映画専門家レビュー一覧
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ショック・ドゥ・フューチャー
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文筆家/女優
睡蓮みどり
体感25分! ただエレクトロニカの世界に身を預けているだけで、始まったと思ったら終わっている。それもまだ観ていたいのにという贅沢な余韻を残して。男性優位の音楽業界で「美人なんだからボーカルやれば?」という何重にも塗り重ねられた侮辱にも、怒りあきれながらも邪魔されずに自らの道を進む。シンプルで潔く、余計な要素をはさまない。創作の情熱に引っ張られて行動する主人公を追いかけるようにカメラは自然とアルマ・ホドロフスキーに吸い寄せられていく。また観たい。
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映画批評家、東京都立大助教
須藤健太郎
一日の出来事にしたのが工夫だろうが、その工夫も含めて型通りである。作劇に感じられるのは作為であって、創意ではない。しかも、首から上のミディアム・クロースアップを軸に構成されるため、これではすべてが感情のドラマに回収されてしまう。俗情におもねった一喜一憂の物語のどこがいいのか。壁一面を覆う機材を正面から捉えたショットや装置をいじる手つきの接写を主役にすればよかった。ところでゴダール&ミエヴィル「パート2」の特大ポスターがずっと気になった。
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東京リベンジャーズ
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映画評論家
北川れい子
負け犬人生を送る主人公のタケミチは、10年前のヤンキー時代に何度もタイムリープ、その度にボコボコにされる。でそんな自分にリベンジを。実をいうと本作、当初はストーリーの辻褄合わせを気にしながら観ていたのだが、ふと気がつけば、あれこれの些細なことなどどうでもよくなって、若い俳優たちが競い合うように演じるキャラの面白さと、パワフルな殴り合いにもう夢中、不良性感度の高い映画なのに、充実感がある。英監督の迷いのない演出とどさくさ紛れの小ネタにもニヤリ!
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編集者、ライター
佐野亨
相性のわるい英勉監督作品ということで警戒して観始めた(失礼!)。おなじみの類型的キャラと大仰な演技にやっぱりダメか、と思ったが、いつのまにやらキャラが豊かな実在感に満ちた人間に変転を遂げ、誰一人不幸にしてたまるか、という人間への寄り添い方にところどころジーンとさせられてしまった。エンドクレジットを確認すると脚本・髙橋泉。なるほどと膝を打った。演出はテンポばかりでなく情緒がほしいが、愛すべきバカモノたちの幸福を祈って★一つオマケ。
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詩人、映画監督
福間健二
アイドル的男優の緊急課題が野球の大谷翔平の魅力に迫ることだとしたら、本作の泣き虫ヒーロー役北村匠海の表情と体の動きは高得点。タイムリープで過去を変更することが、既存のヤンキー物でふんぞり返ってきたものを地に引きおろすジャンル批判となり、ヤクザ映画以前からのヒロイズムを揺さぶる側面も。原作に明快さがある上に、関わる作品に必ず新手ありの脚本の髙橋泉との仕事で、英監督の手腕がいよいよ冴えた。ヤンキー、これと「地獄の花園」で打ち止めにしてもいいのでは。
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シャイニー・シュリンプス!愉快で愛しい仲間たち
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映画評論家
小野寺系
モデルとなったゲイたちの水球チームの実際のメンバーが監督しているだけあって、少々えげつない部分まで遠慮なく表現できているところが魅力。ゲイ差別に遭う描写も存在するが、それよりも人生を楽しんでいる姿を見せつけることで共感を広げようという試みも納得できる。ただ、パーティーやダンス、カラオケなど、メンバーがハイテンションで繰り広げる騒ぎは、観客側を置き去りにしている印象も。とくに後半はシナリオが放棄され、全体の構図が崩れてしまっているように感じられる。
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映画評論家
きさらぎ尚
不明にして「ゲイゲームズ」という大会の存在を知らなかったが、水泳プールを舞台にした男たちの話を昨年から数本見ているので、既視感がちょっぴり。それでも、コスプレやクラブでのカラフルで賑やかなパーティ場面、音楽など、予想に違わずそれなりに楽しむことはできる。その反面、元五輪のメダリストの同性愛者に対する無理解に端を発した主題がもつメッセージがかなり曖昧に。無害な娯楽作品の役割は果たしているものの、LGBTQ問題の議論が盛り上がる今日、物足りない。
