑だなー」 春「大丈夫ですよ。新田引き留めますから。あいつ辞める予定だったんですよね? これでプラマイゼロです」 有紀「……春に合うと思うよ、ピアノ」 春「はい。ありがとうございます」 有紀「……ごめん。なんも力になれなくて」 春「有紀さんのおかげでダンス始められたんで。ほんと感謝してます。身体のことも、全然気にしないで接してくれたし」 有紀「(笑って)もうちょっと気遣ったほうがよかったかな」 春「(笑って)はい。ほんとそれくらいです」    有紀、涙ぐむ。 春「(頭を下げて)ありがとうございました」 有紀「……続けてね、絶対」    と、事務所を出て行く。    春、片付けを続ける。    突然、事務所の扉が開く。    振り返ると、入ってきたのは凛太。    後ろから春に抱き着く。 春「びっくりした。凛太ぁ、どうした? 今日休みだってよ。聞いてない?」    と、後ろを向くが、春の背中に顔をうずめる凛太。    顔は見せないがすすり泣いている。 春「……ごめんね、今度タップ教えるって言ったのに」 凛太「……タップとか全然興味ねぇし」 春「(笑って)そっか」 凛太「いろいろ悪いんだって」 春「……悪いって?」 凛太「春は何も悪くなくて、悪くないけど、周りのいろんなことが悪いから、春が悪いってことになるんだって」 春「うーん、難しいね」 凛太「何が悪いのか、やっぱわかんなくて、新田に聞いたら」 春「うん」 凛太「新田に聞いたら、シャカイだって」 春「……社会が悪いって?」 凛太「はっきり悪い奴もいるけど、まず悪いのはシャカイだって」 春「そっか」 凛太「俺、シャカイ、良くするから」 春「凛太が良い社会にしてくれんの?」 凛太「新田が、シャカイは子供が作っていくモノだから、子供には変えられるって」 春「なにあいつ、かっこよ、ずる」    凛太、顔を上げる。    振り返った春と目が合い、 凛太「(笑顔で)春のダンスがいちばん好き」 ○同・出入り口前    春、荷物を持って外に出る。 咲也「……あの」    と、待っていた咲也が声をかける。 春「……えっと」 咲也「桃の、幼馴染の……」 春「あぁ、咲也くん」 咲也「はい。あの……はじめまして」 春「そっか、そうだね。はじめましてだね」 咲也「あの……桃なんですけど」 春「桃ちゃんも知ってるよね、多分、いろいろ出回ってるの」 咲也「……はい。今、入院してます。ひどい発作起こして」 春「そっか。ごめんね」 咲也「俺のせいです」 春「……」 咲也「元をたどれば、全部俺のせいです。俺が二人の動画、勝手に撮って投稿して、そのあとも調子乗って桃の動画上げ続けてたし、こんなに世間の注目浴びなければ、桃の発作の動画も、今回の春さんのも……ごめんなさい……」    と、頭を下げる。 春「……違うよ。ほんとに元をたどれば、全部俺のせいだから」 咲也「いや……」 春「世間の注目浴びたのは、俺が普通じゃないせいだから。俺が全部悪いから」 ○織岡心療内科・病室    桃、ぼんやりと窓の外を眺めている。    扉をノックする音。 桃「はい」 春「桃ちゃん」    と、扉を少しだけ開け、声をかける。 桃「……春くん」 春「咲也くんが教えてくれて……ごめんね、勝手に来て」 桃「いえ……どうぞ。入ってください」    急いで寝癖を直す桃。 春「大丈夫」 桃「……」 春「すぐ帰るから。大丈夫。桃ちゃん、休んだ方がいいし。ひとつ、伝えることあって、来ただけだから」 桃「……はい」 春「身体は? 大丈夫?」 桃「大丈夫です。全然なんですよ。全然入院とか、そういう感じじゃなくて、私的に。ママとか先生が大袈裟なんですよね。全然なのに、私」 春「そっか」 桃「……でもなんか、なんていうか、良い機会っていうか。せっかくだし、どうせ入院するなら、この機会に完治させるのアリだなぁって感じです」 春「うん、そっか」    桃、泣きそうになりながら、、 桃「……なんか、治せる予感? あるんですよね。最近ほら、ちょっとだけ電車も乗れたし、春くんの前では、ピアノ弾けなかったことないし。これもう、絶対治せるやつだと思うんです。ってか、ほぼ治ってんじゃないかなってくらいです」 春「うん。そうなんだ」    桃、ポロポロと涙を落とす。 桃「(明るい口調で)そうだ、撮影いつにしますか? 