こんにちは、母さんの映画専門家レビュー一覧

こんにちは、母さん

「男はつらいよ」シリーズをはじめ、時代の変遷と人びとの暮らしを見つめ続けてきた山田洋次監督の91歳にして90本目の劇映画。墨田川のほとりで、スカイツリーを見上げる東京下町を舞台に、現代の令和を生きる「母と息子」の新たな物語を心情豊かに描き出す。主演を務めるのは、1972年公開の「男はつらいよ 柴又慕情」をはじめ、「母べえ」(08)「おとうと」(10)「母と暮せば」(08)など、約50年間にわたって山田洋次作品に出演してきた吉永小百合。下町に暮らす母・福江を演じ、映画出演123本目にして、山田洋次の『母』3部作の集大成となった。その息子・昭夫を演じるのはNHK大河ドラマ『鎌倉殿の十三人』の好演が記憶に新しい大泉洋。山田洋次と吉永小百合と初タッグを組んだ。原作は劇作家・永井愛(二兎社)が手掛けた同名の舞台作品。変わりゆく都会の片隅で、中間管理職の悲哀、シニアの淡い恋、地域とホームレスの問題、若者の生きがいの問題など、今日的なテーマを織り込みながら、それでも変わらぬ思い合う人びとの心を描く、おかしくも切ない人情喜劇。
  • ライター、編集

    岡本敦史

    山田洋次脚本のリメイク版ドラマ「あにいもうと」では、まるで寅さんの予行演習のようだった大泉洋。今回は彼自身の性質を生かして……つまり、いつの間にか国民的俳優扱いされているが、むしろ好感度など到底抱けない役柄にこそ惹かれていく志向性を生かし、現代的な「いけすかない奴」をクラシカルな山田演出に合わせた力加減で巧みに演じている。そして相対する吉永小百合は、つまらない恋愛から解放された途端、最高に美しい表情を見せる。その作劇・演出にベテランの技を見た。

  • 映画評論家

    北川れい子

    デニムのエプロン姿の吉永小百合が実に新鮮だ。しかもよく似合う。東京・下町の足袋屋さん。お客さんの中にはお相撲さんも。この気張らない設定が観ていて心地よく、山田監督の演出も、吉永小百合の演技も、過去2作の「母」映画よりも断然、軽やかでしなやか。むろん母親の置かれた立場で演出、演技が違ってくるのは当然だが、今回は母親としてではなく、自分の人生を生きようとする女性の話なので晴れ晴れしい。仕事や家庭の問題で悩む息子の話も今日的で無理がない。 

  • 映画評論家

    吉田伊知郎

    小津安二郎原作「限りなき前進」を反転させた如きサラリーマンの悲哀は、いかにも松竹映画らしい。大泉洋に渥美清を重ねたのは小林信彦だが、期待ほどにはおかしさが出ない。相手役のクドカンが精彩を欠き、大泉の演技が受けに終始するせいか。全篇へそ出しの永野も現代的な娘として描かれつつ、古式ゆかしい女性像となって誰もが程よく山田作品らしい演技に収まる中、田中泯と吉永小百合の異物感は際立つ。小百合映画における高齢者恋愛描写問題は、流石に今回は違和感ない仕上がり。

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