映画専門家レビュー一覧

  • 犬部!

    • フリーライター

      須永貴子

      一人でも多くの人に届けられるべきメッセージやテーマを込めた物語を、人気と実力と影響力のある俳優を起用して制作した、真っ向勝負の映画。愛犬との死別や、「犬は健気」といった人間本位のキャラ設定など、観客を泣かせるための下品な装置は一つもない。理想主義で暴走気味の主人公を、見守り癒やす愛犬“ハナコ”役を、「さくら」のちえが相変わらずの涼しい顔で、しれっと名演。難癖をつけるとしたら、動物に目を奪われてしまい、人間の芝居に目が行かないことくらいかも。

    • 脚本家、プロデューサー、大阪芸術大学教授

      山田耕大

      犬や猫の映画がやたらに作られていた10年ほど前、この「犬部!」の映画化の話が持ち上がっていたが、実現とはならず、今陽の目を見るに至った。僕の子供の頃は、町に野良犬がうろついていて、時々交尾などして悪ガキたちに石をぶつけられたりしていた。それが今やペットロスなどという言葉が出てくるほど大切な存在になった。が、一方で捨てられる犬は殺処分されてしまう。気の毒な犬がこれでもかと出てくる。犬好きにはたまらないだろう。が、そうでもない人はどう観たらいいのか。

    • 映画評論家

      吉田広明

      救える命はすべて救うことを目標とする獣医師と、殺処分ゼロを目指して保健所に入った二人の「犬部」創設者。前者の現在を中心に話は進み、時折差し挟まれるフラッシュバックが、彼が現在かくあるのは何故かを効果的に描き出す一方、後者の音信不通が不穏な通奏低音としてサスペンスを醸し出す。題名の印象を裏切るシリアスな内容だが、多頭飼育崩壊を引き起こしたペットショップ店主も含め、声高に人を責めず、静かに人を反省に導く姿勢が、映画を後味の良いものにしている。

  • サンマデモクラシー

    • 映画評論家

      北川れい子

      日本復帰前の沖縄の人々にかけられていた無謀な物品税。その代表とも言えるサンマ税に異議を唱えた魚問屋の女将、ウシさんを追った裁判ドキュメンタリーだが、残念なことに、素材と資料等の情報不足で、実に中途半端な作品に。それをはフォローするためなのか、沖縄の噺家を使って笑い話に仕立てているのだが、それが逆にウシさんまでからかっているようにも見えなくもなくいささか本末転倒気味。当時の沖縄の実情にも触れているが、ザックリ感は否めない。

    • 編集者、ライター

      佐野亨

      沖縄のドキュメンタリーは数あれど、サンマの輸入関税をめぐる、いわゆる「サンマ裁判」を軸に据えたユニークな一作。落語の語りや再現劇、アニメーションなど、さまざまな意匠をぶち込みつつも視点が拡散しすぎていないのは、玉城ウシという人物に対する山里孫存監督の個人的興味が根っこにあるためだろう。沖縄においてさえ(あるいは沖縄であるがゆえに)政治と生活を分断させしめようとする日本的メディアの風潮のなかで、生活が政治を動かすことの意味を再考させられる。

    • 詩人、映画監督

      福間健二

      海辺にうちな~噺家・志ぃさーが登場して語りだす。微温的の一歩手前のその語り、そして似た調子の川平滋英のナレーションに乗って、さまざまな質の記録映像がつながれる。サンマ裁判の玉城ウシが目玉ではあるが、下里恵良と瀬長亀次郎という対照的な政治家も「主役」の一角。下里のところは、再現映像によるサイレント活動写真。沖縄の過去をめぐる「啓蒙」には、「啓蒙」で終わることの一般的な限界とは別なモヤモヤを感じることが多い。山里監督はドタバタでなんとか乗り切ったか。

  • ジャッリカットゥ 牛の怒り

    • 非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト

      ヴィヴィアン佐藤

      驚愕の91分。アカデミー賞インド代表との事だが、最近のインド映画はこのようになっていたのか。壮大な、しかし局所にフォーカスしたたった一曲のオペラのようだ。これでもかというくらいに追い打ちをかけられていく演出。自然と鼓動が高まり手練手管の限りを尽くして高揚させられる。ガムランによるケチャのように登りつめていく。しかしケチャのような最小限の動きではなく、最大限の動きだ。追い詰められ追われているのは、牛ではなく、我々観客の方のなのかもしれない。

