映画専門家レビュー一覧
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SEOBOK/ソボク
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映画監督、脚本家
城定秀夫
iPS細胞がうんぬんかんぬんでとにかく不死の体を持つクローン青年と、うんたらかんたらな不治の病で余命いくばくもない男のバディもので、設定は諸々ガバガバなのだが、人間にとって死とは何か、という主題についてはそれなりの哲学が語られており、その部分を深掘りしていけばいいものを、クローン青年が脳波で物体を自在に動かせる超能力を持っているという欲張り要素を付加したばかりに、結局クライマックスは既視感まみれの念力バトルになってしまっているのがもったいない。
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プロミシング・ヤング・ウーマン
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映画評論家
小野寺系
コメディーでありサスペンスでもある不思議な味わいの映画だが、それゆえ先が読めない展開はフレッシュで鮮烈だ。最近になって抑圧される女性の象徴となっているブリトニー・スピアーズのイメージをも背負った大胆不敵な主人公像と、演じるキャリー・マリガンの肝の据わり方が素晴らしい。女性の人権問題を過激に描いた新感覚の娯楽作として、後に確立されるだろうジャンルの先達となることも予想される傑作。それにしても長編監督デビュー作で、ものすごい金鉱を掘り出したものだ。
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映画評論家
きさらぎ尚
登場人物に聖人君子も極悪人もいない。未来を約束された普通の若い女性が、不条理極まりない状況に立ち向かう日々を、練られた脚本によって執念に集約して描き切ったE・フェネルの技量を評価したい。ガーリー映画風のカラフルさで見せるビジュアル・センス、またロマコメ風の軽妙な演出も併せて。ヒロインの名前をギリシャ神話の予言能力を授かった王女と同じカサンドラとし、現代のカサンドラに〈Angel of the morning〉をBGMに、スマホで目的の遂行を予告させるとは。うまい。
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映画監督、脚本家
城定秀夫
世のクソ男たちへ鉄槌を! という復讐モノ、あるいはサイコスリラーとしては満点をあげたくなる出来なのだが、話はそう単純ではなく、中盤以降はかなり痛烈なフェミニズム的主張が物語を覆ってゆく構成で、この社会性を帯びたテーマは、自ら仕掛けた巧妙な罠で捕獲した獲物に罰を与えてゆく過剰な行動を粒立った音楽で装飾している序盤の娯楽性とはいささか齟齬が生じているものの、かようなバランスの悪さもまたこの映画の不気味な魅力であるし、とにもかくにも物語が滅法面白い。
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少年の君
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非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト
ヴィヴィアン佐藤
透明性が高く、全篇に美しい光と湿度を湛えた美しい青春映画ではあるが、香港の社会問題を正面から捉えている。「いじめ問題」を法を整備して取り組んでいるところも興味深い。昨今のコロナの対策に於いてもそれぞれの国の対応が試された。日本は「いじめ問題」で何か政治が動いているのだろうか。隣国のこのような作品態度に接すると政治が全く機能していない我が国について忸怩たる想いが募る。素材としての役者、撮影、編集、そして脚本どれも素晴らしく、エンタメ性も高い。
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フリーライター
藤木TDC
「泥だらけの純情」(古すぎ?)のようなチンピラと優等生の純愛にいじめ、受験戦争など現代性を絡めた絶望メロドラマの前半から中間点以降、東野圭吾風ミステリに転換。東野作品との類似を批判する声もあるけれど、ティーンズ・ロマンスの外形はプロットも映像も独自の要素が強く、別次元の映画に統御され成功している。私は少年少女劇が趣味じゃないので感情移入できず、子供にあまりにも複雑な情動を負わせる脚本に無茶を感じたが、純粋に良作と感じる観客も多いだろう。
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映画評論家
真魚八重子
