映画専門家レビュー一覧
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ベイビーわるきゅーれ
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詩人、映画監督
福間健二
その能力をどう身につけたのか。バカな回想の説明などなく賢明だとしたいが、高石あかりと伊澤彩織演じる十代の女の子二人が殺し屋。そして二人が敵対することになるヤクザの娘に秋谷百音。ビビらない役をビビらずにやりきったこの三者が新鮮。音を整理してセリフがラップ的になればもっと楽しかった。頭のわるいヤクザとの決戦がクライマックスで、世界のシステムに反モラルのゲームを挑む展開がないなど、実は惜しいことだらけ。阪元監督、派手な技の加速的順番も考えてほしい。
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パンケーキを毒見する
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フリーライター
須永貴子
菅義偉の人物像と彼が目指すものを、公式な場での菅首相の言動と、ジャーナリストや政治家、学者らへのインタビューで考察し、日本の未来に(諦めずに)警鐘を鳴らす。タイトルや劇中アニメーションの毒気のあるキャッチーさに工夫と気骨を感じる一方で、外国人女性がベッドで菅氏の著書をセクシーに読む映像や、ロリ声女性のナレーションなどに「?」がいくつか残る。個人的には、安倍&菅政権は「戦後エリートへの仕返し政権」という鮫島浩氏の分析に膝を叩いた。
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脚本家、プロデューサー、大阪芸術大学教授
山田耕大
「40歳を過ぎたら自分の顔に責任を持て」と言ったのはリンカーンだが、日本の政治家の中にその責任を持てている人はどれくらいいるのだろうか。顔の良し悪しは作りではなく、表情だ。笑顔でも目が笑っていない風の菅義偉という人の顔はどうなのか。叩き上げと言われているが、実家は秋田の資産家。にしても、かつて「JAPAN AS NUMBER ONE」と言われた日本の国力の衰退は無残だ。こんな日本に誰がした? 悪人面の政商の下品な笑顔が目に浮かぶ。
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映画評論家
吉田広明
壊国的身びいきと反動的思想信条実現に権力を行使した前首相と違い、権力維持のために権力を行使する権力の自動装置たる現首相。国会の多数派の長として権力を付与されるわけだが、その国会では議論を通して政策が決定されるはずながら、言論が呆れるほど空洞化、うんざりさせるのも奴らの手なのだと明示しつつ、それは国民の側の問題(批判を悪口とみなす風潮)でもあると告げる本作、未知の事実が少ないのが難だが、改めて暗澹とし、行動に踏み出すには見る価値はあるだろう。
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アウシュヴィッツ・レポート
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映画評論家
小野寺系
勇気ある告発やジャーナリズムが、いかに世の中の狂気を押しとどめる力があるのかを示す、本作の訴えかけるメッセージは重要なもの。アウシュヴィッツ収容所での惨状を、人々がにわかに信じられなかったという描写もなまなましく、当時の状況が現在の問題として、リアルに感じられた。その一方で、映像に美学的なこだわりを見せる意義については理解し難い面も。この題材であれば、より多くの観客が共感できるような、物語を主体にしたアプローチの方が相応しかったのではないか。
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映画評論家
きさらぎ尚
ナチス・ドイツが隠そうとしていた実態を暴き出す。人間の所行とは考えられない蛮行が本当に行われていたとは……。映像に戦慄する。主人公の二人が収容所の外へ脱出するまでのドラマとしてのスリルはさておき、受け止めるべきは劇中で提示される、(ドイツ軍による)殺害者数や、それに使った化学薬品などのエビデンスで主題を強調する意味。行われた真実を伝える監督の覚悟。そしてエンディングで現代の政治家らの音声をかぶせ、過ちを繰り返すことへ警鐘を鳴らした意味も。
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映画監督、脚本家
城定秀夫
「面白い」などという言葉を使うことが憚られる内容とはいえ、序盤にアウシュヴィッツ内のあまりに非道い惨状を見せられるが故に脱走囚人二人への感情移入度合いが半端なく、ナチスはもとより、分からず屋のヘタレ赤十字にも怒り止まらず、終始手に汗握り見入ってしまったわけだが、これが史実だと思うとやはり簡単に面白いなどとは言えない……けど、やっぱり直接的な残酷描写を巧妙に避けつつも静寂の中で呼吸するサスペンス演出の切れ味が抜群で、面白かったとしか言いようがない。
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返校 言葉が消えた日
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映画評論家
小野寺系
