映画専門家レビュー一覧
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地球で最も安全な場所を探して
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フリーライター
藤木TDC
2013年の作品で状況が一昔前だし、監督が欧州人のためか福島原発の汚染水、汚染土、廃炉瓦礫など切迫した核廃棄物問題を抱える日本で見るには内容が悠長で楽観的な印象。また廃棄物の保管工程や健康・環境への影響に関する科学的データが説明されず、この作品を観ても有用な知識を得られない。北海道の寿都町や神恵内村が最終処分場誘致に手を上げている問題に関心のある者には初歩的知識になるかもしれないが、結論保留のような本作の描き方に意義はあるのだろうか。
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あの頃。
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映画評論家
北川れい子
このアイドルオタクたちの群像劇を観て、なぜか、赤信号、みんなで渡れば怖くない、というトンデモ川柳を思い出してしまった。年齢もキャラもバラバラなオタクたちの、推しを巡るハシャいだ会話や、文字通りの裸の付き合い。後半は同窓会的なノリの友情劇となるが、門外漢には一種の秘密結社にも見えるオタクたちの友情は、これはこれで説得力がある。俳優陣のアンサンブル演技もいい。そういえば今回の芥川賞はアイドルオタクを描いた宇佐見りんの『推し、燃ゆ』。オタクは強し!!
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編集者、ライター
佐野亨
1979年生まれの劔樹人の原作を、75年生まれの冨永昌敬が脚色し、81年生まれの今泉力哉が監督して映画化。この三者の微妙な年齢差がおそらく重要で、主人公たちに対して一歩引いた距離感を保つ冨永のシナリオを、「同時代の子ども」だった今泉の視線のやさしさが包み込み、さらにそれを松坂桃李ら現代の若手たちが演じることで、「あの頃」が現在へと否応なく接続される。下手な俳優に演じさせたら臭みが先に立つセリフをいまおかしんじに言わせるバランス感覚も特筆もの。
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詩人、映画監督
福間健二
原作は劔樹人の自伝的エッセイ。実話の窮屈さもあったはずだが、松坂桃李が劔を演じる。やってくれるなあと前半は思った。展開的に難なく収まる役どころが、ちょっと惜しい。群像劇。アイドルファンのとくにディープな例で関西だ。芸も音楽能力も達者揃いのキャスティングで楽しませる。冨永脚本も、今泉監督も、勝負は仲野太賀演じるひねくれ者コズミンの救い方か。覚悟の強靭さを感じさせる描き方だ。今日のイヤなやつ、面倒くさいやつ、哀れなやつたち図鑑への可能性を感じた。
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めぐみへの誓い
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フリーライター
須永貴子
再現ドラマ的な印象で終わる危険を孕む題材を、北朝鮮に拉致された横田めぐみさんが見る非現実的な夢の映像をクライマックスにすることで、インパクトを残すことに成功している。拉致シーンの恐ろしさも忘れがたい。とはいえ、拉致被害者の田口八重子さんと金賢姫とのエピソードが少々描かれただけでテロップで処理されているように、エピソードのパッチワークが美しくない。架空のキャラクターを媒介にするなどの工夫をして、もう少しドラマとしてエンタメ化してもよかったかも。
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脚本家、プロデューサー、大阪芸術大学教授
山田耕大
拉致問題に関してかなりの下調べがなされているだろうと思わせる。実話なだけに、この現実にしっかりリアルに向き合わないといけないと観ているうちに背中を叩かれる思いがした。映画のもとになった舞台公演は全国を回って、多大な支援を得たと聞く。是が非でも映画にして、より多くの人に拉致の問題について改めて考えてもらいたいとの願いが充分作品に込められていて、力が入っている。が、終盤の夢のシーンは何なのか。事実として観ていた気持ちが途端にはぐらかされてしまう。
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映画評論家
吉田広明
北朝鮮が拉致のような非情な手段を行使する独裁国家になったことには複雑な歴史的要因、国際政治情勢があり、その絡まった結び目を解くことも解決の一つの道だろう。この映画にはその絡まり具合を明確に可視化する方途もあった筈で、心情にばかり訴えるよりその方がよほど実効性があるのでは。日本自体もアジア全体を視野に置いた粘り強い外交努力を怠っており、しかし解決を国家に委ねなければならない被害者たちは、批判も封じられている。その拘束も描く価値はあるように思う。