一時期の日本のミステリー小説の映像化を彷彿とさせる、悲運に見舞われた少年少女が秘密を共有する運命共同体となる物語。日本の学園ものだとチャラけてしまう場合が多いが、本作はアジア圏の制服の衣裳が持つ、血が冷たいような端正さが残っている。チンピラと優等生の少女という登場人物はステレオタイプではあるが、取調室のシーンで二人の結びつきの強さや絶対的信頼を表す演出が、表情のみの表現で気迫がこもる。エンドクレジットの馬鹿馬鹿しい説明さえなければ。
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ファイナル・プラン
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映画・音楽ジャーナリスト
宇野維正
フィクションにおける犯罪者は反省も更生もしないから粋なのであって、本作の主人公のようにたかが「本物の愛」を知ったくらいで改心されても興醒めするばかりだ。「さらば愛しきアウトロー」のロバート・レッドフォードを見習ってほしい。まったく尻尾をつかまれてもいないのにわざわざ自首をするこの愚かな主人公のせいで、死ななくてもいい善人たちが次々に死傷していく。アクション路線に全振りして久しいリーアム・ニーソンだが、近作の水準低下は気のせいじゃない。
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ライター
石村加奈
愛する女性との将来のために、過去の罪を償う決心をした主人公トム・カーターを、リーアム・ニーソンが好演。強すぎて痛快なアクションシーンも健在だ。リーアム扮する凄腕爆破強盗犯を改心させた、運命の人・アニーとのピュアな熟年愛(現在ニーソン69歳!)を、衣裳がさりげなく、チャーミングに見せている。トムのブルーのシャツ&アニーの黄色のパーカのさわやかな組み合わせに照れっ! マイヤーズ(ジェフリー・ドノヴァン)と愛犬タジーのサイド・エピソードもラブリー。
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映像ディレクター/映画監督
佐々木誠
映像制作の仕事で疲れているけど何か映画は観たい。だが、頭は使いたくない。そんな時、アクションを選ぶが、無駄な時間だったと後悔もしたくない。ということで基本リーアム・ニーソン映画を観る。まず間違いない。「沈黙の~」系のような展開の映画をリーアムが主演するだけで、作品全体に品格が生まれ、意味を持ち、様々な角度で語れる一級品になることに毎回感動する。本作もツッコミどころ満載だが、彼の魅力、思慮深い表情で強引に納得させるザ・リーアム映画だった。
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ダルバール 復讐人
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映画・音楽ジャーナリスト
宇野維正
ガッツリとヅラを被ったラジニカーント主演のタミル語映画ということで、作品のノリについては推して知るべし。もちろんこうしたローカルな映画言語が尊重すべきものであることは前提として、例えば同じインドの「暴走する警官」モノであるNetflix『聖なるゲーム』におけるボリウッドの洗練と比べると、娯楽作品としてどれだけの余命があるのかとも思ってしまう。お約束のダンスシーンや2部構成の長尺ではなく、照明とアフレコの不自然さが鑑賞のノイズとなった。
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ライター
石村加奈
インド映画界のスーパースター、ラジニカーントが、70歳とは思えぬキレの良さで、歌あり踊りあり、アクションありの158分間大活躍!「警察界のゴッドファーザー」と称賛される、敏腕警察官の正義と、最愛の娘を失い、復讐にかられた父親の不義とのギャップにも躊躇なく、我が道を猛烈に突き進む主人公アーディティヤの姿は痛快無比だ。一人対多勢の超絶アクションも凄いが、父娘のドラマにも意外な見応えがある。特に娘の遺言に接するシーンのラジニカーントは、神がかっていた。
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映像ディレクター/映画監督
佐々木誠
娘を奪われた怒りから悪人を殺害しまくる男の復讐譚、ということで「狼よさらば」シリーズ的作品かと思いきや、そこはラジニカーント映画。小ネタと歌と踊りが満載、油断するとすぐにスローになってキメ顔、それが本筋と関係なく続き無駄に長い。本作の主人公がポール・カージーと決定的に違うのは、警察長官という自身の権力をフルに使って復讐(という名の殺戮)を遂行するので全く共感できず、カタルシスが皆無という点だ。ラジニの映画でそれをマジで語るのは野暮だが……。
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ロボット修理人のAi(愛)
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映画評論家
北川れい子