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映画監督、脚本家
城定秀夫
オリンピック選手が差別発言の罰としてゲイの水球チームのコーチをやることになり……という実話がもとになってるとは思えないオモシロ設定で、ことあるごとに乱痴気騒ぎをするゲイ描写は少々デフォルメが過ぎると感じるし、全ての試合をモンタージュで流してしまってることにも物足りなさを覚えるのだが、この手のモチーフを喜劇映画で扱っているのは進歩的で、レズビアンに対する差別発言をたしなめられたゲイの「マイノリティの特権よ」という反論には考えさせられるものがある。
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サムジンカンパニー1995
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非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト
ヴィヴィアン佐藤
1995年のお隣の韓国ソウル。日本ではバブルが弾けたと言っているときにこんな状況だったのか。男女雇用均等法や会社汚職、不正、内部告発をここまでポジティブに元気に脚本化する力!この時代の日本の女子サラリーマン作品といえば、『ショムニ』あたりだろうか。日本はこの30年間何も変わっていない。これは韓国の爽快なコミカルサスペンスで楽しく応援したくなる作品だが、このような作品を日本には作れない。「作品」とは「映画論」に他ならなず、韓国映画界のある可能性を見た。
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フリーライター
藤木TDC
マーケティングを意識しすぎ混乱してる点で映画自体が現代的企業活動の産物だ。「国家が破産する日」(19)が描く97年韓国通貨危機の前日譚と見れば本作の題材の企業不正は興味深い。いっぽうフォームはTVドラマ『ショムニ』風の事務服OLドタバタ劇で、シリアスとコメディの並立を狙う演出は挑戦的だが二方向が相殺し機能していない。OLドラマに笑いと共感を期待する観客に後半の企業ミステリは不要、社会派映画好きには演技の誇張や大企業礼賛が不愉快というジレンマが。
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映画評論家
真魚八重子
懐かしいいで立ちをしたヒロインたちの冒険と、事件を調べていくミステリー要素。品の良さや、第三者的な視点を維持した物語の展開も含めて、まるで角川映画を観ているような気分。コ・アソンのもの言いたげな表情には引き込まれるし、達者な演技でありつつさっぱりした存在感はイヤミがなくて好印象。理解ある上司や素直な後輩など、善人の男性キャラの存在は救いがあり、さらに彼らに関して恋愛要素が絡んでこないのがすがすがしい。クライマックスの畳み掛けもケレンがある。
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走れロム
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非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト
ヴィヴィアン佐藤
血湧き肉躍る。ほとばしる汗、息、鼓動、熱量。美しすぎる絵作り。キップ・ハンラハンばりのザラついた音。違法くじや母親探し、貧困社会。そんな話題は糞食らえ。コード化されないメッセージ。意味の過剰。鋭い陰影。鈍い記号。たしかに「数字」に取り憑かれた人間たちの物語ではあるが、それは記号ではなく、あまりにも強すぎる生きる力が形象化された神の姿そのものだ。「時は止まらない」。ロムも映画も私たちも待ったなしの一回きりの本番の人生を疾走しているだけなのだ。
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フリーライター
藤木TDC
ヴェトナム都市部の庶民に根づくノミ屋産業「闇くじ」の風俗的珍奇と、スラム暮らしの人々や孤児の厳しい生きざまを交錯させたスピード感ある力作。若い監督は構図や編集に才気が漲り、街頭での生々しいロケも刺激的。「くじ」の必勝理論にもっと踏み込み、当たりハズレが脇役各々の人生に深く突き刺さる様を脚本化できればギャンブル映画としてさらに良かったと感じるのは私が阿佐田哲也や寺内大吉を読みすぎのせいかもしれないけれど、監督に彼らの小説を読ませたかった気も。
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映画評論家
真魚八重子