    • フリーライター

      藤木TDC

      驚愕が連続する異形の映画。民族衣装の巻きスカート=ルンギをセクシーに何度も巻き直すヒゲデブ率99%の男が大量出演、南インド山間部の脱走水牛捕獲騒動を描く。土着性と実験性が混在し「アギーレ 神の怒り」や「地獄の黙示録」と同じ類の神話再現を試みたようにもとれる。駆けめぐるカメラ、山肌の大群衆、アニマトロニクス(!)の牛。そして芥川『蜘蛛の糸』か諸星大二郎『生命の木』かという大迫力のクライマックス。なかなか牛が出てこない前半が眠かったので減点1。

    • 映画評論家

      真魚八重子

      「暴走牛vs1000人の狂人!!」という惹句が躍りパニックスリラーとなっているが、もっと暗喩的な作品だ。人死にが出る御柱祭りのように、我々は衝動のはけ口を作る。または川崎ゆきおの『猟奇王』のように、男たちは本能的に走り出すことを求めていて、そのきっかけを待っている。じつは洗練された理解と感覚の映画で、編集や後半の大量に灯る光の扱い方、うねりが整然と増していく構成など、土着的に見える設定とはかけ離れた先鋭的センスが光る。都会派によるプリミティブアートだ。

  • 星空のむこうの国(2021)

    • 映画評論家

      北川れい子

      むろん私も小中監督の商業映画デビュー作は公開時に観ているが、80年代前後は日本映画の大変革期にあり、斬新な自主映画や作家性の強い娯楽作品が次々と登場、そちらの方ばかりに気が行って、少年少女が二つの世界ですれ違うという話、どうもスッキリしなかった。でそのセルフリメイク、今度は違う戸惑いが。あら、あの少年と少女、そして監督はまだパラレルワ-ルドから抜け出せてなかったのね。ひょっとしたらこれも宇宙のいたずら? いやこれは冗談。若い方、ぜひ体験を。

    • 編集者、ライター

      佐野亨

      映画少年の面影あざやかな小中和哉監督が少年少女の「時」を初々しく刻み込んだオリジナル版から35年。このリメイク版における監督の視線には、親の世代としての慈愛と達観が見て取れる(劇中でそれを象徴する存在がヒロインの母親を演じる有森也実だろう)。その大人の視線があればこそ、鈴鹿央士、秋田汐梨ら現在の少年少女の「時」が、ノスタルジーの枷を逃れ、いきいきと迸る。撮影(高間賢治)もVFXも特別斬新なものはないが、「時」に対する堅実さが品格をうんでいる。

    • 詩人、映画監督

      福間健二

      自作のリメイク。小中監督の作戦、どうだったのか。評者は未見の35年前の作品でヒロイン理沙役の有森也実が、ここでは秋田汐梨演じる理沙の母親役。そんな作品を撮るふしぎさ。それが他作品で変わった子を演じてきた秋田と昭雄役の鈴鹿央士のオーラに作用するのを期待したが、見えてこない。パラレルワールドに元の世界での意識を持続させて入る昭雄の心理も、あまり画に出ない。CGのシリウス流星群以上に人と風景と言葉に誘発するものがあれば、ラスト、もっとときめいたはずだ。

  • リスタート

    • フリーライター

      須永貴子

      シンガー・ソングライターを目指して18歳で上京した主人公が、28歳で地下アイドルをやっている心情と事情が理解できない。上京して5年後(23歳)の設定なら「若気の至り」で成立するが、この主演俳優では無理がある。彼女の才能や魅力を活かしたいなら違う脚本を、この脚本で撮りたいなら違う俳優で撮るべきだった。思い返せば、演者の年齢とキャラクター、そして脚本との齟齬は、初監督作から見受けられた。監督の武器であるキャスティング力が、作品の足を引っ張っている。