予定空いてる日教えてください。私から咲也くんに伝えますね。動画あげたら、きっとテレビの取材とかだけじゃなくて、ダンスのお仕事もいっぱい来ると思います。そしたら私、また、春くんのための曲つくるんで。で、コンサートとかもしましょう。二人で全国回ったりして。病気治しちゃえばこっちのもんです。ステージで生演奏。実現しましょうね。絶対……絶対治すから。治さなきゃいけないから」 春「治そうとしなくて、いいよ」 桃「……治すよ、治します。嫌だもん。治しますよ」 春「治したいのはわかるし、治ってほしいとも思うよ。でも、治さなきゃいけないって思って苦しむくらいなら、頑張って焦って治さなくてもいいよ」    桃、泣いて言葉が出ない。 春「病気と上手く付き合うとか、ともに生きてくとか、そういうダサいこと言わないよ。俺だって、今まで散々言われてきたから。現実受け入れろとか、個性だと思えとか。逆に、嫌なら手術すればいいとか、戸籍変えればいいとか。でも、違うじゃん。そういうことじゃないから。そういうことじゃないと思うから」    君江、病室に戻ろうとやってくる。    そっと二人の会話を聞く。    桃、涙を拭い、気丈に、 桃「あ、なんですか? 伝えることって」 春「明日、あの会場、最初に会ったホールの会場。そこに来てほしくて」 桃「……変なこと考えてます?」 春「(笑って)あ、撮影じゃないよ。お客さんもカメラマンもいないから」 桃「……二人だけ?」 春「二人だけ。あと、ピアノとステージがあるだけ。生演奏で踊らせてよ、最後に」 桃「……最後ってなに」 春「明日、一緒にステージに立って、弾いて、踊って。で、それで、いったん終わり。休憩。お休み。一緒にステージに立つのも……会うのも、一回お休み」 桃「……言ってる意味わかんないです」 春「(笑いながら)そうかな。桃ちゃんにもわかるように言ってるつもりなんだけど。お休みって意味わかんない?」 桃「……ずっと弾いてたいです。春くんの踊り、見てたいです」 春「他の大事なこと、大事にしようよ、今は」 桃「他に大事なことないです」 春「あるよ。ちゃんと考えて」 桃「考えてもないです」 春「大丈夫だよ」 桃「……(春の方に目をやる)」 春「桃ちゃんは、普通に生きれるから。大丈夫だから」    と、その場を離れる。    桃、膝を抱えて泣く。    廊下で君江と鉢合わせる。 春「……ごめんなさい。明日だけ、」 君江「何時ですか?」 春「……」 君江「明日とだけ言われても困ります。何時に連れていけばいいんですか? 先生に外出のお願いもしないとだし」    春、深々とお辞儀する。 ○桜並木    桜の葉が綺麗な緑色に染まっている。 〇上崎文化センター・大ホール    春、ステージの上でストレッチ。    桃、君江と共に会場に入る。    桃、ステージに上がる。    春と君江、目が合い軽く会釈。    会場を出て行く君江。    春と桃、お互いのグレーの衣装を見て、 春「……かぶったね、色」 桃「かぶりましたね」 春「偶然ボーダーの服とかかぶると」 桃「恥ずかしいですよね」 春「ね……(桃をまじまじと見て)なんか、目腫れてる?」 桃「(目元を隠して)昨日の夜、クレしんのオトナ帝国見ちゃって」 春「あー泣くよね。あれ。絶対泣いちゃう」 桃「生まれたときくらい泣きました」 春「あれで泣かない人は、小学校で道徳の授業受けなかった人だって」 桃「え? なにそれ?」 春「新田が言ってた」    楽しそうに笑う桃。    春、桃に「どうぞ」とピアノの椅子を掌で示す。    桃、少し躊躇いつつピアノの前に座る。 春「最初に、一緒に合わせた曲、できる?」 桃「はい」 春「じゃあ、お願いします」    桃、鍵盤から手を離し、 桃「……春くん」 春「ん?」 桃「この前行った海、もうすぐ海開きらしいですよ。海の家、始まります」 春「……そうなんだ」 桃「ラーメン、食べに行きましょうね」    春、微笑むだけ。 桃「新田さんにまた運転手お願いして三人で行きましょう。私と一緒じゃ嫌がるかな」 春「……やろっか。合わせる前に一回弾いておく?」    桃、席から立ち上がり、 桃「春くん」 春「……」 桃「妹ちゃん、高校どこ受験するんですか? うちの高校、制服可愛いからおすすめです。