サイゴンの裏町の喧噪とバイタリティが切り取られ、少年の日常がスピード感あふれる演出で展開していく。不安定な日々を表す表現として、カメラが傾いでいるだけなのは安易でびっくりするが、RPGゲームのように立て込んだ集合住宅地のダンジョンを駆け抜けていく縦横無尽さは生き生きとしている。貧困から危うい仕事に携わる子どもの映画はたくさんあり、本作はそこから頭抜けているわけではない。しかし二人の少年の友情と敵対の成り行きは、珍しい衝動的なドラマとなっている。
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83歳のやさしいスパイ
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非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト
ヴィヴィアン佐藤
なんと美しい老人施設であろうか。花が咲き乱れ、鳥が歌い、人間が歌を詠み、陽光で満たされる。ドキュメンタリー的に展開していくサスペンス風探偵物語は、いつのまにか台本のないヒューマンドラマと化していく。私物が盗難に遭い、家族の訪問がなくなり、記憶も曖昧になっていく。老人ホームは「謎」が充満していく。日常を充実した晴れやかな眼差しで捉える人間にとって、誕生日会も葬式も同義語。映像には映り込まないテーブル下での手繋ぎや人生の記憶。心温まる一本だ。
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フリーライター
藤木TDC
題名にある「スパイ」のミッションはすぐ放置されNHKが作りそうな老人ホーム密着ドキュメントに方向転換。高齢者福祉の課題はチリでも同じで、熟年男女の交流に心温まるより、家族面会がなく置き去りにされた人々の寂しい集住に暗鬱に。時々再開されるミッションは他人の動向を盗撮したり無断で部屋を捜索したり。その映像を映画に使ってるのに調査は途中放棄、スパイは優しい家族のもとへ帰る。難しい企画をやろうとして全て曖昧になった印象。こんな無責任な展開でいいのか?
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映画評論家
真魚八重子
ドキュメンタリーとモキュメンタリーの狭間を自由に往来する演出のあり方が、本能的で良い。現実と虚構に堅苦しく線引きをするのではなく、スパイという演出に愛嬌を持たせて、ちょっとしたメタ的な視座を織り込むことに成功している。ただ老人ホームを悪く描く気は毛頭なかったとしても、好き好んで入りたいわけじゃないという現実は滲むので、鑑賞後はどんよりしてしまう。映画は認知症によって人が変わり、死の恐怖に囲まれる老いを率直に捉えられる段階だが、対処法は遠い。
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ライトハウス
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非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト
ヴィヴィアン佐藤
移動しない密室で展開される出来事は、「ここ」でも「いま」でもない旅に二人を連れ出すロードムービーだ。照射するのは海上ではなく二人の心の陰部であり、目印は船舶のためではなく二人の理性の基準地だ。「日誌」とは出来事の偽りの痕跡であり、「時計」とは行動の自己弁護だ。「日誌」を破り、「時計」を壊し、人間は初めて自由を獲得する。周囲に拡がる深淵には不可視のリヴァイアサンが姿を現す。そこは光という神の祭壇でもあり、司祭のための天国と地獄の入り口でもあった。
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フリーライター
藤木TDC
D・リンチが登場した時に近い高揚と動悸。主演二男優による大げさな眼力演技合戦はわざわざ低感度フィルムで撮影した白黒映像にフィット、照明設計やノイズサウンドも完璧に効果を示し、発掘された旧作を見るように古色蒼然を楽しめる。男ふたりの密室劇は結末が歴然だし、終盤の泥酔場面がくどい、脚本構成が同じ監督の前作「ウイッチ」に似すぎ等々ツッコミどころも散見するけれど悪趣味な低予算スリラー好きに充分お薦めできる。雨の日、薄汚ない映画館でひとり観たい怪作。
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映画評論家
真魚八重子
そりが合わないベテランと新人の灯台守の男2人が繰り返す、口論のための口論。モノクロームの美意識が強い映像。シュールな夢想と人を恐れない不気味な海鳥。マヤ・デレンの実験映画のようで、ただ好きだなと思う。難解でもないし狂気が深まっていくテンポもスムーズで、前情報で受けるとっつきにくさはない。クラシカルな夢の怪物も絶妙な塩梅で色気のあるカットになっている。趣味に訴えかける作風でメッセージ性はあまりないので、個人の嗜好で合う合わないは判断して頂きたい。
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