解説
第二次世界大戦末期のフランスを舞台に、ナチとフランス・レジスタンスの戦いに捲き込まれた若者とユダヤ娘の愛の逃避行を描く。製作はポール・メグレ、監督は「好奇心」のルイ・マル、脚本はマルとパトリック・モディアノ、撮影はトニーノ・デリ・コリ、音楽演奏はジャンゴ・ラインハルトとフランス・ホット・クラブ五重奏団、アンドレ・クラヴォ、イレネ・ド・トレベール、編集はシュザンヌ・バロンが各々担当。出演はピエール・ブレーズ、オーロール・クレマン、オルガー・ローウェンアドラー、テレーズ・ギーゼ、ステファニ・ブイ、ルム・イアコベスコ、ルネ・ブーロックなど。
ユーザーレビュー
「ルシアンの青春」のストーリー
連合軍がフランスのノルマンディ上陸作戦を開始した一九四四年六月。フランス西部の農家の一人息子で十七歳のルシアン(P・ブレーズ)は、フィジアックの町の病院で掃除夫として働いていたが、休暇で家に帰ってみると、家は人手に渡っていた。さらに、父はドイツ軍の捕虜となり、母は村長の情婦になっていた。彼はレジスタンスに加わろうと思い、その隊長を訪ねたが拒絶された。ルシアンは再び病院に戻るためにフィジアックに向かった。その夜、ルシアンがホテルの前でぼんやり立っていると、一人の男に声をかけられた。そこはナチのゲシュタポの本部でその手先きとなったフランス人たちが集まる場所だった。酒を飲まされたルシアンは尋問にひっかかり、村の模様をしゃべってしまった。レジスタンスの隊長である教師が逮捕されたのはその翌日だった。ルシアンは彼らの華やかな生活に憧れ、その仲間に加わった。ルシアンはゲシュタポの手先きとして、レジスタンスの地下運動にたずさわる人々の逮捕や、財産没収に参加した。ユダヤ人の洋服屋オルン(H・ローウェンアドラー)の娘フランス(A・クレマン)と知り合ったのはそんなときだった。ある夜、ルシアンはゲシュタポの本部で催されたパーティーにフランスを連れていった。その帰り道、二人は結ばれた。だがオルンはフランスとルシアンの関係を認めず、ルシアンを中傷するために、ゲシュタポの本部を訪れたが、逆にユダヤ人であることがばれ、ドイツへ送られてしまった。連合軍が徐々にフランス領土をナチの手から解放していった。そんなある日、ナチは、レジスタンスのゲシュタポ本部急襲に対して報復検挙を開始した。ルシアンもそれに協力したが、その中にはフランスと彼女の祖母ベラ(T・ギース)もふくまれていた。ルシアンには二人を見殺しにする他なかったが、ふとしたことでナチの卑劣さを見抜き、翻然と我にかえった。彼はフランスと祖母を連れてスペインへ脱走する決意を固めた。国境に近い山間の空家にたどりついた三人は、そこで様子をみることにした。それはかつて体験したことのなかった安らかな日々だった。山々には花が咲き乱れ、ルシアンとフランスはその中で子供のように遊び廻った。それは生まれて初めて体験する楽しさだった。だがそんな楽しい日々も束の間だった。ルシアンとフランスと祖母ベラの三人はやがてゲシュタポに捕えられ、処刑されてしまう。
「ルシアンの青春」のスタッフ・キャスト
スタッフ |
---|
キャスト | 役名 |
---|
「ルシアンの青春」のスペック
基本情報 | |
---|---|
ジャンル | 戦争 |
製作国 | フランス イタリア ドイツ |
製作年 | 1973 |
公開年月日 | 1975年5月3日 |
上映時間 | 140分 |
製作会社 | NEF・プロ |
配給 | 20世紀フォックス |
アスペクト比 | アメリカンビスタ(1:1.85) |
カラー/サイズ | カラー/ビスタ |
関連するキネマ旬報の記事
関連記事一覧 | |
---|---|
2020年8月下旬号 | 戦後75年特別企画 現代(いま)につなげる戦争の映画 「ルシアンの青春」 |
1974年10月上旬号 | グラビア ルイ・マルの新作 「ルシアンの青春」 |
1974年11月下旬号 | キネ旬試写室 ルシアンの青春 |
1975年3月上旬号 |
グラビア ルイ・マル監督 「ルシアンの青春」 「ルシアンの青春」の“回顧”とは 「離愁」と「ルシアンの青春」が描くもの |
1975年5月上旬号 | 外国映画紹介 ルシアンの青春 |
1975年7月上旬夏の特別号 |
映画批評 ルシアンの青春 映画批評 ルシアンの青春 |