    • 脚本家、プロデューサー、大阪芸術大学教授

      山田耕大

      まっすぐで太い。飾り気のない直球勝負。都会で傷ついた女性が、生まれ育った田舎の町に戻り、心を洗われ再出発を誓う。お馴染みの構図、見慣れた展開。「パターンだ」「ありきたりだ」と人は言うかもしれないが、大いにけっこう。真面目で純粋。それがこの映画に一貫して流れている大切な心情である。姑息なパフォーマンスをして、何か作った気になっているような映画が多い中、この直球は頼もしく、嬉しい。脚本・監督の品川さんがいかに映画を愛しているかがわかった気がした。

    • 映画評論家

      吉田広明

      タイトル前の回想場面の横移動、どんでん、ドローン撮影に意味はあるのだろうか。失意のヒロインが帰郷し、同級生との飲み会で飲みすぎ、地元のおっさんに絡まれて吐くと、いかにも弱キャラの同級生二人、絡んでいたおっさんまで釣られて吐く。この貰いゲロの連鎖も、俯瞰の長回しという一歩引いた画角ではなく、いきなり吐き始める人間をカット割りで次々と捉えることで可笑しさが演出できたはずだ。物語も人物設定も紋切り型で閉口な上、演出がこれでいいのか見ている間疑問が絶えず。

  • 17歳の瞳に映る世界

    • 映画評論家

      小野寺系

      ドキュメンタリータッチで描かれる少女の不安で悲痛な旅を、まるで本人になり代わったように体験できる一作。長距離バスから垣間見えるニューヨークの雑踏や、深夜のバスターミナルなどの観光的ではない風景が、まさに17歳の感覚で切り取られ、ひりひりとした痛みまでも伝わってくるような撮影が見事だ。さらに驚かされるのは、劇中で示される田舎と都会の人権感覚の違い。一人の人生の行方が生まれる場所によって決まりかねない米国内の異常な現状を訴えかけるテーマも真摯である。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      親にはもちろん、誰にも知られずに解決したいが、お金がない。17歳の女の子が抱え込んだ容易ならざる現実を核に、セリフの量、カメラの動きも抑え、画面で行われる事実に見る者の感情を最後まで集中させる脚本と演出が秀逸。ニューヨークでのヒロインとカウンセラーの、明け透けな遣りとりは劇中いちばんの見どころ。世界中の若い世代が抱える困難を映すだけでなく、カウンセラーの言う「それがあなたの選択ならどんな理由でもいい」に、やり直しを後押しする健全さをみた。

    • 映画監督、脚本家

      城定秀夫

      望まぬ妊娠をした少女が堕胎手術のために従妹と共に3日間の旅をするだけの飾り気のない物語であるが、最小限のセリフと音楽、人物のクローズアップを多用した演出は彼女たちの不安定な心情を的確に捉えており、バイト先の度が過ぎたセクハラ店長、バスのナンパ青年、電車内の露出狂など、出てくる男性の多くが少女たちを性的に見ているという描写や、彼女に投げかけられるカウンセラーの言葉により、女性が抱える苦悩を静かに、しかし強く訴えている、あまりに映画的な映画である。

  • SEOBOK/ソボク

    • 映画評論家

      小野寺系

      兄弟のように男たちが深い繋がりを見せるブラザーフッド要素とSF要素、行き場のない者たちの逃亡劇を上手く組み合わせ、求心力を高めた成功作。大企業と政府が互いを軽蔑し合いながら協力している描写は漫画的だが、現在の社会にリンクするリアリティを感じる。一方で、命の倫理観に迫るテーマの上では、人道に外れた人体実験と、生命の領域にかかわる科学技術を認めるかどうかという、別の問題をまとめてしまったことで説得力を欠いている部分もあり、いささか消化不良ではある。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      ある種の人間の究極の欲望は不老不死、永遠の命かもしれない。望まずしてそれを与えられたクローン、そして対照的に余命宣告を受けた二人の、死という宿命への向き合い方を、分かりやすい脚本と淡々とした演出で描いた点を評価したい。分けても実験体にされてしまった結果の、ソボクの永遠に対する恐怖が胸を刺す。先端科学と生命の関係云々などはさておく。ただ、ソボクには生命の摂理にしたがい自分の人生を生きることが叶わない哀しみがあり、作品の深淵な意味ここにある。

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