映画専門家レビュー一覧
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唐人街探偵 東京MISSION
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映画・音楽ジャーナリスト
宇野維正
妻夫木聡、長澤まさみ、三浦友和、浅野忠信、染谷将太のうち3人でも自由にキャスティングすることができれば、作劇的にも商業的にも日本ではそこそこ「強い作品」を撮れるだろう。しかし、この中国のメガ・フランチャイズは日本の主演級俳優をサブキャストに並べるだけ並べて、演出らしい演出もつけることなく、終始ドメスティックなノリのドタバタ劇に放り込んでみせる。作品評価としては★2つだが、映画産業のリアルな現在地を知る上で「一見の価値はあり」。
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ライター
石村加奈
前2作を未見でも、子供から大人まで楽しめる、安定のエンタメ大作。巧みな構成に見入ってしまった。主人公の探偵コンビ、タン&チンを演じた中国のスター俳優ワン・バオチャンとリウ・ハオランの軽妙さが、トニー・ジャーや、妻夫木聡、鈴木保奈美、三浦友和らベテラン俳優陣の新たな魅力を引き出す。長澤まさみが水責めに遭う大貯水槽のシーンなど、美術もインパクトがあり面白い。マイケル・ジャクソンの〈ヒール・ザ・ワールド〉辺りからラストへ至る怒濤の展開に、次作を期待!
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映像ディレクター/映画監督
佐々木誠
シリーズ3作目だが前2作は未見なので、前作のラスト直結と思われる冒頭のアッパーなノリにイマイチついていけず。都内各所での大規模ロケに豪華オープンセット、日本人キャストは主役級を揃え、内容は「シャーロック」風の密室殺人ミステリー、多国籍なキャラたちの軋轢から巻き起こるドタバタコメディ、トニー・ジャーのアクション、残留孤児をめぐるシリアス展開。それらをごった煮にして潤沢な制作費を使い力技で仕上げている。いろいろあざといが、気にしなければ全篇楽しい。
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わたしはダフネ
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映画評論家
小野寺系
ベテラン俳優アントニオ・ピオヴァネッリ演じる父親役と同じく、演技初挑戦だというカロリーナ・ラスパンティが演じる、おしゃべりで社交的なダウン症の女性ダフネに翻弄され魅了され続ける一作。前向きで善意に溢れたダフネが周囲の人たちに影響を与え、彼女に還元されていく構図は、一種の錬金術のようにも感じられる。じんわりとしたラストシーンや、父娘で森を歩く道行きなども味わい深いが、物語は起伏が少なく単調に感じられる。とはいえ、ダフネが苦しむ姿は見たくないが……。
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映画評論家
きさらぎ尚
思ったことを忖度なしで口にし、感情を抑制できず周囲に当たることも。その態度を高飛車に感じることも。30代のダフネを、ドキュメンタリーと錯覚するほどリアルにとらえる。いることが当たり前だった母の突然死によって、父との距離を嫌でも意識する彼女の、力強い個性がドラマを支配する。感傷や説明のエピソードは皆無だが、父が宿の主人に娘が生まれた時のことを語る場面、ダフネと森林警備隊員とのやり取りで浮かび上がる。父娘の旅は、次なる段階へ移る人生の通過儀礼とみた。
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映画監督、脚本家
城定秀夫
最愛の母親に先立たれたダウン症の娘が父親の愛によって自立するお話かと思いきや、逆にショックで引きこもりになってしまった父親をしっかり者の娘が尻をひっぱたいて立ち直らせる物語であったことには地味に意表を突かれたし、このちょっぴり皮肉屋で理屈っぽく、しかしとてつもなくキュートで皆に愛されているダフネを演じたカロリーナ・ラスパンティの魅力が画面に溢れており、彼女の存在なしには成立しえなかったであろう映画で、ただ山道を歩く二人の後ろ姿に無性に感動した。
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アジアの天使
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フリーライター
須永貴子
