あなたの顔の前にの映画専門家レビュー一覧

あなたの顔の前に

2021 年カンヌ国際映画祭プレミア部門オフィシャルセレクションに招待されたホン・サンス監督の長編 26 作目。「晩秋」など60年代に数々の名作を残したイ・マンヒ監督の娘で40 年のキャリアを誇る女優イ・ヘヨンがホン・サンス作品に初参加、主人公の元女優サンオクを演じた。長いアメリカ暮らしから突然、故郷に帰ってきた一人の女性の心の機微と深淵が 一日の出来事を通して描かれる。監督の公私にわたるパートナーのキム・ミニがプロダクション・マネージャーを務めたほか、サンオクの妹役にチョ・ユニ、映画監督役にクォン・ヘヒョ、「イントロダクション」主演のシン・ソクホら、ホン・サンス作品の常連が出演。韓国映画雑誌『CINE21』の「今年の映画賞」第1位および、2022年国際シネフィル協会賞主演女優賞などを受賞。
  • 米文学・文化研究

    冨塚亮平

    謎めいたタイトルは、イ・へヨン演じるサンオクの信仰を示すのみならず、より多義的な拡がりを持つ。とうとう自ら撮影をも担当したホン・サンスは、実験性を後退させ、これまでになくシンプルに俳優の演技に焦点を当てた長回しでサンオクと常連組クォン・へヒョの対話を捉えることで、自らの「顔の前」で今この瞬間に生起する心を震わせる光景をわれわれ観客の「顔の前」へと差し出し、「天国」へと結晶化しようとする。コロナ禍以後の現在をめぐる映画としても必見の新たな傑作。

  • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

    降矢聡

    私の顔の前に存在する、しかし決して捉えることの出来ないこの世界の美しさを語る本作。それは登場人物が今なにを見て、どう感じているのかをカットバックよって誘導することを拒否するホン・サンス映画のメソッドの解説のようでもある。その捉えることの不可能な美しさは神の恵みと神秘的に呼ばれるが、映画が実際にやっていることは「息子に瓜二つ」と言いながら、顔が映らないように息子の彼女を撮り、瓜二つかどうかがわからない、みたいなことだったりするのがなんだか良い。

  • 文筆業

    八幡橙

    二回観て、この映画にはすべてがあると思った。「今」と「過去」、それから見通せる範囲のかすかな「未来」。三つの時間を同時に抱え、また人が生きる中で通過するあらゆる思い――哀切や郷愁やささやかな幸福や純度の高い愛や感謝やかすかな悔恨や鈍い痛みなど――をも同時に湛えた映画だと。ラスト、眠る妹を見つめる主人公を捉えた宗教画を思わせる荘厳なショット。そこで静かにカメラが引いて行く。監督得意のズームではなく。ホン・サンスは、遂にここまで来てしまったのだ。

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