怪奇的恐怖を扱いながら、「?嶺街少年殺人事件」の世界観に触発された面もあるという原作ゲームを、またさらに映画にしているのが面白い。ゲームで印象的だった横スクロール風の演出が、本作ではそれほど活かされていなかったのは残念だが、製作費などの都合で大掛かりな撮影を断念せざるを得なかったのは理解できるところ。とはいえ、時代の狂気と悲劇を写しとった物語やテーマ、拷問の描写などは、配信ドラマ版よりもさらに我々の現実と繋がる恐怖を描き得ていると感じられた。
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映画評論家
きさらぎ尚
同じ白色テロが題材の名作「悲情城市」「?嶺街少年殺人事件」とは違う、今の時代のポリティカル・エンタテインメントとして評価できる。不穏で混沌とした現代の世界各地、いや今の日本でこの映画を見ると、例えば劇中、軍人風の衣裳をまとった国家権力の象徴が強いる「忘却」が、リアルタイムの恐怖に。国民の忘却を待つかのように隠蔽し、意味のない言葉を繰り返し、はぐらかされていては歴史に向き合えません。原作ゲームを知らずとも、主題とズレた見方だとしても、感応する。
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映画監督、脚本家
城定秀夫
大ヒットホラーゲームが原作らしく、映像表現にはあらゆる工夫が施されており製作陣の気合いがうかがわれるものの、白色テロルという社会派要素と裏切り者は誰だ的なサスペンス要素、死後の世界と霊、果てはクリーチャーまで出てくるホラー、スリラー要素に加え、禁断の恋を扱った恋愛要素までもを盛り込んでいるのは流石に欲張りすぎなうえ、時制をやたらと入れ替える構成も話をややこしくしているようにしか感じなかったのだが、ゲーム世代の若者にはウケる内容なのかもしれない。
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イン・ザ・ハイツ
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映画・音楽ジャーナリスト
宇野維正
オフブロードウェイでの初演から16年を経て、(いくつかの脚色は加えられてはいるが)政治的にもますますアクチュアリティを増しているリン=マニュエル・ミランダの作劇の素晴らしさだけでなく、「クレイジー・リッチ!」では保留せざるを得なかったジョン・M・チュウの演出手腕にも唸らされた。舞台に対する明確なアドバンテージであるロケーションの力を最大限活かした、ミュージカル映画の「不自然さ」を逆手にとった非現実的なギミックの数々に素直に大興奮。
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ライター
石村加奈
移民の街、ワシントン・ハイツを舞台にした、傑作ミュージカルの映画化だけあって、歌とダンスのシーンが素晴らしい。中でも、プールでの〈96,000〉のパフォーマンスと、ニーナ&ベニーのファンタスティックな壁ダンスが印象的。ハイツのゴッドマザー・アブエラ(手袋のエピソードがさりげなくて素敵)や、ハイツのチアリーダー(言い得て妙!)ことダニエラ、年配女性陣の存在感が圧倒的すぎて、主人公ウスナビのキャラクターが、弱まってしまった感も。恰好いいのだけれど。
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映像ディレクター/映画監督
佐々木誠
個人的に、特にミュージカルは登場人物のリアリティを求めてしまう。急に心情を歌い出す、その違和感を超えるには背景への十分な理解が不可欠だ。本作のNYで生活する移民達は、「どこで、どう生きるか」ということと常に対峙しているが、この一年半、それを考えてきた多くの人にその姿は突き刺さるだろう。終盤の夕焼けのジョージ・ワシントン橋を背景にしたダンスシーンが秀逸、「世界中がアイ・ラヴ・ユー」のセーヌ河岸での幻想的なダンスと同様、今後何度も観たくなると思う。
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サイコ・ゴアマン
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映画・音楽ジャーナリスト
宇野維正
とにかく喋りすぎな宇宙人。緊張感皆無の展開。ゴジラのグローバルIPとしての定着、ジェームズ・ガン復帰作「ザ・スーサイド・スクワッド」のクライマックスシーンの楽しさなど、日本特撮文化のグローバル化を軽んじるつもりはないが、オマージュという便利な言葉をもってしても、本作は演出のクオリティにおいて現在の商業映画の基準に達していない。子供たちの健気な演技もあって観ていて嫌な気分になるような作品ではないし、微笑ましさを覚える観客もいるとは思うけれど。
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ライター
石村加奈
B級ホラーと侮るなかれ、監督、脚本、製作、編集を一手に引き受けた、カナダの天才過激映像集団アストロン6のスティーヴン・コスタンスキの才能がスパーク。「真の怪物は人間だ」という、大人の出まかせも、きっちり回収! クレイジーなパニック劇の中から、クールな勇気を引きだしていく、見事な構成だ。作品の世界観にぴったりマッチした音楽も楽しい。主人公ミミ役、ニタ=ジョゼ・ハンナの、聞き分け悪く、「私が一番」な子供像も、どこか懐かしく、キュートだ。すごいぞPG!