かなり大胆な設定の怪談ふう因縁話で、ペットロボットが狂言回し的な役を担っているのがミソ。舞台となっている榛名湖に〈甦りの女神〉が棲むという伝説があり、湖畔や森の映像はそれなりに美しい。けれども器用でいくつもの仕事を掛け持ちしている主人公少年の周辺エピソ-ドが不必要にゲスっぽいのと、説明台詞が目立って多いのが興を削ぐ。榛名湖伝説を伏線にした少女の登場も、後付けの説明台詞で処理されている。奇跡にも背景は必要だが、説明ではない演出が欲しかった。
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編集者、ライター
佐野亨
主演・土師野隆之介の表情、そのあざとさのない喜怒哀楽の変化に引き込まれた。彼をとりまくひとびとの描写は時に冗長にも感じられるが、豊かな実在感のあるセリフといい、一人ひとりを生きた人間として描こうとする田中監督の実直さゆえと大目に見たい。本吉修の撮影、自然描写は文句なしに素晴らしいものの、屋内のさりげない対話シーンにもう少し工夫がほしいところ。なにより近年の日本映画では珍しく、音楽が適切に盛り上がり、適切に抑制されている点に感心した。
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詩人、映画監督
福間健二
モデルや実際の事件に取材した部分をもつ話の進む方向が、いわばシナリオ教室的ルールを無視しているようで、筋とは別なハラハラがあり、編集や音楽の入れ方に粗さもある。とはいえ、そんなことを欠点としないような、技巧やクオリティー信仰に足をとられない田中監督の家内工業的情熱に拍手したい。16歳の主人公倫太郎の造型が最高。能力の高い「いい子」。演じる土師野隆之介は、どの作業服を着てもよく似合う。そしてみなさん、大空??弓さんがさすがという感じで出てますよ!
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ねばぎば 新世界
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フリーライター
須永貴子
大阪・新世界を舞台に、アウトローが織りなす、昭和風人情物語。新世界から外国人旅行者が消え去ったタイミングでの作品の誕生に、作り手の、タイトル通りのたくましさが伝わってくる。ユーモアとシリアスの配分も良く、(この界隈での)豪華&特濃キャストも飽きさせない。もったいないのは、クライマックスのアクションシーン。スピード感がなく、迫力不足。また、このジャンルは個人的に100分に収めてほしい。間延びの原因となっている余計なシーンが、気になってしまった。
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脚本家、プロデューサー、大阪芸術大学教授
山田耕大
〈ねばぎば〉というのは、〈ネバーギブアップ〉ということなのか。なら、題名に偽りありだ。串カツ屋で働く勝吉も、ムショ帰りのコオロギも、「新世界」というユートピアでぬくぬくと楽しく生きている。喧嘩が無類に強いという二人だとしても、敵のカルト集団もそれに金で雇われるヤクザもなんとひ弱なこと。彼らは出てきた時からすぐに潰せる相手だとわかるだらしなさ。だから二人は無敵であり、ネバーギブアップなどと言う必要など全くない。世の中も映画もちょろいもん?
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映画評論家
吉田広明
重厚と軽薄、二人の喧嘩師が悪徳新興宗教家と戦う。主人公二人の造形は「悪名」を思わせるが、勝新と田宮の軽妙さには遠く及ばず、それは仕方ないながら、赤井という優れた身体能力の持ち主を用いながら喧嘩場面でそれを生かせていないのは大きな瑕疵だ。拳で人が救えるのかという恩師の娘の言葉が主人公への決定的な縛りになるはずも、ねばぎばでっせの一言で一瞬にして破られる。何が映画の原理となるのか、それをいかに展開するのかの思想が欠如して表層的に話を進めているのみ。
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ショック・ドゥ・フューチャー
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映画監督/脚本家
いまおかしんじ
なかなか話が始まんないなあと思っているうちに、終わってしまった。事件らしいものがあんまりないからだろう。でも音楽が作られていく過程を丁寧に描いていて、特にエレクトロ・ミュージックの好きな人にはたまんない映画だろうと思う。作曲家の彼女と歌手が出会って、何度も何度も試しながら少しずつ音楽を作り上げていく。そのセッションの楽しそうなこと。二人のテンションが徐々に上がっていくのがわかる。凄い凄いとはしゃぐ二人の顔は、物を作る喜びに満ち溢れている。良い。
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