「おじさんの天使」というモチーフが独特だが、インパクト狙いの嫌らしさがなく、キャラクター造形やシナリオ、そして監督が映画を作る理由にも繋がっている。あの時期に日本から最少人数で韓国へ出向いて撮ったことにも、必然性がある。「相互理解」というテーマは真摯だが、ディスコミュニケーションを受け入れた上での友愛が、映画に羽根を生やしている。忘れ去られる映画の方が圧倒的に多い中、この作品は「おじさんの天使が出てくる映画」として、記憶に残り続けるだろう。
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脚本家、プロデューサー、大阪芸術大学教授
山田耕大
石井裕也は頼もしい。失敗作と言われるものでさえ、一定の満足感を確実に与えてくれる。それは石井の映画に対するものすごくまっとうな取り組み方によるものだと思う。そのことは彼の著書『映画演出・個人的研究課題』を読むとよくわかる。もの作りへの向き合い方がとても真摯なのだ。もちろんこの映画は失敗作ではない。軽そうで重そうで、緊迫しながら弛緩もする。とてもいい匙加減。日本と韓国の俳優たちのそれぞれのキャラクターが泣かせる。人間の味がひしひしと伝わってくる。
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映画評論家
吉田広明
その待機中に「生きちゃった」が、その体験を経て、母について直接的に語る「茜色」が生まれた契機となった作品。切迫し、悲壮感のある二作と違い、穏やかな肯定感に溢れた作品となっている。変人と思われながらも真っ当な、すぐそこにいる人こそが天使である、そのことは前二作にも述べられている通りで、今回のような形で視覚化されるべきなのかという疑問は残るにせよ、日韓のディスコミュニケーションがそのままコミュニケーションに転化する奇跡の楽天性には感動を禁じ得ない。
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ナポレオンと私
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フリーライター
須永貴子
題材となった恋愛ゲームアプリや主題歌を歌うボーカルユニット、出演俳優などを推す人たちに向けたファンムービーとして手堅く成立している。ファン層に届けたいメッセージをセリフで語りすぎているきらいはあるが、その内容に異論なし。クライマックスを盛り上げるために、己の愚行に対する報いを乗り越えてせっかく成長した主人公に、仕事の大失敗を徹夜でフォローしてくれた同僚へのお礼の朝食を放り投げさせた描写が納得いかない。その愚行にも報いがあるべき。
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脚本家、プロデューサー、大阪芸術大学教授
山田耕大
運転免許証の更新に行くと、講習でビデオを見せられるが、この映画はそれと見紛うばかりである。また映画が撮れなくて、身過ぎ世過ぎで企業PR映画を撮っていた知人の監督がいたが、それを連想してしまう。教科書を丸暗記した上で試験問題に答えた満点の答案や入学式での無難な来賓挨拶等々、世の中には特に気にかけることもなく、かといって目くじらを立てるほどのこともない事象がいくつもあるが、それが劇場にかかるとしたらどうなるのだ!? お金を取っているんですぞ!
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映画評論家
吉田広明
恋愛ゲームアプリのキャラが現実世界に現れることでヒロインの人生を変える。とは言え現れたキャラとの恋愛関係になるわけではなく、彼がヒロインの現実世界における恋愛の参謀の立場(キャラがナポレオンというのもそこからか)というひねり方で、自分に自信のなかったヒロインの自分探しの話が実はメイン。アプリありきの企画を逆手に取り、アプリのベタに対する批判的距離感を取っているのはいいのだが、ヒロインの自分探しは結局紋切型で、安心なおとぎ話=ベタの枠を出ない。
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シンプルな情熱
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映画評論家
小野寺系
仕事にも家庭の円満にも将来にも目を背け、ただ肉体だけを欲する相手の求めに応じて情事を繰り返す。それは一見、古いタイプの“待つ女”にも見えるが、女性ばかりが貞節や家庭のケアを求められてきた社会においては、一種の反動的行為にもなるのではないか。そして、レティシア・ドッシュが見事な実在感で演じる人物が固執していたのは、男ではなく、そういう生き方に身を投じる自分自身であるようにも感じられる。女性の社会的なあり様が、アンビヴァレントに活写された興味深い一作。
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映画評論家
きさらぎ尚
