逃げきれた夢の映画専門家レビュー一覧

逃げきれた夢

人生のターニングポイントを迎えた中年男が、人間関係を見つめ直し、新たな一歩を踏み出すまでの可笑しくも切ない物語。「枝葉のこと」「お嬢ちゃん」で注目を集めた二宮隆太郎監督が、敬愛する俳優・光石研に取材して脚本を書き、光石の故郷の福岡県北九州市を舞台に映画化した。撮影は二宮監督の前二作や「ドライブ・マイ・カー」などの四宮秀俊。共演は光石と同様、北九州出身の吉本実憂に、坂井真紀、工藤遥、松重豊。
  • 脚本家、映画監督 

    井上淳一

    生徒には「そのままでいい」と言いながら、そのままで生きていたくなくなった教師の数日が研ぎ澄まされた描写で。完全にハードボイルド。日常に潜む小さな棘。そこに隠された本質的な批判。やっていることは「TAR/ター」と同じ。その庶民版。ターは社会的にすべて失うが、教頭はどうか。題名の意味を考え続ける。後悔しない人生などないというラスト。監督36歳、老成し過ぎでは。でもこの2年弱観てきた中で一番の才能。作品規模が大きくなった時にどうなるか。無駄使いしないで。

  • 日本経済新聞編集委員

    古賀重樹

    二ノ宮隆太郎の映画の真実は、空回りする会話にある。今回は光石研演じる教頭先生がひたすらしゃべり続けるが、肝心なことは伝えられない。聞いている側は、あきれたり、白けたり、困惑したり、いらついたり。その反応が実に生々しい。会話は成立せず、孤独はますます深まる。ただ一人、症状のことを打ち明けられた食堂に勤める教え子と光石が黒崎の街を歩くシーンがすばらしい。年をとること、時が過ぎること、一人であること。人生のはかなさがゴロンと提示される。

  • 映画評論家

    服部香穂里

    嘘が下手なくせに、ままならない現実からも目を背け続けたベテラン教諭が突きつけられる、自分なる身勝手な人間の浅はかさ。特に事件が起こるわけではないが、北九州のごく限られた圏内で、そこで生まれて死ぬであろう男の人物像が飄々かつスリリングに浮き彫りにされる対話に、これぞ映画と膝を打ちたくなる瞬間が目一杯に詰まっている。全篇出ずっぱりの光石研の、いかなる役柄にも変わらず緻密に取り組んできた俳優業の矜持のようなものも光る、集大成的味わいも感慨深い逸品。

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