勧めといてください」 春「……桃ちゃん」 桃「春くん。(ピアノを掌で指して)ピアノです」 春「(笑って)はい。知ってます」 桃「打弦楽器です」 春「……はい」 桃「好きです」 春「……ピアノ?」 桃「……(涙ぐんで)はい」 春「俺も好き」 桃「……ダンスですか?」 春「そう」 桃「(笑顔で)弾きますね。踊ってください」    桃、再び座り鍵盤に手を乗せるが、涙が溢れ演奏できない。 桃「……すみません。ちょっと……花粉症で。今年の花粉は長引きますね。すみません」    と、何度も涙を拭う。    ×   ×   ×    ホールの外。    咲也、扉の前に座り込んでいる。    ノートパソコンを開き、今までに投稿したYouTubeの動画をすべて消去する。    新田、やってきて、 新田「今日は盗撮しないんだ」 咲也「(新田を見上げて)……誰ですか」 新田「乙黒春の彼氏です」 咲也「……え」 新田「嘘です。後輩です」 咲也「……二人にしたほうがいいかと思って。入りにくいし。桃のお母さんも、気遣って出てったし」 新田「そっか。まぁ、たしかに」 咲也「……」    新田、咲也の横にしゃがみ、 新田「……デートでも行きます?」 咲也「……は?」    ×   ×   ×    桃、涙が止まらず、うつむく。 春「……桃ちゃん」 桃「お休みですもんね、これ終わったら」 春「うん、そうだよ」 桃「うん……お休み前の、最後ですもんね」 春「うん」    桃、顔を上げ、深呼吸。    ×   ×   ×    ホールの外に、ポロンとピアノの音が響く。    その音に心奪われる新田と咲也。    ×   ×   ×    別の入り口付近にいる君江。    扉にそっと耳を当てる。    ×   ×   ×    桃、演奏を始める。    春、ピアノに合わせて踊る。    桃の涙が鍵盤の上に落ち、演奏に合わせて弾ける。    春、ピアノの周りを踊る。    二人、目が合うたびに笑顔に。    何度も転調するピアノ。    流れるように移り変わるメロディに合わせて踊る春。    振りにワンテンポ遅れて、付いてくるように揺れるグレーの衣装。    桃がペダルを踏むたびに、グレーのドレスも揺れる。    春、ステージ中央でフィニッシュ。    桃、春に駆け寄り、力強く抱きしめる。    春、桃の頭にポンと手を置く。 春「……がんばらないでね」    桃、涙で声にならない。    春、桃を優しく抱きしめ返す。 ○桜並木(数か月後)    桜が満開に咲いている。 ○花森ダンススタジオ・A教室    新田、キッズクラスで講師をしている。 新田「はーい。一回休憩。汗拭いてー」    新田の元に駆け寄る凛太。 凛太「おい、新田」 新田「先生な」 凛太「新田、タップできる?」 新田「タップダンス? 俺は経験ないなぁ」 凛太「今度教えてやるよ」 新田「なんで上からなんだよ……誰に教わったの?」    凛太、いたずらっぽく笑う。 ○クリーニング店    君江、店員からドレスを受け取る。 店員「こちら一点でお間違えないですか?」 君江「えぇ、ありがとうございます」 店員「素敵なドレスですね」 君江「先週、ピアノのコンクールがあって。娘が着たんです」 店員「わぁ、ピアノ。いいですねぇ」 君江「良い色ですよね。グレー」    と、ドレスを見て微笑む。 ○高井戸駅・改札前    春、イヤホンで音楽を聴きながら誰か待っている。    顔を上げ、改札の奥を見る。    ×   ×   ×    どこかの駅。改札前。    改札の奥から駆け足でやってくる桃。    誰かを見つけ、笑顔に。    咲也、桃を待っている。    桃と咲也、合流し歩いていく。    ×   ×   ×    改札の奥から、 小夏「お兄ちゃん!」    と、高校の制服姿の小夏がやってくる。    春、イヤホンを外し、笑顔に。    桃の演奏するピアノ曲がイヤホンから音漏れする。    春と小夏、合流し歩いていく。    春、ふと立ち止まり、後ろを振り返る。    ×   ×   ×    桃、ふと立ち止まり、後ろを振り返る。    誰かと目が合い、笑顔に。                               了