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世界で一番しあわせな食堂
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映画評論家
小野寺系
「バグダッド・カフェ」をより分かりやすくしたような物語は新味に欠け、主人公が新天地で心の傷を癒すという展開も使い古されている。だがこの手の作品に多い、ぶつ切りの寄せ集めに感じるシーンは少なく、長尺の場面でドラマやサスペンスがしっかりと展開する堅実なつくりになっていて、好感を持つと同時に引き込まれてしまう。異文化に戸惑う人物のいたたまれなさを示す演出や、料理人として腕を振るう場面の伏線として食材に出会うシーンを用意するなど、細かい計算が決まっている。
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映画評論家
きさらぎ尚
昔の恩を返すために上海からフィンランドに、中国人の親子がやって来たという義理堅い話に始まった映画は、甘々のエピソードが物語を貫く。主人公2人の関係は予想どおりの結末に向かって進み、緊張感は少し物足りないが、それでもちょっと風変わりだけども憎めない登場人物の個性が、ドラマのスパイス。異文化に心を開くことが結局人間関係の出発点であり、それを食文化の違いで見せるのが大変にわかりやすい。美味しく体にも良い料理と美しい風景で程々の満足感が得られる。
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映画監督、脚本家
城定秀夫
料理が健康に作用するという概念すらない(ホントか?)フィンランドの田舎に流れてきた子連れ中華料理人と一人で食堂を切り盛りする女が出会い……という「タンポポ」的設定を手垢まみれのエピソードの羅列で展開させてゆく妙に気の抜けた映画で、人物描写や音楽の当て方なども類型的なのだが、決してつまらなくはなく最後まで幸せな気分で観られてしまうのは、皮肉屋の弟アキ・カウリスマキと対照的なミカ・カウリスマキが愚直なまでに映画と正面から向き合っているからだと思う。
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ベイビーティース
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映画評論家
小野寺系
事情があるとはいえ、無軌道な不良少年を大事な一人娘にわざわざ近づけさせる両親の選択が描かれるが、このように社会的に物議を醸す展開を用意することで作品に注目させる手法は、低予算映画では常套手段になっているといえる。むしろ興味深いのは、10代の近視眼的な視点が映し出す世界のせつなくユニークな表現である。そして個人という存在が世界にいま存在するという現象の不思議をとらえ、観客に伝えているところだ。長篇映画は初の監督。このテーマを掘り下げていってほしい。
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映画評論家
きさらぎ尚
原作が舞台劇だけに、少ない登場人物による人間関係の濃密さはたじたじとするくらい。加えてヒロインのミラの場面はクローズアップを多用し、向こう見ずな言動も難病の彼女が恋をして生きている喜びとして丸ごと捉え、感傷とトンガリのあわいで自在に戯れる青春映画の趣きを醸す。タイトルの「乳歯」が、娘を自分の愛情に閉じ込めておきたい親の心情か。乳歯が抜けるように大人になる娘と両親の葛藤(成長)をカラフルな映像にしたこの作品、インディーズ映画の風合いもある。
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映画監督、脚本家
城定秀夫
ストーリーだけ切り出してしまえばなんていうことのない難病モノだし、想像を超えてくるような意外な展開はとりたててないのだが、それぞれに欠陥を抱えた登場人物たちがみな愛おしく、この手の映画ではありがちともいえる揺らぐカメラワークなども小手先の技術ではない切実さで人間の心の不思議さを生のまま優しく掬い上げており、嵐のように訪れた初恋に文字通り命を燃やしてゆく少女を演じたエリザ・スカンレンの危うさと可愛らしさが同居する不均質な魅力も素晴らしく、泣いた。
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ある人質 生還までの398日
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非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト
ヴィヴィアン佐藤