この際、性的な欲望のみで成立する関係をアリとする。欲望の「虜」になってしまったのだから。男は既婚者で家庭を壊すつもりはない。シングルマザーの女はそれを承知で男からの一方的な連絡をひたすら待つのみ。ただし、女が盲目的に男に服従、あるいは従属しているのでなく、女の自発的な選択による関係がこの映画の重要な視点である。一見、身勝手な男を演じるバレエ・ダンサー、S・ポルーニンの容姿と鍛えた身のこなしが、女の欲望、つまり映画の視点を厭味のないものにしている。
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映画監督、脚本家
城定秀夫
シングルマザーの主人公の愛欲と苦悩の日々をつぶさに紡ぐだけのタイトル通りシンプルな作りで、物語はほとんど動かないのだが、ひたすらにヒロインの気持ちに寄り添った不均質なカメラワークとざらついた画(フィルム撮影に見えるがエビデンスは見つからず)、少々乱暴でしつこい歌モノ音楽の差し込み、光が回り切った明るい部屋での生々しいセックス描写など、あまり味わったことのない演出バランスによって自他の境界が曖昧になる感覚が表現されている極めて純度の高い性愛映画。
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デュー あの時の君とボク
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映画評論家
小野寺系
かなり驚かされる突飛なストーリーが特徴的だった韓国の恋愛映画をタイでリメイク。設定部分に大きな改変が加えられているが、突飛な展開自体は変わらず。ただし今回の改変によって、オリジナル作品にもあった、子どもとの恋愛という倫理的に問題ある要素は、恋愛の障害という意味で同性愛と同列の扱いになってしまっているように見え、問題の根を深くしてしまっている。とはいえ、90年代タイの地方を表現した映像は魅力的で、俳優の演技にも撮影技術にも安定したクォリティがある。
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映画評論家
きさらぎ尚
韓国のオリジナル版と展開の大筋は同じだが、タイ版が転生する主人公を男性から女性へと、逆にした意味は大きい。デューが不慮の事故に遭ってから22年後、結婚をしているポップは妻を愛せないと自覚していると理解したい。となると彼は、現れた女性リウへの思いを過去、つまりデューに重ね、その結果、来世で同性のデューと生きなおす覚悟を決めたのではないか。LGBTQに理解を示したうえのバンジージャンプは、来世を現世の連続ととらえるタイの死生観の反映とも思えるから。
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映画監督、脚本家
城定秀夫
「あっ、これが近ごろ腐女子という名のお姉さまたちをざわつかせているタイ産BLか……うん、すごく丁寧に撮られているし、デュー役の男の子の表情筋フル活用の一生懸命なお芝居がカワイイなあ……あれ? なんか急に話が変わったぞ……え?……うそだろ? ……いやまあ、分かったけど、これどうやって物語閉じる気だ? て……ええー!?」という感じで、自分の宗教観がひっくり返された、なかなかのトンデモ映画だったわけだが、これが韓国映画のリメイクだと後から知って二度びっくり。
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ロックダウン・ホテル 死・霊・感・染
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映画・音楽ジャーナリスト
宇野維正
何はともあれスクリプトが崩壊している。冒頭では謎の時制の入れ替えもあって、釈由美子演じる日本人の妊婦ナオミが主人公であるかのように始まるが、どうやら本当の主人公はもう一人の女性ヴァルのようだ。そのヴァルには幼い娘がいるが、何故か彼女は娘の存在を途中から忘れてしまったようだ。ウイルス拡散の黒幕らしき男も同じホテルにいるのだが、そもそもどうしてそんな大物がこんな場末のホテルに滞在しているのか。何もかもが「?」のまま、80分の上映時間が終わった。
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ライター
石村加奈
夫(または母)の支配から逃れようと辿り着いたホテルで出会う二人の母親。それぞれに新しい人生を踏み出す決心を固めた彼女たちだが、未知のウイルスに襲われる。密室の恐怖を煽るカメラワークなど工夫も見られるが、僅か80分間の映画はまるで動かない。せっかく出会ったヒロインたちに衝突(ドラマ)は生まれず、キャラクターも生きないままだ。ある意味パニックの本質を描いているのかもしれぬが、ヒロインの背負うヘビィな設定が、ただ虚しい。そしてウイルスの真相はひどすぎる。
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