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映像ディレクター/映画監督
佐々木誠
ここ数年、80年代に思春期を過ごした“少年おじさん”向けのドラマや映画があふれている。『ストレンジャー・シングス』なんかはよく練られているが、企画会議の様子が目に浮かび、私はドンピシャ世代だがハマれなかった。本作も一見、その流れの作品だが、あざとさは全く感じない。同世代の監督が少年時代の記憶と想像力をフルに使って、コアな作品のパロディをリミックス。「これを自分が観たいだけ!」というのが前面に出ていて潔い。お約束を茶化してズラすセンスも悪くない。
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かば
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フリーライター
須永貴子
「伝説の教師もの」だが、主人公をスーパーヒーローとしてではなく、教師という仕事に真摯に向き合う普通の人間として(なのにとてつもなく魅力的に)描いている。その結果、彼が関わるキャラクター(生徒、保護者、同僚ら)と、それぞれの人生が粒立つ群像劇として、大成功している。西成、大正、鶴橋といった土地とその風景は、本作における裏の主役。土地や出自、社会的属性に縛られた人々のリアルな日常の描写と、希望を込めたラストに、フィクションの力を感じた。
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脚本家、プロデューサー、大阪芸術大学教授
山田耕大
酒に溺れ、ギャンブルで身を滅ぼし、子どもを無視するどころか子どもからさえ金を奪う。問題の親たちは汲めども尽きず、日本中に溢れている。大人はなんで大人になれないんだろう。大人を大人になれなくする何かが日本にはあるのだろうか。子供たちはつらい。希望などまるでない。目の前の現状をなんとか乗り切るのが精いっぱい。教師だけがかれらの救いだ。それにしてもこんな教師たちが世の中にいるんだろうか。いてほしい。子どもたちを救ってほしい。そう思うと、涙がにじむ。
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映画評論家
吉田広明
部落や在日を多く抱える西成という地区の特殊性はあるが、不良の生徒たちが実は家庭環境や社会の歪みを被っていながらも一生懸命生きようとしていること、またいい加減のように見える教師たちも、彼らと真っ向から向き合っていることが判明し、共に学び、変わってゆくというよくある物語。型の力で見てはいられるが、典型を出ることがなく、すべてが予想の範疇である。実話だそうだから時代背景が古いのはしょうがないが、だからと言って構造や語り口が古臭くていいわけでもない。
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夕霧花園
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映画評論家
小野寺系
ここで再現される、日本軍がアジア各地で行っていた蛮行を映し出した光景は、とくに日本人が見ておくべきものだろう。そして、そのような深刻な歴史的事件とは対象的な日本のイメージとして、阿部寛の役が体現する日本庭園の理念なども配置されるところが本作の特徴。だが、あれだけの地獄を表現した後で、文化の神秘性や特殊性を持ち出すのはさすがに悠長過ぎるのではないだろうか。暴力的なシーンに重さがあるゆえに、劇中のスパイ騒動やミステリーが軽いものに感じてならなかった。
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