658km、陽子の旅の映画専門家レビュー一覧

658km、陽子の旅

熊切和嘉が菊地凛子を主演に迎えて贈るロードムービー。東京で孤独な引きこもり生活を送る女性・陽子は、長年断絶していた父の訃報を受け、ヒッチハイクで故郷・弘前への旅に出る。その途中、様々な人との出会いを繰り返しながら、自分自身と向き合っていく。共演は「サバカン SABAKAN」の竹原ピストル、「親密な他人」の黒沢あすか、「レジェンド&バタフライ」の見上愛、「雑魚どもよ、大志を抱け!」の浜野謙太、「ぜんぶ、ボクのせい」のオダギリジョー。
  • 文筆家

    和泉萌香

    ティッシュの代わりに使うトイレットペーパーのリアルさが妙にこびりつく。荒療治みたいなヒッチハイク(自主的に臨んだわけではなく、ある意味捨てられたような、と言っても大間違いではない)はちょっと気の毒に思えてしまうのだが、親切心をもノイズと思っていそうな陽子(菊地凛子)の表情に釘付け。向こう側に見えない他人が溢れかえる、我々も見慣れた小さなパソコンの画面から変わりゆく北への景色は、身の皮を?がすかのように寒々しくも厳かで、孤独な女の背中をそっと押す。

  • フランス文学者

    谷昌親

    誰もが楽しめる映画ではないので、「必見」と言うつもりはない。そもそも設定に無理があるという見方もあるだろうし、菊地凛子の熱演にむしろ辟易する観客もいるかもしれない。しかし、もう若くはない引きこもりという、どうにもロード・ムーヴィー向きではない女がヒッチハイクをするはめになり、彼女の移動とともにエピソードがバトンタッチのように受け継がれ、次々と風景が流れていき、彼女のなかから少しずつ言葉が生まれてくる過程を見つめることができるのは、ひとつの至福だ。

  • 映画評論家

    吉田広明

    コミュ症の人がいきなり一人で外界に放り出されたらどういう感覚なのか、当人の視点から描かなければ意味がない。彼女にとっての現実の肌触りまで感じさせての映画ではないか。父の幻影程度で彼女の内面を描いた気になっては困る。コミュ症だけどさまざまな人に出会って現実に向き合えてハッピーなんて、コミュ症に寄り添っているようで実は健常者の視点であり、コミュ症なんて所詮逃避、強引に現実に直面させればいい、にいつでもひっくり返りそうだ。その意味ではむしろ酷薄な映画。

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