名もなき生涯の映画専門家レビュー一覧

名もなき生涯

「ツリー・オブ・ライフ」のテレンス・マリック監督が、初めて実在の人物を描き、第72回カンヌ国際映画祭でエキュメニカル審査員賞を受賞したヒューマンドラマ。第二次世界大戦時、ヒトラーへの忠誠を拒絶し、愛と信念でナチスに立ち向かった男の運命を綴る。出演は「マルクス・エンゲルス」のアウグスト・ディール、「エゴン・シーレ 死と乙女」のヴァレリー・パフナー、「ヒトラー 最期の12日間」のブルーノ・ガンツ。
  • ライター

    石村加奈

    鳥のさえずりやバッハやベートーヴェンの音楽に彩られた、名もなき人たちの静かな暮らしの中で、街宣車の物騒な、ヒトラーの声高な、ギロチンの刃が落ちる恐怖の、不協和音が際立つ。働き者の主人公の手は、手錠をかけられた後もなお倒れた傘を拾い上げる、やさしさを持つ。彼の決心は、分別というより、軍事訓練から帰還して、妻を抱きしめ、三人の娘たちとはしゃいだ時の感触を憶えているからだろう。時流に逆らい、血で汚されることのない、主人公の手のような、美しい映画である。

  • 映像ディレクター/映画監督

    佐々木誠

    いくら自国が他の国と揉めようともそれが自分の日常に影響することはない、なんてことはもちろんない。自分の考えを貫く自由すら奪われるのが戦争だ。本作は、ナチスに協力することを拒んだ実在したオーストリアの農夫とその妻の物語。自然光にステディカムの長回し、詩的なモノローグ(今作では夫婦の手紙のやり取りとして表現)というマリック節全開だったが、この実話との相性が良かった。異常な状況下で少数派にされた名もなき夫婦の日常を丹念に体感させられ、涙も出ない。

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