白昼の砂漠を背景にISが世界中に配信した人質殺害の映像の数々は、当時あまりに衝撃的だった。日本人ジャーナリストも被害にあった。ISの思想と日本のサブカル思想との温度差が激しく、不謹慎ながら殺害映像のアイコラも出回った。劇中語られる「自分の将来が予測できることが退屈。しかし世界を変えたい」。オウム心理教などへ入信したエリートたちの言葉とも重なる。本作はイスラム教とキリスト教との対比として描写されるが、「悪のテロリスト像」だけでは世界は変わらない。
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フリーライター
藤木TDC
佳作だが観賞後の爽快感はゼロなので、コロナ禍のもとで観るなら気重は覚悟しておくべき。監禁された人質=主人公、母国の家族、プロ交渉人の三視点から描かれるも、大半は人質の監禁・拷問・殺害の残虐シーンで、そこだけ論ずれば囚人映画として目新しい演出はない。ISはならず者と描かれている。しかし映画は彼らの暴虐の根源にある米国の中東政策やグアンタナモ収容所問題にも触れる。それを同盟国として日本が支持している責任について思い至らなければ本作を観る意味はない。
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モンテッソーリ 子どもの家
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映画・音楽ジャーナリスト
宇野維正
息子をモンテッソーリの教室に通わせていたことがある。実感としては、週に数回、数時間のレベルではどうにも判断がつかないということ。「6歳までの教育が最も重要」という言葉に異論はないが、変化がすぐ目に見えるわけではなく、また年月が経つと因果関係をたどりようがないのが、幼児教育の難しいところ――なんてことを思い出しながら自分は観たが、どう考えても観客を選ぶ作品。北フランスの田舎街という土地柄もあるだろうが、ほぼ全員が白人の子供ということも気になった。
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ライター
石村加奈
幼児教育に関して関心の低い日本人にも、わかりやすくモンテッソーリ教育法の魅力を紹介する本作。特にジェロの成長は感動的だ。まさに百聞は一見に如かず。さらに日本語版のナレーションを担当した本上まなみと、監督の声を務めた向井理。二人の知的な声が、作品のトーンにマッチして、より良い理解へと導いてくれる。6歳までの幼児教育で大切なのは、子供に物を与えることではなく、子供を取り巻く環境作りだ。そういう意味で、幼児教育の主人公は子供ではなく、親なのである、と。
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映像ディレクター/映画監督
佐々木誠
マリア・モンテッソーリが提唱した教育メソッドを検証する観察映画。観た誰もが「自分がこの幼稚園に通っていたら」や「自分の子供を通わせるか」を考えるだろう。幼児それぞれの自主性を尊重するこの教育法は理想だが(映画では描かれないデメリットもあるかもしれないが)なぜ当たり前ではないのか。自分が受けてきた教育を振り返り、大人の尺度を子供に強要する方が楽でコストもそこまでかからないし、「右向け右」の人間を育てた方が何かと都合が良いんだろうな、とあらためて。
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藁にもすがる獣たち
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映画・音楽ジャーナリスト
宇野維正
タランティーノ以降、日本を含む世界中で量産されてきた群像クライムスリラーのマナーに基本的には則った作品。つまり、極めて90年代的な題材を極めて90年代的な手法で扱っているのだが、キム・テソンの引き締まった撮影と、ポン・ジュノ組出身ハン・ミヨンの巧みな編集に目を見張った。役者も主要キャラクター全員が適役を活き活き演じていて、特に薄幸の主婦を演じたシン・ヒョンビンに魅了された。キム・ヨンフン監督、これが長篇デビュー作というのだから驚く。
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ライター
石村加奈
原作の世界観を体現したような、自分の人生を人に委ねず、最後の最後まで抗い続ける強気なヒロイン・ヨンヒをチョン・ドヨンが怪演。ヨンヒ以外の女性キャラクターたちも、原作以上にいきいきと描かれる。認知症を患った母親スンジャ(ユン・ヨジョン)が、中年になっても出来の悪い息子ジュンマン(ぺ・ソンウ)を慰めるシーンは圧巻だ。映画オリジナルのラストも面白い。果たしてジュンマンの良妻ヨンソン(チン・ギョン)は、いつも通り夫の待つ家に帰るのか? それとも……。
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